龍と女神の祭壇 1
頭の下のごつごつとした固い感触に、ゼルは目を覚ました。
「だっ!」
ごすっ!
勢い良く起き上がろうとしたゼルが目の前にあった硬い物に額を強打する。
「っつーーー!!」
強打した額を押さえながら痛みに悶えるゼル。
「うぉぉ……これ血とかでてねぇよなぁ……」
額をさすって出血の有無を確認するゼルは、そこでようやく辺りが真っ暗な事に気がついた。
目をぱちくりとさせても真っ暗な事に変化はない。
「………おっ、おお……ここはどこだ!」
辺りをきょろきょろとしても真っ暗なので何も見えるわけがない。
謎の焦燥感に駆られたゼルは灯りを点すことも忘れて、周りを手探る。
その結果、わかったのは天井の低い横穴のようなところらしい、ということだけ。
ゼルの背丈の倍くらいの広さで、天井までは顔三つ分くらいの高さしかない。
(そりゃ頭もうつわ……)
どちらに行けばここからぬけれるかもわからぬまま、仰向けのままで手探りで移動を始めるゼルだったが、すぐに何かにぶつかった。
むにっ
「ん?」
何だかやわらかい感触が伸ばした手に当たっている。
程よい弾力に、何だか心地良い感触。覚えがあるような、ないような、そんな不思議な感触だった。
「あ……ライト」
そこではじめて自分が灯りを点す術を持っている事に気付いたゼルは、カバンから触媒を取り出してライトの魔法を使用する。
浮かび上がった小さな光の球は、一瞬でその場を明るくさせてくれた。
「あ……」
「あ――」
次の瞬間、ゼルの顎を鉛の塊のような硬い物が、強烈に襲い掛かった。
それはゼルが手を伸ばした先にある、柔らかいものの持ち主が放った拳だった。
「ぐは……」
思い切り脳を揺らされて、意識が飛びかけるゼル。
「――!! ……!――!!!」
その主が何事かわめいているが、もはや夢うつつの中にあるゼルにはその言葉はとどかなった。
それから。
「わざとじゃねーんだってば!」
「近寄らないでください! 変態!」
「ちょ……」
仰向けのままでゼルはため息をついた。
ゼルがぶつかった柔らかいもの、それはクララの二の腕だった。
あわやラッキースケベとなるかと思いきや、そうは問屋が卸してはくれなかったようだ。
ライトを使うなり、目が合ったゼルとクララ。自分の腕を掴んだゼルの手と、ゼルの顔を一瞬見比べて、無言で無慈悲なアッパーカットを食らわせたのだった。
「ほんと容赦ねーな……」
「ゼル様がいきなり触るからです。それともなんですか? なんか変な事でもするつもりですかっ!?」
「しねーし、大体こんな狭いところで何ができるんだよ……」
「広かったらするんですか!?」
「おいおい……」
クララが自分を抱きしめるようにして両肩を掴むと後ずさりする、仰向けのまま。
クララのそんな様子にゼルはやれやれとため息をつくばかりだった。
自分達の状況がよくわからない状況で、こんな漫才のようなやり取りをしている場合ではないとは思うものの、クララの普段と変わらない様子に、むしろ冷静になれる自分がいたりもして、ちょっとだけ彼女に感謝もするゼルであった。変態と呼ばれるのは少し悲しい気もするが。
ともあれ、ライトで灯りも確保したのだし、改めて周りを確認するゼル。
部屋の広さは暗闇の中手探りで確認した通り。クララも特に怪我はない。ゼルはというと、目が覚めたときにぶつけた額と、クララからもらったアッパーのおかげで顔の上下がジンジンとしている。
そんな中で、クララにこれまでの状況を説明したゼルだったが、クララは特に驚く様子もなく、むしろ自分が無事であることにほっと安堵しているようだった。
「さて、ゼル様。どうなさいますか?」
まだ痛むのか、顎を押さえてるゼルに、そ知らぬ顔を澄まして、クララが尋ねる。
「どうもこうもないな、とりあえずここからでないと……」
「まぁ、そうですよね、ちなみにこちら側は行き止まりでした」
「え、いつの間に調べたの?」
「見ればわかります」
クララがほんの少し体をそらすと、彼女の体の向こうにすぐ、壁が見えた。
「なるほどな……こっちにいくしかないわけだ」
「はい」
クララが頷いた。
ライトの魔法で出てきた光球を前に掲げながら慎重に進んでいくゼルと、その後ろをクララが離れないようにして付いてくる。
「服が汚れてしまいます」
クララが呟いた。今そんな心配をしているような場合じゃないはずなのだが、とゼルはため息をついた。
それにしても、どうしてクララはこんなにも冷静でいられるのだろうか、とゼルはふと疑問に思う。
んふっふの仲間に誘拐されて、最悪命を失っていたかもしれない。今だって、決して無事な状況とは言い難い。ここがどこかすらわからないし、進んだ先が安全かどうかもわからない。唯一無傷なのが救いといえば救いなのだが――
そこまで考えて、ゼルがハッとして止まり、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
何事か、と、訝しげにゼルを見据えるクララ。
「ない」
「はい?」
ゼルの呟きの意味がわからずクララは眉をひそめてゼルの顔をじっと見た。
「ないんだよ、コンソールが」
「コンソール?」
よくわからない、といった風にクララが首を傾げる。
ゼルは今、いつも視界の隅に浮かんでいるコンソールがないことに気が付いた。メニュー画面も、ミニマップも何もかもが表示されていない。
「こいつは……」
一瞬慌てかけるが、すぐにゼルはジオの事を思い出す。
――コンソールの表示されない場所、それはジオがかつていた場所
今自分のおかれている状況は、ジオに聞いた話と重なる。ゼルが気を失う前の記憶は、クララに駆け寄って、誰かが仕掛けたであろう転移トラップに引っかかった所までだ。
それは、ジオの時とは状況が違うし、何よりクララが共にいることがジオの時と大きく違う。
とはいえ、コンソールの使えない状況はそのまま、テンテンが考察した“システムの及ばない場所”に当たるのだろう。
だとすれば――
骨の竜と戦った時のジオは、特化型と比べても遜色ない。むしろ、ネタクラスと呼ばれ続けながらジオなりに磨いてきた戦闘術に磨きが掛かったとすら言えて、特化型の人間以上の戦闘力を持ち始めた、とすらいえるだろう。
(少々、中二病をこじらせてる感もあるけどな)
ゼルは素直に凄いと思う反面、少々嫉妬心もあるのだ。
自分も中途半端系ネタクラスだとはいえ、回復魔法や神聖魔法の数々はそこそこ重宝される。ジオのような完全趣味のネタクラスに比べれば、上級狩場にもついて行けるようなスキル構成だ。
流石に特化型には攻撃力や回復量は及ばないにしても、中庸として回復が足りない時は回復を、火力が足りない時は攻撃を、と中途半端というよりオールラウンダーとしての動きができる、という自負はあった。
ジオを下に見ているというわけではない。だが、骨の竜とジオの戦闘を見て、心にわきあがる焦燥感のようなものがあったのも確かな事だ。
そして今、ジオのような状況に置かれて不安になる反面、もしかすると自分も……という気持ちが湧き上がってきていた。
「どうしたのですか?」
固まってしまったゼルを怪訝そうに見るクララ。
「ん?ああ、なんでもない。先を急ごう」
「……はい」
何だか複雑そうな表情をしているゼルに、クララは首をかしげながらも頷く。
仰向けのままの体勢で体をすりながら、確実に進んでいくゼルとクララ。しかし、闇は深くて、一向に先は見えない。
「なぁ、クララ」
「はい?」
少しずつ移動しながら、振り返らずにゼルが不意に口を開いた。
「クララは随分落ち着いてるんだな。まぁ、おかげで俺も取り乱さずに済んでるわけだけど」
「そうでしょうか?」
「まぁ、その、なんだ。助かるっつーか、ああ、そんな事より無事で何よりだったよ」
「この状況のどこが無事なんでしょうか?」
「……」
時折、ぱっぱっと服を払う音をさせながら、クララは冷静にゼルの言葉に答えていた。
あまりに冷静すぎるクララにゼルは言葉を失ってしまう。
「ま、まぁ、先を急ごうか……」
「そうしてください」
どうにかそんな言葉だけをひねり出すと、そこから何も言えずに先へと進んでいくのであった。
-----------------------------
ジオの腕にすがるようにして泣いていたテンテンは、体力の衰えもあってか、泣き疲れて眠ってしまっていた。
ジオはそっとテンテンから腕を放して、毛布をかけなおす。
テンテンの乾いた涙の跡を見ながら、ジオの胸の中には二つの思いが渦巻いていた。
一つはゼルとクララの行方を捜すこと。
これは闇鬼の面々も動いているという話だから、最悪な結末は避けられるかもしれないが、それにしたって気が気ではない。んふっふの話ではゼルとクララはモンスターハウスに送られたという。
トラップ型の転移魔法はそう遠くまで人を移動させる事は出来ないから、おそらくはこの地下墓地のどこかにいるとは思うのだが、モンスターハウスになるような所は地下墓地の中でも数えるほどしかない。もしその何れかにいるとするならば、闇鬼の情報網に引っかかるはずである。
何より、コールが繋がらない。
フレンドリストをみても、ゼルギウスの文字は白く浮かび上がっているから、死んではいないはずなのに、何故かコールは繋がらない。
「コールが繋がらない……まさか?」
ジオもまた、そこへと思い至る。
かつて自分が迷い込んだあの場所。あるいはそれに準じた場所にゼルとクララがいるのではないか?と。
だが、自分の時とはまるで違う状況に、ジオは確信できずに居た。
ジオはカンシーンが空けた大穴へと落ちた際に、何かの拍子にあの龍人の都市の奥深くへと飛ばされていた。
それは、偶然の出来事だったが、ゼルとクララは人為的なトラップによって場所を移動させられた。
そこに何らかの偶然が重なれば可能性があるが、そんな可能性はジオには思いもつかない。
テンテンならあるいは何か考えが浮かぶかもしれないが、彼女は今それどころではない。
そう、もう一つはテンテンのことだ。
「内功が使えない」ということは、彼女にとっては一大事である。
彼女はこのゲームを始めて、内功を取得してからは、ずっと内功と共にこのゲームを楽しんできた。
あらゆる技に内功を注力できる素手やキックスキルを始めとして、内功を増やす料理などのスキルを手当たり次第にとって、気付いてみれば、素手やキックのスキルレベルは特化型のそれと比べて見劣りするものの、内功の大きさはゲーム随一になっていたのだ。
内功を中心としてゲームを楽しんできた彼女にとって、それを失うという事はどういうことか――
ジオには想像もつかなかった。
旧知の仲である彼女は、いつも笑っている元気なホビニムスの少女だ。
それがさっきは、顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いていた。そんな彼女を初めて見たし、なるべくなら二度と見たくないとも思った。
だからジオは彼女の内功を取り戻す方法を探す事に決めたのだ。
闇鬼の処置室を出たジオは、ガニスとモダンがいるであろう闇鬼コミュニティの部屋へと向かう。
そこでジオはガニスの口から思いもよらぬ事を聞くのであった。




