閑話―テンテンに起きた事―
その男は狂ったように笑いながら、動けない自分を何度も蹴りつけてくる。
踏み砕かれた左腕はおろか、全身のどこにも力が入らず蹴られるがまま、地面を転がるしかなった。
「ああ、そうか、おまえ――」
何かに気がついた男が舌なめずりをする。
その男の表情に、本能的に怖気を覚えた。
「おまえに、屈辱を味あわせてやる……っひひ、ひゃははは!!」
下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる男に、成す術もない。
体に毒が回っている所為か、内功を練ろうにも、すべての経脈が閉じてしまったかのようにどこからも繋がらない。指一本すら動かせないのだ。
そんな状況の中で、男が思いついたことを察して、蹴られ、殴られるよりももっとおぞましいことになる、と初めて自分を怯えの感情が支配していく。
「ひひっ、いいねぇ……その怯えた様な目は、そそるうううう!! ひゃはっ、ひゃははははっ!!」
片手で首を掴まれて持ち上げられた体は、足も届かず、宙に浮く形となってしまう。
首を掴んだまま、血走った目で凝視してくる男はニヤ、と口角を吊り上げた。
「ガキにゃきょーみねーんだけどよ? 随分殴ってくれたからなぁ!」
パァン!
思い切り頬を平手打ちされて、その衝撃で鼻血が零れ、口の中に鉄の味が広がった。
「こんなもんじゃすまねーのは、わかってるよなああああ!?」
身にまとう装束に手をかけた男は、そのままそれを引き裂こうと力をこめる。
その時だった。
「あ?」
目の前を光が走る。
装束に掛かっていた手は、その力を失って、ぼとりと地に落ちた。
「あ? はあああ!? う、うで……お、おれのうでがああああああ!!」
突然の出来事に状況を飲み込めず慌てふためく男が首を掴んでいた手を乱暴に離したから、再び地面を転がってしまう。目の前に落ちている男の腕は、肘の付け根から骨まで綺麗に切断されていた。
「あひっ! おれの、うで! うでえええええ!!」
視界の外からは男の狂ったような悲鳴が断続的に聞こえてくるが、動けない自分はその状況を把握する事ができない。
「……んだ! おまえ! なんなんだああああ!!」
断末魔のような男の叫びと共に鈍い音が響いて、それから男の声はぴたりと止んでしまった。
「申し訳ありません、少々介入が遅くなってしまいました」
「……」
間もなく、自分に声を掛けながら覗き込んでくる男があった。その顔には見覚えがあった。
たしか、こいつは――
「む……これは……」
覗き込んできた男は一瞬険しい表情をして、けれどすぐに笑顔を見せた。
「申し訳ありません、少々おやすみいただいてよろしいでしょうか?」
その質問に答える事はできないし、それに、男は元々返事を聞く気はなさそうだった。
笑顔を浮かべたままで、男は指を額へとちょこんと乗せる。
「必ず助けますので、信じてください」
次の瞬間、意識は闇へと落ちていく――




