抗い、生きる、スキル 5
何があってもすぐに魔法を行使できるように、構えながらも、言葉は余裕をみせて柱へと歩いていくのはんふっふ。
んふっふの中にはとある想いが渦巻いていた。
これまで自分の中にある「死を確かめる」という案件について、ジオという人物は悉く邪魔をしてきた。それはんふっふにとっては、なのだが。
とにかく、ジオなる人物がいなければ、あるいは第一次龍の骸調査時に死人が出て、死亡するとどうなるかを確認できたはずだったのだ。
だがそれは御破算に終わる。
しかし、同時にジオなる人物がカンシーンと共に行方不明と聞き、これは、と思った。
だが、それすらもぶち壊しにされる。闇鬼のガニスからジオなる人物は生きていることが告げられた。
死亡するとどうなるか、それは諦めきれない疑問だった。
しかし慎重なんふっふは自らの手で誰かを殺すという愚かな選択はしない。飽くまで自然発生的に、誰かがヘマをして死ぬのを待たなければならないのだ。
なぜなら、もし自分が直接なり間接的なり手を下したとして、復活が果たされてしまったなら、その人物は自分を糾弾するであろうから。
そうなってしまえば、自分は迫害を受け、街にいられなくなり、碌な補給も、ギルドへ戻る事もできなくなるだろう。少なくとも、リアルログインという異常な現象の中で、補給を断たれるのは死活問題である。
だがそれももうやめにした。誰もが慎重になっているこの状況で、未だに死亡報告はない。
ならばどうにかしてその状況を作り出せばよい。
それがクララ誘拐へと繋がった。
クララというNPCを餌に、生産職であるモリーティアを地下墓地へと誘い出し、地下墓地のモンスターによって殺させる。
ずさんで穴だらけな計画だと自分でも思うが、もはやジオという人物への憤慨も含め、八つ当たりのようにその関係者であるモリーティアを巻き込む。そうしなければもはや自分の感情に収まりがつかなかった。もう待てなかったのだ。
いくらモリーティアの護衛が強かろうが、最後の転移トラップさえ発動させてしまえば、モリーティアと、クララというNPCをモンスターハウスに送り込める。
二人が死亡した頃、ゆっくりとモンスターハウスを片付けて死亡者がどうなるかを確認すればよい。
それなのに――
やってきたのはカンガルーと二人の男。そのうち一人がジオだということまではよかった。
もう一人の聖騎士風の男がNPCと共に転移トラップにかかってしまった。
もし、あの男がまごうことなき聖騎士であれば、あのモンスターハウスは突破されてしまうかもしれない。またしても計画が破綻してしまった。
そして、今度はジオという人物。あの男は今まで自分の思惑を悉く潰してきたばかりか、今なおその“ネタクラス”の身でありながら自分に抗ってきた。
んふっふの頭の中はそんな怒りに支配されていた。
けれど、そんな怒りの中で冷静な部分も持ち合わせている。それ故にPvPでも最強の一角を担っていたのだ。
ゆっくりと柱に近づくんふっふは、あえてここで自分に強化魔法を掛ける。
姿を消したカンガルーが襲ってくるかもしれない。あるいは他の何かが潜んでいるかもしれない。
そうでなくても、ジオという人物は謎の技を見せた。
――ヘルリフィル・ミスト
一体あの技は何だったのか。マジックアローレインが反射されたところをみると、ヘルリフィルに関する派生技のようだが、そんな技があっただろうか。あるいは自分が知らないマイナーな技があるのかもしれないが――
「メディテイト」
――MP最大値が上昇し、MP回復力があがる。
「クイック」
――身軽になり、すばやさと回避力があがる。
「ブランディッシュ」
――最大HPを底上げしてくれる魔法。
「ヘルス・アルティメット、マナ・アルティメット」
――さらにHPとMPを上昇させる魔法。これはブランディッシュやメディテイトにさらに上乗せされる。
「マインド・コンセントレート」
――集中力を上げ、魔力と詠唱速度を上昇させる。
考えられ得る限りの強化魔法を自分にかけ、んふっふは慎重に柱へと近づいていった。
そのんふっふをじっと見ていたジオは、やはり、と思い立つ。
今んふっふが自分に掛けた強化魔法、その全てに詠唱が付随する。勿論驚異的な詠唱速度ではあったのだが、そのどれもが一瞬で魔方陣を出現させるまでにいたっていなかった。
必ず軌跡が始まり、それが終わるまでにほんのわずかな時間がある。
んふっふが中級魔法を連発したように、空中にパッと魔方陣が浮かび上がることはなかった。
爆風に飛ばされて、柱の影に隠れた折、ジオは一つの魔法を唱える。
「アトラクトディーヴァ」
このフロアにある死体を引き寄せるという死の中級魔法。勿論死体がなければ何も引き寄せられないが、運の良いことに、どこの誰かも知らぬ人間の死体がジオの手元へとテレポートアウトしてきた。
それが誰なのか、今は知る必要はないし、申し訳ないとも思うのだがこの死体には自分の身代わりになってもらう。
死体を壁にもたれかかるように座らせて、さらにジオは自分の鎧を着せる。
それからシャドウハイドにより、その身を隠した。
「おや、本当に終わりかな? しぶとかったけれどあっけない――」
んふっふがそう叫びながら柱に近づいてくる。
ジオは息を潜め、微動だにせずに柱の影からんふっふの様子を窺った。
そして、んふっふが強化魔法を自分に掛け始めた段になって、ジオは確信に至った。
――んふっふは魔法チャージを巧みに利用している。
魔法チャージとは、特定の武器に特定の魔法を封じ込めておく事ができるもので、その封じられた魔法は、解放と同時に発動される。
これが一瞬で浮かび上がる魔方陣のからくりだ。
そして、んふっふはフレアオブケイオスやジャッジメントなどの大魔法を発動させる際に、始めに詠唱を行使し、途中でチャージされた魔法を発動させ、詠唱時間を短縮させているように見せかけていたのだ。しかも、そこから詠唱していた魔法は新たにチャージされ、一種の永久機関が出来上がる。
中級魔法に関しても同じ要領で説明がつく。
魔法チャージと極限まで上げた詠唱速度を組み合わせた、極めて高度な技術といえよう。
そしてんふっふは、極めて慎重な人物である事が、そのからくりを謎のまま、チートとすら噂されるレベルまで鍛え上げたのだろう。
素直に賞賛できる技術だと、ジオは思う。もし、んふっふがこんな人物でなければ、だが――
そしてジオはそれに対抗する術を持っていた。
んふっふが柱に近づく。もう少しで、その対抗手段の射程に入る。
一瞬気がはやるジオ。だが、そこでぴたりとんふっふは歩みを止め辺りを見回す。
視線を見る限りは柱の影にいるジオの姿は見つかっていないようだが、いずれにしてもその直感は驚嘆に値するものだろう。
しかし、んふっふは辺りを見回して尚歩みを再開する。
そして、柱の影にある、ジオの鎧を着た死体を目にし――
「ディアボロス・サイト!」
「スケープゴート!!」
それがジオではないと直感したんふっふが次の瞬間ハイド状態を暴く魔法を詠唱し、一瞬遅れて一歩踏み出したジオが、んふっふへの対抗手段である技を行使した。
「くっ……!」
果たしてディアボロス・サイトは実行され、ローブ姿のジオがんふっふの目の前に姿を現した。しかし、ジオの放ったスケープゴートにより、全ての魔法チャージと攻撃が封じられる。
「しまっ――」
「テスイシュ・ブレス」
ジオがかざした大鎌から凍てつく様な霧がんふっふに向けて噴出される。それにより、んふっふが駆けていた強化魔法の全てが無効化される。
「ならば――」
「無駄だ! ハンディングウィング!」
ホルディングウィングとハンディングバインズの組み合わせ。んふっふは空中へと死霊の手によって磔にされた。
「なっ!?」
「お前の刑を執行する――」
雁字搦めにされているんふっふはカバンからグリモアを取り出すことすら出来ない。
「魂を刈り取るは剣――エンチャントサイス・ソウルブラッディ!」
ジオの構えている大鎌が血の様な白い靄のようなものに覆われる。
「まて、まて!!」
「お前のMPを全て刈り取らせてもらう……ブラッディサイス・ソウルドレイン!!」
「な、なんだ、それは! なんなんだそれはあああ!!」
動けないんふっふに対して、白い靄を纏った大鎌を振り下ろすジオ。
「ああああああああっ!!!」
んふっふの体を一閃した鎌は、しかしその肉体を切らずに霊力だけを切り取る。袈裟斬りにされたんふっふの体から血のように青白い霧状のものが噴出し、ジオの持つ鎌に吸い込まれていく。返す刀で十文字にんふっふの体を切り裂くジオ。
十字の白い傷から噴出した青白い霧は全てジオの鎌へと吸い込まれていった。
やがてその噴出が止まると、んふっふの意識はぷっつりと途切れた――




