抗い、生きる、スキル 4
「う……」
「気が付きましたか?」
いつの間にか気を失っていたらしい。ここはどこか、と体を動かそうとするものの、思い通りに動かずに目だけをきょろきょろとさせる。
「あ、まだ動かないでくださいね。かなり毒がまわっていましたので」
覗き込んでくる男の顔には、見覚えがあった。
「あ――」
声もまともに出なかった。自分の状況を確認したいのだが、それもままならない。
「ここは闇鬼の処置室です。大丈夫、オウヤンは死にました」
オウヤン――聞き覚えのない言葉だった。
死んだというからには、人の名前だろうか?それに今闇鬼と言ったか――
ハッとしてテンテンは目を見開いた。そして、傍で何事かしている人間を見つめる。
確かに見覚えがある顔だった。最初は龍人の遺跡からの通路を抜けた先の祭壇で。
二回目は――
「まだ眠っていてください。これから毒抜きの処置を行いますので」
男がテンテンの額を指先でトン、とすると、テンテンの意識は再び闇へと堕ちていった。
-------------------------
フレアオブケイオスの爆風の中で、ジオが見たのは高笑いをしながらも、グリモアと呼ばれる魔導書をカバンから代わる代わる何冊も出し入れしているんふっふの姿だった。
何をしているのかまではわからなかったが、ジオの中に一つの疑問が浮かぶ。
それを考える間もなく、爆風によって吹き飛ばされてしまった。
「ぐぁ!!」
うめき声を上げながら、ジオがボロ雑巾の様に地面を転がる。反対側の柱にいたカンガルーも同様に地面を転がっていた。
フレアオブケイオスの直撃を受けた柱はその大部分をえぐられて、もはや柱の役目を果たせず自壊する。
「なんだ、しぶといじゃないか。早く死んだ方が楽になると思うのだが――」
柱の影からいぶり出されたジオとモダンの姿を見て呆れたように笑うんふっふ。
「では、これはどうだ?」
ダメージを受けてすぐには動けないジオとモダンに向けて手をかざすと二人の上空に魔方陣が象られて行く。
「ジャッジメント」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべてんふっふが呟くと同時に魔方陣が光を放つ。
「速すぎる!」
モダンが叫んで横っ飛びに転がっていく。ジオも反対側へ同じように。
魔方陣から幾重もの光が飛び出てきて、それはまるで竜のように空中を突き抜けて二人へと襲い掛かった。
「うぉぉおおああああ!!!」
絶叫が木魂する。
その声にジオが振り向くと、設置されていた椅子の端に、体毛をブスブスと焦がしながら痛みに悶えるモダンの姿があった。
「も、モダン!!」
かろうじてジャッジメントの範囲外に逃れたジオだったが、モダンはわずかに間に合わなかったらしく、直撃とはいかないまでも、かなりのダメージを食らっているようだ。
慌ててジオが立ち上がりモダンに駆け寄る。
「だ、だいじょうぶだ……問題ない……」
抱き起こされたモダンは息も絶え絶えに笑った。
「問題ありまくりじゃないですか! すぐにポーションを――」
「き、きけ、ジオ……あ、あの魔方陣は……二つ重なっていた……お、おそらくんふっふは……」
「お、おいモダン! モダン!」
モダンはそこまで言いかけて気を失ってしまった。
(二つ? 重なって?)
気を失ったままのモダンの顔を見て、今の言葉を反芻するジオ。モダンはんふっふの何か気付いたようだが――
「よく避けたな。だが、お友達は残念だったが……それにしてもしぶとい。お前は一体何なんだ?」
からかうような声色で笑うんふっふ。その所作は既に次の詠唱に入っているようだ。
「グリムヴェイパー!」
「ぬ……?」
魔力の刃の霧がんふっふを包み込む。動けば動いただけ魔力の刃が対象にダメージを与える。これでんふっふの動きを封じ、ジオはモダンを抱えて一番近い小部屋へと逃げ込む算段を立てる。
「もう詠唱は完成してるんだよ」
霧の中から声が響き、次に空中に無数の魔方陣が現れ、そこから炎で出来た矢と、氷で出来た矢が入り混じって現れる。
「諸共串刺しになるといい……マジックアローレイン!」
んふっふの掛け声と共に、無数の氷と炎の矢がモダンを抱えたジオに襲い掛かった。
「ヘルリフィル・ミスト!」
「あ?」
ジオを光の霧が覆い、その霧に入った氷と炎の矢はそのままの速度で向きを変え、んふっふへと飛んで行く。
「なっ!? ゴーレム!!」
矢の軌道を見たんふっふが驚きを見せるが、間髪いれずに目の前にゴーレムを召喚し盾代わりにする。
召喚されたばかりのゴーレムは、無数の氷と炎の矢に晒されて、すぐに送還されてしまうが、んふっふは無傷だ。
その隙に小部屋へと瀕死のモダンを安置し、再びんふっふと対峙するジオ。
まだ、どうすれば勝てるか、あるいは切り抜けられるか、まったく策はなかった。ただがむしゃらに近づいてもダメ、距離を取ってもダメ。打つ手がなかった。けれど、早くここを切り抜けなければ、モダンの命が危ないし、消えたゼルやクララ、そして足取りのつかめないテンテンの事も探さなければならない。時間がたてば立つほど、皆の命が危なくなるのだ。
歯噛みして大鎌を持ち直すジオ。今はグリムヴェイパーでどうにか動きを封じているが、向こうからこちらが見えなくなったわけではないし、んふっふはほぼノータイムノーリアクションで魔法を実行してくる。一度つかまってしまえば命が尽きるまで魔法を打ち込んでくるだろう。
(ん……?)
そこでジオは引っかかりを覚えた。確かにんふっふの詠唱は恐ろしくはやい。ほぼ一瞬で魔方陣が完成する。さっきのジャッジメントにしても、通常の詠唱時間の半分以下で完成されていた。
ジャッジメントのような上級魔法になればある程度詠唱時間も長くなるから、詠唱が行使されるのは仕方がないこと。
けれど、ならば中級魔法はどうだろう。
メガ・ファイアにせよ、スモール・コメットにせよ、フローズン・レインにせよ、そんなに一瞬で魔方陣を描ききる事ができるのであろうか?
どれだけ詠唱速度を速めたところで、軌跡も描かずに魔方陣が一瞬で現れる事にどこか違和感を覚えたジオ。
「魔方陣が二つ重なっていた」
(モダンの死に際に残した言葉。そして、グリモアを何冊も入れ替えていたんふっふの所作……)
もう少しで線が一本に収束する、けれどんふっふはそれを待ってはくれなかった。
ジオの考えがまとまるに至る前に、グリムヴェイパーの効果が消え去り、同時に再び魔法を連発し始めるんふっふ。
ヘルリフィル・ミストは元がヘルリフィルの効果しかないから、跳ね返せる攻撃には限度がある。
ジャッジメントやフレアオブケイオスなどの大魔法は跳ね返す事はできない。またメガ・ファイアなどの中級とはいえ火力の高いものは無理だ。
マジックアローレインのような小火力の手数でダメージを稼ぐようなものにしか効果はない。
んふっふの連発してくる中級魔法や大魔法のほとんどは避けるしかなかった。
んふっふも心得たもので、魔法の撃ち方をきちんと組み立ててくる。
中級魔法で敵を誘導し、大魔法でダメージを与えつつ、さらに中級魔法で止めを刺すという彼なりの必勝パターンがあった。
メガ・ファイアをかわしたところへフローズン・レインを打ち込み、それがガードされてもスモール・コメットが頭上からジオを襲う。そしてそれを飛び退いて、あるいは前に転がって範囲から逃れたとしても、その先にはジャッジメントやフレアオブケイオスが待ち構えている。その範囲は見事に重なっていて、スモール・コメットが着弾する前にすでにジャッジメントなりフレアオブカオスが発動しているから逃げ場はない。必ずどの魔法かを食らう羽目になるのだ。しかもんふっふには即詠唱というアドバンテージがあるから、対象が逃げた先を見てから魔法を撃つ範囲を決める事ができる。言わば後出しじゃんけんのような事ができるのだ。
(くそ、まずい! まずいまずい!!)
破れかぶれにスモール・コメットを横っ飛びに転がり避けたところへ、フレアオブケイオスが放たれる。
その発動も早く、全速力で駆けたとしてギリギリその範囲から出られるかどうか。果たして直撃は避けられたとしてもその爆風で大きな隙を作ってしまうだろう。
「ふふ、ふはははは! 終わりだよ、ジオくん」
ウォードッグに変身する暇もない。あるとすれば唯一つ、暗黒術にはもう一つだけ変身できるフォームが残されている。だが、それを行使するにはわずかにスキルレベルが足らず、成功する確率は低い。
だが、もはやジオにはそれしか残されていない。
「レイヴンフォーム!」
ジオの姿が一瞬にして赤黒い体毛のカラスの姿へと変わる。
果たしてジオは賭けに勝った。カラスの如く空へと舞い上がり、フレアオブケイオスの範囲を抜けて、爆風の届かない残された柱の影へと猛スピードで飛ぶ。
「メガ・ファイア」
だが、まるでそれを見越したようにカラスの姿のジオ目掛けて火球が飛んできた。
直線的に飛んでいたジオは体をひねりそれをどうにか避けようとする。
「ははははっ! 以前同じように抜けられた事があってね。用意しておくものだねえ!」
ギリギリで直撃は避けられたものの、火球は羽をかすめ、ジオは失速し墜落する。レイヴンフォームの効果も解けて地面を転がったところへ、今度はフレアオブケイオスの爆風がジオを襲った。
「うぉぉっ!!」
爆風に吹き飛ばされながら、フレアオブカオスの魔方陣の残滓を見たジオ。
(あれは……)
爆風に吹き飛ばされながらフレアオブケイオスの魔方陣が完成し、それは一瞬で露と消え去った。
(そうか――)
次の瞬間背中から柱に叩きつけられ、思わず呻く。痛みをこらえながらんふっふの死角になる柱の陰へとどうにか移動したジオはとある魔法を唱えた。
「おやぁ? どうしたんだい? かくれんぼかい? それとも降参かな? 降参したところで死んでもらうけどね」
テスの祭壇の前で笑いながらジオが隠れた柱を見ながら雄弁と語るんふっふ。しかし柱の影に隠れたままジオは一向に出てこない。
「おや、本当に終わりかな? しぶとかったけれどあっけない――」
んふっふはニヤリと笑い、柱の影へと向けて歩き始めた。