始まり 2
「ったくしょうがねーな」
蝙蝠が消えて、意気消沈としているジオにゼルが立ち上がって詠唱を始める。
WWFでは詠唱の言葉はなくて、メニューやショートカットから使いたい魔法のアイコンを選べばカバンのなかの触媒を自動的に消費して詠唱を始める。詠唱が完了すると同時に触媒が消費される。
だが、それはあくまでゲームでの話だ。
先ほどジオがやったように、現状では詠唱と同時に触媒が光り輝く粒に変わっていき、その粒が魔法陣をかたどっていく。詠唱の言葉はなんでもいいみたいで、ゼルは適当に何かを呟いているようだが、最後には必ずその技名を叫ぶ。
今、ゼルの詠唱する魔法陣はジオの頭上に光を放ちながら現れてジオの詠唱が完了すると同時にくるくると回りだす。そのままジオを包むように光を放つと、やがて霧散するように光は消えていった。
光が消えると、ジオの痛みは嘘のように消え去っていた。
「おお、こんな風になるのか、何か心地良かった。ゼルの魔法じゃなければもっとよかったんだが」
「なんだとぅ、恩知らずめ!」
ゼルがジオの後ろに回りこんでこめかみに拳をこすりつけるようにぐりぐりとしてやる。
「いで、いでぇ!」
「ふはははは、少しずつ確実に貴様のHPを削り取ってやる。」
「やめれ、やめれ!」
「ふっはははは」
「ん?そういえば死んだらどうなるの?」
ジオとゼルの会話を聞いていたモリーティアが上げた疑問の声に、ジオもゼルもピタリと動きが止まる。
「それ、ちょっと怖くて試せないよね。」
テンテンも難しそうな顔をして腕組みを始める。
痛みも感じているし、その痛みに応じて表示されるHPも減っていく。ではHPが0になるとどうなるのか、ここにいるメンバーの誰もがわからなかったし、知りたいような知りたくないような事だった。
ゲームであるならば、死んだ場合は一番近いリスポーン地点へと瀕死状態で強制的に帰還して、デスペナルティと呼ばれる死亡ペナルティを受ける事になる。
このゲームは完全スキル制であるから経験値というものが存在しない。そのため、ペナルティはお金を徴収されるか、バッドステータスと呼ばれるマイナス作用のバフを一定時間受けるかを選ぶ事ができる。
だがそれはあくまでゲームでの話だ。今となっては一体どうなるか予測もつかない。
「実は俺とテンテンちゃんで少し狩にいってみたんだよ。」
「うん、回復役といざとなったらテレポもあるから丁度いいなと思って私も賛成したんだ。でね――」
テンテンとゼルの話によればまず、敵の攻撃は弱いモンスター相手でも攻撃を食らえば痛い。
それと、モンスターの動きはゲームのときと別物でパターンが存在せず、野生の勘のようなもので攻撃してくる。
さらには、アクティブと非アクティブの設定はなくなっていて、捕食のために人間やさらには他のモンスターを襲う個体もいるし、のんびり草食なモンスターや攻撃すると一目散に逃げていくモンスターなんかもいたそうだ。
「背骨はやばかったぞ。背骨の入り口の辺りで竜種がたくさん集まってて近づくやつから攻撃してた。」
「え、それじゃあ背骨でログアウトしてたやつらとかやばいんじゃね?」
「ああ、それがな、龍の口でうろついてた奴に聞いたんだけど、はらわたでログアウトしたけど街まで戻されてたんだってよ。」
「今までそんなことなかったのにね、あ、でも状況が状況だからそういうこともあるのかなー」
ゼルとテンテンがかわるがわる見てきたことを話してくれる。
その中で触媒の使い方や、かばんの件などゲームと異なる部分をいくつか見つけてきたということであった。
「話が少しそれたが、とにかくダメージ1でも10でも、痛みとかを感じるから、死ぬような攻撃くらったら、死ぬかどうかは別として死ぬほど痛いと思うぞ。」
少し言葉が破綻しているような気がしないでもなかったが、ジオはゼルの言いたいことは受け止めていた。
内臓がどうなっているかとかそういう詳しいことはわからないが、痛みを感じるという事は、それこそ現実と同じく致死量のダメージを食らえば、まともではいられないだろう。
仮に死んで、リスポーンできたとしても瀕死状態での復活であるから復活して早々死にそうな状態にさらされていることになる。それを考えればまともな精神状態でいることはできなさそうだとジオは推察して、つまりいずれにしても五感がある以上死ぬようなリスクは今のところさけるべきだと思い至る。
だが――
ジオは、とある魔法の存在を思い出してコンソール画面から魔法一覧を起動する。
(パワーオブダークネス、と、モアリボーンか…)
パワーオブダークネスもモアリボーンも死魔法に属する魔法で、その効果は死魔法の中でも破格の効果だ。
破格とはいえ、そのリスクも大きい。
パワーオブダークネス
――一定時間身体機能を大幅にあげる。急激な身体機能の強化の代償として効果時間終了と共に術者の命を奪う。
モアリボーン
――死んでも一度だけ瀕死の状態で復活する。デスペナルティは発生しない。
パワーオブダークネス、通称PODは課金ガチャのみでしか手に入らない呪文書で、モアリボーンはその辺のNPCや、"呪文書製作"スキルでも作る事のできるありふれた死魔法だ。
ジオはこの呪文書が欲しくて、生活費の事も忘れて金をつぎ込んだりもしていた。
破格の効果と同時にリスキーな魔法ゆえにさほど人気はなかったが、ジオはモアリボーン以外で使いこなすアテがあったのだ。
それはさておき、今はこの組み合わせで死亡するという感覚を間違いなく味わえる。さらに瀕死で復活するということをこの場で実験できる。
「実験、してみるか?」
「は?」
ジオの一言に、ゼルが素っ頓狂な声をあげた。
モリーティアとテンテンも目を大きく見開いて驚きを隠せないでいる。
そういえば、ゲームの時はアバターといえどそう大きく表情が変わる事はなかったのに、今は各々が活き活きとした表情を見せている。
それが余計に、死ぬということがどういうことなのかを暗示させてやまない。
「知ってるだろ、POD。パワーオブダークネスだ。一応モアリボーンもかけるけど。」
「…やめとけ、まじで。」
いつも調子のいいゼルが神妙な顔でジオを見つめる。テンテンとモリーティアも不安そうな顔でジオを見ていた。
「けど、知っておいたほうがいい事もあるだろ?」
「いや、まじでやめとけよ。死ぬほど痛いってことは、心が無事じゃすまなくなると思うんだ。」
ゼルもまたジオと同じ推察に行き着いていたらしい。テンテンもそう思っていたのかしきりにうなずいている。
「ジオくん、私もそれを懸念しているの。実験でもやめておいた方がいいと思う。」
「うぅん…」
死魔法を扱うジオとしては、それは知っておきたい事の一つでもあるのだが、流石に気軽に死ねるような状況でない事は自分でもわかっている。
しかし、それでも、自分のあずかり知らぬところでこの仲間たちが命を落としてしまい、そこで確認をとる、というようなことはなんとなく嫌だった。
もちろんそう簡単に死ぬような仲間ではない。モリーティアをのぞいて。
三人が三人ともジオと同じく中途半端といえるスキル振りをしているが、それでもその中途半端で培った経験は確実にその腕を磨き上げ、トッププレイヤーと遜色ない動きや判断をみせることもあるのを知っている。モリーティアはのぞいて。
「なんか、仲間はずれにされてる気がするんだけど?」
「えっ、気のせいじゃないですか?」
三人を順番に見比べているジオの表情をみて、モリーティアがぶーたれた。
どうやらジオは顔に出てしまっていたらしい。
そもそもモリーティアは戦闘職じゃないのだからしょうがないのだが。
実験をするか否か、ジオが迷い、それを他の三人が引きとめている。そこへ、声を掛けてきたものがいた。
「どうもー、皆さん、何やってるんですか?」
猫のような顔に猫のような尻尾とか耳とかをつけた、昨日知り合ったばかりのニュービー、アデーレだった。
中途半端の真価が発揮されるのは、もう少し後になります。