抗い、生きる、スキル 3
「ひっ、ひひっ……」
下卑た笑い声が聞こえる。
動かない体、かすかに写りこむ視界の中で、男がゆっくりと近づいてくる。
「んふっふの野郎の周りにはよぉ……きひっ……俺見てーな、やべぇやろうが集まってんだけどよ?」
何事か喋りながら近づいてくるが、それをまともに聞き取る事はできない。
体の中の血流が一旦停止したかのように、まるで自分の体ではないように、意思を注いでも、ピクリとすら動かない。
「俺はましなほーよ? 自分で自分が、“ヤバイ奴”だってわかってんだかんな」
男の履いている皮のブーツが視界を覆いつくす。
「がっ……」
それを振りかぶって、思い切り肩を蹴りつけてきた。かろうじてうめき声が出るが、相変わらず体は動かない。
「んふっふの野郎、ちょーしくれやがって……何が殺すな、だ。全部殺しちまえばいいのによぉ……バレても皆殺しにすりゃいいんだよ! 復活しても何度でも殺して殺して殺して! いなくなるまで殺せばお掃除完了、だろう?」
薄ら笑いを浮かべながら表情もまともに動かせないでいる顔を覗き込んでくる。
「ま……あいつもいつかこの毒で殺してやるけどよぉ」
男が懐からさっき投げつけてきた小瓶を取り出して、目の前に見せ付ける。
「これはよ、偶然できたチートな毒薬よ。きひひっ、うごかねーだろ?体。毒の効能を全部詰め込んだ薬なんだけどよ、いちばんつえーのが麻痺。ほぼ仮死状態になるんだが、意識や痛みはそのままっつーそれはそれは酷い薬でな?」
再び蹴りつけてくる男。もはやうめき声すら出てこなかった。
「さっきはよくも殴ってくれたよなぁ……」
蹴り飛ばされて無防備になっている腕を、男は今度は踏みつけて体重を乗せ始める。
ミシミシと音をたてて、ジワジワと痛みが襲ってきた。
「ふひーっひひひひ、いたぶるのちょーきもちいいーー!!!」
「っ!!」
パキン、と小気味よい音がして、激痛が襲ってきた。一瞬息が止まるんじゃないかと思えるほどの痛みで、けれど体が動かないからその痛みにもだえる事すらさせてもらえない。
自然と目から涙が止め処なく溢れてくるが、それをぬぐうこともできない。
「ひゃはっひゃあははっ!! ははあっ!」
微かに浮かべる苦悶の表情を見て、男は狂ったように笑い続けた。
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モダンに先導されて、テンテンが向かったと思われる場所を回るジオとゼル。
目の前を普通に二足歩行するカンガルーに違和感を覚えながらもジオもゼルもその後をついていく。
だが、一層にも二層にも彼女はおらず、ついに三層までやってきた。
「最初に管理小屋の方へいってみよう」
途中アンデッドの襲撃があったが、カンガルーが、手にした鋏で次々に屠っていく様は、凄いを通り越してどこかシュールで、ジオもゼルも言葉を失うのであった。
「む……戦闘跡が……」
管理小屋の前までやってきたカンガルーもといモダンが地面を見つめながら呟いた。
「テンテンさんが?」
「おそらくは……しかしなんだこれは……毒?と……血だ」
モダンが指し示す先には、一箇所だけ地面の色が黒く変色した場所と、その先に大きな血だまりが残されていた。
「お、おいおい、まさかテンテンちゃんが?」
「いや、わからない。ここでかなりの血が流れたようだが……これがちゃん様のだとは断定できない」
血は乾いておらず、まだ液体としての状態を保っていて、少しずつ広がっていっているようだった。
だが、それはぱっと見てもおびただしい量の血で、この血の主がだれかはわからないにせよ、少なくとも無事ではいられない事を示唆していた。
「急ごう」
辺りを調査していたモダンと、血をじっと見つめていたジオに先を促すゼル。その顔は真剣そのもので、いつものお茶らけた様子はない。
四層目を突破して最下層である五層目に到着したジオ達。
最下層はこれまでの第四層までと違って広さはなく、階段を下りて突き当たりにある巨大なテスの祭壇まで一本道になっている。よくある教会の内装のように道の両脇には椅子と柱が林立してあり、さらにそこから両側の壁にいくつかの小部屋があった。
教会、といっても椅子や柱、そして中央の祭壇は禍々しい雰囲気を放っていて、その祭壇には例のテスの聖杯が設置されている。
ある程度見通しがあるにしろ、椅子や柱、そして両側の小部屋など、待ち伏せをするには非常に都合の良い造りとなっている。
警戒を強めながら三角形の陣をくんで進む三人。
だが、どこにも敵が潜んでいるということはなく、それどころか、先ほど三層の管理小屋の前でみたような血だまりが時折残されていた。
「テンテンちゃんはいないな……てか、この血、流石にテンテンちゃんのじゃないよなぁ」
ゼルが呟く。一人の流した血としては既に多すぎるほど、血だまりが残されていたから、恐らくはテンテンのものではないのだろう。とはいえ断定するにはまるで情報がないのだが。
祭壇に向かって歩いていくと、普段であれば聖杯が安置されている場所の前に何か白いものが置かれているものが見えてくる。
「クララ!!」
それにいち早く気付いたゼルが叫ぶと供に走り出した。
「まて! ゼル!」
聖杯の前には、白いエプロンドレスのメイド――クララが横たわっていた。
駆け寄ったゼルがクララを抱き起こす。見た目には外傷がないようだし、クララは静かに寝息を立てていた。
それにしても警戒も何もあったものではない。モダンが走り出したゼルを追いかけて、その後ろをジオがより一層の警戒を強めて慎重に歩みを進める。
「クララ! おい、クララ!」
抱き起こしたクララを揺さぶりながら声を掛けるゼル。
「ゼル! うかつだぞ!」
モダンが二人に駆け寄ろうとしたその時、ゼルとクララの真下に白い魔方陣が突如として現れた。
「うぉ!?」
「まずい! 転移のトラップだ! ゼル、そこから離れろ!!」
モダンが叫ぶが時既に遅く、あっという間に完成した魔方陣の放つ光がゼルとクララを飲み込んでいった。
すぐに光は収束したが、あとには何も残らなかった。
「くそ!」
モダンが歯噛みして床を踏みつけ、ジオもまた苦々しい表情で祭壇へと走り、ゼルとクララがいた辺りを調べ始める。
いくら調べたところで、聖杯以外何も見つからないのだが――
コツ……コツ――
そこへ祭壇の後ろから足音が響いてきた。
「ジオ!!」
モダンの声に、ジオは飛び退き、取り出した大鎌を構える。
祭壇の裏から姿を現した派手なローブ姿のそいつは、ニィ、と口角をあげて笑った。
全身がその派手なローブで覆われているから種族ははっきりとはしないが、背の高さからホビニムス以外の種族に思える。
と、次の瞬間ジオとモダン目掛けていくつもの火球が襲ってきた。
「お前がジオか……」
火球を避け、回避が間に合わないものはからくも防御し、無数の火球をかろうじて捌くジオを忌々しげに睨みつけている。
「んふっふか!? ゼルとクララはどこへ!?」
「それに答える義理はないよ。むしろ俺の仲間達がどこへ行ったか聞きたいね。まさかお前らごときに逃げ出すようなタマでもあるまいが……」
「仲間?」
最後の火球を避けて、再びそのローブの男――んふっふと対峙するジオ。
「地獄戦士か……話に聞いていた通りだ。だが、まさかそんなネタクラスに負けるような連中でもないはずなのだがな……」
「何の話だ?」
油断なく鎌の切っ先をんふっふに向けたまま、見据えるジオ。んふっふはそんなジオと、周りを見回しながら、向けられた鎌などは意にも介さずにブツブツと何事か呟いている。
「どうする……とりあえずどこかに閉じ込めておくか?死の全容がわかり次第殺すかどうか決めればいいか……?」
「ゼルとクララは――」
「うるさい! 今考え事をしているんだ!!」
んふっふが手をかざした、それだけで中級魔法である“メガ・ファイア”がジオに向かって放たれた。
「なっ!?」
ほぼ無詠唱にて行使された魔法に驚嘆するジオとモダン。
二人はかろうじてその炎を避けるが、メガ・ファイアの火は祭壇の前の椅子を吹き飛ばして燃え上がらせた。
「これがウォーロックマスターんふっふの早撃ち……」
モダンが燃え盛る椅子を見て呟いた。
んふっふが有名プレイヤーとして名を馳せた理由。それがこの、ほぼ無詠唱とも言える早撃ちだった。
通常上級魔法や中級魔法を唱える際には、それなりの詠唱時間が必要になってくる。例えば、今んふっふが使った“メガ・ファイア”でさえ、三秒ほどの詠唱が必要になってくるが、んふっふはそれをほぼゼロにすることに成功した。
魔力と詠唱速度に影響するスキルに極振りし、その上でウォーロックというクラスに必要な魔法を全て取る。
結果的に防御面がかなり削られてしまったのだが、それはもはや魔法の即時発動をもっていくらでもカバーができる。詠唱速度とMPに多くのスキルポイントを裂いているため魔法の威力はさほどでないにせよ、それさえも早撃ちでいくらでも補えるのであった。
余りのその詠唱速度の速さに、一時期チートではないかというウワサも流れるほどであった。実際、同じようなスキル構成を試したものもいたが、んふっふのような早撃ちは出来なかったという。だが、疑いは疑いでしかなく、アカウント停止などをされることもなく、チートではないということが証明されていた。そしてその早撃ちの謎は解明されていない。
そんなんふっふは、特に対人戦であるPvPにおいて、無類の強さを誇っていた。
「あーぁ、なんかもういいや。どうせバレたんなら、お前らで死ぬとどうなるか確認する事にするよ、最初はあのエルニムスの女を誘い出す予定だったんだけど、まぁもう誰が死のうが一緒だし?」
んふっふはケラケラと笑い始めた。
恐ろしいのは笑いながら魔法を次々とジオやモダンに向けて放つことか。
「あはははっ、ほらほら、早く死ね!! メガ・ファイア、スモール・コメット、フローズン・レイン」
矢継ぎ早に呪文の名前を口にし、その瞬間にはその魔法が発動している。
「なぁっ!? イビルナイトシールド!」
余りのその速さに、ジオも対抗する手段が見つからない。防御力の上がる技を使うだけで精一杯であった。
何か詠唱するにも、魔法に関しては向こうの方が上である。ならば即時発動できる技で対応しなければいけない。
だが、即時発動するための技はそのほとんどの射程が短く、とてもではないがんふっふがその間合いにいれてくれるとは思えない。
祭壇の横で笑いながら次々と魔法を撃ってくるのは、自分に近づけさせないためであろう。
ジオもモダンも対抗するすべが無くんふっふの魔法を避けるので精一杯だった。
「どうした? 反撃してこないのか?」
その言葉と共に一瞬んふっふの攻撃が止む。
ククク、と笑いを零し、目を爛々とさせながら、魔法を避けるために柱の影に隠れたジオ達に叫ぶ。
「来ないなら柱ごとぶち壊してやるよ!!」
狂気の光を宿した目がジオの隠れた柱を見据えた。
「フレアオブケイオス……フレアオブケイオス!」
何故二回唱えたのか。そんな疑問がジオの脳裏をよぎったが、それどころではない。
んふっふの頭上に巨大な黒い火球が現れ、それが見る見る大きさを増していく。
柱どころか部屋全体を吹き飛ばすのではないかというその火球がジオめがけて放たれた。
火球はジオが隠れていた柱にぶつかって、そこで大爆発を起こす。
「ぐぉ……!」
その爆風にジオもモダンもなす術も無く吹き飛ばされていく。
「はははっ、はーっはっはっはっ!!」
爆風の中で、勝ち誇ったように笑うんふっふの姿がジオの目に映った。




