抗い、生きる、スキル 2
マハリジへと戻ったモリーティア達三人を、テレポーター入り口の所でスティーブが出迎えた。いつもの落ち着きはらった、威厳のあるはずの執事は、今はその執事服が着崩れていて、憔悴している様子だった。
「どうしたの?」
「ご無事で……おかえりなさいませ」
「スティーブ」
「なんでもございません」
どうみても何でもないわけがない、とモリーティアは真剣な表情でスティーブに詰め寄る。
そのモリーティアの強い態度に、スティーブも一瞬困惑の色を浮かべた。
「……クララは、ティア様のところへいかなかったでしょうか?」
一瞬の逡巡のあと、スティーブがモリーティアに向き直り口を開いた。
「クララ?来てないけど……」
「そうですか……いえ、あの子の事ですから気まぐれに買出しにでもいったのでしょう。そうですとも――」
「スティーブ」
誤魔化すように頷くスティーブに、またも厳しい目線が突き刺さる。
結局スティーブは話さざるをえなかった。
今朝方、クララが忽然と消えてしまったことを。
ジオ達がモリーティアと共に、龍人の遺跡へと出発してから丸一日が経っていた。
その間、スティーブもクララも普段となんら変わりの無い生活だったのだが、スティーブ自身は時折、見られているような感覚があったという。クララが何かたくらんでいるのだろう、と最初はそう思ったが、どうも視線は家の外から感ぜられる。
クララであるならば家の外から視線を送るというような事はないだろう。
従って、何者かがこちらを監視していると見て間違いない。
そこまでわかったまではよかった。
モリーティア達がいつ帰るかはわからないが、しばらく敷地から出ぬように、とクララに言付けようとそう思っていた矢先、庭先の掃除に行ってからしばらく帰ってこないクララに気づいた。
慌てて探しに行こうとするスティーブだったが、彼の目に飛び込んできたのは、玄関扉が開けっ放しになっており、そこに庭先の掃除用の箒が無造作に置かれていたという。
「典型的な誘拐っぽいなー」
話を聞いていたテンテンが顔を険しくさせて腕組みをする。
「でも、目的がわからん。もしあの家にいる人間の中で誘拐するとしたら、モリモリさんだと思うし」
「ふぇ!?」
「非常に言い難い事ですが、私もそう思います」
テンテンの言に、驚いたモリーティアが声を上げてしまう。スティーブはスティーブでテンテンの言葉に何の迷いもなく同意して頷いていた。どの辺りが非常に言い難かったのかと、問い詰めたい気持ちもあったが、今はそれよりもクララの事だ。
「それとその方法もいまいちわからない。どうやって進入権の設定してある敷地に入ったのか――」
テンテンが首を傾げる。
「ええ、ですから、拐しではないのでは、と、街中を探し回ったのですが、影も形も無く。あるいはテレポーターでどこかへ行ったのかとも思ってここで待っていたのですが」
「そしたら私達が来た、と」
頷くスティーブ。
「うぅん……」
テンテンが腕組みしたままで唸った。テンテンにしてみれば、“心当たりがある”のだ。
しかしながら、それはモリーティアのいる前では言い出せず、どう伝えるべきかと悩んでしまう。
事態はおそらく単純ではない。
モリーティアを尾行していたというんふっふの一味。おそらく家を監視していたのもその一味だろう。尾行はモリーティアだけでなく、スティーブやクララにまで及んでいた。そのときはまだジオの顔や安否は知られていなかったにせよ、まさに今日ゴローとハルおじさんに知られてしまった。
その事についてサラとテンテンの間で多少のやりとりもあった。
だが、それとクララの誘拐がどうしても噛み合わない。
ジオの生存が知られたのは今からほんの少し前、しかもその場に、んふっふはいなかった。
けれどクララの誘拐はそれより前になる。ジオの生存を知って何らかの思惑で関係者を誘拐したのではなく、他の思惑で動いているのだろうか。
「ミサちゃん、スティーブ、モリモリさんを家までお願い。私はグラダンを回ってくるから」
「わかりました」
テンテンの言葉に、うやうやしくお辞儀をするスティーブと、ミサも頷く。
「テンテンちゃん、気をつけてね。私もミサちゃんとスティーブとで街の中をもう一回探してみるから」
「いや、モリモリさんは家で待っててくれた方がいいかも、もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれないし」
「うぅん、でも……」
ジオがいなくなった時はもっと必死で鬼気迫っていたように思える。自分で探しにいくと喚くほどだったが、今はそうではない。
もちろんジオの時とは状況が違うし、いなくなったのか、それともたまたまどこかへでかけているのかはっきりとしてもいない。
仮に誘拐だとして、脅迫文の一つでも届いていたら、きっともっと慌てるのだろうが――
食い下がっても状況がはっきりするわけではないから、モリーティアはテンテンの言葉に従い、ミサとスティーブを伴って家へと向かうのであった。
「すみません、ちゃん様――クララとスティーブに関してはNPCだったということもあって保護の対象外でした」
モリーティアを見送って、すぐ姿を現したサラが頭を下げた。
「すでにモダンには連絡を入れました。これから私もジオに状況の説明をしに参ります。ちゃん様には先に地下墓地で捜索をお願いしたいのですが……」
「何かわかったの?」
「いえ……んふっふは地下墓地に行ったという情報がありましたもので」
「わかった。ジオの方は任せる。それとその後は――」
「わかってますよ。モリモリさんを護衛します」
テンテンとのそんなやり取りを思い出しながらサラは駆ける。
その姿を見止めるものはいない。隠形によってその姿を完全に景色と同化させているからだ。
だが、そいつはそんな自分に気づいて逃亡を図った。
――只者ではない
サラにも隠形術については人より優れている自負がある。
隠形は、ただ姿を消すだけの術ではなく、発見されないように動くのが尤も肝となる技だった。
姿が見えないだけで、足音などは聞こえてしまう。何かにつけて物音は立ってしまう。
如何にそういう痕跡になるものを消していくのかが重要なのだ。
それについてのサラのセンスは、彼女の師匠も舌を巻くほどであった。
にもかかわらず、そいつは気づいた。
ジオとゼルがやって来たとき、すでにモダンとの段取りを終えて、テンテンを地下墓地へと送り出した後だった。
続いてジオとゼルをテンテンと合流させるべく、グラダンのテレポーター前で待っていたのだが――
「モダン、ここを」
ジオとゼルは不思議そうな顔をして首を傾げていたが、それにかまっている暇はない。
ジオとゼルを見張る視線に気づいたサラは、その死角から隠形を使いその視線の主へ接近しようとする。
だが、そいつは確実にサラがいる方を見たかと思うと、脱兎のごとく逃げ出した。
(まさか!?)
殺気も気配も全て消して動いていたはずなのに、確かにそいつはサラを見ていた。
向こう側も隠形を使っているようで、サラから姿を確認することはできないが、確実に視線を感じたのだ。
サラもまた気配をたどり、その人物を追う。
自在に通路を、壁を走るそいつは、物音も一陣の風さえ起こさず駆け抜けていく。けれど、サラよりもほんの僅か足が遅い。やがて、小路へとその人物を追い込んでいく。
「サラ、か。アサシンメイドの」
ある路地裏までたどりつくと、その人物はピタリと逃げるのをやめ、隠形を解き、追いかけてきたサラの前にその姿を現した。
「テス教……?」
現れたのは黒いフードローブにすっぽりと身を包んだ女性。その体型からホビニムスだと推測できる。
しかも――
「こんなNPCがいるなんて知らなかった」
「そうかい?そんなに驚くようなことでもないと思うんだけどなぁ」
油断無く短剣を構えるサラに対して、その人物は落ち着き払って戦闘態勢すらとっていない。
「でも、私の視線に気づくなんて、ほんと優秀なんだね、君は」
それどころか、サラに笑顔さえ見せた。
「…………」
しばらく構えたまま、鋭い視線でその女性を見据えていたサラだったが、ふとその構えを解いた。
「いいのかい?」
「こっちはあなた方にかまってる暇はありません」
「こっちは構って欲しいなぁ」
「それなら全員全力でくればよいではないですか。それをしないのですから、私も帰らせていただきますよ」
「はは……かなわないなぁ」
呟いたテス教の女性はひょいと小路の壁を楽々飛び越えてその壁の上に立つ。するとその壁の上に、空間から染み出るように、いくつかの彼女と同じ黒いローブの人影が現れた。
「闇鬼か……」
予想していたよりも多くの人間に囲まれていたことに、サラは一瞬冷や汗が伝うのを覚えた。
けれど、それはおくびにもださない。あるいは見透かされていたとしても。
「しばらくジオ様とゼルギウスには監視をつけさせてもらうね、敵対する意志はないけれど」
「ご自由に」
「何か困ったことがあったら地下墓地の最下層まで来てくれ」
「必要ありません」
「ははっ、嫌われちゃってるなぁ」
「どうでもいいです」
最後にはほんのわずか口を尖らせて闇鬼の面々はまた空間に溶け込むようにしてその姿を消した。
「そうだ、んふっふには気をつけるんだよ」
サラ以外の姿が消えてしまったそこに、その女性の声だけが木霊する。
「知っています」
サラは呟いて踵を返した。
------------------------------
地下墓地を駆け抜ける一陣の風。すさまじいスピードで駆け抜けていくその風圧が、第一層を徘徊する骨のモンスター、スケルトンを風圧だけでばらばらに砕いていく。
広大な地下墓地を所狭しと駆けているのはテンテンだった。
サラとモダンから情報を受け取り、ジオとゼルに先んじて、単身でんふっふを探していた。
第一層、第二層をローラーして探したが見当たらず、今は第三層の管理小屋までやってきていた。
その管理小屋ももぬけの殻であったが、そこには確かに誰かがいたように机や椅子が散乱していた。
ここもはずれか、と管理小屋を後にしたテンテン。
「っ!」
風を切る音を聞いたテンテンが管理小屋の屋根へと飛び移った。
「おいおい、避けるなよ」
テンテンがさっきまでいたところには刀身がぬらぬらと光っているナイフが突き刺さり、そのすぐ後ろの空間が歪むようにして一人の男が姿を現した。
「せっかくの特性の毒がもったいないだろぉ? ひひひっ!」
甲高い声で男が叫ぶと小屋の屋根の上にいるテンテンを狂ったような双眸で見据えた。
「なんだ、おまえ」
「ひひ……聞くの? それ聞いちゃうの? ……今から死ぬ奴に教えても意味ないだろ? きひひひっ」
「今忙しいから後にしてくれないかなー」
「おいおい、折角出会えたんだぜ? 一期一会をもっと大切にしようぜぇ……それにあれだろ、おまえ、あれ、メイド? それとも、んふっふ? 探してんだろぉ……どっちか一つにしろよ!」
勝手にしゃべり始めて、勝手に怒りはじめたその男にテンテンは、思わず辟易してため息をついた。
どうやらキがチガう感じの人に目をつけられてしまったらしい。
だが、目の前の人物がどういう人間であれ、今まさに聞かなければならない用事ができてしまった。
「クララはどこだ?」
「あ?」
屋根から飛び降りたテンテンが内功を高めながら手刀を男の首元につきつけた。
「しらねー、しらねーなぁ、ただ、攫って来たってしか聞いてねぇしなー」
「どこにいる?」
「しらねーし。聞きたきゃ俺を倒してみろ! って、おれかっけー! ひゃはははは!!」
狂ったような笑みを浮かべた男は一瞬後ずさっていつの間にか手に持っていた小瓶をテンテンにむけて投げつけた。
「っ!?」
回避する間もなくその小瓶は防御体制をとったテンテンの左腕に当たって砕け、中の液体が飛び散る。
「ぎゃははっは、ばーか! お前、死亡かくてー!」
今の小瓶がなんだったというのか――馬鹿にしたように笑ってはしゃぐ男に向かってテンテンはすばやく間合いを詰めてその腹に思い切りナックルチャージを叩き込んだ。
「がはっ!! てめ、なにしやが――」
倒してみろ、というのなら是非もない。
くの字に折れ曲がりながらも、悪態をつくのをやめない男にテンテンが次々に技を叩き込んでいく。
「げふっ! ぐはっ! ぐふっ!」
無慈悲とも言える連打に、男は見る見るうちに弱っていった。再びチャージナックルを打ち込むと、男はふっとんで尻餅をつく。
「はあっ、はあっ……クララはどこだ!」
「ふひ……ふひひひひ!!」
大技を使ったわけでもないのに、テンテンを謎の疲労感が襲う。
尻餅を付いた男は、そのテンテンの様子の変化に、より気違い染みた笑い声をあげた。
「クララはどこだークララはどこだー……ひゃーーはっはっーっ!!」
「くそ、なんだこいつ……」
何かがおかしかった。スタミナも十分、内功も十分なはずなのに、体が重い。
「おいおい、ぼーっとしてていいのかぁ?」
尻餅をついていた男がまた懐から小瓶を取り出して、それを一気に飲み干すと、目にも止まらぬ速さでテンテンとの間合いを詰めて蹴りを放った。
「あがっ――」
何故か体が思うように動かないテンテンはその蹴りを受け損ねて地面に転がる。
「ふひひひ、どうしたのかなー、おじょうちゃーん? くららはどこー?」
地面に転がるテンテンを馬鹿にしたようにからかいながら男がゆっくりと近づいてくる。
男の傷はいつの間にか回復していて、一方テンテンの体はもう鉛のように重くなっていて、言うことを聞いてくれない。
「ぐっばいあでぃおす、ホビニムスのお嬢ちゃん……ひゃはははははっ!!」
顔をぐにゃりと歪ませて男が笑った――




