抗い、生きる、スキル 1
マハリジの街、その西居住区の一角に、二区画を贅沢に使った豪邸がある。
――モリーティア邸
そこでは一人のメイドと、一人の執事が主不在の家を預かっていた。
それは何も珍しい事ではない。主であるモリーティアは普段はジオ達とのたまり場で生産活動をしたり、広場の片隅で露店をしたり、あるいは大聖堂や他の都市の図書館へ出かけて本の虫になったりと、家にいるほうが少ない。
主人のいない家は、少しばかり寂しいにせよ、いつもの事でもあるので普段どおり起きて、掃除して、ご飯を食べて、掃除して、寝て――
しかし今回は少々心配であった。
メイドのクララは庭の掃除をしながらため息をつく。窓からは家の中に設えてある生産道具を手入れしている執事のスティーブの姿が見えた。
そのスティーブもどこか浮かない顔である。
それもそのはず、自分達の主であるモリーティアがジオ達に同行し、龍の骸に出現したという地下都市へ探索をしにいったのだ。
モリーティアの筋力、生命力など、生命維持に関わるスキルレベルは合計で20にも満たない。
間違って金槌で自分の指を打っただけでも瀕死になるのではないかというHPの低さだ。それを各種アクセサリーで水増ししてるとはいえ、とても戦闘に耐え得るものではない。
そんな主人の事をわかっているつもりだから、彼女が探索についていくと駄々をこねた時の周りの心中も察するに余りある。
使用人という立場でなければ反対もしたし、付いていくこともできただろうが――
「じゃあ、お願いね! スティーブ、クララ!」
出かけの際の主人の満面の笑みに、彼らもまた笑顔で見送るしかなかった。
粗方庭を掃き終えて玄関まで戻ってきたクララはふと視線を感じて振り返る。
だが、辺りには誰もおらず気配も感じられない。
気のせいかと肩をすくめて家の中に入っていった。
そのメイドの後姿を、確かに見据える目があった――
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酒場『血の饗宴』にて、ゴローの失言に悩ませられながらも、ハルおじさんやゼル達が互いにフォローを入れつつ、角が立つ事も無く食事会は終了した。
モリーティア、テンテン、ミサの三人は一度マハリジのモリーティア邸へ戻ることになり、ジオとゼルは先ほどゼルが拾った指輪の鑑定に行く。サラは『血の饗宴』で壊したテーブルの弁償分を働くことになった。
とはいっても、ここはアサシンメイド支部の一つである。別にウェイトレスをするということでもないのだが、何も知らないモリーティアが、
「サラちゃんのウェイトレス姿見に来るね!」
と目を輝かせて言ってしまったものだから、モリーティア達を見送った後で、鬼気迫る表情で髭の中年マスターにウェイトレス服を用意するように迫っていた。何故か二着。
街の中央のテレポーターで女性陣と男性陣に別れ、女性陣はテレポーターへ、男性陣は商店街へと歩き出す。
「それにしても、スキル?技の組み合わせ?あれ俺にもできっかなぁ?」
商店街へと歩く道すがら、ゼルが腕組をしながら呟いた。
「俺はさ、昔からこういうことができたらいいのに、こういう風にできるんじゃね? って思ってたことを実践してみたら、できたってだけなんだよなぁ。システムに沿った結果、システム外の出来事になった、みたいな」
「あー、そういえば前にそんなこといってたっけな」
「それはゼルからもヒントもらってたからなぁ、こないだほら『やってみたらうまくいった』って言ってただろ?」
水と電気を組み合わせて竜の群れを撃退したときの話だ。
「んあ? あれなぁ、できるかもしれないって思ったんだけど、半信半疑だったよ」
「俺もそうだったよ」
そのジオの言葉にゼルは、ふむ、と頷いて、今度はスキルについて考え始めたようだ。
しばらく考え込んでいたゼルだったが、ある時ニヤリと笑った。
「俺にもできるような気がしてきたぜ!」
商店街は、やはりテス教の息がかかった店が多く、酒場『血の饗宴』にしてもそうだったが、看板や店構えがおどろおどろしい雰囲気に満ちている。
リアルログインが起きる前は特に何も思わなかったが、今となっては、その質感だとか、時々得体の知れない匂いなんかもして、異様な雰囲気を感じることができる。
技や魔法の組み合わせについて議論しながら歩いてきた二人は、一軒の店の前で立ち止まった。
そこは触媒などのアイテムから日用品まで様々な消費アイテムを扱うアイテム屋なのだが、一つ他の都市にはない特色として、アイテムの鑑定をしてくれる場所であった。
WWFの世界全ての都市を見ても、鑑定屋はここ一軒だけ。
とはいえ、テレポーターが動かないわけではないのでこれといって不便だったり不都合があったりするわけでもない。
周りの店と同様に、怪しげなアイテムが口をあけている出入り口の両脇にうずたかく積まれ、その入り口には怪しげなデザインの暖簾が下がっている。
一歩店に入ればそこは薄暗くて、雰囲気もたっぷりである。
その奥に大小二つのカウンターがあって、大きいカウンターにはテスのローブを被ったデモニムスの男が、もう一つの小さいカウンターには、これもまたテスのローブを被ったホビニムスと思しき女性が座っていた。
「鑑定、お願いしたいんだけど」
真っ先に小さいカウンターへ向かったゼルが、カバンから例の指輪を取り出してホビニムスの女性の前にそっとおいた。
「…………」
女性は黙ってその指輪を手に取ると、傍にある光にすかしてみたり、何度も回しては各部を注意深く見る。それから左手をゼルに向け、
「千ゴールド」
と一言。
「ああ、はいはい……あれ? カード使える?」
「うちは現金だけ」
「……ジオ、三百ゴールドない?」
カバンからゴールドの入った袋を出してみたが、どうやら七百ゴールドしか入っていないらしい。
仕方なく、ジオもカバンからゴールドの入った袋を取り出した。
この世界の通貨は全てゴールドという単位でまかなわれる。
キャラクリエイトして最初にもらえるカバンにはゴールド硬貨用のポケットが付いていて、そこに手に入れたゴールド硬貨を放り込むと百ゴールド単位で自動的に袋詰めしてくれるという、何気に優れものな機能があった。
ところが、このゴールド硬貨にすら重さが存在する。余りにゴールドを詰め込みすぎると、その重さで重量制限を越えてしまうこともしばしばあった。
そこで登場したのがマネーカードと呼ばれるアイテムだった。
一定期間ごとに維持費として一定量のゴールドが必要になるが、アイテムやゴールドを預ける銀行とゴールドに関してのみ、どこにいても直接取引が可能になる優れものとして、浸透率はほぼ百パーセントだった。
ところが、中には今回のようにカードが使えない場所、というのも存在しており、ある程度のゴールド硬貨を持っておくことは必要である。
ともあれ、千ゴールドを現金で払い、鑑定結果を待つ。
「おかしい……」
そこで、鑑定していたホビニムスの女性が呟く。顔を上げて隣のデモニムスの男に視線を送ると、それに気づいた男がやってきて、女性の傍にしゃがみこんだ。
「詳細が出ない」
「そんなことが?」
指輪を男に渡して、その男も同じように鑑定所作を行うが――
「本当だ」
同様に訝しげに呟いた。
「お客さん、これをどこで?」
「え? あー……地下墓地、かなぁ」
「ふむ」
男の問いかけに、ゼルがお茶を濁したような言い方をする。そのゼルの態度に、一瞬疑いの目を向けるホビニムスの女性。けれど、すぐに指輪に視線を戻して、指輪と共に千ゴールド分の袋をカウンターの上に置いた。
「うちじゃ鑑定出来ない。お金は返す」
「え、こまったな……ここで鑑定できないってなると――」
「妖精の森にもっていくしかない」
「そうなりますよねー」
淡々と言葉を続ける女性に、ゼルが肩を落としてため息をついた。
――妖精の森とは、WWFの一つのコンテンツである。
その森は不定期にどこかに現れて、一定期間を過ぎるとなくなってしまう性質から、移動する森といわれている。その森にはアイテムの妖精が住んでいて、生産ボーナスや、鑑定ボーナスなど、アイテムに関して様々な恩恵をプレイヤーにもたらしてくれていた。
本当に場所も時期も不定期に現れるため、出現予報というものは用意されていなかった。
かつて、解析に挑んだものもいたが、まるでサーバーが意志を持ったように気まぐれに排出するコンテンツで、誰にも解析がなされることは無かった。
そのため、激レアコンテンツとしてプレイヤーの間では伝説とすらなっている。
鑑定不可能なアイテムはそこでアイテムの妖精に見てもらうしかないだろう、というのがグラダンの鑑定屋の話だった。
しかしながら、それを狙って遭遇することは不可能に近いので、ゼルもジオもあきらめて店を出て行くのであった。
「連絡――ジオとゼルギウスの動向を追跡する」
二人が店を出て行くのを見送ったホビニムスの女性が呟いて、その姿は空間に溶け込むように消えた。
その隣で同じく店を出て行った二人を凝視しながら、男もその言葉に頷いていた。
店を出た二人は、元来た道をたどりながらテレポーター方面へ歩いていく。
「なんなんだろうな、この指輪。骨の竜のドロップだと思ったんだけど……」
ゼルが目の前に掲げて、鑑定不可能といわれた指輪を凝視する。
龍人の都市と、通路にくまなく設置されていた、龍と女神の紋様らしきものが彫りこまれた簡素な指輪で、それ以外は特に呪いだとか禍々しい雰囲気があるだとか、そういう事は無くて、いたって普通の指輪に見える。とはいえ、間違っても何が起こるわからないアイテムを装備しようなどと、いくらゼルであっても思わない。
「とりあえずモリモリさんとこ帰ろうか、妖精の森なんて探して見つかるもんじゃないしさ」
「ま、そうだな、ジオも早くモリモリさんとこ帰りたいだろうしな!」
「なっ!? そんなんじゃないって!」
半目でニヤニヤと笑うゼルに、ジオが頬をほんの少しだけ染めて反論する。
ふざけ合いながらテレポーターの所までやってきた二人だったが、そのテレポーターの前でサラとモダンが二人を待っていた。
「ジオ、ゼル、二人に伝えなければいけない事が――」
二人の姿を見つけるなり駆け寄ったサラが口を開くが、一瞬押し黙って辺りを見回した。
「どうした?」
珍しくサラの顔に焦燥が見て取れる。その様子にゼルもジオも首をかしげる。
「モダン、ここを」
「気をつけろよ」
サラはそういい残して、その姿を消す。
「ジオ、ゼル、まずいことになった」
サラの代わりにモダンが難しい顔をして口を開いた。
「クララがいなくなった――」




