地下都市グラダンにて 4~邂逅、そして策謀~
山盛り目玉を前に放心しているゼルを尻目に、モリーティアもミサもずっと抱えていた疑問を目の前にカンガルーもといモダンにぶつけてみることにした。
「なんでカンガルーなんですか?」
「ワラビーだ」
二人の質問に間髪いれず訂正を入れて来るモダン。これは単にジオの予想ではあるが、モダンに取っては百万回聞かれたことかもしれない。事実、ジオやゼルが初めてモダンに会った時も同じことを聞いた。
酒場『血の饗宴』は、サラ達アサシンメイド組織への窓口の一つである。
かつて、“鹿の美容師”と“アサシンメイドの祖”が作り上げた情報収集機関。モダンはその“鹿の美容師”の弟子である。
弟子入りする際に、
「ワラビーかミンクがいいかなっ、ぬへへ」
の一言で、弟子入りの証としてワラビーに変身できる指輪を“鹿の美容師”から受け取った。
だが、変身した彼を見た“鹿の美容師”の最初の一言は、
「カンガルーにシカみえない」
だった。
デモニムスという種族は他の種族に比べ、屈強さや筋肉質を前面にだした種族であったから、その体も大きめに作られている。小さくすることはできなくもないが、せいぜいニムス程度で、ホビニムスほど小さくすることはできなかった。
その体格の良さが仇となり、ワラビー変身リングを装着したにも関わらずカンガルー並みの大きさになってしまったという。
それからワラビーだと言い張り続ける彼の苦難の人生が始まったのである。
「ああ、鹿さん! 知ってますよー、私もジオから紹介されていったことがあるんです!」
懐かしい名前の登場にモリーティアが、パチパチと手を打った。
もちろんモリーティアにはアサシンメイドの組織の事は知らされていない。が、サラと、その師匠であったアサシンメイドがいたくお気に入りであった事から、密かに組織の中でも重要な位置を占めていた。変態師弟コンビ枠、とジオ達は呼んでいたが。
私情きわまりない、とジオも思うのだが、下手に突っ込むと何がどうなるかわからないので、何も言えなかったジオ。けれど、それは今という状況においては非常に有益であったと思うのである。
そんな話をしていたジオ達に、突如店の入り口の方から大声が飛び込んできた。
「おお……おおおお!!」
地を這うような、太い、うめき声とも叫び声ともつかぬような声が店内に響く。
ただ事ではないと、カウンターに座っていたジオ達も後ろを振り向いた。
そこには固まっているサラと、四人のプレイヤーらしき人物がいて、そのうちの一人が巨体を震わせて叫び声をあげていた。そしてその視線は真っ直ぐにジオに向かっている。
その視線に、はて、と首をかしげるのはジオだ。
どこかでみたような、知り合いのような、そうでもないような、と頻りに首を傾げている。
一歩、また一歩ゆっくりとジオに近づいていくその男は、ハルおじさん。
有名プレイヤーの一人であり、第一次龍の骸調査隊においてカンシーンを撃退したといわれている人物。
傍には女騎士がいて、ハルおじさんの二歩ほど後ろを付いてくる。
その二人の姿に、ゼルはあからさまに眉をひそめ、テンテンはサラとアイコンタクトを取り始める。
モリーティアとミサもまた訝しげな顔で、ハルおじさんの動向を見守っていた。
一方当事者であるはずのジオは、自分へと向かって歩いてくる人物を思い出せなくて少し慌てていた。
向こうは知っているようだから、覚えていないというのは失礼にあたるだろうから、と必死であ行から名前を思い出していく。
「すまないっ!!」
結局名前を思い出せずにいるジオの前までやってきたハルおじさんは、開口一番深々と頭を下げた。
突然の謝罪に余計に混乱し、困惑の表情のまま周りに助けを求めるが、皆黙って目の前の鎧の男の動向を見守っているようで、ジオの求めに気付いていない。
「私が……私たちがカンシーンの脅威から生き延びれたのは、君のおかげだ!」
頭を下げたまま声をあげるハルおじさん。隣の女騎士もハルおじさんに倣って頭を下げていた。
その後ろでは、そのハルおじさん達をゴローとルリ子が暖かい目をして見守っている。
カンシーンという言葉でジオもようやく思い出す。けれど、それは何だか遠い昔の出来事にも感じられて、目の前で頭を垂れる騎士に、少々複雑な気持ちになってしまう。
あれから、どうにか生き延びて、色々な事があって、そうしてモリーティアやゼル達皆と一緒にここで馬鹿な話をしている自分がいて――
あの時の事などほとんど思い出す暇もなく、完全に過去の事となっていたジオに対して、目の前の人物は、ずっと負い目にして引きずってここまでやってきたのだろう。
そうでなければここまで潔く頭を下げる事もできないだろう。
ましてや彼もまた有名プレイヤーとして第一次龍の骸調査隊の中心人物だった一人である。
これはジオの偏見でもあるのだが、そういう有名人が素直に頭を下げるという事実に、少々困惑も覚えるのであった。
「あの、結果的に俺も生きてましたから、その……心配? かけてすみません」
「何を言う……私の方こそ、すぐにでも救助隊を出すべきであったのに、他の多数を優先してしまった。これはどんな償いをしても償いきれぬと思っている」
「いや、償いとか、そんな――」
「本当にすまなかった。あの時君がいなければ、我々は勿論、後衛の部隊や果てはそこのゴロー達前線までもが崩壊していた可能性があった。皆に代わって謝辞を――ありがとう」
ハルおじさんという人物は、どうやら愚直なまでに生真面目な人物らしい。頭を下げているからジオからは見えないが、その目には涙さえ浮かべていた。それを見たメッツもまた胸を熱くさせる。
「ありがとうございました」
実際、目の前で困惑しているこの人物がいなければ、隣のハルおじさん諸共カンシーンによって葬られていただろう。
それを思えばこそメッツからも、ハルおじさんと同じくジオに頭をさげたままで、自然とその言葉が出てきていた。
「あの、頭を上げてください。俺はできる事をやっただけですから……」
相変わらずモリーティアやゼル達も渋い顔をしてはいたが、当のジオ本人が恨みに思っていたりせずにいるのだから、と何も言わずにジオとハルおじさん達をじっと見ていた。
「そういってくれると、救われた気持ちになれる……しかし……本当に、生きていてくれて、よかった……」
ジオの言葉に顔を上げたハルおじさん。デモニムス特有のいかつい顔をくしゃりとさせ、涙をうかべながらも笑顔を見せる。そして、すっと右手をジオに差し出した。
その手に、ジオも立ち上がり、差し出された手を取る。
がっちりと交わされる握手。
勿論、こんな事で自分が許されるとか、受けた恩がなくなる、などとは思わないが一先ずはずっと探し続けていた恩人の無事を確かめて、気持ちに一区切りをつけることができたと思うハルおじさん。
ジオも悪い気はしない。かつて目の前の人物は、中途半端ネタクラスである自分の力をも必要だといってくれた人物でもあったから、決して悪い印象はないのだ。
「あの、私とも、よいだろうか……」
爽やかな男同士の握手が行われる傍で、メッツが頬を少しだけ赤らめておずおずと手を差し出してきた。
「おお、そうだな、メッツもまた彼に助けられたのであるからな」
手を離し、一歩引くハルおじさんがメッツの背中を押した。
「あの時のセイクリッドスコールは見事でした」
ジオもまた笑顔で応え、その手を取る。
「ほんとうに……ありがとう」
そしてまたガッチリと握手を交わす。
その様子に、モリーティアがまたギロリとジオとメッツを睨み始めるが、それに気付いたミサが苦笑いを浮かべてその視線を遮った。
それからは、ゴローやルリ子も加えて、食事会となる。
本来であれば、モリーティアもゼルも、ゴローやハルおじさんらに良い印象はないのだが、成り行きというのもあって卓を囲むことになった。
「それにしても、私はてっきりあの大穴にカンシーンもろとも落ちたのではないかと思っていたのだが……」
ハルおじさん達にしてみれば至極真っ当な疑問であった。
食事をしながら、ゴローやハルおじさんはあの状況からの生還劇について是非聞きたいとジオを見る。
「あ、あー…確かにカンシーンを落としたところまではよかったんですが……」
ちらりとジオがモリーティア達に目配せをするが、テンテンがそれに対して首を振った。
「トンネル谷のところにうまく引っかかりまして……その時崩れた崖で入り口が埋まってしまったのですが、たまたまテレポートストーンが一個残ってまして……」
ありもしない適当な状況をでっち上げる。龍人の都市の事や、ジオのスキル上限の消失はやはり言わないほうが良いだろう、とテンテンの応答で察するジオ。
「なんと運の良い……」
「けれど、落下の時に骨折してしまいまして、テレポートストーンで帰ったのは良かったんですが、しばらく動けず、報告も出来ず……捜索隊まで組織してくださったとかで、本当にすみませんでした」
適当な事を言いつつも、ハルおじさんやゴローの顔を潰さない様に上手く話をしていき、最後には軽くペコリと頭を下げてみせる。
「いや、いや、調査の件もありましたから、どうかお気になさらず。いずれにしても無事で何よりでござった」
そのジオの謝辞に対して、畏まったつもりでゴローが答える。が、それは余りにもそぐわない言葉だった。モリーティアやゼルがその言葉に眉をひそめ、ハルおじさんやルリ子までもが固まってしまう。
ゴローの言葉は、ジオの捜索はついでだった、と言っているようなものだ。しかし、当の本人は自分の失言に気付かずにからからと笑っている。何故かジオも一緒になって笑っていた。
その脇で、申し訳なさそうにうつむいて小さく頭を下げるルリ子とハルおじさん、メッツの三人。
そんな四人の有名プレイヤー達の様子に、ゼル達四人も苦笑いを浮かべるしかなかった。
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地下都市グラダンにあるテス教の教会のさらに地下には、広大な地下墓地が広がっている。
あらゆる場所に、テス教の狂信者であるとか、骨のモンスターであるスケルトン、朽ちた死体であるゾンビなどのモンスターが跋扈している。最大五層に及ぶ階層に分かれたそこは、階層を重ねる毎にモンスターが強くなっていく。
その中間とも言える三層目には、地下墓地の管理小屋のような建物がある。
「くそっ……くそくそ!!」
その小屋へ数人の仲間と供にやってきたんふっふ。
入るなり、何度も舌打ちをしながら小屋の中の机や椅子をあたり構わず蹴り飛ばしていた。
ついてきた仲間達も、そのんふっふの所業に思わず困惑の色を浮かべる。
「マスター、どうなさったのです」
思わず仲間の一人が諌めようと尋ねるが、
「どうもこうもあるか!!」
一喝と供に、その仲間へ向けてファイヤ・バーストが放たれる。
「ひぃっ!?」
最下級の魔法であるからダメージは大したものではないにせよ、突如として攻撃されたものだから、その男は思わず悲鳴を上げてしまう。
「くそ……ジオ、とかいったな……」
そんな男の様子には目もくれず、ぶつぶつと呟きながら手近な椅子にどっかと腰を下ろす。
「んふっふさん、どうせなら、そのジオとやら、殺してきましょうか?“地獄戦士”なのでしょう? 我々に掛かれば何の問題もないかと――」
「馬鹿を言うな。死については何もわかってはいないのだぞ? もし、復活でもされたら足が着く」
その発言をした男を鋭い目で睨むんふっふ。
だが、次の瞬間、はっとしたように目を見開いた。
「そういえば、お前が尾行していたあの女……モリなんとか」
「モリーティア、ですか?」
「そうだ、確かお前の話ではそいつは生産職だったな?」
「はい、メイド相手に生産を見せていたので間違いないかと」
「ふむ……使えるな」
何かを思いついたのか、考えを逡巡させるように腕を組むんふっふ。
「そいつが勝手に死ぬ分には、足はつかぬだろう?」
「はぁ……けど、どうするんです?」
「一つ良い事を思いついた」
ニヤ……とんふっふがこれまでにない邪悪な笑みを浮かべた――




