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地下都市グラダンにて 3~酒場『血の饗宴』~

「ああっ、モリモリさん!」


 テスの教会をでてすぐ、ゼルが骨の部屋で拾った指輪の鑑定の為に商店街へ向かう一行の前に、一つの影が立ちふさがり、それは勢いよく走ってきたかと思うと思い切りよくモリーティアに飛びついた。


「お待ちしてましたぁ、会いたかったですよぅ!」

「わわっ、サラちゃん!?」


 勢いよくモリーティアの懐に飛び込んだサラだったが、そこはメイドの「嗜み」が働いたのか、抱きつくような事はせず、モリーティアの手を取ってそこに頬ずりするだけにとどまった。


「もう心配で心配で、特にこの野郎どもが何かしでかさないかもう心配で心配で!」

「あはは、大丈夫だよ。それにしても、サラちゃんもグラダンまで来てたんだ?」

「はい、こちらでハウスクリーニングの仕事を頼まれておりまして……」


しれっとした顔で言ってのけるサラ。


(ずっと一緒にいたじゃろうが!!)


サラとモリーティアの感動の再会、という茶番劇をジオ達は呆れたように冷ややかに見守る。


「立ち話もなんですし、あちらで一服いかがです?」


 一頻りモリーティアの手の感触を楽しんだサラはモリーティアの手を握ったまま、商店街入り口のところにある少し寂れた酒場を指差す。


「じゃあ、一服しようか?」

「ほーい」


 サラのお誘いに乗る形でジオが提案すると、テンテンがいつもの調子で両手を挙げて賛同した。


 ――酒場『血の饗宴』


 酷い名前の酒場である。入り口に設置されている、西部劇などでよく見られるスイングドアをくぐると、少々手狭な店内に五台ほどの背の高いテーブルが配置されていて、テス教の者と思われる黒いローブ姿の人間がちらほらとみられる。

 奥には仏頂面の中年くらいの髭のマスター。


「へ?」

「ふへ!?」


 そのマスターの横、バーカウンターの中に何故かそれはいて、それを見たモリーティアとミサが変な声を上げてしまっていた。


「あ、いらっしゃい。お、ジオとゼル、それにちゃん様も一緒かー」


その声に振り向いたそいつは親しげにジオとゼルに声を掛けてきて、ついでといわんばかりにテンテンの頭を撫でる。


「おい、モダン、それセクハラだかんな」

「ふはは、すまんすまん、ちゃん様よ。二番目の娘と同じくらいの背だから、ついな」

「おまえ、娘にセクハラしてんのか」

「ちげーよ、ちゃん様がちっちぇーんだよ」


モダンと呼ばれた人物、声からすると男なのだが、そのモダンの姿にモリーティアもミサも言葉を失っている。


「おお、あんたがウワサのモリーティアさんか。サラの言うとおり別嬪だな」

「ふへっ!?」


モリーティアを見止めて、ゆっくりと近づいてゆくモダン。

思わず隣のミサと抱きしめあって後ずさりしてしまう。


「モダーーン! モリモリさんが怖がってるだろ!!」


カツッ! カツッ! カツッ!


「うぉい、サラ、あぶねーだろ!」


サラが手近にあったフォークを投げつけ、それはモダンの足の直前に突き刺さる。


「あんたの存在の方がよっぽど危ないわ! モリモリさんの半径二十メートル以内には近づくな!」

「おいおい、無茶を言うなよ。それじゃおちおち話もできない」

「話すことなど何も無いっ!」

「なんだとーう!」


 再びフォークを投げつけるサラに対して、モダンが腰元からすばやくそれを取り出して、フォークをはじいた。

 はじかれたフォークは弧を描いて、隣のテーブルに置かれていたケーキに見事に突き刺さった。

 モダンの手にあったのは、小さな鋏だった。


「やれやれ、また始まった……」


テンテンが呆れたように肩をすくめていた。

 騒ぎの予感がしたのか、あるいはテスイシュの導きだったのか、食事をしていたテスのローブの客は既に店を後にしていて、ジオ達以外店から人はいなくなっていた。


「あの、テンテンさん……」


サラとモダンの攻防を眺めつつ、テンテンの傍までやってきたモリーティアとミサ。そのうちミサがモダンから目を離せずに口を開いた。


「なんで、あの人カンガルーなんですか?」


ミサの言葉にモリーティアもまたテンテンを見つめながらコクコクと首を縦に振る。


「カンガルーじゃない! ワラビーだ!」


サラの投げるフォークを鋏で器用にはじき返しながらカンガルー、もといモダンが叫ぶ。


「わら……?」

「ワラビーっていうのは、カンガルーのちっさい奴。でも、あいつ元々デモニムスだからちっちゃくならなくて、どうみてもカンガルー」


ため息をついてテンテンが解説しつつも一歩踏み出す。


 サラが身軽にテーブルとテーブルの上を飛び跳ねて、そこから調達したフォークを次々にカンガルーへと投げつける。

 対するカンガルーはそのフォークを鋏ではじいては、テーブルの元あった位置を狙ってはじき返していく。とはいえ、カンガルーは達人ではないので、弾いたフォークはテーブルの上に思い切り刺さったり、天井に刺さったり、時々上手に食べ物に刺さったりしていた。


「このカンガルーめ!」

「ワラビーだ!」


 叫びながらサラは、フォークを構えて脇を締め、カンガルーへ突進していく。

 その切っ先を鋏で絡み取り、後ろへ飛びのくことで突進の勢いを殺すカンガルー。その飛びのく様はまさにカンガルー。


 最初は呆気にとられていたミサとモリーティアだったが、鋏を器用に使うことに驚き、諍いの行方を固唾を呑んで見守っていた。

サラの俊敏な動きに驚くモリーティアと、最後の飛びのきにまさにカンガルーの姿を見たミサが、うさみみをぴこぴこさせながら目を丸くしていた。


「よいのか、サラよ。モリーティアさんがみているが――」

「っ!?」


 突進の勢いを殺され、フォークと鋏の鍔迫り合いになったところで、カンガルー、もといモダンがサラに耳打ちする。

 そこで初めてサラはハッとして、モダンから大きく飛びのいた。


「ふぅ……私としたことがついカンガルー狩に熱中してしまいました」

「ワラビーだ」

「どちらでもよいです。とにかくそこのカンガルーは馴れ馴れしくモリモリさんに近づかなければ死ぬことも無かったでしょうに」

「死んでないし、ワラビーだし」


ぐぬぬ、とするサラに、半目のモダンがまたしてもにらみ合う。


「はい、そこまで。やめ、やめ」


その間にテンテンが割って入ってきた。


「ちゃん様――」

「止めないでよ、ちゃん様!」

「ちゃん様やめれ……てか、私はいいんだけどさ、こちらが――」


 割って入ったテンテンの後ろから、カウンター内にいたはずの髭の中年マスターがぬっと顔を出す。

 そのマスターの形相に、サラもモダンも一瞬で顔色を青く変えてしまう。

 マスターの目配せにより、ようやく店の惨状に気付く二人。


「おまえら……しばらく給料抜きな」


 鬼のような形相のまま、そう一言だけ言い残して、マスターはカウンターへと戻っていった。

 その一言に、完全に動きを停止したサラとモダン。


「まぁ、いつものことだなー」


またもテンテンがやれやれとため息をつくのであった。


 それから――


 カウンターに並んだジオ達五人と、店の片づけを始めたサラ。カウンター内ではカンガルーがマスターの補助をして、飲み物を作ったり、食事を配膳していたりする。


「申し遅れました。ワラビーの美容師、モダンといいます」


 モリーティアとミサに食事と飲み物を給仕しながら、カンガルーがぺこ、と頭を下げた。


「美容師さんだったんですか!」


ミサが思わず声を上げ、モリーティアと顔を見合わせる。「なるほど、それで鋏」と二人で納得して頷きあっていた。


「御用の際は、今はここで厄介になってますので、ここへ来ていただければ……あるいはコールいただければ伺いますが――」


 そこでモダンはちらりとサラを見る。その視線に気づいたサラがギロリとモダンを睨んだ。


「はは……まぁ、もし何かあったらこちらまでどうぞ」


殺気の篭ったその視線を笑って受け流すモダンだったが、しばらくその横からの鋭い視線にさらされるのであった。


 それにしても、カンガルーもといワラビーの美容師というのは、どこか不思議な感じというか、メルヘンチックというか。

 モリーティアもミサも、一度モダンの美容を受けてみようという話になっていた。慌ててサラが「それなら私が」と言おうとしたのだが、美容師専門でスキルをあげているモダンと、メイド関連にプラスしてアサシンスキルと併用しているサラのスキルでは、天と地ほどの差があり、また美容に失敗すればそれはもう酷いことになるので、それ以上は踏み込めないでいる。眉毛がなくなったり、ざんぎり頭のモリーティアなんてみたくはないのだから。


「そういえばモダンさん、目玉焼き食べてみた?」

「ああ……うーむ、あれは少しばかり勇気がいるからなぁ」


 そこへジオが思い出したかのように、よくある料理の名前を口にした。カウンターに座っていた皆が、モダンの言葉に頷く。


「試してみようか?」

「えっ!?」

「げっ!」


 何を言いだすんだと、全員が全員ジオのほうを見る。


――目玉焼き


 よく聞く料理の名前だが、ことWWFに関してはそれは趣を異にする。

グラダン名物といわれ、ある物は珍味と讃え、あるものはゲテモノと称すその『目玉焼き』。

それは、闇鬼クエストにも出てくる、モンスタードロップの目玉を焼いたものだった。

ゲーム時代はそれしかないから、と料理にして――といっても焼くだけだが――食べることは少なくなかったが、今となってはそれとこれとは別である。全ての五感が生きている今、珍味ともゲテモノとも言える料理に手を出すのは、チャレンジャーというものだろう。


「やめとく?」


余りにも反応が酷いので、やめようかと心変わりを見せるジオに、皆が必死で頷いていた。

が――


「はい、目玉焼き」


マスターがグロテスクなそれを何の躊躇もなく全員の皿の上に一つずつ置いていった。


「うええぇ、睨んでるよぅ、ボクを睨んでるよぅ」


ミサが悲鳴をあげる。隣のモリーティアも口をパクパクとさせて声も出ない様子だ。

テンテンは腕組みをして目玉を睨み返し、サラはすまし顔でカウンターから離れたところを掃除しはじめた。

各々がその目玉を前に、十色の反応を示していた。


意外だったのは、ゼルが一口で目玉を丸のみして、「ああ、確かに珍味だわ」とけろっとしている事か。


「あの、ボクもうお腹一杯なんで、ゼルさんよかったらどうぞ」


そのゼルの様子にミサがおずおずと目玉の乗った皿を差し出した。


「あ、いや別に美味しいわけじゃ……」

「俺のもやるよ、ゼル」

「私のも」


そうしてゼルの皿に盛られた目玉の山は、ちょっとしたホラーだった。


「あはは……山盛り目玉だうわーい」


-------------------------------


ゼルが山盛り目玉に放心しているころ、酒場『血の饗宴』の前には四人の人影があった。


「情報収集といったら、やはり酒場だろう」


着流しから腕を出して、顎に手を当てて呟くのはサムライ・ゴロー。


「うむ、安心したら私も急に小腹が空いてきた。食事がてら、情報収集としようかの」


光り輝く鎧を纏った騎士、セイクリッドナイト・ハルおじさんが腹を抑えて笑った。


「どうせならもっと良いところで食べたいけど…」

「私はどこでも」


 酒場の名前を見て、不満気な顔をしているのは緋の賢者ルリ子。

 ハルおじさんの傍で表情を変えずに控えているのは女騎士メッツだ。


 ジオの安否を聞いた第三次調査隊の面々は、一度自由行動となり、皆グラダンの町へと繰り出していった。唯一んふっふ(・・・・)だけは、数人の仲間と供に、地下墓地へと降りていってしまったが。


「まあそういうな、ルリ子。ここは私がおごろう」


ゴローの言葉にルリ子はしぶしぶ了承して、四人は酒場『血の饗宴』の扉をくぐる。


入ってすぐ、散乱したテーブルを片付けているメイドの姿が目に入った。


「んん?」


どこかで見たような気がする、とそのメイドの後姿を見ながらゴローは首をひねった。


「何みてんのよ……」


そのゴローの視線に気付いたルリ子が半目で睨みながら――


「ぬおぉっ!?」


 ゴローの足を思い切り踏みつけた。不意打ちに思わずうめき声を上げてしまうゴロー。


「あら、いらっしゃいま……せ……」


 そのうめき声に振り向いたメイドが四人の姿をみて、一瞬息を呑んだ。

 冷や汗を顔に浮かべて、四人を凝視している。

 ちら、とメイドがカウンターを見ると、座っている誰も四人の来客を気にしているものはいない。


「あー、何か食べたいのだが、大丈夫か?」


 ゴローがメイドに尋ねるが、メイドはすっかり固まってしまっている。

ゴローは自分が有名プレイヤーだという自負もあるものだから、てっきり、目の前のメイドが有名人を前に緊張しているのではないか、などという考えが脳裏をよぎっていた。


「そんなに畏まらなくても――」


そこまで言いかけたとき、ゴローの後ろから突如大声が上がった。


「おお……おおおお!!」


その大声はカウンターに座っていた一人の人物に向けられていた――

お読みいただきましてありがとうございます。

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