地下都市グラダンにて 2~ファルク・ダルス・マーサテスイシュ~
闇鬼――
テス教における実行部隊という位置付けになっている組織。というのは設定上の話で、実質は死魔法と暗黒術を司るコミュニティの一つだ。だが、その設定上、闇鬼から輩出されるクエストは血生臭いものが多い。
人型モンスターのドロップする血や目玉を集めろだとか、どこぞのNPCの暗殺だとか、とにかくそんなクエストで溢れていて、他のコミュニティとは一線を画している。
「見て、死の魔剣士様と死神ガニス様よ」
「ほんと、珍しいわね……ジオ様だわ」
「ガニス様とジオ様が並んで歩いていらっしゃる……」
ガニスに案内されてやってきたテス教本部教会の地下にある闇鬼の詰め所。
辺りにいる闇鬼のメンバーだと思われるNPC達が、やってきたガニスとジオを見てひそひそと話をしていた。
皆、ガニスのような黒いローブに、頭からはフードを被っているので、表情も性別もわかりにくいものの、皆が皆ジオとガニスに注目しているようだった。
時折ジオに話しかけてくるメンバーもいた。
ガニスの話によれば、この世界でもっとも早くテスイシュの試練を突破した者の中の一人がジオである、らしい。その後も精力的にテスイシュのために働き、数多くの実績を残したという事で、闇鬼のNPCの間ではジオは有名であり、人気もあるという事だった。
果たしてジオが自分で言っていた事を聞かれたのか、それとも誰かが偶然そういう名前をつけたのか、闇鬼のNPCの間で、ジオは「死の魔剣士」という通称で呼ばれていると言う。
「ジオ様、サイスオブヘルはお持ちではないんですか?」
ジオに話しかけてきた一人の若い女性が、少し顔を赤らめてうつむきながら尋ねてくる。
「へ? あるよ。これでしょ?」
カバンから深い青で縁取られた柄に、真っ黒な刃が着いた大鎌を取り出してみせる。
「………き」
「き?」
「きゃああああっ! すてきっ!!」
女性から悲鳴にも似た黄色い声が上がる。その声に振り向いた闇鬼の面々の注目がジオの手にしている鎌に集まる。
「おい、サイスオブヘルだぞ……」
「マジでか、超かっけぇ……」
「まさに伝説の人に、伝説の武器……」
周りからどよめきが起きて皆が皆、ジオに尊敬の眼差しを向け始めていた。
サイスオブヘルとは、“クラス装備”と呼ばれる特殊な装備の一つ。
ゲームにおいて、闇鬼や騎士団など、各コミュニティのクエストをこなすとその難易度に応じたポイントが加算されていき、コミュニティ内でのランクが上がる。最上位ランクになれば、その“クラス装備”をもらえるクエストを受ける事ができる。
クラス装備は特殊な性質を持っていて、決して装備としての能力は高いわけではないのだが、クラスの特性に合わせた固有のステータスが付与されている。
例えばサイスオブヘルには、エンチャント効果十パーセントアップや魔法チャージなど、地獄戦士として戦う上で非常に使いやすい効果が付与されている。
さらに、このクラス装備の共通の特性として、「耐久値低下によっては壊れない」というものがある。
つまり修理いらずなのだ。
一見便利そうに見えるが、実際は、面倒臭いクエストを何度もこなしてコミュニティのランクを上げ、さらに難易度の高いクラス装備クエストをこなした上でようやく手に入る代物でありながら、修理いらずなのは良いにせよ、装備可能スキルレベルに制限があったり、さらには能力値は同等のレベルの武器と比べて大きく見劣りするなど、なんとなく“くたびれ儲け”感が多いアイテムなのだ。
とはいえ、格下のモンスター狩などでは重宝するものだし、生産系クラスについては必須とも言える能力が付与されていたりするので手に入れようとする人間は思いのほか多い。モリーティアがいつも着ている服や鍛冶用のハンマーもクラス装備だし、ゼルが時々装備する聖騎士の盾やテンテンの篭手、ミサの鈍器なんかもそうだ。
さておき、どうやら闇鬼ではジオとジオのもつサイスオブヘルの組み合わせは伝説的な話となっているようだ。サイスオブヘルの所有者が少ないことも影響があるのかもしれない。
いつのまにかジオとガニスの周りには闇鬼の若い女性を中心とした人だかりができつつあった。
「なんだよ、鼻の下のばしちゃって――」
一方、ぶつぶつと呟いて、唇を尖がらせ、眉を吊り上げながら話題の中心にいるジオを見据えているのはモリーティアである。
非常に不愉快そうな顔で、苦笑いを浮かべるジオを睨んでいた。
闇鬼の人間がジオに詰め掛ける中、モリーティアやゼル達四人は隅の方に追いやられていた。ましてや“聖堂”所属のゼルなんかは半目で一瞥されていく。ゼル好みの推定スタイル抜群お姉さんにまでそんな目線で見られて、すっかり心にダメージを負ってしまったゼルは壁に向かってしゃがみ込み、のの字を書いていじけている。ミサはそんなゼルを呆れたように見て、テンテンはというとジオに向かう人だかりを物珍しそうに眺めていた。
そして、何も無いはずの空間からは黒い殺気がジオに向けて、ピンク色の気配がモリーティアに向けて駄々漏れになっている。多分気のせいだろう。
モリーティアフィルターを通して見るジオは、若い女性たちから言い寄られ、ちやほやされ、だらしなく鼻の下をのばしているようにしか映っていないらしく、そんなジオの様子に、モリーティアから闇深い黒い殺気が漏れ出始めていた。
実際は、時折熱い視線が女性から送られているのは確かにあるのだが、単に憧れの眼差しだったり、物珍しいモノをみるような視線だったりと、主体としては好奇の視線が多かったし、別に女性だけでなく、男女半々といったところだろう。
「皆! ジオ様は長旅で疲れていらっしゃる。話のあるものは後ほど私の方でアポイントメントを取らせていただく。今日のところはお下がりなさい」
モリーティアの黒い殺気に気付いたからか、あるいは事態の収拾を図るためか、ガニスが機転を利かせてくれた。
「なんだか、すまな――」
「ジオ様からも一言いただきますね」
「へ!?」
その機転に礼を言おうとしたとき、ガニスの口から思いもかけない言葉が飛び出していた。
「皆、心して聞くように!」
ガニスの声に、ジオに詰め掛けていた闇鬼の面々は、波を打ったように静かになり、皆同時にその場に片膝をついて傅いた。
「え、えっと……」
――こんなの聞いてない
まるで壇上に突然のぼらされた新人の教師よろしく、困惑するジオ。
ガニスもまたジオの横で傅いていたが、その口角は楽しそうに吊りあがっていた。
(この……ガニスめ!)
それに気づいたジオは横のガニスに怒りの視線を向けるが、全く意に介さず傅いて微動だにしない。
助けを求めて視線を上げると、傅く闇鬼の人の群れの奥で、ニヤニヤしているゼルと黒い笑顔のモリーティアがジオを見据えていた。
(あ、だめだ、助けてくれない)
その二人の笑顔にジオが直感する。こうなれば、もう腹をくくるしかない、とジオは息を吸い込んだ。
「ジオです。皆にテスイシュ様の加護があらんことを……ファルク・ダルス・マーサテスイシュ」
ジオが一礼する。
何も言葉が出てこず、一言も何もあったものではなく、ただの挨拶だけにとどまってしまった。
だが、続いて、そこに傅いていた一同が、まるで訓練されていたかのように同時に同じ言葉を唱和した。
ファルク・ダルス・マーサテスイシュ
「死の神テスイシュ様と共に」という意味を含んだ祝詞であり、テス教の挨拶でもある。
気の利いた一言も言えず、思わず自分の語彙力のなさに辟易してしまうジオだったが、祝詞を唱和し終え、顔を上げた面々は皆一様に尊敬や憧憬の眼差しをジオに向けていた。
「さすがはジオ様。言葉ではなく行動で示せ、と……まさに“死の魔剣士”の二つ名にふさわしいお言葉でした」
ガニスが張り付いた笑顔を見せて立ち上がった。
(何が二つ名にふさわしい、だ。ハメやがって――)
憎憎しげにガニスを見るジオ。恨み言の一つも言ってやりたい気分だったが、ジオへの好奇の目という事態をとりあえずのところは収拾できたから、睨むだけで留まる。
それから、モリーティアの黒い笑顔とゼルのからかいと共に、時折闇鬼メンバーの熱い視線を受けながら、建物を後にするジオ達。
「うわ……相変わらず禍々しい建物だなぁ」
テス教本部である教会を出て、改めて振り返ってみたテンテンが呟く。
「まぁ、結局死魔法とか暗黒術のための施設なんだけどね」
テンテンの呟きに、あっけらかんとしてジオが言い放った。
「身も蓋もないですねぇ……否定はしませんが、あまり信仰心を蔑ろにはしないでいただきたいですねぇ」
そのジオの横で、見送りに着ていたガニスが困ったような笑顔を浮かべていた。
「いやいや、ガニスさん。ちゃんと信仰してますよ、テスイシュ様こそ唯一の神、ファルク・ダルス・マーサテスイシュ」
「はは…まぁ、いいですが……では、私はこれで、ファルク・ダルス・マーサテスイシュ」
ガニスは祝詞を唱えて一礼すると、教会へと消えていった。
「まぁ、でもこれで一つわかったね。あの都市はグラダンまで続いていた。ってことはあの都市が龍人の都市だっていう可能性がかなり高くなったってことだよね」
「もう龍人の都市でいいと思う。紋様の裏づけだけ取りたいけど…」
「確かに、あの紋様が何の紋様かどうかさえわかれば確実だね!」
モリーティアとテンテンが盛り上がり始める。
「――あの、モリモリさん、テンテンさん。ほんとに言い難いんですけど……」
「ん?なに?」
「どうしたの?ミサちゃん」
議論が始まりかけたところへ、これまで黙っていたミサが割ってはいる。
「あの……ミニマップの表示、途中からグラダン地下墓地って変わってたの気づいてました?」
「…………」
ミサの衝撃の一言。そういえばそんなものもあったなぁ、とゼルが笑う。
自分の視界の端に、常に浮かんでいたにもかかわらず、まったくそれを見ずに進んで、議論を戦わせてきたモリーティアとテンテンは、真っ白になって――
「あれが、ジオ様?」
真っ白になるテンテンとモリーティアに慌ててフォローに入るジオ。そんなジオ達の騒ぎを見つめている目があった。
闇鬼のローブを羽織った小柄な人物がジオ達の様子をつぶさに観察している。
しばらくじっと六人の様子をみていたその人物はやがて、教会の奥へと姿を消した。
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「これはこれは、んふっふ様に、ルリ子様、ファルク・ダルス・マーサテスイシュ。お久しぶりにございます」
ジオ達が教会を去った後、しばらくして、今度はさっきジオ達が現れた部屋に、第三次龍の骸調査隊の面々が到着していた。
「今日はなんとも千客万来の日ですね……まさか、ジオ様に引き続き、んふっふ様やルリ子様までいらっしゃるとは……」
闇鬼の詰め所で調査隊の面々を出迎えたガニスが顎に手を置いて呟いた。
ガニスたちNPCにしてみれば、んふっふやルリ子もまた死魔法を極めた優秀で尊敬すべき死魔法使いなのだが、さほどコミュニティに貢献していたわけではないので、ジオほどの歓待は受けることは無かった。
だが、そのガニスの呟きに一人の人物が食いついた。
「今、なんと!?」
巨躯を威嚇するように身を乗り出して、ガニスの前に立った鎧の男。セイクリッドナイト“ハルおじさん”である。
「ハルさん!」
ここがどこか、思わず忘れてしまうほどの驚きがハルおじさんを支配していた。
慌ててメッツがハルおじさんの横に付く。
「セイクリッドナイト……まぁ、んふっふ様やルリ子様の手前ですから構いませんが…」
「君はジオという人物をしっているのか?」
ガニスの威嚇するような鋭い目をものともせずに、今にも食って掛かりそうな勢いのハルおじさん。
「闇鬼において、ジオ様を知らぬ人材はほぼ皆無です」
「今、ここに来たような口ぶりだったが?」
「はい、つい先ほど、おそらくはあなた方と同じルートでいらっしゃいました」
「なんと……」
思わず、ほう、とため息をついて安堵に肩を降ろすハルおじさん。
メッツやルリ子もそのハルおじさんに駆け寄って、「よかった」と、頷きあっていた。
その一方で苦虫を噛み潰したような顔をしているんふっふ。
「どうなさいました?んふっふ様?」
ガニスの問いかけには答えず、んふっふは舌打ちして翻った。
地下墓地へと歩いていくんふっふの背中を、含みのある笑みを浮かべたまま、ガニスが見送った――




