地下都市グラダンにて 1~テス教~
地下都市『グラダン』
その名の通り地下に建造された都市である。一体誰が、何の目的で地下に都市を建造したのか。一体いつ頃からこの都市が存在しているのか。明らかにされてはいない。
その街並みは古く、土や石で出来た家々は古さの中に風情のようなものがあって、どこか懐かしさと寂しさを覚えさせる。
地下水をくみ上げた水路が張り巡らされているのも特徴的で、時折沐浴をしている姿も見受けられる。
中央には、マハリジと同様にテレポーターが設置してあり、それを中心に四つの区画に街は分かれていた。
北に行くとプレイヤーも購入できる居住区、東には広場が設けられている。南へ行くと商店の立ち並ぶ商店街、西へ行くと――
西には巨大な教会がある。
ただ、それはマハリジにある神聖を具現化したような大聖堂のようなものではない。
禍々しく、どこか不吉な感じのする建物がそこにはある。
――テス教。
死と暗黒を司る神、テスイシュ神を崇拝する暗黒教である。その総本山がまさにここ、グラダンにあった。
そのテス教はいつ頃確立されたかは定かではないが、ここグラダンに住む多くの人間がテスイシュ神を崇め、またテスイシュ神の恩恵によって生きている。とされていた。
「まぁ、死魔法とか暗黒術のための施設なんだけどね」
その禍々しい建物の前であっけらかんとしてジオが言い放った。
「身も蓋もないですねぇ……否定はしませんが、あまり信仰心を蔑ろにはしないでいただきたいですねぇ」
そのジオの横でエルニムスの男が困ったような笑顔を浮かべていた。
「いやいや、ガニスさん。ちゃんと信仰してますよ、テスイシュ様こそ唯一の神!」
「はは…まぁ、いいですが……では、私はこれで、ファルク・ダルス・マーサテスイシュ」
ガニスと呼ばれた男は祝詞を唱えて一礼すると、禍々しい建物へと消えていった。
「じゃあ、宿でも探しに行こうか?それともマハリジに戻る?」
ガニスを見送ってジオが振り返った。
ジオ達一行がここへ到着したのはつい二時間ほど前の事だった。
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薄暗い通路を進むジオ達。ようやく緩い上り坂から解放されて平坦な通路を、しかし油断なく進んでいた。
それまで時折見られた龍と女神の紋様の間に、テス教の紋様である、髑髏と鈴、そして鎌が描かれた紋様が混じるようになった。
これらテスの紋様はグラダンの街のいたるところにあったから、ジオ達も見覚えがあった。
「うぅん、こっちが龍人の都市の紋様で、あっちがテスの紋様…あれ?」
そこでモリーティアが一つの事に気付く。
龍人の都市の紋様は進行方向に対して真正面から見れるような、例えば曲がり角の正面においてあったりするのだが、テスの紋様は通り過ぎてからそれと気付く。逆に言えば、反対方向からくれば、テスの紋様が真正面に見える事になる。
「……やっぱりこの先にあるのは、グラダンかも……」
ジオの記憶にもある龍と女神の紋様。そしてモリーティアが調べ上げたグラダンと龍人の都市の関係。
それらを突き合わせれば、自ずとあの朽ちた都市は龍人の都市であるという信憑性が高まってくる。
それからモリーティアとテンテンが互いの考えを出し合って、その信憑性をより高めていく。
だが、そんな二人の声を後ろに聞きながら、前を行く岐宿もゼルとミサは同じ事を思っていた。
いけばわかるさ、と――
その間も二人の議論は白熱していく。
疲労からか、額に玉の汗を浮かべながらも、テンテンの意見に考え込んで、自身の意見を述べ、またテンテンと議論を戦わせていく。そんなモリーティアの様子に、どこからともなく荒い息遣いが聞こえてくるのは、多分気のせいだろう。
やがて一行は小さな扉にたどり着く。高さがテンテンの背より少し高い程度。重厚な金属で出来た観音開きの扉の鏡板には片方にテスの紋様が、もう片方には龍と女神の紋様が彫り込まれていた。
「いかにもだなぁ…」
モリーティアが思わず零す。
鏡板の彫り込まれた紋様の下にはそれぞれの立場を交換するように、龍と女神の紋様の下には髑髏のノッカーが、テスの紋様の下には龍の口を象ったノッカーがそれぞれ据え付けられていた。
「それにしても、もしこの龍と女神の紋様が龍人の都市と関係が深いものだとすれば、テスとも何かつながりがありそうだね……」
その扉を丹念に調べながらモリーティアが呟く。
「グラダンって迫害されたテスの信者が作った街なんじゃないの?」
その呟きにジオが反応した。
「それは一説には、ってあるからね。本当かどうかはわからないよ。あれでしょ?テス教本部のNPCが言ってる事でしょう?」
ジオの疑問に振り返ったモリーティアが思い出すように首を傾げながら答える。
「そうだっけ?何かそういう記憶があるんだけど」
「うん、ジオがずっと前にそう言ってた」
「全然覚えてないや」
その二人のやり取りに、ゼルとミサがやれやれと呆れた視線を送り、何もないはずの場所からは殺気が漏れ出ている。
「まぁまぁ、その話は後にして、ここをあけてみようよ」
テンテンがずいっと前に出てジオとモリーティアの間に入り、ドアを引っ張り始める。
「ふぬぬぬぬぬっ!」
「あっ、テンテンちゃん、ノッカー引っ張ったら――」
パキン、と音がしてテンテンは体勢を崩して尻餅をついてしまった。
テンテンの手には、先ほどまでいかめしい顔をした龍の彫像が加えていた金属の輪。
「あや」
「いやいやいや、『あや』じゃなくて!」
慌ててモリーティアがテンテンに駆け寄る。テンテンを助け起すやいなや、その手から金属の輪を奪い取って、それを目の前に掲げながら思い切りため息をついた。
「テンテンちゃん、これ多分引き戸だからね……」
「あはは……」
金属の輪を苦虫を噛み潰したような顔で見つめるモリーティアのぼやきに、テンテンはバツが悪そうに笑った。
それから、無事扉を開けた一行は、五人では少々手狭な小さな部屋に出る。
これまで歩いてきた通路とはまた質の違う石で出来た壁に囲まれた部屋で、床には細い水路のようなものがいくつも張り巡らされていた。そこからはかすかに水の流れる音が聞こえる。水路と言っても、本当に指一本入るかどうかの細さで、歩くのに支障はない。
その部屋の中央に、祭壇のようなものが置かれていて、禍々しい雰囲気を放っていた。
その祭壇の奥にはテスの紋様が大きく彫り込まれた扉がある。
「んん?」
ジオがキョロキョロと祭壇や扉など、辺りを見回して首をひねる。
「あ――」
祭壇に回り込むと、そこに跪いて祈りをささげていたであろう人物が顔を上げてジオを見ていた。
瞬間的に、飛び退いて、モリーティアの前に立つジオ。他の面々も同様にモリーティアの周りを固める。
「あなたたちは……どこから?」
祈りをささげていた人物は立ち上がり、柔和な笑顔を見せた。
黒いローブを纏った長身のエルニムスの男。こざっぱりと短く切りそろえた金髪の髪に爽やかな笑顔を浮かべてジオ達を見ている。
「あれ?ジオ様じゃないですか?」
目を細くして覗き込むようにしてジオを見る男に、ジオは眉間にシワを寄せてその人物を凝視する。
「私ですよ、ガニスです。闇鬼の」
「ガニス……死神ガニス?!あの伝説の……」
その名前に聞き覚えのあったジオが驚いて一瞬固まる。
「伝説?」
そのジオの様子に不思議に思ったモリーティアが訝しげにジオを見る。
(ニュービー殺しの伝説だよ、あいつ、今まで何人ものニュービーをクエストという名目で葬ってきたんだ)
(ええー!)
「心外ですね」
こっそりモリーティアに話していたつもりだったが、部屋の狭さも相まって聞こえてしまったらしい。ガニスは笑顔の後ろにテスイシュの雰囲気を浮かべてジオを見つめていた。
「すべては、テスイシュ様のお導き…テスイシュ様による試練、闇鬼への入隊には必要不可欠なのです」
両手をあげて仰々しく語ったガニスは、その手を振り下ろしてうやうやしく一礼した。
「ですから、そんな伝説がまことしやかに流れているのは、心外ですね」
「はは…あはは……まぁ、まぁ、そうだよね、テスイシュ様ならあれくらい普通ですよねー」
ジオが乾いた笑い声を上げた。
スキルレベルを鍛錬する事がWWFにおいて一番の目的となるわけだが、そのスキルレベルの鍛錬の補助をするために、システムとして様々なコミュニティが用意されている。
「闇鬼」はその中の一つで、死魔法と暗黒術を司っている。他には盾や剣などを司る「騎士団」、回復魔法や神聖魔法、神秘魔法などを扱う「聖堂」など、何種類ものコミュニティが用意されており、そこから排出されるクエストをこなす事で、アイテムやお金をもらえるばかりか、スキルレベルもほんの少しだけ上げてくれるというお得なものだ。
かつてはジオも闇鬼に入り、死魔法や暗黒術のクエストをこなしていた。
今目の前にいるガニスは「闇鬼」のクエストを提示してくれていたNPCである。
何故彼にニュービー殺しの伝説が残されているかというと、各コミュニティに入る際、試験クエストが用意されており、それをこなす必要があるのだが、ガニスの提示する最終試験がとんでもないものであった。
――地下墓地最下層の聖杯に血を注ぐ
このクエストを受けたニュービーの中に完遂したものはいない、と言われるほど難易度の高いクエストが何故かニュービー向けに排出されていたのだ。
正確に言えば難易度が高いのではなく、理不尽なのだ。
地下墓地は、ここ地下都市グラダンの地下に広がる広大な墓地で、様々なアンデッド系のモンスターがはびこる、一つのダンジョンと化している。しかも最下層には上級者でさえ苦戦する中級から上級のモンスターが配置されている。そのモンスターの目を掻い潜って最下層の聖杯の場所まで行くのは、ほぼ無理であった。最低でも上級モンスターを一体は倒さなくてはいけない。
よしんば聖杯までたどりつけても、聖杯に血を注ぐとギミックが発動し、「血の匂いに誘われて」ボス級モンスターが出現する。
今度はそれを倒すか逃げるかしなくてはいけないのだ。
そんな無茶なクエストを排出してしまうガニスは、プレイヤー達の間でいつしか死神の愛称で呼ばれるようになっていた。
「しかし、光栄ですね。身に余る栄誉、といいますか。テスイシュ様を差し置いて死神などと呼ばれるとは」
「はぁ…まぁ、そうかもね」
どこか恍惚とした表情になっているガニスにジオはげっそりとしてしまう。
「さて、テスイシュ様の祭壇の前で騒ぐのは不敬にあたります。教会まで参りませんか?死の魔剣士殿」
「へっ!?」
柔和な笑顔に戻ったガニスが外へと続く扉に手をそえて、ジオ達に手招きをしている。
ジオが驚いたのは、ガニスの言った「死の魔剣士」という言葉。
自分の中の設定にそういうものは確かにあったが、それをガニスの前で言った覚えはない。
ゲーム時代でもそういうことはなかったはずなのだが――
「あれ?ご存じないんですか?」
不思議そうな顔をしているジオに、ガニスもまた首をかしげていた。
「闇鬼内では、ジオ様は有名人ですよ――」
そのガニスの言葉に何故か背筋を冷たいものが走っていく。
「それでは参りましょう、ファルク・ダルス・マーサテスイシュ」




