龍人の都市 7―鍛冶矜持―
「そういえば、生産試さないとなぁ」
水滴でくもったコップを、ついてきたマドラーでかき混ぜながらモリーティアが呟く。
頬杖をついて外を眺めてたそがれるモリーティア。
(くぁっ!反則っっす、その表情!!)
と心の中で狂喜乱舞しつつも、それはおくびにも出さずやわらかい笑みを零すサラ。
「え、最近生産活動してないので?」
涼しげな顔で言う辺りもまた彼女の言う「嗜み」なのだろうか。
激しく脈打つ心中と、正反対なその表情。その両方を今見て取れるものがいるならば、その余りの正反対さに言葉を失ってしまうだろう。
「異変の後からねー、修理は試したら…なんか、とんでもなかったけどね」
「なるほど。」
商店街の一角にある喫茶店。勿論NPCが経営している昔からある喫茶店で、ゲーム時代はここで色んな飲み物やお菓子、それらのレシピを売っていた。
かつては椅子に座って雰囲気だけを味わう場所だったが、今では本当の喫茶店として機能している。
久々の露店営業を黒字で終えたモリーティアは、最後に来た客、サラと共に喫茶店を訪れていた。
「ジオ達もねー…いつ帰ってくるかわらないし、なぁ…何かつくってみよかなぁ」
ジオの名前が出たとたん眉間に皺をよせるモリーティア。
自分でその名前を出しておいて、自分で不機嫌になるなんて、
(ちょうぜつかわいい)
と、サラは思う。人前でなければ鼻血を噴出して卒倒する場面だ。
けれど、目の前には愛しのモリーティアがいるから、そんな無様な真似は出来ない。
何も問題はないのですよ、ご主人様、と涼しい顔をして対応するのだ。
「よいかと。」
そう答えて、目の前に出された紅茶を手に取る。
紅茶が波打つ、それも激しく。狂喜のあまり手の震えを抑えられていないのだ。
(やべぇ、モリモリさんかわええ、まじあたしの嫁!…つか、ジオ、マジむかつくジオ)
何だかんだいってモリーティアからの話にジオは不可欠だ。
やれ、ジオがどうの、ジオがどうしただの、アラジオで美味しいだの、ジオがこうしただの。
けれど、その度にレア顔とも言える表情を見ることが出来るのだから、多少は我慢もできよう。
(異変後一番良かったのはこれだな!)
ついつい満面の笑みを浮かべてしまう。モリーティアの表情がころころ変わることに極上の幸せを覚えるサラだった。
「よし、じゃあ、いこっか!」
「…へ?」
モリーティアの表情百面相に見入っていて、肝心の話の内容がまったく頭に入っていなかったサラは素っ頓狂な声を上げてしまった。
これはメイドとしての「嗜み」から外れたものだ、修正しなくてはならない。もっと心を強く持って!
モリーティアのメイドとしての矜持を損なってはならない!
全てはモリーティア嬢のために!
頭の中に何人ものサラが登場しては叱咤激励してくる。そのおかげか、どうにか表情を取り繕ってすまし顔をするサラ。
「もう、聞いてなかったの?」
「いえ……ものづくり、なさるん…ですよね?」
どうにか頭の断片に残っていた単語をつぎはぎしていく。
「そう!ジオの装備も修理しないといけないしね」
ちゃんと聞いていてくれた、とモリーティアが安堵の笑みをもらす。
(~~~~っ!!っぱねっす!その笑顔!いちおくまんえん!)
「わかりました、お供いたします。」
席を立ち、表情を崩さぬままペコリとお辞儀するサラ。が、その口角はつりあがりそうになるのを必死にこらえている所為でぶるぶると震えているのであった。
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「さて、それではサラちゃん。今から一番簡単なアイロンナイフを作ります」
「アイアン、ですよね?」
ジオやモリーティアたちのたまり場。生産道具が全て揃っているが、人気のないその場所で、サラを前に右手に鍛冶用のハンマー、左手に鉄鉱石を持ったモリーティアが胸を張る。
「…あいろんないふ。りぴーとあふたみー」
「…あいろんないふ」
「よくできました!それでは、まずこの鉄鉱石を――」
何故こんな事になっているのだろう、そもそも自分は何をしにきたんだっけ?
モリーティアの淀みない「あいろんないふ」製作講座を聞きながらサラは心の中で思うのだが――
(まぁ、でもモリモリさん可愛いのでなんでもいいか)
たまにはこんな、子供が得た知識を披露する様に話すモリーティアもわるくない。いや毎日でもいい、そんな風にサラは思ってモリーティアを見つめる。
「でね、炉を使って、ここに鉄鉱石を放り込むと、ほらインゴッドになる!」
モリーティアが簡易式の炉に鉄鉱石を放り込むと、あっという間にインゴッドへと変貌する鉄鉱石。
仕組みは良くわからないし、何だか色々すっとばしてそうな気がするサラだったが、モリーティアのやることなので、決して突っ込まない。
「で、ここからどうするか、なんだけどね。さっき説明したけど、ゲームの時だとこう、設計図と一緒に…お?」
設計図を取り出して広げたモリーティアの動きが止まった。何事かとサラもその設計図を見る。
「これは…まさに設計図ですね。しかも手順まで」
「そう、みたいだね…」
WWFでは、生産はレシピと材料を必要な道具にアイコンを放り込む事によって勝手に製作がなされていた。
その仕組みと手順が今、サラとモリーティアの目の前に書いてある。
「えーと…この通りやってみよっか?」
「はい。」
一、インゴッドを鍛冶用ハンマーで打つ
「おお…」
「ふむ…」
インゴッドが変形したかと思うとナイフの切っ先のような形になっていた。
「あれ?」
再び設計図に目を向けたサラが首をかしげる。
「1の項目が消えてますね」
「え?……あ、本当だ」
「なるほど……ここから何か力のようなものが働いて、手順どおりにすると形になっていく、ということでしょうか?」
ナイフの切っ先のような形のインゴッドと消えた項目の1の場所を何度も見比べるサラ。
「次は?」
「ええと……」
二、二個目のインゴッドを一個目のインゴッドの上に重ねて打つ
「おお……」
「おお……」
鍛冶用ハンマーで打たれたインゴッドはそのまま刀身を伸ばしてさらにナイフの形状に近づいていく。
三、三個目の――
手順どおりにすると、項目が消え、それはインゴッドを目的の形に形作っていく。
そして、「あいろんないふ」が完成した。
その束にはモリーティアの名前が達筆な筆記体で刻み込まれていた。
「なるほど、マスターグレード、ネームドグレード、ですね」
それを手に取ったサラが武器の詳細をモリーティアに告げる。
「え、サラちゃん!」
「いひっ!?……はっ、なんですか?」
突然モリーティアがずいっと顔を近づけてくるものだから、とんでもない声を上げてしまったサラ。
けれど、すぐに取り繕って目を閉じる。
「アイテムの詳細どうやってみるの!?」
「え…」
サラの上げた奇声を気にする事もなくモリーティアがキラキラした目でサラを見つめる。しかも間近で。
(やべっ、やべやべぇっ!!なにこれ、なにこれ!やべー!!)
サラの心の中はもはや形容詞が出てこないほどの歓喜に満ち溢れていた。が――
「あれ?」
そこへ邪魔者が現れた。
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テレポートのゆらゆらとした、少し酔ってしまいそうな感覚が終わると、ジオ達の目の前にモリーティアと、みたことのあるメイドがいた。
「あれ?モリモリさんと……あさめ――」
ジオが二人に声を掛けようとした瞬間の事だった。ジオの目と鼻の先に一瞬で距離を詰めてきたサラの顔が突如現れ、その細目は極限まで開いて血走っていて、ジオを睨みつけている。そしてその手に握っていた「あいろんないふ」がジオの首元に突きつけられていた。
首元に突きつけられたナイフに、思わず冷や汗がジオの頬を伝う。
(お、おお、おまえ……わかってんだろうな?)
(うおぉい、あさ……サラちゃん、わかた、わかったからやめような?も、モリモリさんもみてるよ?)
ジオとサラが互いの吐息が掛かるくらいの距離で、小声でこそこそと話しているのをモリーティアが半目で見ている。実際はサラが一方的にジオに凄んでいるのだが、モリーティアフィルターには別に見えているようだ。
ゼルのテレポーターで帰ってきた他の人間も、ジオにメイドの格好をした女性が詰め寄っているのを何事かと見ていた。
最後にやってきたゼルがその状況を見て頭を抱える。
ジオ行方不明事件以降、もっといえばモリーティアがミサにジオへの気持ちを聞かれて以降、モリーティアのジオに対する気持ちは少々壊れ気味だった。
ジオが、クララと仲良く話しているだけで不愉快な顔になるほどだ。
それ故に、今の状況、サラがジオに異様なほど近くまで詰め寄っている状況をモリーティアがどう見るか容易に予想がつく。
テンテンもまた、ゼルと同じように頭を抱えていて、ミサがそんな二人を不思議そうに見ていた。
それから、ようやく踵を返してモリーティアのところへもどっていくサラ。
「な、なんでもないですよー」
解放されたジオが、何事かと注目していた地下都市先遣隊組に手を振った。
皆、釈然としていない様子だったが、ゼルやテンテンと思い思いに言葉や握手を交わしてその場を去っていった。
「ジオと何話してたの?」
「え?」
戻ってきたサラを、モリーティアが半目で出迎える。何だか様子がおかしい事に今更ながら気付くサラ。
「えっと…?ジオが……幼女…?のそばにいたので注意を…」
モリーティアの様子がおかしいことに動揺し、さらに適当な言い訳が思いつかなくて、言葉に詰まるサラ。
「ああ。あれはミサちゃん。今一緒に行動してるんだけど…でもあんなに近寄らなくてもいいよね?」
「へっ?えーと…」
モリーティアの背景に炎が見え始めたのは気のせいだろうか。謎の気迫に気圧されて、思わず後ずさるサラ。
「だめだよ!女の子があんなに男の人に接近しちゃ!」
「は?はぁ…」
モリーティアの謎の気迫、怒りは一体どこから来るのか、と全く理解できていない様子のサラ。
その言葉に、ゼルもテンテンも、ミサさえも、先日のモリーティアの姿を思い出して、ツッコミを入れたくなったのは間違いないだろう。
思わずツッコミをいれそうになったミサを、ゼルとテンテンが必死に止めに入っていた。
ここで先日のモリーティアの痴態を晒せば、恐らく血を見ることになるだろう、と。主にジオの血が飛ぶ事になるのだが。
一方でモリーティアは言いたい事を言って満足したのか一人でうんうんと頷いている。
サラはサラで最初は呆けていたのだが、いつのまにかうっとりとしていた。
(今、モリモリさんに怒られた?しかもあれ、レア顔……ぐへへへへ)
きっとそんなところだろう、とうっとりしているサラをジト目で見るゼルとテンテンだった。
気を取り直して、サラによる「アイテムの詳細を見る方法」講座が始まる。
講座、といっても何の事はない、アイテムを手にとって良く見るだけだという。
じっと見つめていると、アイテムの情報が表示されるらしい。
「あ、ほんとだ。何か鑑定っぽい事するといいんだねー」
モリーティアがさっき作った「あいろんないふ」を見つめながら裏返したり、手でなぞってみたりしている。モリーティアの視界にはアイテム詳細表示ウィンドウが見えているようだった。
「あー、アイアンかぁ…」
そのモリーティアの呟きにサラはくすりと笑い、他の四人は一様に首をかしげるのであった。
それから――
サラをモリーティア邸に招き、夕食兼報告会となった。
クララはサラの訪問に大層喜ぶ。なんでも「先輩メイドであり、理想のメイド」だそうだ。
クララの尊敬の眼差しを見るにつけ、サラは何だか誇らしげに胸を張る。
そして、その二人の様子にジオもゼルも首をひねるばかりだった。
リビングで豪華料理を囲んでの夕食会。
そこで改めてサラとミサ、お互いの自己紹介をしあう。
「栽培、ですか…珍しいですね」
「そう、かな?」
「ちゃんさ――テンテンちゃんに聞きましたけど、とても優秀なのだとか」
「え?えへへ、そんなことないけど…ボクとしては、テンテンさんが優秀すぎて何の見せ場もありませんでしたから」
照れたように頬を掻くミサ。そこにテンテンも身を乗り出す。
「いやー私は今回はいいとこなかったなー。それよりもミサちゃんの触手が凄くて――」
触手、にピクリと眉を動かしてモリーティアの動きが止まる。
(触手が、凄い?え、一体どう凄いの、それ!)
そんな思いがモリーティアの脳裏を駆け巡る。
「え、そうなの?俺もみたかったなぁ」
「ゼルさんが言うとなんか卑猥ですね。」
「なっ!?」
絶句するゼルに、ミサはつーんとそっぽを向いて悪態をつく。間にいるテンテンはその二人のやり取りに思わずニヤニヤしていた。
(ふーん…)
その二人の様子に何かを感じ取ったサラが二人の顔をちらりと見比べる。
「で、ジオ、何か収穫あった?」
そんな四人をよそにモリーティアがいつのまにかジオの隣に座っていて、下から見上げるようにしてジオに問いかける。
「ふぇっ」
「なっ――」
不意に目の前にモリーティアの顔が迫って、料理が口の中に入っていた事も相まって、変な声を上げてしまうジオ。
それに気付いたサラが射殺すような目でジオを睨んで、その手をわなわなと震わせていた。
(やはりさっさと見つけて殺しておくべきだったか――)
そんな物騒な事を考えているサラからは黒いオーラがふつふつと湧き上がっている、ような幻影をその場の皆に見せる。
そんなジオとモリーティア、サラの様子にゼルとテンテンは顔を見合わせたかと思うと、やれやれと言った風に同時にため息をついていたが、ミサだけがその三人の様子に何かピーンときたようなしたり顔になっていた。
(もしかしてサラさんって、ジオさんの事…)
その直感は大きく的外れだったが。
「うーん、収穫って程じゃないんだけど、俺が見てきた景色と若干違ってたかなぁ?」
狭いリビングで繰り広げられている人間模様に言及することもなく、ジオは今日見てきたことを逡巡する。
「違う…?」
ジオの言葉にテンテンが訝しげな顔をして首をひねる。
「マップがちがったってこと?」
「あ、いやそうじゃないんだ。なんていうか…どういったらいいんだろう?」
適当な単語が思い浮かばなくて目を閉じる。しばらく考え込んで、それからジオは口を開いた。
「そう、あれは…俺が見たものより、古い……ものすごく時間が経ったように思えたんだ――」




