龍人の都市 5―栽木拳火―
「こンのおおぉぉぉーーっ!!」
向かってくる火球にミサがその手に持った小袋を投げつける。
「テンプル、ヴァイン、テンドリル、フィーラー!!」
ミサの言葉に呼応して小袋がはじけると、一斉に無数の蔓が現れる。
その蔓はあっという間に伸び切ってテンテンの目の前に半球を象った。
刹那、その蔓の前で爆発が起きて、五人の視界を爆煙が覆った。
「けほ、けほけほ…テンテンさん!?」
竜によるシャウトがその場の五人を襲ったとき、ミサだけがそのシャウトに対して耐性をもっていた。
それはシャウトスキルを上げていたことにも起因するのだが、もう一つ彼女が戦闘栽培マンを自負しているところにある。
戦闘栽培マンにシャウトスキルは必須と言っても過言ではないかもしれない。
この世界には様々な植物があるのだが、中には収穫の際にシャウトを使う植物がある。
シャウトで気絶させられたり、足をすくませられたりして、その間にどこかへと逃げてしまう植物があったのだ。それゆえに戦闘栽培マンの多くはシャウトを耐性目的で取っている。
ミサについていえば、それだけではないのだが――
ともあれ、竜のシャウトには虚をつかれたものの、どうにか触手を展開することができた。
果たして間に合ったのだろうか?
たちこめる煙の中でミサはテンテンの姿を探す。
が、次の瞬間、目の前にぬっとテンテンの顔が現れて――
「ひゃあああああ」
いきなり首根っこを掴まれて風に揺れる鯉のぼりよろしく地面と平行になって宙を進むことになった。
テンテンの反対側の手にはさっきの三人組のうちの一人掴まれている。
「舌かまないでね!」
洞窟の壁を垂直に走り抜けるテンテン。両手から吹流しの如く二つの体がぷらぷらとゆれていた。
その後ろからもう一度火球が飛んでくるが、まるで後ろに目がついているかのようにテンテンは振り返りもせずにそれをかわす。
対象を見失った火球はそのまま洞窟の壁に衝突して爆発した。
「あとの二人は?」
ようやくテンテンの腕に手繰りついたミサがテンテンの顔を見上げて尋ねる。
「喋ると舌をかむかむよ!」
もうもうと湧き上がる爆煙を抜けると、テンテンが顎で指し示した先に例の三人組のうちの二人がぐったりと壁にもたれかかるようにして座っていた。
さっきの数瞬でここまでの動きを見せたテンテンに、ミサは目を見開く。
二人の元までやってきてようやくテンテンはミサともう一人の男を解放してくれた。
「さっきはありがとね、ミサちゃん!」
「いえ、間に合ったのなら…」
そこまで言ってミサはハッとする。確かにテンテンに目立った外傷はなかったが、あちこち服が切れていて、そこから小さな傷がのぞいている。おそらくは爆発の衝撃による飛礫によるものだろう。
そんな小さな傷でも痛む事に変わりはない。そしてその痛みは一瞬の判断を狂わせることも、ないとはいえないだろう。
いくらテンテンの軽功に目を回していたとはいえ、気をつけてさえいれば竜の羽ばたきや、あるいは足音を聞き取れたはずだ。シャウトを受けてなお、動けるようになった瞬間に他の三人と自分を連れて竜からの距離を取った、テンテンの迅速な判断に比べて自分の不甲斐なさを悔やみ、うさみみを倒してうつむいてしまうミサ。
「ん?ミサちゃん?」
けれどテンテンはいつものようにニコニコ顔をしている。
うつむいてしまったミサを心配しているようだが、その神経の半分以上は火球が飛んできた方、竜がいると思しき方向へ向けられている。
そうだ、落ち込んでいる暇など無いのだ。
うつむいたのも数瞬の事で、うさみみをピンとさせてミサは再び顔を上げた。
そのミサの顔にテンテンもニコッと微笑む。
「さっきの蔓、すごかったー。これならディフェンスを任せても大丈夫そう!」
「ディフェ…?」
「うん、私が攻撃、ミサちゃんが防御。多分火球の流れ弾が来るからそれを防いで欲しい。」
「え、相手の数も種類も大きさもわからないんですよ!?」
「大丈夫、この洞窟の広さじゃそこまで大きいのも入って来られないし、おそらくきているのは飛行竜だと思う。で、飛行竜は数自体が少ないから、多くても二、三匹くらいじゃないかなぁ?」
何故こうも簡単に分析できてしまうのか、とミサは目を丸くする。
テンテンとしては“龍の骸”は自分の庭のようなものだから、多少の変更があったにせよ予想は立てやすい。
それに状況分析からの状況判断、状況予測はテンテンの大好物なのだ。
大好物だからといって、それが当たっていたり、判断として的確、優秀か、といえばそれはまた別の話ではあるのだが。
「というわけで、さっきの触手で流れ弾からこの人たちを守ってて欲しいんだ。もちろん彼らが起きたらジオくんたちと合流するように伝えてね。向こうもゼルくんが何とかしてくれてると思うし――」
そこで何故ゼルの名前が出てくるのか。
ミサは首を傾げてしまう。これまで見てきた中では、テンテン達四人の中心にはジオがいたように思える。異変が起きてゼルにつれられて一緒に行動しているうちに、ジオ絡みの事件があったからそういう風に思えるのだろうか?
「ジオがなんとかする」ならなんとなく納得できるのだが、「ゼルがなんとかする」といわれると少しばかり違和感を感じるミサ。何せ、ミサとしては出会いは最悪だったし、彼女の脳裏にある彼の顔は軽薄そうな笑顔しかなかったから。
ギャギャ――
そこへ再び甲高い竜の声がして、それは超音波の様に二人の耳をキンキンとさせる。
「じゃあ、頼むね!」
テンテンはくるりと背を向けると片手を挙げるやいなや超スピードで駆け出していた。
それから間もなく、テンテンが向かった先から爆発の閃光と音が響き始めた。
その音と光にミサは我に返り、カバンから種をつめた袋を取り出す。
「えと…これかな。」
さっきは咄嗟の事で各種蔓や触手を発動させ盾代わりとさせたミサだったが、今ならば防衛用の特殊な栽培をすることができるだろうと判断し、自分のもつ種の中から二粒の種を取り出した。
「ランド・アウェイクニング・プロウド」
ミサが呟きながら地面に手をそえると、一瞬地面が波打って、狭い範囲ではあるがそこの土壌だけが変質していた。
「うぅん、大丈夫かなぁ。」
地面の様子を見ながら、不安そうにその土へさっきの種を埋める。
「……うー…かるてぃべいとっ(はぁと)」
両手でハートマークをつくり、それを胸の前までもってきてそのまま前に押し出す。
そうするとそこからハート型の光線が出て種の埋められた土の表面を照らす。
間をおかずに埋めた種が発芽した。
「………」
顔を赤らめてきょろきょろと周りを見回すミサ。テンテンは向こうで戦っているし、三人組は伸びたままだ。
ほっと胸をなでおろす。
この非常事態に何をやっているのかと思われそうだが、栽培スキルの教官がこれが正しいやり方だといって絶対に譲らなかった、NPCのはずなのに。
栽培マンがレアだと言われる理由の真実が見え隠れする話である。こんなところをゼルにでも見られようものなら、一週間はからかわれ続けるだろう。
ともあれ上手く発芽した二つの種を注意深く観察するミサ。
「よし、おっけ。スプラウト・アウェイクニング・ハーベストハーベスト!」
発芽した新芽にミサが手をかざすと、一瞬その葉がピクリと動いて――
次の瞬間、まるで映像を早送りしているかのようにその芽は伸びていき、植物の蔓は幹となり、あっというまに二本の太い木が、洞窟を塞ぐようにして立っていた。
根はしっかりとはっているようだし、枝も洞窟の天井や壁に張りめぐらされて、ちょっとやそっとではびくともしないだろう。
木と木の間にはかろうじて人が一人入れるくらいの隙間があいている。これなら竜種は入って来れないだろう。
「よし。」
まだ伸びている三人組を一瞥すると、ミサは勇んでその隙間からテンテンの元へと向かうのであった。
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軽功で走って間もなく、テンテンの目は洞窟の入り口に陣取る二匹の竜の姿を捉える。
そう広くは無く、ゴツゴツと小さく隆起している洞窟の中で、流石に飛行竜といえど飛ぶことはなく、地に足をつけて注意深く洞窟内を探っているようだ。
――おそらく気づかれた。
洞窟は入り口まで緩やかな上り坂になっているから下のほうまで良く見えるはず。登ってくるものがいれば火球で狙い撃ちにできるだろう。
だが、火球は飛んでこない。どうやら慎重にこちらの動きをみているようだ。
ミサの触手によって防がれた火球、それはあの竜にとっては意外なことだったのだろう。
シャウトで相手の動きを止め、そこへ火球を打ち込む、あの竜にとってはこれ以上ない必殺のパターンだったのかもしれない。
それが破られてしまったのだから慎重になるのも無理は無いというものだ。
それはゲームの時にはない敵の行動パターンだった。
“龍の背骨”の高台で戦ったレッドワイバーンにしてもそのパターンを使うことは無かった。
あるいはシャウトをもっていなかったのかもしれないが。
――本当にもしそうだとすれば、竜にもそれなりに考える頭がある、ということか?
一瞬考え込んでしまうテンテン。だとしても十分稚拙なのだが、テンテンは何か引っかかりを覚える。
(カンシーンといい、さっきの司令官的な飛竜といい…)
そして今目の前の竜は独自の攻撃パターンを作り、それが破られれば、慎重にこちらの様子を窺っている。
「確かめるしかないか…」
テンテンの脳裏を一つの単語がよぎっていく。
それを確かめるには目の前の二匹の竜と戦ってみればいい。
状況分析とか状況判断とかそういう事を言う割りに、テンテンは脳みそ筋肉な部分もあるというか、血の気が多いというか。
もちろん判断のための材料としての戦闘のはずなのだが、ニコニコと笑顔を見せはじめたテンテンが、本当に脳裏をよぎった単語を確かめたいのか、それとも戦闘を前にわくわくしているのか、それを判断できるものはいないだろう。
(経験を糧にできるのなら――)
テンテンに気づいているはずの竜は火球を吐き出すでもなく、ただ洞窟内を見つめている。
こちらの動きを待っているのか、それともさっきのミサの様に自分の火球を防ぎうる人物を警戒しているのか。
「けど、それは愚考!」
突如走り出すテンテン。
ギャギャ――
二匹のうち片方の竜が鳴き声を上げ、シャウトを行使する。
それをテンテンは耳を塞ぐことで軽減し、同時に膨大な内功を張り巡らせることで状態異常に陥ることを防ぐ。
ギャッ!
シャウトが効かなかった事を確かめたもう片方の竜が慌ててその口から火球を吐き出そうとするが、既にテンテンはシャウトをした竜の懐にもぐりこんでいたから火球を発射する事ができない。
「チャアアジナッコウゥ!!」
懐に潜り込んだテンテンがその腹部と思しき場所に光りを帯びた拳を叩き込む。
グエアアァッ!!
竜はくの字に折れ曲がり口から液体をたらして悶絶した。
「オーバーヘッズ!」
そこで突き出た竜の顎めがけてバック転の要領で回転しながらその顎を蹴り上げた。
見事にヒットして竜は蹴り上げられた勢いのまま仰向けに地面に倒れた。
同時にテンテンも一回転して着地する。
「次!」
着地するとすぐ地面を蹴ってもう一匹の竜へと疾走するテンテン。だが、もう一匹の竜はすぐさま後方へと後ずさるように飛び上がった。
それはどう見ても腹部への一撃を警戒するような動き。
「やっぱり――」
テンテンの予想は当たった。
竜たちは見たものを経験として蓄積している。
それは竜だけなのか、他のモンスターもそうであるのか、それは今の時点ではわからないことだったが、いずれにせよ厄介な話だ。
もしゲーム時代の記憶が彼らにあるのならば、昔からある技のコンボや連携などが通じない恐れがある。
それどころか事によっては裏をかかれる場合もあることを示唆している。
ギャギャ――
竜の口から炎が漏れて、次の瞬間火球がテンテンめがけて放たれる。
飛びのいて回避するものの、すぐに次の火球が飛んできて、それはテンテンが飛びのいて着地した場所から三歩先くらいの地面をえぐった。おそらく向こうもテンテンの回避する動きを考えて放ったのだろう。
ちょっとばかり厄介だ――
テンテンは油断なく目の前の竜を見据える。
そいつは中級に属する、弱くは無いが強くも無い類のモンスターだ。
さっきの竜がそうであったように、いかに中級といえども、飛ばない竜ではテンテンの相手にはならない。空中を自在に動ける、というアドバンテージがあって初めて中級とされる竜種がこの目の前のワイバーンという種の竜だ。
火球の攻撃力は確かにすさまじい。だが、生命力は低く、下級の竜と変わらない。
一撃が入ればそれで沈む。――はずだった。
だが、今はその一撃を入れるためにどう事を運ぶかを少し考えなければいけなくなった。
敵の動きと自分の動き、それを何通りも組み立てて、勝利への道を作る。
そして、テンテンは走り出した。
その背後で、倒れたはずの竜の目が開かれる。
それはテンテンの思考の外の出来事だった――
本日の魔法と技
テンプル、ヴァイン、テンドリル、フィーラー
―すべて触手。前から短い順。
ランド・アウェイクニング・プロウド
―土壌を変化させる技、ランド・アウェイクニングからの派生で、農耕用の土壌に変化させる。
かるてぃべいとっ(はぁと)(正式:カルティベート)
―植物の成長を促進する技で、主に発芽を促す。NPCのはずのスキル教官が異様なこだわりでエモーションまで決められている栽培スキルの技。一部ではあれはNPCではなく運営の中の人だったのではないかというウワサがまことしやかに流れていたこともあった。
スプラウト・アウェイクニング・ハーベストハーベスト
――カルティベートは埋めた種の発芽に使われる成長促進魔法だが、こちらは自分で栽培していない自然の植物をも成長させることのできる技。その名の通り、収穫時期くらいまで成長を促進させるが、一方で枯れるまでも早くなるため使う方にはきちんとした知識が求められる。
オーバーヘッズ
―上方向へ向けて打つキック。サッカーにヒントを得たらしい。大きく飛び上がり、後ろへとバック転をする遠心力を使って威力をますキックスキルの技。
キックスキル
―素手メインには必須のスキル。それ以外でもキックが必要なクラスや、使い勝手の良さからサブ的に取る者が多い人気のスキル。




