龍人の都市 3―縄張―
「まったく…いつもいーっつも…」
モリーティアが頬を膨らませながら、ぶつぶつくさくさと呟いては、カバンからアイテムを出して目の前に広げていく。
今並べているのは指輪とイヤリング用のディスプレイケース。
そこに自分で作ったアクセサリーを綺麗に並べていく。
「ジオもなんかいってくれたっていいのにさー」
すっかり並べ終えると、今度は木で出来た簡易な立て看板を組み立てていく。
「わかってますよ、転んだだけで死んじゃうし!」
看板には『ティアードロップス』と可愛い丸文字で書いてあって、その下に「各種アクセサリー取り扱いちゅ!」と、これまた同じく可愛い文字で書いてある。
マハリジの街の広場、そこから商店街へ続く道の近くでモリーティアは露店を開いていた。
何日かぶりで開かれるモリーティアのアクセサリー販売に、常連だった人がやってきて、軽く世間話をしていくが、新マップの話になると、突然モリーティアの表情が険しくなってきて、キッとした顔になるので、最後には皆同じように話をはぐらかして逃げるようにモリーティアの露店から去っていく。
それでも売れ行きはそこそこ。
常連さんから初めて見る顔まで、特に防御力アップや生命力アップのアクセサリーの売れ行きがよかった。
それはそのまま命を守るということに繋がりやすいからなのだろう。
そう安い値段でもないのだが、買い求める客は少なくなかった。
「モリモリさん。」
その中でまたモリーティアに声を掛けるものがいた。
ちなみに、このモリモリさんというあだ名。ジオやゼル達、親しいものの間でしか使用されていない。
NPCが彼女の事をモリモリさんと呼ぶのは、ジオ達の会話が記憶の中に残っているからだろう。
やがてモリモリさんというあだ名がいつの間にか彼女の店を利用するプレイヤー達の間でも通称になっていくのだが、それはまだ先の話である。
それはさておき、声を掛けてきたその人物に、モリーティアは目を丸くして驚く。
「サラちゃんじゃん!え、サラちゃんも巻き込まれてたの?」
ひょいと商品ディスプレイを飛び越えて、その人物の手を取ると、ぴょんぴょんと軽く飛び跳ねて嬉しさを表現するモリーティア。
その人物はその様子に少し顔を赤らめて顔をそらす。
「危ないですよ、モリモリさん。」
それから、サラと呼ばれたその人物は、そう言ってニコリと笑った。
ショートカットの金髪にウェーブがかかっていて、吊目がちの青い瞳はニッコリと笑うと無くなって見えるほど目は細い。
服は白いエプロンドレスに黒いブラウスとロングスカート、とメイドのような格好をしているのだが、本人によれば好んで着ている、というか「身だしなみ」らしい。
立ち居振る舞いをみれば、ともすればクララよりもメイドらしいかもしれない。
身長はモリーティアよりも高く、モデルのような体型をしている。
笑顔で静かに佇むその様は、まるでメイド服を着た西洋人形のようだ。
(やべぇ、ちょーかわええ、モリモリさんちょーさいこー!)
心の中でそんな事さえ思っていなければ本当に完璧だったのだが。
「あはは、ごめんごめん。ジオ達とたまにくる常連さん以外で親しい友達ってそうそういないから、つい嬉しくってね?」
首をかしげるようにしてニコリと笑うモリーティア。
(やべぇ、誘ってる?誘われてるの?私!?)
その振る舞いに、一瞬ぶるりと震えるサラであった。
「で、どしたの?交換?それとも何か買ってく?」
「いえ、今日はちゃん様に用事がありまして…」
「ああ。」
久しぶりの再会と、異変後初めての邂逅に喜んでいたモリーティアだったが、その単語を出した瞬間不機嫌そうな顔になってしまった。
「テンテンちゃんなら、ジオ達と一緒に新マップだよ…」
「そうですか。」
あえて表情を崩さず、こくりと頷くサラ。
(ジーオー!おま、殺すぞ、ジオ。モリモリさんに悲しい顔させてんじゃねーよ、マジ許さんぞ。)
サラは、ジオとモリーティアの関係同様に、彼らにとって古い友人である。
基本的にメイドとしてあちらこちらでハウスキーパーやクエストなどをこなしているので、ゼルやテンテンのように固定メンバーというわけではない。が、何かの折には必ず姿を見せてくれるし、呼びかけにも応じてくれるジオ達にとって準レギュラー的な人物である。
ちなみにモリーティアの大ファンなのは言うまでもないが、少し変わっているというか偏っているというか…
モリーティアの前では決して見せないのだが、彼女がいない場では、その本性を時にむき出しにしてくる事があるので、ジオ達も時折辟易させられるが、それでもサラがいなくてはままならない事も多いので、ジオもゼルも、テンテンも大して気にしてはいない。
モリーティアの事になると周りが見えなくなって、時々こんな風に全ての責任の所在をジオに置かれてしまうことも多々あったりもする。
しかしながら彼女の行動原理はすべてモリーティアのため、なのだ。
「報告させましょうか?」
「え?」
目を閉じて、澄ました顔のままサラが告げる。
「知り合いに潜入調査のプロがいます。なんだったら報告させましょうか?」
「あー…そんなプロフェッショナルがいるの?」
「ええ」
「いいよいいよ、いつものことだから」
「けど…今は状況が違いますし…」
「大丈夫、報告聞いてたら逆に心配になっちゃうから。何時も通り無事に帰ってくると思って待ってるよ」
「あんな…」
そこまで言いかけて口をつぐむサラ。
「ん?」
「いえ、なんでもありませんよ。それでは、お店が終わったらお茶でもいかがですか?」
「あ、いいね!じゃあ、もう仕舞いにしていこっか?」
「いいんですか?」
「うん、もう利益黒だし。今日はいいよー」
モリーティアはニコニコと笑顔を見せて、店をたたみ始める。
(よっしゃー!モリモリさんとお茶だ!しかも今日は邪魔者がいねぇ!)
モリーティアの背中を見ながら心の中でぐっとガッツポーズ。
だが、立ち居振る舞いは決して崩さない、それがメイドの嗜み。
ただ静かにモリーティアの片付ける様子を――心の中ではぁはぁしながら――見つめて待つサラ。
その後二人は商店街にある喫茶店へと向かうのであった。
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――“龍のはらわた”にて。
不思議な話だが、んふっふが公表したところによると、二次調査開始時、龍のはらわたはもぬけの殻だったという。その代わりに、その中央部のそれまで何も無かった壁にぽっかりと洞窟が空いていた。
同時に発見された、カンシーンの大穴から見える地下都市。
忽然と現れた龍のはらわたの洞窟こそ、地下都市への入り口であろうとその場の誰もが推察し、二次調査隊の調べでそれはすぐさま証明される。
それをもって、新マップの発見報告をマハリジへと届けさせた。
こうして、第三次調査隊が組織されることになるのだが、今回はさほどの希望者は集まらなかった。
というのも同時に行われたギルド勧誘会にて、ある程度人がまとまりはじめたおかげで、その団体ごとに調査や狩にあたる方針を打ち出すところもあったからだ。
未知への危惧から、調査隊を組織するゴローたちはできるだけ調査隊へ参加しての地下都市への進入を呼びかけていたが、前述の様に独自調査の意向を示すものや、既に出発しているものも多く、結局ゴロー、ハルおじさん、んふっふの所属する三ギルドの集合体のような形で第三次龍の骸調査隊が結成された。
その調査隊に先んじて地下都市へと赴いた多くの者はまず、竜種を初めとしたモンスターがいなくなった“龍のはらわた”に驚き、続いて闇深い洞窟に恐れおののきながらも足を踏み入れ、そして広大で荘厳な地下都市を目にする。
朽ちているとはいえ、そこには確かに文明があったと主張するように多くの家々が並び、その中心には、家々に君臨するかのように荘厳だったであろう巨大な神殿があった。
「…ここだと思う。」
巨大な地下空間と朽ちた都市の街並みを眺めながらぼそりと呟くのは、ジオだ。
その横でゼル達もその見事な風景に目を奪われていてすっかり呆けている。
龍のはらわたの洞窟から降りていくとしばらく暗い通路が続くが、突然開けた場所にでて、目の前にその景色が広がる。ジオ達の先に来ていたものも、後に来たものもしばらくその風景に目を奪われてしまっていた。
洞窟の中のはずなのに、その場所は明るい。ジオがかつて見たように、洞窟の中心には巨大な光の球があって、それが洞窟内を煌々と照らしている。
同時にカンシーンの大穴から日の光がさして、すこしばかり幻想的な雰囲気を後押ししているようだ。
その大穴からは、日の光だけでなく岩や石が落ちてきたり、時折飛行可能な竜種が出入りしているような影も見受けられた。
「テンテンちゃん。」
「うん、ゼルくん。わかってるよ。」
飛行竜の影に、我に返ったゼルとテンテンが神妙な眼差しで大穴を凝視していた。
ギャッギャッ―――-
突如竜の鳴き声が響き渡る。
それは丁度ジオ達を初めとして、調査隊に先んじてやってきていた者達の眼下から聞こえてくる。
一つや二つの鳴き声ではない。少なくとも十体以上には感じられるほど、やかましい複数の鳴き声だった。
大穴の付近からは数個の点が、次第に大きさを増してこちらへと近づいてくるのが見て取れる。
ドドドドドッ――
同時に足元からいくつもの竜の足音と鳴き声が聞こえ始める。
それはどんどんこちらに近づいてくるようだった。
そこにいた者達は、そこで初めて自分達がいる場所の様子に気づく。
開けていた場所は洞窟のまだ途中で、まるで迷路の様にそこからいくつもの道にわかれている場所であった。どこからどうつながっているのかもまるで予想もつかない。
そのうちの一つから竜が一体顔を出すと、続いてその後ろから、他の場所からも一体また一体と増えていく。
やがて、そこにいた者たちを取り囲んだ竜たちは、その囲みをジリジリと小さく狭めて行く。
「に、にげろぉっ!」
ジオ達の後からきたもののうちの一グループが悲鳴を上げながら一目散に元来た道を走り出す。
「あ!だめ!」
それをテンテンが叫んで引きとめようとするが、彼らはすでに地上へと続く暗い道を駆け上がり始めていた。
「ジオくん、ゼルくん!こっちは頼むね!ミサちゃんは私ときて!」
「えっ?ええー!?」
ゼルの叫びも尻目にテンテンは言うが早いかミサを抱えると駆け出していた。
今目の前にいる竜の数は少なくは無い。ここでジオ達四人の中で最大戦力ともいえるテンテンがぬけるのは大変に厳しい。
テンテンの危惧は決して杞憂でないことはゼルにもわかっていたし、逃げ出した者たちに追いつくにはテンテンの軽功しかないだろう。
それにしても竜が現れたくらいで逃げ出すとは、まったくもって独自に先行なんかしないで調査隊にでも参加しておけばいいものを、と毒づくゼル。
とはいえ、目の前の竜たちをみれば、
「ちょっと、多いな…」
こちらにいる人数より相手の方が数が多い。
幸い上位種らしき竜はいないから、ゼルやジオでもさほど苦労はしないだろうが、流石に数が多いとそう容易いわけでもない。
こちらには、ジオとゼル、そしてジオ達より先にこの場所に着ていた四人のパーティが一組に、後から来た三人のパーティが一組の、九人が残るばかり。
皆、各々の武器を構え、竜達に対峙するも、困惑顔でジリジリともときた通路の入り口へと後ずさっている。
竜達も鳴きもせずにただ、ジリジリと人間達を追い詰めていく。
どんどん竜の囲みは小さくなっていく。ジオ達の間隔、通路までの距離も狭くなっていく。
「あんた、メイジか?俺はゼルギウスって言うもんなんだが、ここは一つ協力といこうぜ?」
ゼルが突然隣にいた魔術師風の男に声をかけた。
「協力し合うのはかまわんが、これをどうする気だ?」
目の前で囲みを狭め、狭まった分だけその後ろにどんどん竜が増えていくのをみて、魔術師風の男は冷や汗を浮かべている。
「…俺に、ちょっとばかし考えがある。」
竜達を見据えながら、ゼルが口の端をあげてニヤリと笑った――




