プロローグ3~異変2~
遠ざかっていくカンシーンを見送って、"龍の背骨"と"龍のはらわた"の境目で4人は座り込んだ。
「チャーハン作るよ!」
テンテンはそういって簡易調理器具を出して料理をはじめていた。
彼女が素手クラス特化のはずなのにジオとつるむわけがここにある。素手特化といいながらも、サブ的に取っているスキルが多岐にわたり、特に料理など食品関係のスキルが高い。
そのせいで基本スキルが少し犠牲になっており、やはり上級狩場などでは足を引っ張ってしまうのだそうだ。
それで、料理も出来てそこそこ遊べる"龍の骸"を本拠地としているらしい。
本人曰く「闘える調理師」らしい。
時には調理用の包丁やおたまで戦うこともあるらしく、剣スキルや鈍器スキルにも少し振っているとの事だった。
ジオもそうだが、テンテンのようなスキルのとり方こそがこのゲームの醍醐味だとジオは信じていた。
隣にいる鎧姿の男、ゼルもジオやテンテンに通ずるものがあって、聖騎士を自称し、剣スキルと回復魔法や信仰魔法など、いかにも聖騎士っぽいスキルを取っているのだが、結局は「魔法戦士」にカテゴライズされてしまい、ジオと同じく中途半端感がぬぐえない。
けれど、回復魔法が使える分、まだマシだといえるかもしれない。
「で、お前はなにやってんの?」
「いやぁ、ははは…面目ない。」
ジオの言葉にゼルが頭をぽりぽりと掻く。
ゼルの話では、一緒に逃げてきた女性はアデーレという女性で、魔法特化をやりたい、というか魔女をやりたいという事で、始めたらしい。たまたま採集クエストでもやろうかと思ったゼルと鉢合わせて、ゼルが手伝いを申し出、そこから一緒に行動していたらしい。
ゼルが採集クエストをやるのは回復魔法の触媒のためである。
回復魔法だけでなく、このゲームでは魔法を使う際は必ず触媒を使う。
各街で触媒は売られているが、高くはないけれど大量に使うため費用はバカにならない。
暇なときなどはゼルのようにクエストで少しでも増やしておくのは鉄則であった。
その採集クエストのためにここ、"龍の背骨"にやってきて、魔法のスキルレベル上げがてら採集をしていたところ、そのスキルレベルを上げるための魔法をカンシーンに誤爆してしまったらしい。
「いやぁ、でも『くらえ!テラー!』は吹いたわ。」
「それがあれの正式な使い方だろー」
ゼルが腹を抱えて笑う。
なぜかというと、先ほどジオが使用した『テラー』とは死魔法の初期魔法であり、その説明文には「相手を恐怖させる」とあるのだが、実際はヘイトリセット(対象の敵対心を初期化する)であり、ターゲットを切るための魔法だ。初期魔法でありながら上級狩場でも使えてしまう中々にくいやつだったりもする。
「まぁ、でも気をつけてねー、見たところ身体スキルもそんなに上がってないみたいだし。」
アデーレをターゲッティングして詳細メニューを開くとそこには"ニュービー"とある。
これはユーザーに最初に付与されるクラスで、スキルレベルの総合値が一定を超えると削除されてしまう。
まさに”新人”ということだ。
「にゃはは、気をつけます!」
アデーレは、猫をイメージしたアバターになっており、言動もそれを意識しているのかもしれない。
「チャーハンあがっ」
テンテンが料理をし終えて、こちらへ4人分のチャーハンをもってこようとしたときだった。
(ん?)
一瞬静寂が4人を襲った。いや、4人だけではない、世界を静寂が襲った。
鳴り響いていたBGMはぷっつりと切れて、エフェクトとして流れていた風の音なんかも消える。
空を流れる雲の演出すら止まり、遠めに見えるモンスターたちの動きも止まっている。
(ラグ?珍しいな…)
ジオがそう思った瞬間再び世界は動き出した。
「随分長いラグだったな。」
ゼルが一番に口を開く。
「最近にしちゃ珍しいね。あ、どぞどぞ。」
テンテンもチャーハンを渡しながら会話に入ってくる。
「うちの機械が壊れたのかと思いましたよー!」
アデーレはきょろきょろと辺りをみまわしていた。
「昔はしょっちゅうだったけどねぇ」
ジオもチャーハンを受け取りながら話す。
ちなみにチャーハンは、単にテンテンの振る舞いなのでここで食べるわけではなく、皆一様に自分のかばんへと放り込んだ。
「ん…でもなんか、こうなんかおかしくない?」
違和感を感じたテンテンが口を開く。
「ん?何が?」
「何ていうか…うまく説明はできないんだけど、なんかさっきのラグから変な違和感あるんだよね。」
テンテンが自分の両手を見ながら、得体の知れない違和感を訴えていたが、ジオもゼルも、アデーレもテンテンの曖昧な説明にクスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「とりあえずアデーレさんのクエ報告もあるし、一回街に戻らない?」
テンテンの違和感はよくわからなかったが、ジオの提案で一度町へ戻ることにした。
「俺様の出番だなー」
ジオの提案にゼルが立ち上がり、詠唱を始める。
「お、たすかるよー」
ゼルが詠唱をしていくと、段々と街の中心部にあるテレポーターに良く似た、というか小さなテレポーターがゆらゆらとその姿を現してくる。
信仰魔法の中級魔法であるコーリングテレポーターという魔法だ。
そのテレポーターに触れると詠唱者の設定した場所へテレポートできる。
アデーレから順番にテレポーターに触れて街へと帰還していく。
最後にゼルがテレポーターに触れるとゼルの姿と同時にテレポーターもその姿を消した。
マハリジの街、モリーティアは露店を開きながらジオの帰還をぼんやりしながら待っていた。
すると目の前に忽然と猫っぽい少女と続いてよく見知った禍々しい鎧を纏った男、そしてこれもまた見知った憲法娘と聖騎士のような男が現れた。
「ああ、ゼルギウスくんのか」
まだ形がはっきりしない4人の影を見ながらモリーティアがぼやく。
「おかえりー」
「ああ、ここにでるのかー。あ、モリモリさんだ。」
「それやめて…」
テンテンが姿を現すなり周りをきょろきょろと見回して、モリーティアの姿を見止めると"ニコニコ"エモーションを出しながらいうが、それを聞いてモリーティアが"がっくり"エモーションを出す。
「俺はモリモリさんファンクラブ会長だからな!テレポ位置をここにしてるのはむしろ義務!」
ゼルが豪語する。
「ゼルギウスくんまで…」
またも"がっくり"エモーションのモリーティア。
ジオは内心苦笑して、まぁまぁ、とモリーティアの肩をポンポンとする。
「で、ジオ、素材は?」
「あ!」
三たびモリーティアががっかりエモーションをするのであった。
それからアデーレに対して簡単なスキル講座が始まる。
いつぞやのアップデートでスキルが体型別に見やすくなった。大ジャンル>中ジャンル>小ジャンルとジャンルわけされて例えば武器スキルならば大ジャンルとして武器スキル、中ジャンルとして刀剣、鈍器、素手となっておりそこからさらに細分化されている。
刀剣であれば、剣、刀、斧、大剣、鎌、短剣といったように。
同じように魔法も攻撃、回復、支援、特殊と分かれていて、死魔法は特殊に分類される。
先ほどのゼルのコーリングテレポーターは信仰魔法の一つであるが、これは支援魔法に分類されている。
攻撃魔法はその名もまさに攻撃魔法、回復魔法は神聖魔法と信仰魔法、支援魔法は精霊魔法と熟練スキル、特殊には、先ほどの死魔法と自然魔法が分類されている。
基本スキルは、筋力、防御、敏捷、生命、耐久力、知力、精神力と分けられていて、筋力は攻撃力や所持限界量、防御は防御力とほんの少しHPを上げる、敏捷は攻撃速度や回避力に影響を与え、生命はそのままHPに、耐久力はむしろ持久力といったほうがいいが、スタミナという概念に影響を与えている。
知力は魔力とMPに大きく影響をあたえ、精神力は魔法への抵抗力と、ほんの少しMPに影響力を与える。
その他には生産スキルがあるが、とりあえず今は割愛して、その他特殊なスキルの中に魔法使い系クラスに影響をあたえるものとして自然回復や解読などのスキルがある事も紹介した。
「いろいろあるんですねー」
「まぁ、テンプレなんかもネットで紹介されてるけど、最初は好きなものあげてみるといいと思うよ」
「はーい」
一通り説明が終わり、この場は解散の運びとなったのだが、その前に先ほどのラグの話になり、モリーティアもまたラグを受けたという。はっきりとしたことはいえないが、ワールド全部にラグが起こったようだった。
それからモリーティアもまた違和感を感じるというのだが、結局それは何なのかわからず仕舞いであった。
雄治はゲームをログアウトしたのだが、ゲーム内で感じた違和感がまだ続いているような気がしていた。
そんなわけがないと、振り切るように無理やり床につくのであった。