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龍人の都市 1―目覚め・前編―

 カンシーンの大穴から見つかった地下都市。

同時に龍のはらわたを調査に当たっていたんふっふ(・・・・)達もまた、その中央部でこれまでに見られなかった洞窟を発見し、それはどうやらその地下都市へとつながっているようであった。

んふっふ(・・・・)の思惑とは裏腹な、思いがけない発見とやらに思わず舌打ちをしてしまう。


 んふっふ(・・・・)にとっては都市の発見など、至極どうでもいい事だった。

それよりも死の概念を調べる事の方が彼にとっては優先事項なのだから。


彼自身もまた死をおそれ、第一次調査隊に参加した時も、前線にいながらにして慎重さを崩す事がなかった。

それ故に敵の動きに違和感を覚え、いち早く陽動である事を察する。


だが、彼はそこでそれを誰かに伝える事をしていない。

それは勿論、死の概念を調べる事と直結している。

ここで誰かが命を落とせば、この世界においての死と言うものが判明する。

流れに身を任せているだけで自ずとその答えは向こうからやってくるはずだった。

信頼の置ける仲間に状況を確認させ、いよいよとなれば逃げる算段もあった。


だが、それは一人の人物によって御破産となってしまった。


勝利を伝える鬨の声。

竜達を殲滅し、出現したカンシーンもまたハルおじさんたちによって撃退されたという。


勝利に酔いしれる前線の戦士達の中、誰にも悟られぬように歯噛みするんふっふ(・・・・)の姿があった。


それから伝えられたある人物の捜索の事。

そしてその人物こそがカンシーン撃退の真の功労者だと聞かされる。


笑いが止まらなかった。

まだチャンスを失ったわけではなかった。

ツキがまわってきたのだ、と。

忌々しいとすら思える、カンシーン撃退の功労者は、しかし行方不明になっている。

いち早くその人物を見つけ出し、死亡の確認(・・・・・)をしなければいけない。

はやる気持ちを抑え、第二次龍の骸調査隊へと参加した。


だが、そのチャンスすら地下都市の発見という大事に飲み込まれてしまう。

手が届きそうで届かないもどかしい思いに襲われるんふっふ(・・・・)

だが、まだ彼の望みが費えたわけではない。

確かに悉く思惑は潰えてきたが、今目の前に、未知が口をあけて待っている。

もはや、件の行方不明者でなくても構わない。

目の前の未知に生贄をささげ、死という知識を得るのだ。


口の端をニヤリと吊り上げて邪悪な笑みを零すんふっふ(・・・・)

それは誰の目にも留まる事はなかった。


----------------------------------



地下都市発見の報はすぐにマハリジの街へ届けられ、竜の骸での戦勝に沸いていた町をさらに沸かせる事になった。

新マップの発見、あるいは未発見マップの発掘などと言われ、マハリジ以外の街からも少しずつ他のプレイヤーが流入してきていた。

だが、少なからず疑問を唱えるものはいる。


異変後の世界でアップデートが行われているのか?

もし、そうだとしてこの状況で運営側から説明が何も無いのは何故か。


五感のあることに始まり、帰って来ないログアウト組、死の危険性、説明されるべき案件はいくらでもある。

だが、多くの人々はそれを忘れたかのように新マップ発見に沸き、あるものは情報をあつめ、あるものは未知のマップに心をときめかせ、あるものは既に冒険の準備に取り掛かっていた。


そんな最中、地下都市発見の報と共に、有名プレイヤー達を中心としたギルドやクランの勧誘会が大々的に執り行われる。

そこには二つの狙いがあった。


異変に巻き込まれたプレイヤー達の中にはギルドやクランに所属していないものは少なくなかった。

いくら先の龍の骸での勝利や、今回のような新マップ発見でお祭り騒ぎになろうと、不安を抱えていることに違いは無い。

狙いの一つが、その不安を軽減するためのものだった。


有名プレイヤー達は、自分が所属する団体は勿論の事、戦闘がメインの団体や、生産者の団体、ただの雑談ギルドまで、多くのギルドマスターに呼びかけを行い、これを催した。

もう一つの狙いが、各団体との交流だった。


有名プレイヤー達が所属するギルドやクランには、生産職から戦闘職まで一揃えになっていることは珍しくない。

だが、それは飽くまでゲーム時の話だ。


異変の中でログアウトを敢行すれば、戻ってこられない。

そして、どこの団体にしてもログアウト組というのは必ずいた。

中にはそのギルドの要と言える人物もログアウトしてしまったケースもある。

それゆえに戦闘職である者は補給や修理を、生産職は素材集めのツテや人材を、それぞれがそのアテが無くなってしまっているか、あるいは不足しているか、さらには要の人物の不在で空中分解してしまい機能していないところもある、というのが現状だった。


それを解決するための勧誘会であり、交流会であった。


 マハリジの街に集まった多くのプレイヤーが、広場で行われているそれに参加し、自分に合うギルドやクランを探す。

その中で新たに団体を立ち上げるものもいた。

先行きが見えない中で、人々が集まって群れをなすのはもしかしたら本能なのかもしれない。

あるいは利害の一致、というのもあるだろう。

これまでそういう団体に所属した事のない人間もまた、この異変の中で、その重い腰を上げて自分に合う団体を探し始めていた。


その中で他とは希望者の数が明らかに違うギルドがいくつか見られる。


サムライ“ゴロー”や緋の賢者“ルリ子”、酔いどれ“榊”の所属する「腹切大根」

セイクリッドナイト“ハルおじさん”の所属する「ナイツオブホーリー」

ウォーロックマスター“んふっふ”の所属する「魔術師連盟」


この三つは、先の“龍の骸”での功労という面でも人気があり、その希望者は多く見られた。

現在ハルおじさんとんふっふ(・・・・)は第二次調査からの帰還中で不在であるが、その知名度によって希望者は後をたたなかった。


いつにもまして盛況な広場に、ゼルとミサの姿がある。

といっても彼らはギルドを探しに来たわけではなかった。

彼らはそれどころではなく、焦ったように広場を横切って駆けて行く。

集まっている大衆目当てに露店を出すものもいるのだが、その一つでゼルは剣を一振り買い求める。

一方ミサは、別の露店で触媒を買い集め、ついでにその隣の露店で置いていたチーズケーキを買っていた。


「何ちゃっかり買ってんだよ!」

「え、いいじゃん!あのチーズケーキ前から食べたいと思ってたんだよね!」

「はいはい、買うもの買ったらすぐかえんぞ。」

「むぅ、人使いの荒い…」

「俺もミサちゃんも境遇はおなじだっつー。」


あちこちの露店で道具や武器、時々お菓子などを買い集め、二人はそれを持ち寄りお互いに確認すると、再び慌てたように走っていく。


「おーい、ゼルくーん、ミサちゃーん」


走っていくゼルとミサの上から声がかかり、二人は速度を維持したまま見上げると、空からはテンテンがゆっくりと滑空してくる。


「こっちも揃ったよー」

「ナイステンテンちゃん!」

「じゃあ、テンテンさん、モリモリさんの家で!」


三人はお互いに親指を立てあい、そのまま疾走していく。

当然だが軽功の使えるテンテンの方が先に家についていた。


広場の喧騒を離れて、静かな居住区の一角、モリーティア邸。

中に入ると、すぐに広々とした玄関があり、そこからすぐ目の前に階段がある。

その階段の傍には扉があって、そこをくぐると、さらに広いリビングがある。

その奥に、これまた広いキッチンがあって、そこではジオとクララが並んで料理していた。

リビングからキッチンに続く途中に食事用のテーブルが設えてあって、そこにモリーティアが不満気な顔で二人の背中を頬杖をついてみていた。


「ほんと、どんどんうまくなりますね…」

「そろそろ上がらなくなってくるけど、でもとりあえずはこんなもんじゃないかな?」

「そうですね、どれどれ…うん、美味しい!」


ジオの目の前にある鍋から、その中身を少し掬い取って味見をしたクララが笑って頷く。


「むー…」


その背中に少し冷たい視線を感じながら。


「え、え~とぉ…ジオ様、こちらはもういいので、そろそろティア様から『調合』の方を…」

「もうちょいであがるんだけど…」


モリーティアの視線に耐え切れなくなったクララが苦笑いをこぼす。ジオは知ってかしらずか料理に熱中していた。


「ならばこれをっ!」


バンッ!


と勢い良くリビングの扉が開いて小さな影がそこに侵入する。

その小さな影は叫びながらジオに向かって何かを投げつけてきた。


「あれは…はっ!」


宙を舞って飛んできたそれに対して、ジオは傍らの料理用包丁を掴んで叫んだ。


「ダンシングソード!かっこ料理用かっことじ!」


飛んできたそれが無数の剣戟にさらされ、やがてまな板の上にぽとりと落ちる。

刹那、それははらりと音を立てて崩れた。


「うむ、見事!」

「師匠!」


目の前には満足気な顔のテンテンが腰に手を当てて仁王立ちしている。椅子の上で。

ジオが切り刻んだそれは、魚の切り身で、今まな板の上で綺麗に等間隔に線切りされていた。

刺身として十分に通用する綺麗さである。

椅子の上で胸を張るテンテンに片膝をついたジオが師匠と仰ぐ。


目の前で繰り広げられた寸劇に、クララとモリーティアの二人はジト目で呆れかえっていた。


「さて、無事今のであがったみたいだから、モリモリさん、次お願いするよ。」


寸劇を終え、腕組みをしてうんうんと頷きあったジオとテンテン。

その腕組みのままジオが、今度はモリーティアに笑顔を向けた。


「あ、う、うん。」


その笑顔にちょっぴり顔を赤らめるモリーティア。それを悟られないようにうつむいて髪で顔を隠す。


「……よ、よし、いくよ!ジオ!」


けれどすぐに顔をあげて立ち上がり、ぽんと自分の胸を叩いた。


何故ジオが今になって料理や調合をしているのか。

それは昨日の時点まで話は遡る。



気まずい空間、というべきなのか、桃色空間、というべきなのか、これはなんと表現したらいいのかと、そこにいる五人はお互いに顔を見合わせる。

キッチン前のテーブルに腰掛けている二人の空間は、その周りにいる五人とは明らかに一線を画している。


その二人はお互いにちらちらと相手の顔をみては、目が一瞬あったりして、すぐに目をそらす。


「な、なんか、今日は…あ、暑いね」

「そ、そそそうだ、ね」


時々交わす言葉も、一言二言で、まったく意味の無い受け答えになっていた。


キッチンで夕飯の作業していたクララとテンテンはちらちらその様子をみていたし、ゼルとミサは並んでニヤニヤと二人を見やる。

ミサのすぐ傍で直立不動のスティーブは時々遠い目をしてモリーティアを見ていた。


一種異様な雰囲気の中で、件の二人、ジオとモリーティアはキッチン前のテーブルで向かい合って座っているのだが一向に目を合わせないし、喋る事もほとんど無い。周りの雰囲気にすら気がつかず、もじもじと。

お互いに気づいてないようだが、その二人の顔はどちらも赤く、ニヤついているのが周りからは見て取れた。


「そ、そうだ、料理を手伝うよ!」

「え、あ、う、うん」


耐え切れなくなったジオが立ち上がり、小走りにキッチンへと行く。

さっきまでの雰囲気はどこへやら、モリーティアは少し不満そうな顔になっていた。


下を向いたままで唇をとがらせているモリーティアの様子は、横から見るゼルとミサにははっきりと見えていて、二人は必死で噴き出しそうになるをこらえる。


一方ジオもジオで、クララとテンテンに混じって料理を手伝い始めたものの、肩を落として何秒おきごとに「はぁ…」とため息をついていた。


クララもテンテンも辛気臭いと思いながらも言い出せず、ジオにとにかく食材をきってもらうことにした。


料理スキルはスキルレベルによって、加工できる食材が変わってくる。

これは別にスキルに限らないことだが、未知の食材に対して、その加工の仕方を初めから知っているものなどいない。

何度も繰り返し練習し、やがて魚であれば魚を、野菜であれば野菜を、綺麗に思うがままに切ることが出来るようになるのだ。

同じように、鍛錬によってスキルレベルがあがると、自然とそのレベルにあった加工方法が身につく。


それはそのままこのゲームのスキル制ということを体現している。

何度も使い、鍛錬することで、より難しい技や、効率的にそのスキルを使う方法が、自然と頭の中に流れ込んできて“わかる”ようになる。

それがこの世界におけるスキルの鍛錬であり、スキルレベルの上昇という事だった。


そして、このスキル制というのはこの世界において顕著なまでに能力に制限をかけてくる。


異変以来、多くの人々が試し、もちろんジオたちも実験をしたのだが、スキルレベルに依存している能力は、そのまま制限がかかっていて、スキルレベル以上のことは何度やってもできないようになっていた。


例えば、味噌汁を作るとしよう。


このゲームでは味噌汁は料理スキルにしてスキルレベル80と中々の難易度を誇っている。

リアル世界で自炊を行っているジオにとっては、味噌汁など毎日作るものであったから、スキルレベルに関係なく出来るだろうと思い、作った。


だが、何度やっても美味しいものが出来ない。

味噌汁の作成に失敗しているのだ。


工夫を凝らそうが何をしようが、とても味噌汁とは呼べない代物が出来てしまう。

何故そうなってしまうのか仕組みはわからないが、リアルと同じように作っても、味噌汁の形をした別のものができあがってしまうのだった。



モリーティアとの気まずい雰囲気に耐えかねて、キッチンへと逃亡し、そこで下働きよろしく無心で――ため息をつきながら――野菜を刻み続けるジオ。料理スキルのレベルが15で止まっているジオにはサラダに使う野菜を刻むくらいしかできることはない。


ザクザクザク


「ほい、次」

「はぁ…」


刻んだ端からテンテンに野菜を渡される。


ザクザクザク


「ほい、次来ましたよー」

「ふぅ……」


ザクザクザク


「あ、そーれ」

「はぁ…」


ザクザクザクザク


一体何人前切らなきゃいけないんだ、とジオがそう思ったその時のことであった。


「あれ?ジオくん、それ…」


テンテンが目を丸くしてジオを見ている。正確にはジオの手元で綺麗に捌かれた野菜を、だが。


「え――」


その野菜をみて、ジオもまた驚きを隠せない。

目の前で綺麗に刻まれた野菜、それは何の変哲も無い山葵だった。

この山葵を何に使うのか、という疑問は置いておいて、山葵は料理のスキルレベル17で初めて加工が可能になる食材であった。

テンテンが渡し間違えたのだろうけれど、それにしても綺麗に刻まれていて、スキルレベルが不足しているとは思えない出来栄えであった。


「ちょ、ちょっとまって。」


ジオを押しのけるようにまな板の前に立ったテンテンは、じっと刻まれた山葵を見つめる。

ツンとした香りがテンテンの鼻腔をくすぐる。


「まさか……」


恐る恐るその山葵をヒトカケ手にとって、口に含むテンテン。


「にゅあっ…からっ!」


鼻を通り抜けていく刺激的な香りに、テンテンの意思とは裏腹に涙がこぼれそうになる。


「からいっ…でもちゃんと辛い!」

「えぇっ!?……からっ!…ちゃんと辛い…」


テンテンの様子に驚いてクララも山葵を口に含む。

二人して涙目になりながら、その頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「ジオ様、確か料理レベル15だったはずでは…?」

「うん」


首をかしげながら尋ねるクララにジオが頷く。同じようにジオも首をかしげている。

キッチンで三人が三人とも首をかしげているのを訝しく思ったモリーティアたちもキッチンへとやってくる。


「どうしたんだ?」

「いや、それがさ、ゼルくん。ジオくんが山葵切ったんだ。」

「はぁ?」


ゼルがちんぷんかんぷんと言わんばかりに首をひねる。

が、その後ろについてきていたモリーティアは驚いた表情でテンテンを見る。


「えっ、どういうこと?」

「ジオくん、料理レベル間違いなく15だよね?」

「え?ああ…」


モリーティアとテンテンの問いかけにジオはコンソールを開いてスキルウィンドウを確認する。


「あれ…?」


虚空を見つめながらジオが固まる。それから何度もまばたきをして、目を擦ったりしている。

その様子にみなの視線が集まっていく。

そしてジオは驚愕の一言を呟いた。


「あがってる…」



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