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龍の骸 3―再会―

ぼんやりとした視界の中で、目の前に少女の顔がある。


知っているような気がする、その少女は、その目一杯に涙をためて、それが零れ落ちても拭う事もせずに何事か喋りかけてくる。


「モ……てぃ…」


かすれる声で呟くのと、再び意識が閉ざされるのは同時だった――


-----------------------------


庭の光に気づいて、何事かと駆けつけたモリーティアの目に、ありえない光景が飛び込んでくる。

目の前に、そこにあるはずのない――いや、ここにいるはずのない人物がぐったりとして屋敷の壁にもたれかかるようにして座っている。


ドサッ……


無意識に手を伸ばす。抱えていた本が鈍い音を立てて地面に落ちるが、そんなこともどうでもよくて、ただ、手を伸ばしてふらふらと目の前のそれへと近づいていく。


「あ……ぁ……」


言葉が出ずに口をパクパクとさせながら歩くモリーティア。

目の前のそれは、目を瞑ったままで微動だにしない。


視界が歪む。世界の輪郭が歪んで、何かもがぼやけている。けれどその中でハッキリとその瞳に映し出されるその姿。まばたきをすればその感情が零れて落ちていくが、後から後から止め処なく溢れてくる。


「じお…」


その名をうわごとのように呟いた。

けれど、ぐったりとして俯いている目の前のそれはぴくりとも動かない。


はやる気持ちに歩みがついていかない。

ふらふらとおぼつかない足取りで、それに近づいていく。少しずつ近くなる。ずっと会いたかったその人に。


そして――


「じお…?」


歪んだ視界の中で、掠れた声で、目の前の人の名を呟く――


「ね…じお…」


まばたきをするたび、目からあふれ出たものが零れ落ちていく。

それが、彼の壊れた鎧にぽたぽたと落ちて、こびりついた汚れや血を流していく。


「ま…っ………じお……」


うつむいたままの彼の顔を覗き込む。もうすぐ鼻と鼻が触れてしまいそうなほど近づいてもなお、彼は動かない。


「じお…?」


もはや声にならない声でささやくように呟く。その声に一瞬、ぴくりと動いたような気がした。


「……も………てぃ…」

「じお……ジオ!!」


ゆっくりと目を開けて一瞬何かを呟いたジオ。

堰を切ったようにモリーティアはジオの名を呼ぶ。


(ねぇ、ジオ、どこいってたんだよ!まってたんだよ!心配させて…ばか!ばかジオ!)

「じお…ジオ……っ…ば…ジオ!!」


言いたい事はやまほどあったのに、思うように言葉が出てこずに、ただただ名前を呼ぶ事しかできない。


一瞬目が合って、ジオが微笑んだような気がした。

そしてジオはまた目を閉じてしまう。


「ジオ!ジオ!!」


涙が零れるのも構わずにモリーティアは名前を叫び続ける。


「やだよ!目を開けてよ!ジオ!!」


動かないジオの腕を掴んで必死でその体を揺り動かそうとする。


「お待ちください!」


その声を聞きつけたのか、クララが走ってきて、叫びながらジオを揺さぶっているモリーティアをはがいじめにしてジオから引き剥がす。


「やっ!はなして!ジオが!ジオが!!」

「お、おちついてください!ティア様!」


どこにそんな力があったのか、クララの腕の中で物凄い力で戒めを解こうとするモリーティア。


「ジオ!ジオーーー!!」


必死でジオに手を伸ばすモリーティア。その顔はもう涙でぐしゃぐしゃになっている。


「落ち着いて、モリモリさん。」


突如その耳元に声が響いて、次の瞬間モリーティアの意識が遠のいていく。


「ぁ……じ…………」


そして唐突にモリーティアは意識を手放した。


-----------------------------


「いや~買った買ったー」


ミサがほくほく顔で歩く。

ぶら下げたカバンはパンパンに膨らんでおり、その後ろを歩くスティーブも大量の荷物を抱えてなお涼しげな顔をしている。


モリーティア邸に厄介になってから、早朝は土いじりに精をだしていたミサだったが、最初に庭やプランター、それに家の近くの花壇を見た時から、色々そろえたいと思っていたという。

肥料や種、栽培に必要な道具など、あげればキリがなかった。

何せ庭もプランターもろくに手入れされていなかったのだ。

おそらくはオブジェクトとしておかれたままだったのだろう、とミサは推測する。

そうなると、他の植物なんかも単なるオブジェクトではなくきちんと手入れしてやらねば枯れてしまうのではないか、と思っての今日の買い物だった。


その話をクララとスティーブにすると、一も二もなくスティーブが買い物を手伝うと言ってきた。

何かを言いかけたクララを制してまで。


そのスティーブの笑顔に何か一瞬背筋をひやりとするものが通った気がするのだが、多分気のせいだろう、とミサもまたスティーブの同行を快諾した。


荷物持ちは多いほうがいい、何せ肥料なども買うのだから。


露店や商店街を回って必要なものを買い集めほくほく顔で戻ってきたミサとスティーブ。

玄関まできて肥料を庭へと運びこもうとしたその時。


「やっ!はなして!ジオが!ジオが!!」


モリーティアの叫び声が聞こえてきた。

ミサはすぐ後ろのスティーブと顔を見合わせると、二人は持っていた肥料袋を投げ捨てて庭へと走った。


「お、おちついてください!ティア様!」


続いてクララの叫び声も聞こえてくる。


「ジオ!ジオーーー!!」


庭へと回ったミサが見たのは、暴れるモリーティアを必死で抑えているクララと、その二人の前でぐったりと横たわるボロボロの姿のジオだった。


一瞬、何が起きているのか全く理解できなった。

涙で顔をぐしゃぐしゃにしているモリーティア、そのモリーティアを必死で抑えているクララ、そして、微動だにせず横たわるジオ。

そのジオは鎧や服がボロボロになっていて、その上半身部分のほとんどは赤黒い血のようなもので染まっていた。


「一体なにが…」

「ミサ様、申し訳ありませんがティア様を一度落ち着かせねば。」


咳き込みながらも叫び暴れるモリーティアを見たスティーブがミサに耳打ちする。

モリーティアもクララも、どちらも必死でミサたちが駆けつけた事にすら気付いていない。

クララにしてもモリーティアにしてもどちらもHPが多いとは言えず、そして今二人とも必死だから、一歩間違えばどちらかが、あるいはどちらもが大怪我をしてしまう可能性もある。


「わかった。」


ミサはうなずいて暴れるモリーティアに駆け寄る。


落ち着いてスリーピング・ウィスパー、モリモリさん」


ミサの持つ、対象を眠らせる効果をもつシャウトスキルの技。

それはすぐにモリーティアに効果を表す。


「ぁ……じ…………」


その呟きを残してモリーティアはすとんと眠りに落ちた。


「はっ…はぁっ…た、助かりました、ミサ様…」

「何が起きたんですか?クララ」


スティーブがぼろぼろのジオを担ぎ上げてやってきた。


「私にも、何がなんだか…ティア様の叫び声がして、急いで見に来たのですが…そうしたらティア様がジオ様を激しくゆさぶっていたので…」

「なるほど、何故ここにジオ様が?」

「わかりません。」


ほう、とため息をついて首を振るクララ。


「酷い取り乱しようでした…それにこのジオ様が本物かどうか…万が一があればと思って諌めようと思ったのですが…」


クララの説明に、目を閉じて何かを逡巡するようにしているスティーブ。


「わかりました、私はジオ様を部屋へ。クララ、ミサ様、ティア様をお願いいたします。それと、おそらくですが、ジオ様は本物でしょう。この庭にいた(・・・・・・)のですから」


スティーブは二人にそう言い残し、ジオを伴って家へと入っていった。

クララはスティーブの言葉にうなずいてそっとモリーティアを抱きかかえる。


「一体何が起きてんの…」


モリーティアを眠らせたミサだったが、何が起きているのかさっぱり理解できない。

何故ジオがここにいるのか、それにモリーティアのあの取り乱しよう――

冷静に対処している二人のNPCを呆然と見送るミサ。


クララの抱きかかえるモリーティアは、眠りながらも涙を流している。ジオの名をうわ言のように呟きながら。


--------------------------


まったく要領を得ないミサからのコール内容だったが、モリーティアの家にジオが忽然と現れたらしいと聞いて、ゼルとテンテンはマハリジの街へ戻ってきていた。


コーリングテレポーターから出るとすぐにミサが二人を出迎えた。

モリーティアの家へ向かう間に詳しい話を聞きたかった二人だったが、ミサもよくわかっていないらしい。

ただ一つジオが戻ってきたのは間違いないらしい。家の庭に倒れていたというジオは酷い有様だったらしいが。

今はモリーティアもジオも眠っていて詳しい事は何もわからない。


「でも、なんでモリモリさんの家なんだ?」

「そんなの知らないですよ…」


トンネル谷で行方不明になったのだからトンネル谷で見つかるべきだろう、とゼルはわけのわからない理論を奮う。

その表情は怒っているような嬉しいような、なんだかとても複雑な表情をしていた。


「あれ?でも、ジオはテレポート系のアイテムもってなかったよな?テレポート系のスキルもないはずだし…」

「あー確かに。ジオくんはそういうの持ってなかったと思うなぁ。一応家直通のテレポートストーンはあるけど、あれは家主にしか使えないし…」


ミサの話を聞く限りでは、ジオはいつの間にか庭にいた線が濃厚なのだが、それを可能にするアイテムやスキルをジオは持っていなかったはずなのだ。


「じゃあ、あれかな、マハリジまできて自力でモリモリさんの家までやってきて力尽きた、か?」

「いや、それならモリモリさんの家に着く前に保護されるんじゃないかな?だってボロボロだったんでしょう?」


テンテンがミサに視線を投げかけると、ミサは黙ってうなずいた。


「ふぅん、なら、あれかな?無事たどり着いたけど、モリモリさんにぼこられた。」

「馬鹿言わないで下さいよ…」


ミサがあまりにも適当なゼルの言葉にキッと睨む。

あのモリーティアの取り乱しようは尋常ではなかった。

実際、もしミサがモリーティアの立場でもそうなったかもしれない。待ち焦がれた人が突然目の前に現れた衝撃。しかも血だらけで、ぼろぼろで、ぴくりとも動かないとくれば、やはり自分でも取り乱してしまうかもしれない。そういう乙女心というか、気持ちを軽々しくは言わないで欲しい、とミサは思うのだ。


「まぁ…生きてるならそれでいいんだ。」


だが、ふっと優しい目をして呟くゼルを見て、「ああ、この人も心底心配していたんだな」と考えを改めさせられる。


きっと強がりとか、わざとそう振舞っているのだろう。

誰よりも冷静に、そして誰よりも早く行動を起こしたのはこの目の前の優男だった事を思い出すミサ。

定期的に入るコールでは冗談ばかりいって、それでもモリーティアの事を心配してミサの事さえ心配してくれていた。そしてテンテンと共に必死で彼を探していたのはこの目の前の人なのだ。


「そうですね――」


そう思い至ったミサは、同じように優しい目をして、ゼルを見つめた。


「愛の力だな!」


そんな二人をよそにテンテンは声高らかに言い放って、うんうんと一人うなずいていた――



まもなくモリーティア邸に到着した三人は、ジオとゼルの部屋の前で困惑しているクララとスティーブを見つける。


「どうした?」

「お帰りなさいませ、テンテン様、ミサ様、ゼルギウス様。」


最初に声をかけたのはゼルなのに、名前を呼ばれたのは最後だった事に少し眉をぴくりとさせスティーブを睨むゼル。

スティーブは素知らぬ顔でいつものすまし顔だ。


「それが、ティア様が起きるなり、ジオ様の傍を離れようとしなくて…」


無言の対決が始まったゼルとスティーブを尻目にクララがテンテンとミサに事情を説明する。

クララはモリーティアがまた取り乱すのではないかと心配しているらしい。


「大丈夫だ、見てみろよ。」


スティーブと謎の対峙をしていたはずのゼルがいつの間にかドアの隙間から中の様子を窺って、はぁ、とため息をついていた。


「ちょ…覗きなんて趣味の悪い…やっぱり変態ですね、ゼルさんは。」

「あーもう、一応ここ俺の部屋でもあるんだけど…いいから、ほれ、みてみろよ」

「あ、ちょっと!」


ジト目で悪態をつくミサの首根っこをひょいと掴んだゼルは、ドアの隙間にミサを置く。


「あ……」


ミサが見たのは、静かにベッドに横たわるジオと、そのベッドに縋りつくようにして眠っているモリーティアの姿だった。

二人とも、とても安心しているかのように静かな寝息を立てている。


「そっとしておこう」


ミサの上からテンテンが呟く。その上からクララ、スティーブが同じように覗き込んでいて、そのテンテンの言葉に静かにうなずいていた。


---------------------


刺すような赤い西日をまぶたの外に感じて、ゆっくりと目を開けたジオの目には見慣れない天井が映る。


「こ…こは…」


まだはっきりとしない意識の中で何度か瞬きをする。


「どこ…だ…」


起き上がろうとして、初めて自分がベッドに寝かされている事に気付いた。

同時に何か重いものが掛け布団の上に乗っかっているのか、引っ張られて思うように起き上がれない。


「もり…てぃあ…?」


その原因。ジオが目線を移すとそこにはベッドの上に両腕を枕にして頭を乗せて寝ているモリーティアがいた。

思わずその名を呼んで、けれどまだ頭がボーっとしているから夢なのか、とぼんやりとしてその寝顔を見つめる。

すぅすぅと寝息を立てながら安らかに寝ている様は、まるで子供のようだった。


しばらく見つめてはっとする。そこでようやくここがモリーティア邸のジオとゼルの部屋だという事に気付く。

というのも、今まで表示されていなかったコンソール類が視界の端に復活していて、そのミニマップの表示にはモリーティア邸とあったから。


モリーティアを起こさないように静かにするりと布団から抜け出したジオは、改めてベッドに腰掛ける。

すぐ隣にはベッドに突っ伏して寝ているモリーティア。


「ん……じぉ……」


うわ言のように寝言を漏らすモリーティアに、ジオは優しく微笑んだ。


どうして自分がここにいるのか、これまでの事はなんだったか、色々と疑問や考える事はあったが、今はなんとなく何も考えずにモリーティアの寝顔を見ていたいと、ジオはそんな風に思った。


その寝顔をしばらくみていたが、モリーティアの目の周りに涙が乾いた様な跡が見てとれ、それに気づいたジオはバツが悪そうな顔をした。


「あー…心配、かけたよなぁ、多分。」


ひとりごちて後ろ手で頭をぼりぼりとかいて目を逸らす。

ふと部屋を見渡すと、着ていた筈の鎧が部屋の隅にまとめておいてある。

そこでまた自分が鎧ではなくローブを着ていることに気がついた。

同時に、その隅におかれたぼろぼろで赤黒い血に染まっている鎧が、体験してきた事が夢ではなかった事を教えてくれていた。


「何だったんだろう…あれ…」


ついさっきまで自分がいた場所を思い出すジオ。


広大で荘厳な洞窟。龍人の都市がどうとか、龍の骸地下深くに沈めたとか、龍人の神とか。


『努力は報われるべきだと思う?』


あの光の球が言いたかったのは一体何なのだろうか?


『ヒトをヒトたらしめるのは…』

「うぅん…じお…?」


そこでジオの思考は中断する。

モリーティアの声がして、また寝言かな、と、視線を寝ているはずのモリーティアに移すと、そこには大きく見開いた深いエメラルドの瞳がジオをじっと見つめていた。


「あ…あぁ、モリモリさん。素材、どうする?」


ジオが所在無さ気に笑う。


「じお…ジオ……ジオ…!」


ジオを見つめる瞳にみるみるうちに涙がたまっていって、それが頬を伝う。


「えーと…モリモリさん?」

「ジオ…っ……ジオー!!」


モリーティアはそのままジオの腰にすがりついて――


「…ジオ……っく…ぅっ……ああぁぁぁ、じおぉー!わぁぁぁぁああ!!」


ジオのわき腹に顔をくっつけたまま、大声をあげて泣き出した。


「えっと……」


一瞬困惑したジオだったが、子供をあやすように、モリーティアの頭をそっと撫でる。


「ごめん、モリモリさん…」

「なんでなんで、っ!あやまっ!わあぁぁぁっ!」


言葉も途切れ途切れに、それよりも嗚咽の方が先に出てしまうモリーティア。

そのモリーティアの涙でジオのローブもすっかりぬれてしまっている。


声を聞きつけて、ゼル、テンテン、ミサ、それにクララやスティーブ達が慌ててやってきた。

けれど、ジオにすがり付いて子供のように泣いているモリーティアを見て、ほうと安堵した五人は、それから何も言わずに二人を見守っている。皆優しい笑顔をたたえていた。


モリーティアの頭を優しく撫でながら、ジオはもう片方の手で五人に向けてそっと手をあげる。

その仕草にゼルはやれやれと肩をすくめ、テンテンは手を振る。ミサは何故かVサインをしていて、クララとスティーブはそっと会釈をした。


「モリモリさん…」

「なっにっ…っく…ひっ…じお…」


ジオが、皆が来ている事も構わずに泣き続けるモリーティアを見つめると、モリーティアもまた顔を上げてジオを見つめる。


「酷い顔だよ?」

「っ…よけっ…な…おせっわ…」


そうしゃくりあげながら言うモリーティアは涙を浮かべたまま、顔をぐしゃぐしゃにしたまま、笑った。


「……ただいま、ティア」

「…!…おかっ…り…ジオ…!」


ジオはモリーティアの頭を優しく撫でて、皆はそれを優しく見守っている。

モリーティア邸にはしばらくの間、彼女の泣き声だけが響いていた――

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