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龍の骸 1―発端―

「ちょっとぉ、モリモリさぁん、ボクもう重量いっぱいですよぅ」


 ミサが涙目でモリーティアに訴えかけている。頭の上のうさみみはしおれたようにミサの頭にくっついてしまっていた。

その両手には山積みになっている本、さらには両脇にぶらさげたカバンもパンパンに膨らんでいる。

 戦闘栽培マンであるミサはそこそこに筋力が高いため、モリーティアとはその所持限界能力に雲泥の差がある。それを生かして(?)モリーティアの荷物もちにさせられてしまったのだ。

それにしても本って意外にも重い、とミサは思う。


「大丈夫、あとでレイズかけるから。」

「そ、そういう問題じゃなくてぇ…」


そういいながらモリーティアは非情にも、ミサの持つ本の山にさらに本を積んでいく。


「うぅ…移動できる触手があれば…」


 積上げられた本のせいで、前すら見えないミサが呟く。

ミサ達栽培マンの特技とも言える触手は、基本その種を植えた場所でしか発動しない設置型の技である。


「…移動する鉢植えに触手を……」

「はいはい、くだらないこと考えてないで、そろそろ帰るよ。」


モリーティアが手に持った触媒を掲げて呟く。


「彼の者の抱えし戒めを解き放ちたまえ…『レイズ』」


 触媒が光を放って魔方陣を象る。

 そこから放出した光の粉がミサの持っていたアイテムに降りかかって、重さに苦しんでいたミサの表情が和らいでいく。


 モリーティアが唯一とっている魔法系のスキルで、神秘魔法に分類されている『レイズ』。

この魔法はアイテムの重量を軽減する効果で、モリーティアにとっても恩恵は大きい。


「はぁ、軽くなりました…でも、モリモリさん、落ち込んでたと思ったら急にこんな…」

「ミサちゃんも聞いたでしょ?ジオの肩当の話。」

「ええ、聞きましたけど…」


 そういってしまうと語弊がある。

 本当はゼルとテンテンはモリーティアにこのことを伝えるつもりはなくて、ミサにだけ報告したのだ。

だが、そこで思わずミサは大声を出してしまった。

それを聞きつけたモリーティアがゼルに説明をせまり、見つかった肩当の話をせざるをえなくなってしまった。


 ゼルの話を聞きながら、モリーティアはジオがいなくなる前の晩の事を思い出していた。


「"龍のはらわた"には、龍人の都市があって竜はそれを守っている。」


という話だ。

ゼルに、トンネル谷にあいた大穴の詳しい位置を聞き、部屋にある地図にその位置を記す。

そして、今モリーティアは大聖堂の図書館にミサと共に赴き、そういった神話、モンスターの由来、竜種図鑑、とにかくかかわりのありそうなタイトルを見つけては積み、見つけては積み、そうして今に至る。


 モリーティアの中には一つの仮説があった。

カンシーンが落ちたときに出来た、底の見えない巨大な大穴。

はたしてその穴は本当に深いのだろうか?

底が見えないような深い穴ならば、そこから水や、ガス、マグマなど何かが出てきてもおかしくはない。

ましてや山間なのだから、マグマくらいはあっても不思議ではないだろう。

あくまでこの世界の構造が地球と同じであるならば、だが。


しかし、そこには闇があるだけ。


ゼルやテンテンの話では、いきなり闇があるような話だったのだ。


 モリーティアはそこに違和感を覚えていた。

仮にマグマなどがでなくても、突然暗くなっているのは何かがおかしい。

そして突拍子もない事を思いつく。

その大穴の底にあるのは龍人の都市なのではないか、と。

そして、カンシーンと共に落下したジオはそこにいるのかもしれない、と。


 何の根拠もなく、本当に突飛な考えだった。

けれど、モリーティアにはそれが不思議とそうだと確信できる。

あるいはそう思いこむことで、そういう未知の何かに縋りたいのかもしれない。

救われない心を妄想で癒そうとしているのかもしれない。

でも、それでも構わなかった。


「そういう可能性、なくはないかもしれませんねぇ…」


 自分の案を説明してみるが、レイズで軽くなった本を指一本の先に乗せて、くるくると回しながら歩くミサは生返事だった。

否定されないだけマシなのかもしれないけれど。

目を閉じて小さくため息をついたモリーティアは、早速持ってきた本を読みふけりながら歩く。


==========================

世界遺産紀行 第一巻『双子山の謎』 第三章「龍の骸」 第28項-龍人の歴史


龍人たちは、龍から生まれ、龍に還ると言われている。


今では絶滅してしまった龍人たちだが、彼らの実際の生態は謎に包まれている。


唯一交流のあった地下都市グラダンに彼らのことを書き記した数点の書物が残っている。


そこからわかるのは、彼らの信仰と彼らの技術力の高さ。


今日この世界用いられてる技術の基礎のほとんどは龍人がもたらしたものであると考えられる。

==========================


 今モリーティアが手にしている本には、龍人や龍の骸について、それ以上のことは書かれていない。

またため息をついて本を閉じる。


「でも、少なくともゲーム時代はそういう話は聞いた事ないですよね。」


ピンと立たせたうさみみを見るかのように、上を向くミサ。自分の記憶を探っているようだ。


「マップとしての実装はね、されていないけれど…でもこうやって本にのってる位なんだから、もしかしたら用意されていた(・・・・・・・)かもしれないよ?」

「それって…」


モリーティアの言いたい所は、ミサにもわかった。

配信が予定されていたり、何らかの理由で未だに配信されていない、あるいはボツになったような『未実装マップ』の事をいいたいのだろう。


WWFは最初からワールドとしての地形が成立してあって、あとから加えれる要素はあまりなかったのだが、平坦だったマップに、地下や空の上などのマップが追加されることはあった。

かくいう"トンネル谷"もただの谷だった場所にトンネルを実装したというマップだ。


 そういう新要素が実装されるたびに、新たに物語が追加されていたり、逆にあらかじめ設定されていた物語から新要素を実装するという事がよくあるゲームだった。

それゆえに、モリーティアは度々図書館に出かけては本を読むのが好きだったのだ。


 自分では中々いけない場所ゆえに、物語で起源を調べ、ジオ達のお土産話と照らし合わせたり、あるいはジオ達が見に行く前に予習的に話したり、そんな事をよくやっていた。


「ジオ……」


 脳裏をよぎるジオの笑顔。

 それはエモーションだったのか、異変後の彼の笑顔だったのか。

思わず虚空を見上げて、その名を呟く。


 その様子を横で見ていたミサは心配そうに眉をひそめても、掛ける言葉がみつからないでいた。


 うつむき加減のモリーティアと、それをちらちらと気にするミサ。

帰宅すると、ミサに持ってもらっていた本を運び込んでもらい、モリーティアはそのまま自室に篭った。

 しかし、その目に悲壮感はなくて、そうではない何かを秘めていた。

今度はクララやスティーブの呼びかけにも答え、きちんと食事も取っている。

相変わらず自室から出ては来なかったが。


 何十冊と本を読み漁り、自分の仮説を裏付けるための証拠を探す。

妄想を妄想とせず、それを真実だと裏付けるためには一つや二つの証拠だけではだめだし、自分も納得は出来ない。

都合のいい事実だけをつぎはぎしたところで、ジオには届かないと思うから――


地理、地形、歴史、神話、説話、物語、モンスターの生態、ありとあらゆる本を読み漁る。


 調べていく中で、モリーティアの目を引いた一節があった。

モリーティアはその一節をなんとなく心の中で唱えて、思いを馳せる――


==========================


龍人は龍をあがめ、龍に還る


それゆえに神をあがめず、文明を極めた龍人たちは、やがて神の怒りに触れる


神の怒りが龍の都市を襲い


必死に抵抗する龍人たちは、次々に知能の低い竜へと変えられていった


そして残ったのは破壊しつくされた都市と自分が龍人だったことを忘れた竜たちだけ


龍人の都市は滅び、しかしその文明の残滓を恐れた神々は、都市を龍の骸の地下深くに沈めた


==========================


「これは事実。まぁ、神、なんてのはうさんくさいかもしれないけれど、いることになってる(・・・・・・・・・)


 ジオの目の前に浮かんだ巨大な光球がやたら響く声で、饒舌に物語る。


「やぁ、はじめまして。今のは挨拶みたいなものだよ。」


 光の球が陽気な感じでゆらゆらと揺れている。


「でも、驚いたよ。どうしてここに…いや、どうやってここに入り込んだんだい?パラティラティスが落ちて来たのは感知してたけど…ああ、そのときに一緒に紛れ込んだのかな?」


 ふよふよと漂う大きな光球はジオの周りをゆっくりと一巡して、また部屋の中央に戻ってくる。

その口調は陽気そのもので威厳なんていうものは一切感じられなかったけれど、その光球は自分の事を龍人達の神、と名乗った。




――洞窟の中、朽ちた街並みの中に、唯一破壊を免れた神殿。

そこに吸い寄せられるようにしてやってきたジオ。


 それは巨大な神殿で、大理石のような白い石で作られた壁や柱は、ギリシャの神殿を思わせるような荘厳な造りになっている。

その中央には龍と、岩肌に彫刻されていた女神が向かい合うような形の紋様が刻まれている。


「入っておいでよ、大丈夫」


 不意に掛けられた声。

完全に虚を突かれた形になったジオは後ずさって身構えた。


「あはは…心配ないよ、害するつもりはないから。それより入っておいでよ。"欠片"をもってる君なら焼かれることもなく入れるはずさ。」


 陽気な少年のような声。その声は頭の中に直接響くような感じで、すこし頭の中がキンキンとする。

その言葉を信じていいものかどうか、悩むジオ。

焼かれる、とその声は言っていたがどういうことか。

神殿の入り口から微かに薄い膜のような光が見え、それは神殿全体を覆っていた。

この薄い膜のような光が、何か結界的なもので、侵入者を拒むのだろうか。

落ちていた石を投げつけてみる。結界を通り抜ける瞬間、瞬時に蒸発する、ということはなかった。


「………」


 じっと神殿の入り口をみつめるジオ。

その入り口へ、光の膜へ、一歩踏み出してみる。


何も起こらなかった。


「疑り深いなぁ、大丈夫だっていったろう?」


 また声が響く。

ジオはそれに答えずに神殿の中へと入っていった。


 神殿の中は、だだっ広い部屋が一つあるだけで、その中央に台座のようなものがある。

その台座の丁度真上、神殿の天井にはぽっかりと穴が空いており、その穴もまた龍や女神の彫刻で彩られている。

その穴から、さっき天井でこの洞窟を照らしていた光の球のようなものがふよふよと降りてきていた。

 さほど眩しいと感じないことから、ジオが見た光球とは違うものかもしれない。


「おまたせしたかな?とりあえずその欠片を返してもらうね。」


 また頭に響く声。

 次の瞬間、ジオのカバンが光り輝きはじめて…いやカバンの中に放り込んでいた、あの場所の近くに落ちていたガラスのような歪な石ころが輝いて、勝手にカバンから飛び出すと、さっきの降りてきた光の球のようにふよふよと漂って、やがて目の前の光の球に吸い込まれるようにして消えた。


 そこから光球が突然語り始める。

そうして語られたのが、今ジオがいる場所の由来であり、歴史であった。


「今のは挨拶みたいなものだよ。」


 と、そう話を締める光球。

 もし、モリーティアにこの話を持ち帰ることが出来れば、よい食い付きを見せるであろう話だ、などと思いながらジオはその話を聞いていた。


「でも、驚いたよ。どうしてここに…いや、どうやってここに入り込んだんだい?パラティラティスが落ちて来たのは感知してたけど…ああ、そのときに一緒に紛れ込んだのかな?パラティラティスがこっちに落とされるなんて、初めてのことだから、僕も焦っちゃってね。君の侵入に気づけなかったわけさ。」


 失敗が見つかって、きまずそうにしている少年のような声で光球は語る。


「えと…」

「ああ、わかってる。何も言わなくていいよ。こちらに落ちたのは手違いだし、戻してあげる。どこになくしたかわかんなくなってた欠片のお礼も含めてね。あ、僕のことは…そうだな、ここで会ったのも何かの縁だろうし、龍人達の神、とでも思ってくれればいいよ。」


 台座を離れたり、台座に戻ったり、ふよふよと部屋の中を漂う光球はなんだか嬉しそうにも見える。


「龍人の神?」

「え?あはは…まぁ、そういうことにしておいてよ。まぁ、さっきの話とは食い違っちゃうけど。崇められてたのは事実だし、それなら神っていってもいいんじゃないかなぁ。」

「はぁ…」


 何だか緊張感というものをまるで感じない会話だった。


「まだここは見つかる予定じゃなかったんだけどなぁ…まぁ、しょうがないか。」


 光球はぼそぼそとジオの頭の中で呟く。


「ああ、そうだったね。もう帰る?」


 まるで友人宅に遊びに行って、間もなく夕暮れ時だよ、と言わんばかりの軽い口調。


「え…あ、はい…」

「よし、おっけー。あ、そうそう一つ質問に答えてね?」

「へ?」

「"努力は報われるべきだと思う?"」

「は?」


 話が何だかまとまらないしつながらない、かみ合わない。

しかも唐突に質問をされて戸惑うジオ。


「ねー、答えてよ。"努力は報われるべきだと思う?"」


 ふよふよとジオの目の前を左右にいったりきたりする光球。


「えーと…よくわからないけど、報われるべきだと思いますけど。」

「うん、おっけ。そういうと思ったよ。君の"努力が報われる事"を、僕も祈ってるよ。」

「どういうことなんです?」

「あ、それとおまけしちゃう。君、サクリファイス使ってたみたいだけど、あれさ、別に食べなくても(・・・・・・)いいんだよねー、知ってたかなー?」

「は?」

「ん、ここまでかな。それじゃあがんばってね!」


 その光球の言葉を最後に、ジオの意識は急速に薄れていく。


「まっ…」


 まだ聞きたいことがある、そう思っていたのに、意識は遠のくばかり。


(ヒトをヒトたらしめるのは、ヒトがヒトであり続けるからだってこと、忘れないでねー)


 薄れていく意識の中で、ジオはそんな言葉を聞いた気がした。


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