暗闇に沈む、底で 3
「ねぇ、雄治、ここに行ってみようよ」
マハリジの街、その広場で、ニムスの少女が笑顔で話しかけてくる。
黒髪セミロングの髪型に体型は小柄、初心者が支給される服を着ている。大きな瞳をくりくりとさせて、元気いっぱいといった雰囲気をもった少女だった。
「おいおい、俺はジオだっつーの」
「あ、ごめごめ。」
その少女はてへっと舌をだして頭を掻く"てへぺろ"エモーションをして見せた。
「ん…ここいったことないな…何あるんだろ?」
少女が持ってきて指し示した地図を見てジオは首をかしげる。
「さぁ?でも山だし、景色いいかもよ?」
「そうかもなぁ、でも、どんなモンスターいるかわからんぞ?」
「ならしっかり準備しなきゃね!」
そういって少女はニコッと笑った。
「あ、あの人何してんのかな?」
さて出発だ、と門へと二人で歩いていくと、少女が何かを発見したらしく、それを指差す。
「ああ、釣り、だな。」
「へー…え、あそこって何か釣れんの?」
少女が指差した先にいたのは、耳長族、エルニムスの女性だった。
その女性は釣竿をたらして、微動だにしない。
「え…?そういえばそうだな。なんで、あんなとこで釣りしてんだろ?」
マハリジの街の中には広場の噴水をはじめとして、水路や貯水槽のような水場が何箇所か設置してあって、石とレンガ造りの中世ヨーロッパ風の町並みの雰囲気作りに一役買っている。
その女性の可笑しな点として、何もいるはずのない貯水槽に向けて釣竿をたらしていたから、ジオもまた不思議に思うのだった。
「釣れますかー?」
「……ん」
少女が小走りにかけていって声を掛ける。
「あ、こら…」
慌ててジオもその後を追いかけた。
「釣れ…ませんよね。」
ここは貯水槽で魚の影も見えない。何故こんなところでこの人は釣竿をたらしているのだろう、とジオは疑問に思う。だが、
「いや、釣れた。」
しばらく水面を凝視していたエルニムスの女性は、ジオと少女の方を向いて不適な笑顔を浮かべる。
「え、何が?」
「君達が。」
それから、彼女はニコリと笑った。
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「……ゆめ、か…」
掠れた声でつぶやいて、ゆっくりと目を開けると、そこには暗闇しかない。
いつのまに眠ってしまっていたのだろう。
確か、右足の激痛に耐えかねて、もう一度サクリファイスを使って…
はっとしてジオは起き上がり、右手と右足の感覚を確かめる。
動く、それに痛みもない。
ついさっきまでの苦しみは一体なんだったのだろう、夢でも見ていたのだろうか、とさえ思ってしまう。
だが、それが夢でないことの証に、口の中は異様に生臭い感じがしたし、効果のきれていたライトの魔法をもう一度使って、辺りを照らしてみればジオの周りは赤黒く乾いた血で染まっていた。
ともあれ、痛みもなくなり、動けるようになったジオ。
ライトで照らされている自分の有様をみて、自嘲気味にため息をついた。
血に染まった、紅い鎧。そのところどこが破損して、ほとんど鎧の意味をなさない。
腰当やグリーヴなどの防具もまた破損して、穴あき靴下の様になっている。
肩当はどこかへいってしまったし、ヘルムもなくなっていた。
「こりゃモリモリさんに怒られるなぁ…」
すこし離れたところに落ちていた愛用の大鎌。
これも柄の部分が真ん中からぽっきり折れていて使うには危険な感じがする。
「戻れたら修理してもらおう…」
鎌や鎧の破片をカバンにしまいこみながらジオは呟いて、同時に戻るという言葉が強く頭に残る。
「そうだ、絶対戻らないと…」
強く拳を握り締めて、ジオは立ち上がった。
そこは丁度人が一人通れるくらいの高さと狭さになっていて、ライトの光がなければ他に光源がなく、暗闇に包まれている。
石造りの通路で、微かに風の流れがあることから、外につながっているのは間違いないだろう。
だが、一体どうして、どうやってここにジオが来られたのかはまったくもって不明だった。
転がり落ちてきたような横穴は見当たらないし、崩れた様子もない。
テンテンほどでないにせよ、"龍の骸"で遊ぶことが少なくなかったジオは、トンネル谷についてもその経路をほとんど把握していた。
けれど、こんな場所は記憶にないし、そもそもトンネル谷かどうかすら怪しく思える。
そしてそれを確かめる術は今のジオにはない。
すこしうざったいとすら思っていた、視界の隅に写りこんでいたミニマップなどのコンソールウィンドウは今はまったく表示されていない。
地名の表示どころか、ウィンドウ自体が視界から消えている。
地名もマップもないし、ジオ自体見覚えもないところだから、確かめるどころか予測すら困難だ。
ただ、なんとなくトンネル谷の近くだろうということ以外は。
立ち上がったジオは一歩踏み出す。
闇雲に行き先を決めたわけではない。
まずは、激痛に朦朧とした意識の中で見た光、あれが何なのかを確かめなければいけない。
確かに見た、その方向へ歩いていく。頑丈そうなつくりにみえるけれど、何があるかわからない。突然落とし穴があるかもしれない。色んな危険を想定しつつ、ジオはゆっくりと一歩一歩着実に歩みを進めていく。
あれだけ主張した輝きは今はなく、やはり錯覚だったのだろうか、と歩みを進めるジオは不安に襲われる。
やがて唐突にその通路は終わりを告げて、行き止まりにジオはたどり着いた。
そこは袋小路になっていて、抜け道や横穴も見当たらない。
がっくりと肩を落としたジオだったが、その目に小さな丸い石ころが映った。
わずかに輝きがある、宝石の様な、けれど指先くらいしかない小さな石だった。
「これが光ってたのかな…」
ジオがいたところから割りと距離のあるこの袋小路だったから、こんな小さな石が光っても目に止まるのだろうか?
そう思いつつもジオはそれを拾い上げてライトの光で照らしてみる。
白いような透き通るようなガラスのような石だった。
形状は球状ではあったが、それは歪で台形の角を丸くしたような形をしていた。
何かの役に立つとは思えなかったが、何とはなしにその石をカバンに放り込んで、ジオは元着た道を引き返す。
そうして今度は反対方向へ。
さっきと同じように慎重に一歩一歩進んでいく。
どこまでも続きそうな暗闇が感覚を麻痺させて、自分がどれくらい歩いたのか、どれくらい時間が経ったのかをわからなくさせた。
同時に、ここにきてからどれくらいの時間がたっているのかを考える。
空腹や渇きはない。それはサクリファイスの副産物だったかもしれないが。
しかし、コンソールが参照出来ない以上、今が何日で何時なのかはわかりようがない。
暗闇しかないから昼か夜かすらもわからないでいた。
もはや考えても仕方がないので、ジオはすっぱりと考えるのをやめて、ただ前に進むことだけを考えることにした。
長く続いていくその通路は時折、染み出した水で壁や地面が濡れていたりする。
それを見るたびに、口の中の生臭さをどうにかしたいと思うのだが、その水が果たして安全かどうかを判別する術がないから、そのまま進んでいく。
そしてまた通路は突如終わりを告げて、今度は大きな吹き抜けのある空間へと出た。
まぶしさを感じる。なぜかそこには明るさがあって、ジオは一瞬外かと期待してしまう。
だが、そこは今まで歩いてきた通路と同じ石の壁で円筒形で覆われた広い場所だった。
広い、といってもすこし歩けばすぐ壁に当たってしまうほどで、今までよりは広い、というべきだったが、狭い空間にずっといたジオにとっては、まるで何かから解放されたような気分にすらなった。
とはいえ、まだどん詰まりである。
歩いてきた通路以外に道らしい道は見当たらず、円筒形のこの場所から移動するにはこの吹き抜けを登っていくか、あるいは来た道を戻るしかない。
「……よし…」
来た道を戻る選択肢はない。
ならばこの壁を登るしかジオには選択肢が残されていない。
思いのほかこの場所は深くて、下から見上げただけでははるか遠くに岩肌の天井らしきものがみえるくらいで他は何もわからない。
竜種の鳴き声や、そのほか何か動くような音もしないから安全だとは思われるものの、もし仮に敵対するものがいるとするならば、魔法と素手のみで戦う他ない。
素手のスキルレベルは1、だが。
とにかく、ここを登るためにと、ジオは周りを見渡す。
何かでっぱりやへこみなど足場になりそうなものがあれば、と思ってのことだったが、以外にあっさりとそれはみつかった。
わざわざ作ったような石のでっぱりが丁度よい間隔でならんでいて、それは上の出口まで続いていた。
登りきったジオが目にしたものは広大で荘厳な光景だった。
そこは自然に出来たのか、それとも人工的にできたのか、壁から天井までを岩肌が覆っている巨大な洞窟といえる場所だった。
その中に――朽ちてはいたが――沢山の建物が並んでいた。
両脇の岩肌をくりぬいて、女神のような、何かの像がいくつもならんでいる。
天井の中心には巨大な光の球があって、煌々とその場所を照らしてくれていた。
広さで言えば少なくとも今、ジオが見ている光景だけをとってもマハリジの広場並みに広い。
ジオが登ってきたのはどうやら井戸のようなものなのだろう。
壊れた、石の桶のようなものが回りにいくつか転がっているのが見て取れた。
それにしても――
「こんなの、みたことないぞ…」
ジオはその光景に目を奪われていた。
町並みは既に廃墟であるが、確かにいくつもの家と思しき跡が並んでいる。
そして、ジオの背丈の何十倍もある岩肌の女神達。
それは等しい間隔で並んでいて、ずっと街の奥まで続いている。
皆、一様に目を瞑って、腕で何かのポーズを取った像だったが、突如目を開いて襲ってきてもおかしくはないと思えるほど、一種不気味な精巧さをもってそこに佇んでいる。
そのたたずまいに一瞬身震いしてしまったジオだったが、ある物をみつけて、引きつけられるかのように一歩、ふらりと踏み出す。
朽ちた建物とは裏腹に、街の一番奥、小高い場所に神殿のようなものが、そこだけは破壊を免れるようにして、あった。
ジオはそこに吸い寄せられるかのように、歩き出した。




