暗闇に沈む、底で 2
マハリジの街――その港の一角に、高台の様になっていて海の見渡せる人の少ない静かな場所がある。
そこに設置されている安全用の柵に体重を預けて、モリーティアはぼんやりと海を見ていた。
ジオの捜索隊の話をされたモリーティア。
話し半ばで店を出たモリーティアはふらふらと、港の方へ向かう。
マハリジの港はタトウス港という名前がつけられていて、昔は料理関係のギルドや、釣りをする人くらいしか見当たらなかったが、今はNPCの行き来もあるせいか、屋台なんかも出ていて、以前とは違った賑わいをみせている。
「よう、モリモリさんじゃねーか、どうしたんだい?」
「モリモリさん…あれ?どうしたんだ…?」
ここでもNPCのモリーティアへの知名度は高いらしくて、声をかけまくられるが、ふらふらと歩くモリーティアの耳には届かずに、皆一様に心配そうな怪訝そうな顔をしてその背中を見送るだけであった。
海から吹きつける風にモリーティアの髪がなびく。
風で運ばれた砂がぱらぱらと頬や額にあたるが、かまわず虚空を見上げるモリーティア。
浮かぶのはジオのことばかり。
思えばゲームだけの付き合いだが、毎日のように喋っていた。それこそ何年もの間。
好きだとかそういう恋愛感情を抱くような事は一切なかった、と思う。抱きようが無かった。が、いざ、いなくなってしまうとわからなくなる。
単純にゲームを引退とかであれば何も思うことはなかっただろう。
実際何も言わずに来なくなったり、引退したり、とそういう別れは今までも何度か経験している。
それはゲームの中でも、リアルでも。
だが、ある日忽然と、露と消えてしまったジオという人物。
そして、そんなよくある話に、大きなショックを受けてしまっている自分。
自分にとってジオという人物はどんな人物なのだろう…
海は答えてはくれないし、波も風も何も言ってくれない。
自分はどうしてショックを受けたのだろう。
――大切な友達だからだ。
それだけ?
――大切な友達が行方不明と聞いて、取り乱さずにいられる?
冷静に対処すればいい
――出来たらやってる。
じゃあ、モリーティア。君、何やってんの?
――待ってる。
待ってるだけ?
―――うるさい!
わかっている、自分には何も出来ない、何もできることがない。
そしてそれがどうしようもなく歯がゆくて、悔しくて。
ぼろり、と大粒の涙がモリーティアの瞳からこぼれる。
けれど、泣くにはまだ早い。
ゼルが、テンテンが必死で探している。
だから、一人泣く訳にはいかない。
そして――
フレンドリストを開き、ジオにコールする。
――つながらない。
(何してるんだよ、ジオ。素材、早く持ってきてよ…!)
またぼろりと零れ落ちた涙は、海に吸い込まれるようにして小さな波紋を一つ作り、それはすぐに波にかき消されていった。
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ブシュ…ピチャ…
口の中に、生臭い血の味が広がる。
ぶよぶよとした感覚が余計に気持ち悪さを増幅して、ジオは吐き気をもよおした。
「う…ぅ…うう゛う゛ぁああ゛あ゛あ゛!!」
叫びながら口の中で暴れているものを思い切り飲み込む。
ぼたりと口からあふれ出た血が壊れた鎧の胸元を赤く汚した。
「はぁっ…はぁっ…う…うおおええぇぇぇぇ!!」
口の中の生臭さを吐き出すように嗚咽する、が飲み込んだものが戻ってくる事はない。
ぼたぼたとまた涙が溢れ出す。
こうまでして生きたいと思うのは何故なのか、こんな苦しくて、惨めな思いまでして生きなければいけないのか。何故かはわからない。
一瞬見えた闇の中の光に、一縷の希望を持って、それに縋っているのだろうか?
希望に縋っているのかもしれないし、単純に本能かもしれない。
あれこれ考えたところで、わからない。
けれど――
飲み込んでから少しして、体を白い霧の様なものが包みこみはじめて、最初に右手が動くようになったのをジオは感じていた。
痛みも少しずつ引いていく。
ゼルに回復魔法をかけてもらったときのような心地良さを、ジオは感じていた。
だが、それは唐突に終わりを告げて。
また口の中に蝙蝠の残骸が残っているような気持ち悪さと、次に右足から今までにない激しい痛みを感じ始めた。
人は痛みを感じると、それを和らげようと脳内で麻薬のような物質が分泌されるという。
今の回復でそれが一時的に止まってしまったのだろうか?
あるいは、右足が中途半端な治り方をしたのかもしれない。
「うぐっ…がぁっ!!」
ようやく右手がまともに動かせるようになったのに、まだ痛みにもだえ苦しまなければいけない。明後日の方向を向いている右足を両手で押さえて、ジオは呻いた
「ぐぅっ…はぁっ…はっ…!」
脂汗がにじんでくる。
一瞬痛みに意識を持っていかれそうになる。
もしかしたら、その方が楽かもしれない。
けれど、このまま目覚める事ができなくなってしまったら?
そんな不安を覚えた時、脳裏にゼルやテンテンの、そしてモリーティアの顔がよぎる。
「ああああぁぁっ!!」
無意識に右手を思い切り床に叩きつけ、別の痛みで意識をつなぎとめる。
しかしそれは、今度は二重の痛みとなってジオを襲った。
「あぁあああっ…!…はぁっ…はぁっ…」
朦朧とし始めた意識の中で、ジオは再びあの心臓型の触媒を取り出して――
「サモン・ヘルバット…」
再び目の前に大蝙蝠を呼び出した。
「ぁ…ああぁぁっ!!サクリファイス!!!」
その絶叫はそこに木魂して、蝙蝠の断末魔をかき消す。
「はぁっ…はぁっ…う…げほっ!………」
再び白い霧に包まれて――そこでジオの意識はぷっつりと途切れた。
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「なぁ、テンテンちゃん。」
焚き火の横で、ゼルがテンテンお手製のドラゴンステーキを頬張っている。
「どうしたー?」
「やっぱ、あの辺だと思うんだよなぁ」
「うぅん…」
ゼルが指差す方向はトンネル谷の底に空いた巨大な穴だ。
それがわかって、テンテンは腕組みをして首をひねる。
「あの崖くずれに巻き込まれた、って考えると、横穴に上手く入った可能性より、一緒に落ちてった可能性の方が高い。」
「私もそう思わないわけじゃないけど…うん、明日はそこを探してみようか?」
「だなぁ」
ジオが行方不明になってから、ゼルとテンテンはすぐさまトンネル谷へと向かった。
そこで見たのは崩れた崖と、谷底に空いた巨大な穴。
だが、谷底にいたるまでにトンネル谷の横穴はいくつもある。
その中にジオがいるかもしれない。
がけ崩れで入り口が塞がれてしまっている場所もあったから、一つ一つトンネルを確認しながら二人は谷底へと降りてきていた。
複雑な迷路になっているとはいえ、ここもまたテンテンの庭。
ゼルはテンテンの指示通りに手分けしてジオの姿を探す。
それからその夜は交代で番をしながら休息を取り、探索を続けてきた。
だが、なんら手がかりすら見つからずにいる。
モリーティアとミサの事も気がかりなので、ゼルとテンテンはかわるがわる二人にコールを入れる。
「テンテンさんに変なことしてませんよね!?」
二日目の朝にゼルがミサにコールしたときの第一声だ。
「勘弁しろよ…」
「ゼルさんは油断も隙もないですからね。」
「ばかいうな、テンテンちゃんだぞ?返り討ちにあうぜ。」
「返り討ちにあわなかったら何かするんですか!?」
堂々巡りもいいとこである。
ゼルにせよミサにせよ、落ち込む気持ちを振り払うための冗談なのであろうが、流石にいつまでもそんな冗談めいたことをしている場合でもないから、簡潔に状況を報告する。
「そう、ですか…」
ゼルの報告にあからさまに気落ちした声のミサ。
「ああ、えーと、モリモリさんの様子はどうだ?」
そんなミサの声に、ゼルは声を無理矢理明るくさせて話題を変えさせる。
「モリモリさんは…」
ミサの報告によると、一日中部屋に篭って出てこない、ということだそうだ。
またクララやスティーブが作った食事にも一切手をつけないのだそうだ。
二人も心配していて、ちょくちょく部屋の外から声をかけているらしい。
反応はほとんどないという。
「あの、ゼルさん。モリモリさんとジオさんって…」
「ん?あー…どうなんだろうね?俺が二人と知り合ったときは、なんつーかそういうのより友達って感じだったよ。変な話だけどさ、ジオは男友達に接するように、モリモリさんは女友達に接するような感じなのに、成立してんの。」
「ふに…でも、あの落ち込み方は…」
「多分、お互いにわかってないだけじゃないの?俺にゃわからんけど…ま、あんまつついてやるなよ?」
「ゼルさんじゃあるまいし、そんなデリカシーのない事しませんよ。」
「はは…じゃあ、また後で連絡入れるわ、次はテンテンちゃんからだと思うけど。モリモリさんの事、よろしく頼むな。」
「わかりました!」
コールが切れる。
そこへ丁度テンテンが起きてきて、早速大穴へと出発することになる。
「ジオ…」
呟くゼル。大穴へと向かうゼルの表情は真剣そのものだった。
「…ゼルくんさぁ、いつもそういう顔してたらいいのにね?」
「はぁ?」
意味がわからず気の抜けたような声を出してしまうゼルだったが、それに対してもテンテンはニコニコ顔で、「まぁ、こっちの方がゼルくんらしいかぁ」と笑う。
余計にわけがわからなくて、首をひねるゼルであった。
大穴についた二人は、まず周辺を調べ始める。
何か手がかりがあるかもしれない。
ぽっかりと空いた巨大なその穴は、近くから見た二人に恐ろしささえ覚えさせる。
そっと覗き込むと、底の見えない黒だけがあって、なんだか吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚さえ覚える。
ここに落ちたというカンシーンはどうなっているのだろうか。
それにもし、ジオがここに落ちたとするならば。
そんな考えを振り払うようにゼルは首をぶんぶんと振った。
「さ、始めようぜ。」
恐怖を誤魔化すようにゼルが明るい声を上げる。
テンテンは一瞬思案していたようだが、すぐにうなずいて、ゼルとは反対側の方へと歩いていった。
トンネル谷の底は、一部の竜種が住み着いていて、時折その鳴き声が二人に届くが、どうやら大穴には近づかないのか、鳴き声が聞こえるだけにとどまっていた。
時折出くわしても、集団ではないので、テンテンは勿論のこと、ゼルも一人で十分に対応できる。
「…な…!?」
そんな折、崩れた崖の土砂の中に、良く見知った色の何かが見えた。
「テンテンちゃん!!」
ゼルはすぐさま反対側を歩いていたテンテンに大声で呼びかける。
テンテンはただならないゼルの様子に、文字通り大穴の上を飛んできた。
「これ…」
青ざめた顔で、土砂の中からゼルが持ち上げたのは、テンテンもよく見知っている色の鎧の肩当だった。
「そんな…」
「慌てるな、テンテンちゃん、ここの土砂を掘り起こすぞ!」
「あ、う、うん!」
それは紛れもないジオが愛用していた鎧の一部だった。
テンテンもまたそれを見て顔色を青くさせる。
「ジオ…!!」
「ジオくん!」
青ざめた表情のまま、二人は親友の名を呼びながら必死で土砂を掘り起こし始めた。
が――
すっかり土砂を掘り起こしても、鎧は愚か、何一つ出てこない。
「いや、近くに何か手がかりがあるかもしれない!!」
一瞬がっくりと肩を落とした二人だったが、すぐに気を取り直して、再び別れて大穴の周辺を探しに戻る。
もうすぐ陽が落ちる。
辺りは夕日に紅く燃えて、それが燃え尽きたとき、暗闇に支配される。
その暗闇はなんだか、目の前の大穴から這い出してくるような、そんな怖気さえ二人に感じさせた。
結局、何も見つからず、途方にくれたまま二人は野営の準備を余儀無くされた。




