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暗闇に沈む、底で 1

 落ちていく感覚にはっとする。

次の瞬間、体がビクッと痙攣して思いきり良く目を開いた。


 薄暗いその場所だったが、どこからか鳥の鳴き声がする。

何かに気がついて、ゆっくりと体を起こして辺りを見回した。


見慣れたいつもの部屋だった。

いつもの部屋、いつものベッドの上、カーテンの隙間からはうっすらと光が帯状に差し込んでいる。


(あれ…)


記憶が曖昧ではっきりしない。

何だか大変なことになっていたような気がするのだが、いまひとつ思い出せない。


見回すと、床にヘッドモニターが転がっていた。

それを拾い上げようとベッドから降りようとした、その瞬間。


床が真っ黒に塗りつぶされて、床そのものが消える。


「うわっ!?」


頭からその黒に突っ込んで、落ちていく。真っ逆さまに落ちていく。


その黒い闇の先――


巨大な一つ目が、こちらをにらんだ気がした。


-------------------------------


 天井から零れ落ちた一滴の雫がジオの頬に落ちて、その冷たさでジオは目を覚ました。


「ゆめ…か……ぐっ…」

 

 起き上がろうとするが、激しい痛みが襲ってきて思わず呻く。


「くそ…」


 あまりの痛みに、額に脂汗が浮かんでくるのがわかる。


「だめだ…」


 あまりの痛みに動く事すらままならなくて、大きくため息をつくがそれで痛みが治まるわけでもない。

辺りは真っ暗で明かりのようなものは全く無い。

暗闇の中で、視線を動かしてみても何も見えなくて、ジオは再び目を閉じる。


「ぐぁ…」


 しかし、また痛みが襲ってきて目を見開いてしまう。

目を閉じても開いても闇しかない。

けれど痛みは確実に自分の体の異常を訴えてきている。

それでも自分の体がどうなっているのか確認するすべはなかった。


「…く…何か…ないか…」


 痛みに耐えながらもがいてみると、どうにか左手が自由になるのを認めたジオは、カバンの中に手を突っ込んだ。

何かあるかもしれない。回復アイテム、明かりになるもの、なんでもいいから何かないだろうか。

かろうじて左手が動くくらいだし、暗闇のなかでカバンの中身も確認は出来ない。

手探りでカバンの中をあさると、小さな石ころのようなものがその手に当たった。


「うぅ…そ、そうか…これで…」


 その石ころをつかんでカバンから取り出すと、掌を上にして、それが目的の物である事を祈るようにしてジオは呟いた。


「ライト…」


その一言に、掌の石ころはまばゆい光を放ち、粒へと形を変えていく。


「う…」


 突然の光にジオは思わず目を背けて強くまぶたを閉じる。

やがて光の粒は魔方陣を描き、その魔方陣からはこぶし大の光の球が出現する。

その光球は淡い光を放ちながらジオの目の前で浮遊している。どうやら目的の物で間違いなかったらしい。

まぶた越しに光が淡くなったのを感じて、ジオはゆっくりと目を開けた。


 小さな光の球は狭いその場所を淡くではあるが、照らしてくれた。

そこは細い石造りの通路のような場所で、その壁に背をもたれるようにしてジオは座っている。

左右のどちらを見てもその先には闇しかなかった。


「折れてる…な…」


 明かりを確保したジオは自分の体の状態を確認して、かすれた声で呟いた。

どうやら四肢はすべてついているし、大きな傷もない。

鎧は一部大破していて肩当やヘルムなどはなくなっていたし、視線を動かない右手と右足に落とすと、それは曲がってはいけない方向を向いている。

痛みの正体はおそらくこれだろう。


「う…うぉおおぁぁあああああ!!」


状況を確認すると余計に痛みを感じて思わずジオは悲痛な叫び声をあげた。


「なんで……う…ぁああぁぁぁ!!」


何故、こんなことになっているのか、と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、それをぬぐうこともせずにジオは叫び喚いた。

その間も痛みは絶え間なく襲ってくる。


「はぁっ…はぁっ…ぐ……」


 しばらくして、痛みはだんだんと感じなくなってきたが、もちろん、治ったわけではない。

動かそうとすれば痛いし、唯一自由な左手を動かすのですら痛みを伴う。

体のどこがどうなるとそうなってしまうのかわからない。

けれど、何もしなければ痛みはさほどではなくなっている。


 少し冷静さを取り戻したジオは辺りを見回す。

目を動かすたびにさっき流した涙や鼻水が乾いて顔に張り付くようにして、突っ張る感じがする。


 カンシーンを谷底に落とすまでは良かったが、それに巻き込まれて落ちてしまった、と考えられる。

というかそれ以外にこんなところにいる理由はない。

トンネル谷のどこかなのだろうと最初は考えたが、トンネル谷は整備されたアトラクションだ。

ところどころに篝火がたかれていたりして、光源がなければ何も見えないという事はない。

 ならば一体ここはどこだろう。

 まったく見覚えもない場所だった。


 しばらく考え込んでいたジオだったが、ある時ハッとしてメニュー画面を開き、誰かにコールすることを思いつく。

ところが、不思議なことに、気を失う前まで視界の端に浮かぶようにしていたミニマップやメニューコンソールのようなボタンが消えていることに気づく。


――メニューが開けなくなっている。


 その事にジオは愕然とした。

当然、ログアウトボタンも選択出来ない。


「くそ…くそっ!!」


 自由になる左手を壁に叩きつけるが、激痛が襲うばかりで何の意味もない。

けれどジオはそうせざるをえなかった。そうでもしなければやりきれない。そうしたところでやりきれない。

体の痛みに耐えながら周りを見渡しても、石造りの狭い通路があるだけ。

叫んでも喚いても、誰も助けてくれはしない、誰にも届かない。

今のジオには何かに縋りたくても、縋るようなものは何もなかった。

ただ暗闇があるだけ。


だが――


「ん?」


 闇の奥で一瞬何かがキラリと光った気がした。

見間違えか、それとも石の壁がライトの光を反射したのか、わからなかったが、それを確かめるかのようにジオはその先を凝視した。


「なにか…あるのか…?」


 見間違えではない、確かに闇の奥で何かが光っている。

だが、それを確かめにいこうにも、右手も右足も役に立たない状態なのだから、動くことすら出来ない。


「………」


 ジオは逡巡して、カバンの中に再び左手をつっこむと、一つのアイテムを取り出した。

それは見た目薄気味悪い、心臓の形を象ったようなアイテムだが、れっきとした触媒である。


 ジオは思い出す。

調査隊の怪我を治していた回復魔法、あれは骨折や傷を癒していた。

であれば、自分も回復することが出来れば、使い物にならなくなっているこの右手右足を何とかできるのではないか、と。

ジオにとって、回復魔法はいくつかあるが、その多くは対象を必要とする。

相手から吸収吸血するような魔法ばかり。


 その中で唯一自前で回復できる技がある。


――サクリファイス


 以前試そうとして断念した技。

まさか、こんな形で試すことになるとは思いもしなかった。


「……サモン」


 目を瞑り、手の上に乗せた心臓型の触媒をかざす。


「ヘルバット!」


 目を見開いて、言い放つ。その瞳は力強く、決意を秘めて輝く。


 心臓は光を放ち、光の粒へと変わっていく。

そしてその光の粒は魔方陣を描いていき、やがて完成された魔方陣からゆっくりと大きな蝙蝠が姿を現した。


「俺は…」


 現れた蝙蝠を凝視するジオ。

目の前で翼をゆっくりはためかせながら空中で静止している蝙蝠に左手を伸ばす。


「生きる…」


 その左手は生きている蝙蝠を鷲掴みにし、蝙蝠はその手の中でもがき暴れ始める。


「…………………………………………サクリファイス!!!」



-------------------------------


 マハリジの広場から港へとつながる道の傍らに一軒の喫茶店がある。

そこへと呼び出されたモリーティアはミサと共にやってきていた。


 モリーティアは目が真っ赤で、目の下のクマも酷い。

ろくに眠れていないのだろう。

そばにいるミサにも笑顔はない。モリーティアの事もジオの事もテンテンの事も心配だし、もちろんゼルのことだって、ついでくらいには心配なのだ。

まだ交流の浅い四人とはいえ、なんだか昔から知り合いだったような、そんな感じさえ受けていたから、余計に。


 港からも広場からも微妙な距離がある場所にあるその喫茶店は、石畳の道にレンガ造りの壁や倉庫などが立ち並ぶ場所で、それだといわれなければ気づけないほど風景に溶け込んでいてわからない。

頻繁にではないものの、そこを通ることが少なくなかったモリーティアをして、こんなところに店があったのかと思わせた。


「いらっしゃいませー」


 中に入るなりドアベルのカランカランという心地よい音と共に元気な少女の声が響く。


「何名様ですかー?」


 続いて、ブロンドの長髪をポニーテールでまとめたメイド服の少女が銀のトレイ片手に笑顔で出迎える。


「あ、えっと…」

「レミィちゃん、その人達は俺達の客だよ。」


 何と言えばいいのか戸惑うモリーティアだったが、すぐに店の奥から声が掛かる。

声のした方を見ると、広くはない喫茶店の隅の方に男が二人、女性も二人、6人掛けのくらいの長テーブルの席に座ってそのうちの一人が手をあげていた。


「これは失礼しました。では、こちらへどうぞ~」


 ニコリと笑ってその席まで先を歩くウェイトレス。

その隅の席と反対側の入り口方面にはカウンターがあって、そこでは目の前のウェイトレスと同じような金髪をオールバックに決めた青年が、グラスを布でふきながらモリーティアたちを見て「いらっしゃい」とぼそりと呟いていた。


「すみませんねー、うちのマスター愛想わるくてー」


 振り向いたウェイトレスが苦笑いを浮かべた。


 案内された席にはそうそうたる面子が集まっていた。

サムライ"ゴロー"、セイクリッドナイト"ハルおじさん"、緋の賢者"ルリ子"に女騎士メッツ。

このうちゴローは調査隊を率いていたような着流し姿で変わらなかったが、ハルおじさんやルリ子、メッツは武装した姿ではなく、普通の服を着ていたので、一瞬モリーティアとミサには誰だかわからなかった。


「今日お呼びしたのは他でもなく、モリーティアさん、あなたの友人の地獄騎士ヘルウォーリア、えっと…」


 そこまでいって顎に手をあてて思案するゴロー。


「…ジオです。」

「そう、ジオくん。」


 モリーティアの言葉にうんうん、とうなずくゴロー。

そのやり取りだけで不愉快な気分になるモリーティア。

一瞬眉をひそめてしまう。


「ハルさんの申し出で捜索隊を結成することになりました。」


 続いてルリ子が口を開く。

ピクリ、とモリーティアの眉が一瞬動く。


「それで、ですね。先行しているあなたの二人の友人と連絡をとっていただき、こちらの捜索隊と合流していただきたいのです。」

「………」


 "龍の骸"での出来事から既に二日が経過していた。

 ジオが消えてから、ゼルとテンテンはあのままトンネル谷へと出向いて帰ってきていない。

定期的にコールは入るが、体調の心配などをするだけで、最後には「すまない」と切れてしまう。

ミサの方にも連絡は入っていて、そちらには詳しい状況は報告されているようなのだが。


 今、モリーティアの頭の中は確かに帰ってこないジオのことでいっぱいになっている。

それでも、丸二日出かけたっきりのゼルとテンテンの事を心配していないわけではないのだ。


 水や食料の問題もある。

 疲労だってたまるだろう。


 それなのに、二人ともモリーティアのことを慮ってくれているのが定期的にかけてくるコールからわかってしまう。

 こういう時、何故自分は生産職で、それこそつまずいて転んだだけで大ダメージを受けてしまうようなスキル構成にしてしまったのだろうと後悔の念しか浮かんでこない。

 あるいはジオを助けられたかもしれない、あるいはゼルやテンテンと一緒に探しにいけたかもしれない。


 目の前ではゴローやルリ子が何かを話しているのだが、もはやモリーティアはそういう思いだけが心の中をぐるぐると回るだけで、彼らの話は耳に届いては来なかった。


「あの…モリーティアさん?」


 訝しげな顔でルリ子がモリーティアの顔を窺っている。


「…すみません、失礼します。」


 ぼんやりとしたまま席を立って、ふらふらと店を出て行くモリーティア。


「えぇっ!?あ…あの、すみません!そ、捜索隊の件、お願いいたします!」


 慌ててミサが立ち上がってペコリとゴロー達四人向かってお辞儀すると、モリーティアの後を急いで追いかけていってしまった。


「…え、あの、え?」


 後に残された四人はただ唖然として二人を見送ることしか出来なかった。


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