プロローグ2~異変1~
龍の口。
ユーザーがキャラクリエイトしてから初めて降り立つ街「マハリジ」の中央テレポーターから直接行ける数少ない狩場で、"龍の骸"という名前のフィールドダンジョンとも呼ばれる場所。
龍の口が入り口で初級モンスターが配置されてあり、そこから接続されていく龍の背骨には骨の障害物や足場などアトラクション要素が盛り込まれ、さらに中級モンスターが配置されている。
最奥は龍のはらわたと呼ばれている場所、少々気味の悪いフィールド構成で上級モンスターが配置されている。
とはいえ、上級モンスターの中でもまだ低レベルなモンスターとはなっているから、中途半端なジオでも十分に戦える。
ソロでもいけるが効率が悪いので、知り合いに声を掛ける事が多い。
今日は、といってもモリーティアからの依頼の時は大概最初にジオが声を掛けるのがテンテンだ。
というのも彼女は素手クラスと相性がいいということで、よく龍の口からはらわたまでをよく駆け回っているからこの場所に関してはかなり詳しいし、戦力的にも自分よりもはるかに頼りになるからだ。
テンテンとつるんでよく龍の口で遊ぶジオも詳しいほうではあるが、テンテンの比ではない。
ここはテンテンの庭ともいえる場所であった。
「さてさて、準備はいいかい?」
龍の口付近のテレポーターを出るなりテンテンが待ってましたとばかりにジオに声を掛けてきた。
「はや、待たせました?」
「いんや、コールきたとき背骨にいたからね」
「なんだ、背骨で待っててくれてもよかったのに」
「へへーん、いやぁ、これみせたくてさぁ」
テンテンは"ニコニコ"エモーションをして動きが止まる。何かアイテムを探しているようだ。
「さぁ、ごらんあれー!」
動きを再開したテンテンから煙のようなものが出て、その煙の中からテンテンよりも大きな獅子が現れていた。
「おお、これは!」
「やっとあたったぜぃー」
WWFでも他のゲームに漏れず、課金ガチャというものが存在する。
限定アイテムや消耗品、武器から防具から様々なものが当たるのだが、今月の目玉は乗れるペット「月光獅子」。
白い毛並みに月をイメージした青い文様が体の周りに浮かんでいる。その光で体全体が青白く光っていた。
テンテンはその情報が開示されたときから欲しい欲しいと言っていた、引き当てることができたらしい。
「おめでとー!」
「ありがとー!」
"ニコニコ"エモーションを何度も出しながらテンテンは「月光獅子」の首の辺りをさすっていた。
この獅子に乗って龍の背骨のアトラクションでもやっていたのだろうか。
「名前はルルってんだ。可愛いだろ?」
颯爽と月光獅子「ルル」に飛び乗り、どやっとエモーションするテンテン。
何だか諸症状に効きそうな名前だな、とジオは思うがそれは言わない。
「サモン・カースホース」
ジオも対抗するわけではないが、自前の魔法の中から騎乗可能な召喚獣を呼び出した。
呪われた馬、地下都市の墓地ダンジョンで馬に乗った死神風のモンスターが呪文書をドロップするわりとメジャーな召喚呪文で、制限時間があるものの、結構な速度で走る馬だ。
外見は非常に禍々しく、灰色の毛に狂ったような瞳、そして全身に紫色の炎を纏った巨大な馬。
「…いやぁ、相変わらずだね」
テンテンは白い獅子の上でいつみても慣れない、異様な風体の禍々しい馬を見上げる。
「よっと、じゃあ、いきましょか?」
その馬に跨ったジオが"ニコニコ"エモーションを出すと馬を走らせた。
龍の口テレポーターからしばらく走ると横目に初級のモンスターが見えてくる。
初級モンスターは基本的に向こうから攻撃してくる事のない非アクティブと呼ばれるモンスターが多い。
走り抜けるジオとテンテンには目もくれず辺りをうろうろしている。
「今日のお目当てはー?」
並走しながらテンテンが叫ぶ。
「ええと…竜の皮と骨、あとは適当に食料でも」
同じように叫び返す。
「おっけー!」
"ニコニコ"エモーションをだして親指と人差し指で丸を作るテンテン。
それからしばらく二人はそのまま疾走し、やがて竜の背骨の一番奥へとやってきた。
視界の端に半透明で映し出されるミニマップに"龍の背骨"と表示してあるが、あと数歩あるけばそれは"龍のはらわた"へと表示が変わるであろう場所だ。
「着替えは?」
「あー、一応しておこうかなぁ」
着替え、とは、これはジオのこだわりの部分で、通常は学者風のローブや普段着を着ているのだが、戦闘に赴く際は、赤と黒を基調とした鎧に身を包み、得物として大鎌を使用する。死神をイメージした装備だ。
その装備は、古くからの知り合いに手伝ってもらい集めた材料でモリーティアに製作してもらった、かなりレア度の高い装備一式だ。
このゲームでレア度は、一般からはじまって、上級、希少、伝説まで存在する。ジオの装備している武具はどれも伝説級だった。
中途半端を地で行く魔法戦士であるジオには正直もったいないレベルの装備だ。
おそらくゲーム内でもこれほどの装備をしている人間は数えるほどなのだが、それでなぜ有名プレイヤーでないのかといえば、形状が下級武具と似通っていたり、ネタクラスである魔法戦士だということもあいまって、上級プレイヤー達と共に狩をしたりダンジョンを攻略するということが皆無だったからであろう。
余談だが、普段着もまた伝説級である。
「うわぁ、相変わらず禍々しいね」
「褒め言葉です」
「中二病全開だね!」
「全壊です!」
着替え終わったジオに"汗"エモーションをするテンテンに対して、ジオは"ニコニコ"エモーションで返す。
ともあれ、着替えも終わりあとは"はらわた"へと侵入するだけだ。と、そこへ――
「たーーーすけーーーーてーーーー」
女性の悲鳴が二人の耳に飛び込んできた。
振り返ると、二つの影が何事か叫びながらこちらへ走ってくるのが見えた。
必死の形相で駆けて来る女性と、それを補助するように後ろを鎧姿の男が走ってきていた。
その男は時々後ろを振り向いて何か魔法のようなものを飛ばしている。
「あれ?あれ、ゼルじゃね?」
「お、ほんとだ。ってか、あれまずいんじゃない?」
二つの影のうちの一つはどうやらジオとテンテンの知り合いのようだった。
問題はその二人の後ろをついてきているものだった。
かなり距離を開けて山のように巨大なモンスターがゆっくりと確実に二人に向けて歩みを進めていた。
「やばいな、あれ」
ジオがぼそりとこぼす。
二人を追いかけてきていたのは、中級狩場である龍の背骨に配置されている上級モンスターでかつネームドという特別なモンスターで、鬼種族の「カンシーン」だった。何故、ここに配置されているかというと、運営によれば難易度をあげるためだとか、アトラクションの監視員だとか、いろいろな説明がなされている。ちなみに、中級狩場ということも鑑みて、非アクティブに設定されているようだが、誤って攻撃したりすると、アクティブ化し、そこにいる中級プレイヤーへの虐殺がはじまることが、しばしばあったりする。
気をつけてさえいれば実害はあまりない。
時折ツアーなども組まれ、逆に屠ってやろうと上級プレイヤーが集まったりもするがそれはまた別の話だ。
「おい、ゼル、何やってんの?」
「げっ、ジオじゃねーか。テンテンちゃんが遊んでるのみえたから助かったと思ったのに!」
「ひどい。お前だって似たようなもんじゃねーか」
「ジオくん、ゼルくん、喧嘩なら後にしてくれ」
走ってきた男の方が、ジオを見るなり悪態をついて口喧嘩が始まるかと思いきやテンテンがそれを諌める。
一緒に走ってきた女性の方は何も言わずに成り行きを見守っているようだ。
そうしてる間も、例の「カンシーン」はゆっくりと距離を確実につめてきていた。
ドシン…ドシン…
小さかった足音が段々大きくなってくる。
「しゃーねーなぁ、ちょっといってくる」
ジオが肩をぐりぐり回しながら一歩前に出た。
――イビルナイトシールド
防御力を挙げる死の魔法
――ヘルリフィル
一定時間全ての物理攻撃を反射する死の上級魔法
この二つを唱え、悠然と「カンシーン」へむけてジオは歩き出した。
「えっ、えっ、大丈夫なんですか?」
そこで声を上げたのは逃げてきた女性の方だ。
一人で向かっていくジオをみて驚きの声を上げている。
「大丈夫」
「大丈夫だよー」
ゼルと呼ばれた男もテンテンも同時に言って、ジオを見守る。
二人を追ってきたカンシーンの視線が前からやってきたジオへと移る。
そして今度はジオへと方向を変えて歩き出した。
「ハンディングバインズ」
カンシーンの攻撃範囲ギリギリのところで、ジオが魔法を唱えた。
それもまた死の魔法で、見えない手によって敵を拘束する魔法。
しかし、ネームドでもあるカンシーンには効果は薄く、上手く動きを封じることが出来ても、おそらく1秒ともたないだろう。
だが、ジオにはそれで十分だった。
「くらえ!テラー!」
ジオの目からリング状の光線がカンシーンへ向けて放たれた。
動きが止まっていたカンシーンはそれをまともに受けて…
「よし、成功だ」
ジオのその声と共にカンシーンは突然後ろを振り向いてもと来た道をゆっくり歩いて遠ざかっていった。