ネタキャラはネタキャラでしかないのか!? 7
"竜の背骨"には、テンテンがよく軽功で遊ぶ"足場"、栽培マン御用達の"果樹園"、かつてのゲームの時は多種の竜が現れる動物園ならぬ"竜物園"など、運営の遊び心というか、場合によっては手抜きというか、そういうアトラクション的なものが設置されていた。
今ジオが向かっている"トンネル谷"もその一つである。
「トンネル谷は、一つの谷が丸々迷路になっているような場所で、そこに挑んだもののうち、無事に帰ってきたものは少なくないと言われている。」
モリーティア談、である。
深い谷の両側にぽっかりと口を空けた洞窟は全て迷路になっていて、つながっていたりつながっていなかったり散々奥まで進ませておいて行き止まりだったり。
その中の一つは、とある都市近くの山までつながっているが、その通路を利用するものは滅多にいない。
ジオは考えがあって、怒り心頭のカンシーンをそこまで誘い込んでいた。
単純明快、カンシーンをその谷へ落としてやるのだ。
そうすれば、落下ダメージを受けたカンシーンは退却するかもしれないし、それでもだめなら谷を昇る間に迎撃体勢を整えることができるかもしれない。
そして谷底へと落としてやる方法にも策はあった
死の魔法の中には自分の姿を消せる魔法が二つある。
アサシンメイドのように完成度の高い隠形ではないものの、一瞬だけ敵の目を欺ければいいので完成度は高くなくてもいい。
それを使って敵の方向感覚を失わせ、ようこそ谷底へ、というわけだ。
足止め技や毒、呪いの魔法を乱発し、とにかくカンシーンの注意を引きつつジオは走った。
最初からそのつもりで、飛び出してきたわけではない。
カンシーンの所業、拳一発でクレーターを作った力を見たとき、ジオだって心のそこから恐怖したのだ。
それに対峙したハルおじさん達をみて、吹き飛ばされる様をみて、あの特化型の集団でさえこれなのだから、自分に出来ることは何もない、と絶望に打ちひしがれた。
けれど、そのうちの幾人かがログアウトで逃げる様子を見て、ジオの脳裏を掠めたのはモリーティア、ゼル、テンテン、ミサの四人の顔だった。
ログアウトで逃げることは容易いし、その方がよかったのだろう。
けれど、ハルおじさんに駆け寄るメッツを見て、ログアウトの掛け声にログアウトせず、メッツとハルおじさんの傍でどうにか動こうともがいている大盾の男の姿を見て、ジオは何か突き動かされるように走り始めていたのだ。
恐怖はぬぐえない、ぬぐえるはずもない。
けれど、今目の前でこの三人を見殺しになどできるだろうか?
少なくともジオはそれは嫌だと思った。
自己犠牲というほど立派なつもりはない、けれど、見殺しにもしたくない。
あるいはジオもゲーム感覚が抜けていないのかもしれない。
死ぬとどうなるか、まったくわからない中で、ゲーム感覚が抜けきらず、死というものを簡単に考えてしまっているのかもしれない。
それが自分の命であるから、なおさらに。
他人の死を受容することは出来ないが、自分であればどうとでもなる、そんな風に考えてしまっていたのかもしれない。
それにいざとなればモアリボーンという技だってあるのだ。
なんとかなるさ、と、自分を奮い立たせてジオはカンシーンに向かっていった。
追いかけっこは続く。
カンシーンは中々つかまらないジオに苛立つようにして地面を踏み鳴らす。
その度に地面は揺れ動いてジオはバランスを崩しそうになるが、どうにか耐えてお返しとばかりに足止め技や毒などをお見舞いしてやる。
やがて谷が見えてくる。
運が良かったのか、逃げていく先に他のモンスターによる邪魔などは入らなかった。
おそらくは"はらわた"の防衛や、ゴローや榊との戦闘の為に出払っていたりするのだろう。
そういう意味でもジオにとっては幸運だった。
絶壁の端に立つジオ。
「イビルナイトシールド!」
何かあったときの為に少しでも防御力を上げる。
ドスッ!ドスッ!ドスッ!
巨大な足音が走ってくるのが聞こえる。
やがて現れたその巨体は、一度動きを止め、辺りを見回す。
崖際に立つジオの姿を見止めたカンシーンが、ニヤリと笑ったような気がした。
そしてその巨体は地面を蹴り、勢いよく目の前の小さな目標へと向かい、拳を振り上げた。
「トバリ!」
予定通りに事が運んだ。
ジオもニヤリと笑って、片目を閉じ、魔法を発動させる。
するとジオを中心に暗闇が広がっていく。
傍から見ればそれはカンシーンを包み込むほどの巨大な黒い球体にみえただろう。
暗闇に飛び込んでしまったカンシーンは突然に覆われた闇に、急制動をかけて止まろうとする。
その先に何があるのか、覚えていたのかどうかは定かではない。
けれど、怒りに任せた、勢いのあるその速度ではそう易々と止まるものではない。
さらに急に暗闇に包まれてしまったから、文字通り目の前が真っ暗になってしまい、方向も対象も見失ってそのまま崖際につっこんだ。
「よし!やった――」
夜目を効かせるために閉じていた反対の目を空けたジオの目にうっすらと飛び込んできたのは、暗闇の中でカンシーンの拳が地面をえぐり、そしてそれはジオの目論見どおり崖の一角を破壊し、崩れた崖もろともカンシーンが谷底へと落ちて行こうとするシーンだった。
焦ったカンシーンは手足をもがくように暴れさせて何かにつかまろうとするが、空をつかむばかりでそのまま崖底へと落ちていく。
思い通りに事が運び、思わず歓喜の声をあげるジオ。
だが、カンシーンが最後に取った行動は、ジオにとって誤算となる。
暴れたカンシーンの足が、ジオのいた足場を横から粉砕し、その崖ごとジオを谷底へと引きずりこむ。
まるでスローモーションをみているかのように、ジオのいた足元は一瞬で粉々になり、そのままゆっくりと浮遊感がジオを支配していく。
飛び散ったつぶてが襲い掛かり、ジオの体を傷つけ、そしてなおもゆっくりとジオの視線は降下していく。
昇っているのか、落ちているのか、一瞬の出来事にジオはただ浮遊感に身を任せることしか出来なかった。
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"龍の骸"全域に響いたのではないかというくらい巨大な音が響く。
それはハルおじさんやメッツの元にも、竜と戦闘していたゴローや榊のいる前線にも、そして後方でジオの言われるがままに迎撃準備をしていたモリーティアたちのもとにも聞こえたという。
「どうなったんだ…?」
ようやく土から掘り起こされたハルおじさんとメッツ、大盾の男はカンシーンを追ってきていたが、その巨大な音を聴きつけて、トンネル谷へと急いだ。
そこに、あの紅い鎧の男の姿はなく、そしてカンシーンの姿もない。
残されていたのは、崩れた崖。そこから下を覗き込んだ三人がみたものは、深い谷底にぽっかりと空けられた巨大な穴だけであった――
トバリ
-術者の周囲を夜の暗闇で覆う死魔法。




