騒動 1
「ぬぅ、厄介な。」
刀をもった男が呟きながら突進してきた二本足の獣を切り裂く。
獣は雄たけびをあげながら地面に突っ伏して息絶えた。
「ちょっと喰らっちゃってるじゃん。」
男の右腕から服が裂け、そして血が流れ出ているのが露になっていた。その後ろに控えていた女性がすぐさま触媒を光の粒に変え、魔方陣を生成し始める。
あっという間に傷口はふさがり血の跡だけが腕に残った。
「かたじけない。」
「いいけどさ、RPもほどほどにしてないと、マジ死ぬよ?」
「むぅ…」
刀を構えているのはサムライ風の着流しに、頭もチョンマゲをイメージしたようなポニーテールの男、後ろにいるのは対照的に、西洋の魔女風の三角帽子に少し露出が高めの服に身を包んだ女。
その二人がいるのは"龍の骸"と呼ばれるフィールドダンジョンの序盤にある"龍の口"から"龍の背骨"にぬける入り口により近い場所であった。
二人に対峙しているのは、フィールド中から集めてきたのではないかと思われるほど大量の竜種。
二足歩行の大小ある、恐竜に近いような竜がその多くを占めていて、体色もまばらになっている。
進めば進むほどそれらは増えて、ついにまもなく"背骨"と言う所でその境にある山の頂を覆いつくすように群がっている竜の姿が二人の目に飛び込んできた。
竜種たちは一斉に襲い掛かることはせずに、まるで何かに命じられているように、一定のラインを守っている。
近づけば襲ってくるが、その襲い掛かった竜の穴を埋めるようにすぐに後ろに別の竜がつめてくる。
退けば、竜も追いかけてくるという事は無い。
まるで"背骨"への道を塞ぐようにして竜種たちは集結していた。
「キリがないね、一度街までもどろうじゃないか?」
「頼めるか?」
魔女風の女の提案にサムライ風の男はうなずく。
二人はジリジリと後退を始めた。
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WWFは一風変わったMMORPGだった。
まずは、アカウント登録の際にキャラの性別が決まってしまう事。
坂道雄治こと、ジオの記憶では法案がどうたらこうたら、個人情報がどうたらこうたらで何かを勘違いした運営が、アカウント登録の際に登録した性別でしかキャラが作れない設定になってしまっていた。
それもまた一つユーザーが減ってしまう原因となっているだろう。
逆に考えれば性別詐称ができないのだから、そういう出会いを求めてゲームを始める人間も少なからずいたとジオは聞いている。
結局はご法度、というか自己責任ということで運営は匙をなげていたようだが。
ジオとしても可愛い女性キャラを作りたいという気持ちはなくもないが、ゲームを楽しむにはやはり自分の分身が一番である、という気持ちもあったから特に支障はなかった。
その辺りはゼルやモリーティアも同じで、背格好などは自分に近いように設定したと昔聞いた事があった。
勿論顔などは別であるが。
テンテンはリアルで女性の平均身長より大分高くて、逆に小さくて可愛い女の子に憧れてたから、こういう風にした、といっていた。
"リアルログイン"がおきたとき、一番違和感を訴えていたのがテンテンだったが、その辺に起因するだろう。
普段見慣れている景色よりも大分低くなっているだろうから。
それはミサもそのはずだった。
何せほぼ事故で幼女となってしまったのだから、違和感がないわけがない。
ないわけがない、はずなのだが、モリーティアの家に行く道すがらその辺の事を聞いてみても、
「全然、そういうのないなぁ…あ、いやぁ、ほら、このキャラでの行動になれちゃったからかな、あははー」
イマイチ釈然としない。
マハリジの街、西居住区。
様々な様式の家が並んでいるその中央よりの一角に、モリーティアの家はあった。
WWFではリアルのように土地を買い、そこに家を建てる。
土地は、一区画いくらでシステムと取引して手に入れるのだが、家の値段もさることながら、土地の値段も恐ろしいほどの価格がする。
戦闘職の場合、伝説級のレアアイテムを手に入れ、それを売ってようやく買えるかどうか。
もちろん課金で手に入れる方法もあったが、それにしても安くはない。
さらに一月単位で維持費を要求されるのだから、たまったものではない。
そんな夢のような家を、モリーティアは持っている。
しかも、土地二区画分を購入し、二区画に渡る豪邸を建てていた。
「別に、家なんて自分で製作できるしね。」
と、モリーティアは言う。
確かに自作であるならば安く済ませることは可能である。
とはいえ、自分で製作するにせよ、材料費やらは相当かかってくる。
この家を見るたびに、ジオやゼルはモリーティアの商才や製作スキルの高さを思い知らされるのであった。
モリーティアの主な収入源は、生産スキルによる生産物の販売である。
その時々で販売するものは違うのだが、基本的には大きな利益を上げている。
何よりモリーティアの販売するものは競合が少なく、必要になれば、ほぼモリーティアがお求め先になる。
そのモリーティアの販売するものというのが、主にアクセサリである。
彼女が主にアクセサリの生産をメインとしていることは前にも述べたが、そのアクセサリというのがほとんどの場合伝説級のレアリティなのだ。
しかも効果は折り紙つき。
上級ダンジョンなどでレアとして手に入るようなものとそん色ない効果をもったアクセサリを、モリーティアは作り出す事ができる。
しかもそのアクセサリのほとんどが上級ダンジョン攻略に必須と言われているアイテム達なのだ。
そんなアイテムを量産しては、ゲームとしてのバランスが崩れるのではないかと思う方もいるだろう。
そして、何故そのアクセサリの製造販売が商売としてなりたつのか。
それは耐久度である。
WWFではアイテムに耐久度が設定されており、修理したり買い換えたりしながら使っていくことになる。
モリーティアのアクセサリに関しても同じ事が言えるのだが、彼女の扱う品物は特殊なものとなっている。
モリーティアの売るアクセサリは、実はレプリカなのだ。
といっても法に触れたり、粗悪だったりするものではなく、彼女の持つ生産スキル系の技の中にそういうものがあって、それはオリジナルの効果をもつ、耐久度の低いものを作れるというものだ。
といってもスキルレベルが低ければ、オリジナルと同じ効果の物を作り出す事はできない。
どんなにレベルが高くても、ほんの僅かはオリジナルに劣ってしまう。そして耐久度も低く、上級ダンジョンに一回、あるいは二回いけばほとんどの場合は壊れてしまう。
しかもこのレプリカは修理が不可能という設定で、使い捨てになってしまう。
というわけでモリーティアの商売は成り立つのであった。
一応、耐久度がなくなって壊れてしまったアクセサリは新たに作るアクセサリの材料にできるため、まるで駄菓子屋の瓶のジュースのように、持ってきていただければ引き取ります、あるいは割引します、と掲げている。
それも悪くない値段で引き取ったり割引率も高かったりするから、余計にモリーティアの評判は良い。
ともあれ、そうしてモリーティアはこの2区画に及ぶ豪邸を手に入れたというわけだ。
「あ、ちょっとまってね、ミサちゃん。」
家の玄関の前で、モリーティアがミサを呼び止める。
うさ耳をぴこぴこさせてミサは立ち止まって振り返った。
ジオ達がゾロゾロと家の中に入っていくのとモリーティアを見比べながら、ミサは一瞬首をかしげたが、すぐにその理由に思い当たった。
「あ、進入権ですね?」
「うん、ちょっとどうなってるかわからないから時間かかるかもしれないけど、待っててね。」
家には進入権というものが存在する。
それは個人ごとの設定にもよるのだが、無闇に知らない他人に上がりこまれたりしないように、プレイヤーを指定して家に入れるかどうかを設定する事ができるのだ。
モリーティアの家は"指定したプレイヤーのみ"進入可能という設定になっているから、現状ではミサは入る事ができない。
一旦ミサを待たせたモリーティアだったが、メニュー画面からハウジング項目が一向に見当たらず焦りを覚えていた。
玄関の前には2段ほどの階段が設置してある。ミサはそこに腰掛けて必死の形相でハウジングメニューを探すモリーティアの様子を眺めていた。
目の前のエルニムス種の女性は何せころころと表情が変わってみていて飽きないのだ。
ぱっと顔を輝かせたかと思うと、今度はいきなり険しくなって、あからさまにがっかりしたりして。
「ごめんね、もうちょっと待ってね!」
必死で笑顔を作りつつあれやこれやと探している女性が何だか可愛らしくて、思わずミサは微笑むのだった。
「モリモリさん?なにやっ、うわっ!?」
モリーティアが遅いので見に来たゼルが、扉を開けた瞬間目の前のミサがいることに気づかずにそのままミサの体につまずいて――
「きゃあ!」
「うわわわ!」
図らずも幼女を後ろから押し倒してしまった体勢になってしまう。
「き……ぎゃああああ!!」
「うぉっ、うわっ」
突然後ろから覆いかぶさられた形になってしまったミサは思わず悲鳴をあげる。
それに驚いたゼルもまた驚嘆の声を上げる。
「このっ!やっぱり変態!セクハラ魔人!!」
ゼルの腕の中にすっぽりと入ってしまった形のミサは顔を真っ赤にして逃れようと暴れる。
けれど、ゼルは鎧を着ているからミサが暴れようとも痛くもかゆくもない。
「ちょま、事故だ!今どくからあばれるなっ」
「きゃあ!変態変態!へんたーーい!!」
暴れるほど鎧にぶつかってミサはダメージを受けるし、ゼルの鎧の耐久値は減っていく。
必死の形相でハウジングメニューを探していたモリーティアも突然目の前で始まった痴話喧嘩のような事態にぽかんとしてしまっていた。
しばらくして、ようやく事態は収拾したが、顔を真っ赤にして、肩で息をしながらミサはゼルを睨んでいる。
ゼルもまた口をへの字に曲げて腕を組みそっぽを向いていた。
「事故だっつってんのに…」
「う、うるさいうるさい、変態!この変態紳士!」
「わかってていってるのかね…」
険悪なムードにもかかわらず、モリーティアはなんだかお約束をみているような気がして、思わず笑ってしまっている。
「モリモリさん、笑ってないでさ…第一ハウジングメニューはセバスチャンのとこでしょうが…」
「え…?あはは、そうだっけ?」
「そうだよ」
セバスチャン、良く聞く名前だが、この場合のセバスチャンとは人でも執事でもない。
人により形状は異なるが、ハウジング管理端末のオブジェクトのことだ。
家に設置できるものであれば、なんでもハウジング管理用の端末に設定する事ができる。
モリーティアはというと、燕尾服をきた羊のぬいぐるみをセバスチャンと命名し、それを端末に設定している。
「あ、そっか、そうだっけね。ごめんね、ミサちゃん、ちょっとまっててねー」
モリーティアは片手でごめんとジェスチャをして家の中に消えていった。
残されたゼルとミサ。相変わらず険悪な雰囲気が漂う。
「その悪かったな…」
「なによ!」
「いや…ちっちゃくてみえなかった。」
「~~っ!!」
ついに涙目になって拳をぎゅっと握り締めたミサ。
「この、変態のデリカシー皆無のすかぽんたん!!」
どこからとりだしたのか、叫ぶミサの手にはいつのまにかその背丈を裕に越える巨大なピコピコハンマーが握られていて、ゼルがはっとしたときには既に大きく振りかぶっていた。
「どわっ、ちょっ、たんま!たんま!!」
「問答無用!!」
ピコッ!
軽快な音がしたかと思うと、そこでゼルの意識は途切れた。
「おまたせー、もう入れるよーってあれ?」
「ありがとうございます、モリモリさん!」
玄関から顔をだしたモリーティアが見たのは、ニコニコ顔のミサと、地面に突っ伏してピクリとも動かないゼルの無残な姿であった。
「ゼルギウスさん、いきなり寝ちゃったんです!疲れたんでしょうね!」
「え?え?」
「ささ、いきましょ!モリモリさん!」
「あ、はぁ…」
ゼルを一人残して、豪邸のドアは非情にも閉められるのであった。




