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9.私は安心するのです



夕日が沈み、夜が訪れる頃。

アリシアはなにかを思うように目を伏せると、私室に用意されている唯一の窓を静かに開けた。


(あー、落ち着くわ…)


夜の冷気によってヒンヤリとした空気が頬を撫でる。昼間の喧騒をまるで感じさせない静寂に包まれた夜の景色を眺めるのは、いつからかアリシアの習慣と化していた。


転生してから、もうすぐ3年になる。その間、幸い体調を崩すこともなかったからか、アリシアは一度としてこの部屋から出ることは許されなかった。大きなベッドに子供部屋にしては豪勢な調度品。湯殿も手洗いも完備したこの部屋は生活していくにはなにも問題はないが、それでも息は詰まるものだ。転生前の自分が引きこもりだったからこそ耐えられたのだと思う。


調度品はあれど、なんの遊具もない部屋。

唯一の娯楽はマリーナが時折入れ替えてくれる本棚の本だろう。まぁそれも7割は魔法についての知識や領主としての教育の資料で、残りの3割が童話や小説だった。お陰で、続く可能性の低かった魔法の特訓も、暇つぶしがてら途絶えることなく続けることができている。


アリシアは自分の現状になんの不満もなかった。部屋から出られないものの、まだ3歳の自分にとって外がどれほど危険なのかはなんとなくだが理解できる。アリシアが生きているこの世界は、治安が悪いということはないが、平和ボケした日本と比べれば弱者には生き難い場所だ。そんな世界で餓えることなく魔法という未知の能力を学ぶことができ、その上美人な侍女2人に世話をしてもらえるこの環境は、どれほど恵まれているのか。それが分からないほど、彼女は子供ではない。

だから、現状に不満はない。しかし、アリシアはそんな自分の状況を分かっていても、どうしても割り切れずに辟易することがあった。



それが、この世界の“色”だった。



ラジヴィート国では昔から、闇属性の魔法使いを世界の絶対悪として淘汰してきた。その風潮の余波なのかは知らないが、この国では黒はもちろん、黒に近い暗い色と云うものが排除されていた。

人の髪色は勿論、細かな小物。また動物や家畜の色のどこにも、暗い色は見当たらない。

それは黒があまりに当然のようにありふれていた日本で生きていた彼女にとって、異常だった。


右を見ても左を見てもパステルカラーのような明るい色ばかり。最初は綺麗だと笑っていた彼女も、あまりにも明るすぎる世界にだんだんと落ち着きをなくしていった。

そんなアリシアが唯一心を癒されたのが夜に訪れる暗い闇の色だ。この世界の人間だったら厭う夜の世界は、アリシアにとっては救いだった。



「…あら、また来たの?」


窓を開けてぼんやりとしていると、最近常連となった訪問客が訪れた。

夜の深い闇を切り取るように現われたその生き物は、黒猫のような体躯に蝙蝠のような翼を持っている。

アリシアは小さな訪問客を招き入れるように手を伸ばす。バサッ、と翼を動かしながら上手にアリシアの腕に乗ったそれは、甘えるような声を上げた。


「いらっしゃい、アステール」


一見黒猫に見える体躯。腕を曲げて手元に引き寄せれば、その体には薔薇のような模様が見える。アリシアは相変わらず綺麗な毛並みだと微笑むと、アステールの額にそっと口付けた。

その後、アリシアは慣れた動作でアステールを抱き上げると、それまでと同じように外を眺める。


「昼間はなにかと騒がしいこの地も、夜になると本当に静かね…。人はどうして夜を、闇を恐れるのかしら。こんなにも夜の闇は美しく、世界を照らす柔らかな月の光は幻想的だというのに…」


「…クゥン」


「あぁ、でも、人が夜を恐れてよかったとも思うわ。もし人が夜を恐れずに地を明るく照らしてしまったら、こんなに綺麗な星空は見えなかったはずだもの」


そう言って微笑むアリシアの瞳には、滅多に見ることはできないであろう満天の星が見えていた。

あまりに美しい景色。初めて見たときは思わず涙したほどに、雄大で、決して人の手では生み出せない絶対的な煌き。夜を恐れ空を見上げないこの世界の人々は、なんて損をしているのだろう。毎夜、空を見上げるたびに彼女は思う。


「そしてきっと、あなたにも会えなかったわ」


愛らしい黒の獣。闇に溶け込むその姿は、きっとこの国では生き辛いだろう。人が恐れる闇が毎夜訪れるからこそ、この子はこの国で生きられる。


「アステール…。私を癒す、愛しい星。どうか私がこの家から逃げ出すまで、私のよき友であってね」


夜の闇はすべてを隠す。夜に生きる黒い存在も、何かを企む人の醜さも。

そして、子供ではありえないほど流暢な発音で話すアリシアの姿も、すべて。

朝日が昇ればアリシアはまたその容姿に見合った拙い話し方を余儀なくされるだろう。平穏に生きるためには、年齢に見合わない能力は隠し通す必要がある。


なにもかも取り繕わないで済むのは、夜に訪れる友の前でだけだ。


(いやしかし、唯一の友が獣って…私って本当寂しい子供だよねぇ)


ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべたアリシアの心情を察してか、アステールは慰めるように小さく鳴いた。





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