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7.私の立場の危うさを知りました




「――…アリシア様の瞳は不思議ですね。見つめていると心の全てを見透かされているようです」


私に見つめられると、嘘が吐けない。そう言った彼女の言葉を信じたわけじゃない。目が合うと嘘が吐けないなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。なにより発言した相手が私に心酔している侍女なのだから、その是非を疑うことは当然のこと。それでも私が不遜な表情を浮かべるエルザと視線を交わしたのは、どうせ効果があろうがなかろうが、私がこの屋敷の令嬢でエルザが侍女である以上今の関係よりも状態が悪化することはないという些細な打算があったからだ。


美しい容姿に見合う澄んだエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ見つめて、問う。

瞬間、なぜだか分からないけれど、まるで魔法を放ったときのように魔力が引き抜かれる感覚がした。


「えるざ、あなたのそのしつれいなたいどのりゆうはなんなの?」


「…私の兄の命は、アリシアお嬢様の母親であるエレッサ様のご命令により奪われました」


エルザの愛らしい桃色の唇から零れた言葉には、拭えない憎しみが見え隠れしている。

やはり…、と口をついて出そうだった台詞を飲み込む。生まれて間もない私が買える憎しみの理由など、数えるほどしかない。


「くわしくはなして」


エルザは続きを促す私から目を離さないまま、嫌そうに引き結んだ口を再度開いた。


エルザには年が5つ離れた兄がいたらしい。代々エルザの家系はこの地方の領主に仕えており、エルザの兄も例に漏れず、私の父であるディゼットに仕えていたそうだ。そんなエルザの兄に目をつけたのが、私の母・エレッサだった。好色なエレッサは容姿の美しいエルザの兄を気に入り、ディゼットが用を申し付けている時以外は常に傍においていた。


「エレッサ様は始めはただ見目のいい兄を傍に置くだけで満足していたようでした。しかし時が経つに連れて、悪戯に兄に触れるようになったのです」


最初は貴族らしく慎ましやかだったエレッサも、エレッサの行動を咎める者がおらず加えてエルザの兄も拒めない状況にだんだんと興が乗り、ついには体の関係を迫るようになった。エレッサに懸想していたわけでもなく、ディゼットに忠誠を誓っていたエルザの兄は勿論拒絶したが、エレッサは彼の訴えをすべて棄却した。


「関係を強要され、兄は精神的な疲労からか見る見る痩せていきました」


エレッサが関係を強要し1年ほど経過すると容姿端麗だった兄の姿は見る影もなくなった。

見目が悪くなったエルザの兄に興味がうせたエレッサは自身の不貞を密告されることを恐れ、ありもしない冤罪をかぶせて領主の命令の下にエルザの兄を殺害した。



「…むなくそわるいはなしね」


私と血が繋がった両親の行いとはいえ、反吐が出る。

しかし同情はしても、それとエルザの態度を許容するかというと話は別だ。この世界で身分がどれほどの効力を持つかは知らないが、嫌なら家族も立場も捨てて逃げ出せばよかったのだ。子供でもない、自分で生きていけるだけの力を持った大人だったのだから。

それに、私と両親は血が繋がっただけの他人だ。他人の罪を自分に置き換えて背負うほど私は善人じゃない。


でも、今の話を聞けてよかった。

彼女自身がなにかをされたのならまだしも、被害にあったのは彼女の兄だ。

私もエルザもその話の当事者じゃない。ならば、その憎しみを緩和できる可能性は高いように思えた。



「えるざ。あなたはきょうから、まりーなといっしょにわたしせんようのじじょになってもらうわ」


「同情なら結構です」


「どうじょう?わらわせないで。わたしはほしいだけよ。うつくしいようしのあなたが」


私の言葉にエルザは侮蔑の表情を浮かべるが、どうでもよかった。

相手は所詮私の侍女だ。どれほど彼女が私を嫌い憎もうと、彼女は私を害すことはできない。しばらくは彼女を傍に置こう。美しい容姿のエルザをあの両親の傍に置いていれば、今度はディゼットが手を伸ばしかねない。私が両親の意思を無視して実力を行使できるようになるまで護りたいものは傍に置いておく必要がある。

その間に彼女の態度が軟化すれば儲けものだし、そうならなかった場合は追い出せばいい。どちらにしろ、これほど美しい彼女を両親の魔の手が届く位置に置いておくのは癪に障るから、一時的に保護するだけだ。



「貴女もやはりディータ家のご令嬢ですね。…栄華というものは何れも衰退していくものです。領主と云う立場に居座り領民を食い物にするこの家を憎む影が多いことを努々お忘れなきように」


「ふふ、ちゅうこくいたみいるわ」


表面上は優美な笑みを浮かべるよう心がけながら、内心はエルザの言うことに汗を流していた。

エルザの言うとおりのことが行われているのなら、しかもその対象が領民全体へと向いているのなら、ディゼットからいずれ渡される領主の座はただの処刑台だ。猶予がどれだけ残されているのかは分からないが、窮鼠猫を噛むということわざがあるように、虐げられ続ける領民がそのままのうのうと生き続ける可能性は低いと思っていいだろう。

我が家を憎んでいる彼女が侍女として生きているのがいい証拠だ。この事実だけで、私の両親がいかに愚者であるのかが分かる。欲望のままに生きる彼等は好きなだけ人の憎しみを煽っておいて、その芽を刈ることもしないのだ。



(これは早く家を出たほうがよさそうね…)



元々そう魅力的ではなかった領主の座を、完全に手放そうと思ったのは今日が初めてだ。

ある程度身体が出来上がったら、マリーナを連れて家を出よう。小さな決意を胸に秘め、そっと息を吐いた。








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