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6.私の立場はなんでしょう?



魔法の特訓を始めてから半年が経った。

この半年で、初級魔法のウィンド、ファイア、ウォーター、ロックを使えるようになった。使えるようになったとは言えど、その練度は様々だ。ウィンドは強い風を起こして辞書程度の重さのものなら浮き上がらせることができるようになった。ロックは土の塊を作り出し放つ魔法だが、その土の固まりも最初はビー玉くらいの大きさだったものが、今では拳大にまで大きくなった。


しかしファイアとウォーター。お前等はダメだ。

初めてのときは使った瞬間、魔力を枯渇しすぎて倒れた。今では2、3回使っても倒れないほどには魔力も増えたが、ファイアは手のひらから小指くらいの小さな火が灯る程度(蝋燭の方が明らかに便利だ)、ウォーターは子供用の水鉄砲をピュッと一回放つくらいの水しかでなかった(水筒の方が遥かに水が出せる)

適正なんて努力でどうにかなると多少楽観視していたいつかの自分を殴りたい。適正のない魔法を使うのは驚くほど困難だ。まだ魔法を特訓し始めて半年なので伸び代はまだまだあるとは思いたいが、たった半年でこれほど威力の差がでてしまうことを考えると、満足いくまでの威力の魔法を使うとすると何十年と覚悟した方がいいような気もする。


そしてそれだけの長い間、諦めずに努力を続けられるほど私の忍耐力は強くないことは自覚している。誇れることではないが、生憎と結果が見えない努力は続かない主義だ。



「アリシア様申し訳ありません。明日は奥様と旦那様について領地を回ることになりました。お1人で自習していただくことになりますが、よろしいですか?」


「めずらしいわね。いいわ、きにしないで。きをつけてらっしゃいね」


「あぁぁ、アリシア様…そんなに愛らしい表情で私のことを案じたお言葉を仰るなんてなんて人…っ、アリシア様は私をどうされたいのですか!」


「…それは、わたしのせりふかな。あなたはいったいどうなりたいの、まりーな」



あぁぁあ!と興奮冷めやらぬと言わんばかりにぶんぶんと頭を振るマリーナに冷え冷えとした視線を送る。私の侍女である赤い髪の麗人は、こうして突如興奮し我を忘れることがままある。普段は容姿も美しく、所作も容姿に合わせたように気品があり、魔法や一般常識を教えてくれる彼女を尊敬しているのだけれど、時折全力で係わり合いになりたくないと感じることがあることも事実だ。


しかし私の冷めた態度に彼女も慣れたのか、そもそも気にしていないのか、大して傷ついた様子もなくいつも通りに魔法の授業を終えると、明日来れない事をひたすら謝りながら部屋を後にした。マリーナがいなくなり、静かになった部屋で私は窓に目を向ける。

転生してからもう少しで2年になる。ここ2年間、私は侍女であるマリーナとしか接していない。彼女以外だと、1年ほど前に1度会った両親だけだ。あまりに狭い人間関係に苦笑する。


明日、マリーナはここに来ない。それは転生してから初めてのことだ。

いつもは食事もマリーナが持ってきたし、着替えもマリーナが手伝ってくれていた。多分明日は、マリーナ以外の誰かがここに来るのだろう。



(果たして鬼が出るか、蛇が出るか…――)



あまり歓迎していない事態の行く末を案じつつ、さてどうしたものかと深く息を吐いた。








ラジヴィート国の南西にあるミジフィット領地の領主を代々務める中級貴族ディータ家。

それが私が転生した家系だ。


現在は父であるディゼット・ディータが領主を務めている。ディータ家の血筋を引いているのは現状私だけのため、もしこのまま子供が生まれなければ私がこの領地の次期領主となるだろう。私の生まれた立場について、私が知っているのはこの程度の情報だった。それを可笑しいと思うことは、今の今までなかった。教育係であるマリーナも教える必要がないと思っていたのか、まだ教えるには早いと思っていたのか、詳しく話すことはなかった。……それを今更後悔しているのは、遅すぎるのだろうか。


「お嬢様、如何なさいましたか?」


「…いいえ、なんでもないわ」


私の目の前には、メイド服の女性がいる。金色の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美しい女性だ。名前はエルザ・シャルリット、今日私の傍にいないマリーナに替わる私の世話係だ。凛とした気品があり、気位が高そうに見えるマリーナとは違い、深窓の姫君を思わせる物静かな美しさは女性の私から見ても好ましいと思える。…それは容姿だけで言えばの話だけれど。


エルザは私が目覚める頃に部屋を訪れ、食事の準備をし、着替えの手伝いもしてくれた。その所作は侍女として完成された美しく無駄のないもので、思わず感嘆の息を吐いた。もちろん望めばある程度のことはすぐに叶えてくれるので不自由はない。彼女は優秀な侍女なんだろう。それはすぐに理解できた。しかしそれ以上に、私にとってこの侍女は不愉快な欠点がある。


「――ねぇ、エルザ」


「はい、お嬢様」


「あなた、そのひょうじょうはどうにかならないの?ふかいだわ」


私の言葉を聴いた途端、エルザは侮蔑の表情を浮かべた。ただでさえ冷たい瞳がすぅっと細まり、口元の微笑が微かに歪む。先ほどまではとってつけたような微笑に死んだ魚のような目をしていたから、感情が乗るだけ先ほどよりはマシかもしれないが、その表情は仕える主人に向けるには明らかに不適切だ。



「これはこれは…、失礼しました」


「あなたはくちだけあやまって、なにもただそうとしないのね」


「申し訳ありません」


彼女の返事に、これはダメだと即座に思った。やはり彼女はその態度を正す気はないのだ。慇懃無礼と言えばまだ聞こえがいい方かもしれない。彼女は物腰の柔らかさこそ取り繕ってはいるが、その瞳は全力で私を拒絶しているし、表情なんて嫌悪感を隠そうともしない。

不敬罪を問うことができるなら、私は真っ先に彼女を問い詰めるだろう。しかしそれを彼女はのらりくらりと交わしてしまう様な気がした。能力がある人間が敵に回るとこうなるから厄介なんだ。


せめて彼女が私にこんな態度をとる理由が分かれば対処法も思いつくかもしれないが、彼女は必要以上の会話は成立させようとしないため聞き出すことも難しい。



どうしたものか、と頭を悩ませたところで。ふいに浮かんだのは私に異様な執着を見せる赤毛の侍女との会話だった。






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