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3.私の侍女は魔法使いです




両親と対面したあの日以来、なんだかマリーナの様子が変わった。


別に態度が悪くなったというわけじゃない。ただ両親と会うまでは愛らしい子供を見守るような慈愛の目で私の世話をしていた彼女が、あの日を境に、まるで女子高生が憧れの先輩を見つめるような憧憬と愛欲の入り混じった視線を向けてくるようになった。生まれて1年ちょっとの赤子に向けるような表情じゃないと、頼むから早く気づいてくれないだろうか。いや、美人なマリーナにそんな風に見られていると思うと嬉しいので私としては構わないのだけれど。



「アリシア様、どうされたのですか?…あぁ、もしかしてお腹が空いたのかしら」


(ただ、端から見たら一発アウトなんだよね…)



今日も今日とて、お腹が空いたのかという考えに至ったにも関わらず、なぜか母乳のでないはずの胸に私の顔を寄せるマリーナに対して小さく息を吐く。

両親と会う前まではこんなことせずに、普通に哺乳瓶でミルクを飲ませてくれてたはずなのに…。この世界の倫理観がどういうものかは知らないから私の生きていた世間での常識になるけれど、やっぱり赤子に向かって女の目を向けるのはいろいろとアウトだと思うんだ。どうにか考えないようにしたくて遠くを見ようとしたけれど、それは目の前に広がる肌色に遮られた。こうなったら満足するまで終わらないだろうな、とマリーナが納得するまでお座成りに胸に吸い付く。しばらくそうしていると予想通り胸から離され、目線が合う位置まで持ち上げられると、次はもう何度目になるかも分からない接吻を繰り返された。



…なんでだろうね、マリーナ。君も私も女なのに、なんだか初体験はすべてマリーナに奪われそうな気がするよ。



そう考えた瞬間、言葉は発していないはずなのにマリーナの笑顔の輝きが増した気がして、思わずさっと視線を逸らした。








「まほー?」


「えぇ、そうです。きっとアリシア様もお使いになれますよ」



ある程度言葉を発せられるようになった頃、マリーナは私を抱えた状態で絵本を読むようになった。

絵本はこの国の文字で書いているようで、日本語しか分からない私では到底読むことはできなかったけれど、そこはマリーナが読み聞かせてくれるので問題なかった。それにこの赤子の体は随分と物覚えがいいようで、一度見た単語だったら忘れることがなく、本を読めば読むほど読める文字が増えていく。この調子だったら文字を覚えるのもそう時間は掛からないだろう。


今日マリーナが持ってきた絵本は、この世界では有名な伝説を分かり易く噛み砕いたものらしい。

『聖なる魔女の伝説』神聖魔法を使いこなす女性の魔法使いが、世界を滅ぼさんとする悪者を退治する勧善懲悪の話だ。私としては善や悪を勝手な主観で決めて、悪をやっつければいいという風潮は嫌いなんだけれども、まぁそれは今はいい。問題はこの絵本の中にでてくる魔法の記述だ。



「まりーなも、まほうつかえるの?」


「えぇ、私は水魔法を得意としています。…ご覧になりますか?」


「うん、見るー!」


きゃっきゃっとはしゃいだ私に、マリーナは見惚れるように綺麗な笑みを浮かべる。そして絵本を棚に戻すと、左手でマリーナの膝の上に座る私の体を支え、右手を受け皿を作るように手のひらを上に向けて前に伸ばした。



「“アクアボール”」


マリーナが魔法の名前と思われる単語を呟いた瞬間、一瞬だけ彼女の手のひらに魔方陣のようなものが浮き出たかと思うと、その魔方陣からテニスボールほどの大きさの水の玉が発生した。その玉は壊れることなく彼女の手のひらの上空に浮遊する。人の体から魔法が発生する瞬間を初めて見た私は、なんと言ったらいいのか分からず、言葉にできない衝撃に打ちのめされた。



「……まりーな、さわってもいい?」


「大丈夫ですよ。少々お待ちください」


マリーナは伸ばしていた手のひらを私の前へと寄せる。それにあわせてふよふよと漂う水の玉も私の前へと動いてきた。

私は目の前に来た水の玉へと手を伸ばし、水の玉に触れる。まるで水面に手を差し込むような僅かな水の感触。そのまま突き抜ければ、水の玉から手が出て、空気に触れる。水の玉から手を戻す。


…手は濡れていた。



「ふしぎね。みずがこうして、ちゅうにうくなんて」


「初めて魔法を目にしたのなら、そう思うのも無理はありませんね。…アリシア様が水魔法への適正があるかはまだ分かりませんが、もしもお持ちでしたらこのようなこともできますよ」


マリーナがそう言った途端、目の前にあった水の玉が急激に凍りだす。パキパキッと音を立てて氷へと姿を変える水の玉。現実ではありえない光景に自分が前世とは違う世界に転生したことを実感し、感動に打ち震える。


これはどういう魔法なのかとマリーナに聞けば。水の上位互換にあたる氷結魔法ですよ、と微笑む。どうやら水魔法を極めた人間がたどり着ける境地らしいことは彼女の言葉から想像できた。



「まずは魔測石でアリシア様の適正を調べましょう」



きっとよい結果がでますよ。

世辞なのか本当にそう思っているのか分からないマリーナの言葉に笑みで返事を返す。前世では関わったことのない分野のため若干の不安はあるが、転生したという事実があるからだろうか。なんとなく自分には強い魔力が秘められているかのような気がした。




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