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プロローグ

 ぼくは石畳でできた大通りを歩いている。

 まわりに見える家は4階建てぐらいの石づくりの家ばかりで、その家の表面には骨組みとなった木材が見え、ななめになった屋根には茶色の瓦が敷きつめられていた。

 それはアニメやゲームのファンタジー世界でよく見かけるような、中世ヨーロッパの家だった。そんな家が大通りをはさみこむ形で、ずらりとならんでいる。

 しかしここは中世ヨーロッパでもなければ、それを模したテーマパークでもない。

 ここはVRMMORPGゲーム、『リング・オブ・ファンタジア』のなかだ。

 足元に敷きつめられた石も、家も、空も、ぼくが吸う空気もすべて作りもので、仮想現実世界のものだ。

 そんな仮想現実でできたこの世界のことを、このゲームでは『テラ・メリタ』と呼んでいた。ぼくはいま、その世界の『トラウム』と呼ばれる国の街を歩いていた。


 しかし、とくにこれといって目的はない。ギルドの建物にずっといるのも飽きてきたので、気分転換に外へ出ただけだ。

 そもそも、いまはゲームの目的が消失しているので、目的をもちたくてもそれは叶わない。

 ストーリーを進めるためのミッションはすべての機能を停止させ、ミッションに関わるNPCは全員無口になりただのオブジェと化している。また、ゲーム内通貨やアイテムを獲得するためのクエストも、ミッションと同じように機能を停止させていた。

 クエストやミッションの攻略に重きを置くこのゲームのプレイヤーにとって、この目的を失った現状は異常で、目に見える混乱が起きたり、クレームがゲーム運営会社に殺到したりしてもおかしくはなかった。

 ただ、運営会社と連絡が取れたのはもはや過去の話となってしまったので、目に見える混乱は鳴りをひそめていた。

 そのかわりに、活気にあふれていた街とは思えないほどの奇妙な静けさだけが街に鎮座していた。そして、その街の静けさを作り出しているのは、精気を失った目で空を仰ぎ見たり、地面を見つめたりしている、焦燥や不安をかかえたプレイヤーたち自身だった。

 ただ、このプレイヤーたちの焦燥や不安の原因は目的の消失だけではない。

クエストやミッションができなくなっただけなら、ただちにゲームをやめてしまえばよかった。しかし今の理解不能な現状は、それを許してはくれない。

 そしてぼく自身もまた、その現状のせいで少しは焦燥や不安にかられていた。

 

 このゲームはまず、ログアウトができなくなっている。


 いくらログアウトをしようとしても『エラー』という簡単な文字だけが返ってくる。それは誰が何度やっても同じことで、運営会社と連絡が取れない以上、原因はもちろんわからなかった。

 それだけでもぼくや、ぼくの所属するギルドの人たちは不安になったけれど、このゲームの問題はそれだけでは終わらない。

 その問題の正体は、街をこうして歩いているだけでも見ることができた。

たとえば気落ちして建物のかげにひっそりとうずくまる青年を見る。すると、その青年はひざから下がないことがわかる。

 しかしこのゲームは全年齢向けに作られていたので、戦いによって脚が欠損しているということはまずなかった。ただ、それでもひざから下が見えないことは確かだった。

 そんな青年が立ち上がって歩きだすと、その原因がはっきりと見てとれた。ひざが上がることですねの一部が地面から出て、ひざが下がることですねの一部がまた地面のなかへと引き込まれていく。

 つまり青年は地面より少し下に脚をつけていただけで、脚の一部を欠損しているわけではなかった。ただ単純に、青年は地面に埋まっていた。

 また、そういった現象はあたりを見渡すだけでもほかに見つけられた。

 たとえばプランターに上手く収まりきらず宙に浮かぶ植木鉢があり、先ほどの青年とは逆に宙に浮かぶようにして歩く少女の姿もあった。なかには顔のモデルが崩れたことで、奇妙な生き物のような形相になった人物もいた。

 さらに象徴的だったのは、この都市の中心となっている城が各階層それぞれ前後左右にずれ込んで、もとの形がわからなくなるぐらい非現実的な建物になっていることだった。

 物理法則を完全に無視したその城は、街中のどこにいても見えてしまうことで、この世界の異常さの象徴と化していた。


 つまりこのゲームは、ログアウトができない上に、様々なものがバグっていた。


 もともとこのゲームはバグのないゲームだったし、そもそもバグのあるゲーム自体がリリースされない時代にもなっていた。

 それにプレイヤーの誰もが「ゲームがバグる」という考えをもっていなかった。

 だからプレイヤーの眼にはこのバグが異常なほどショッキングな出来事とビジュアルとして映っていた。さらにログアウトができないことも加わって様々なプレイヤーは精力を根こそぎ削がれることになった。

 ぼくはそんな様子を、若干遠目に観察しながら歩き続けていた。


 気分転換のためだけにギルドの建物から出たのは確かだった。

ただ、この不安を見ることで、散歩に出た意味があったのだとぼくは実感をする。

 そしてぼくやギルドの人々に偶然ふりかかったバグ自体が、なんらかの役割や意味をもっているのだとますます予感させる。

 いちおう言ってしまうと、ぼく自身もこのバグ現象には見舞われている。

 ただそのバグはモデルが崩れてしまう不幸なものではなく、むしろぼくにとっては大きくプラスに働いている。不安や焦燥によって絶望にとらわれてないのは、このおかげかもしれなかった。

 しかしいまは、とりあえず街の様子を見るだけで、ギルドの建物へと戻ることしかできそうになかった。


 まだ、この世界に突然訪れた不安や焦燥にたいしてぼくは非力だ。

 だけどいつかはなんとかできるのではないか。

 そしてぼくが島田コウとして、学校生活をふたたび送る日が戻ってくるのではないか。

 ぼくにふりかかったバグは、そういった希望がある気がした。

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