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三十四
「――驚いたよ。あたしら庶民は【真名】が使われる場面なんて、王様の儀式くらいしか見る時なんて無かったからね。自分の【真名】を知っている奴の方が珍しいんだ。……その日からあの子は雨水のガキ大将さ。大人だって怖がって近付きやしない。本当は案外良い子なんだけどね」
コウは、当時を思い出して笑みを浮かべた。その表情は、只々優しい。
「あれから少し経った時に、今にも飢え死にしそうなあの子を拾って、飯を食わせたのが出会いだったんだがね、妙に小奇麗なガキでさ。良いお家の出だったのか、言葉遣いがどこか高貴だったし、作法もきっちりしていて学もあった。不思議なガキだったよ」
今は見る影もないけどね。そう言ってコウは苦笑した。
確かに、今はもう彼は雨水に馴染んでしまっていて、そんな姿なぞ想像がつかない。おそらく彼自身が必死に隠してきたのだろう。雨水で生きていくために。
「あの子はね、雨水の子供たちに字を教えては、真っ当な職に就かせようと駆け回っているのさ。字が読めるのと読めないのとでは、就ける職が天と地ほども違うからね。字さえ読めれば、大店に奉公に出してやることだってできる」
ハクビはただ、黙ってコウの話を聞いていた。




