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二
「よくも親分の金子盗んでくれたな。ただじゃおかねぇぞ?」
臭い息と共に吐き出された言葉。その臭いに僅かに顔を歪めつつ、影は周囲を監察した。前には屈強な身体を揺らして己に近づく男たちが、後ろには木でできた塀が、そびえ立っている。直に応援が駆けつけて、ますます敵が増えることだろう。
絶体絶命と思われる状況を見て、影は何故かにやりと笑った。その影の顔に気づき、男が怪訝な表情を浮かべる。
「てめぇ、何笑ってやがる?」
男の問いに、影は答えなかった。代わりに、影はある言葉を紡ぐ。
影は、呼んだ。呟くように、しかし楽しそうに。その、自身の【真名】を。
「さあ、駆け抜けろ。【 】」
そして――
――視界が、真っ赤に染まった。