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レナ・ナナセの素晴らしい日々に男は要らない  作者: 山梨明石
二人が出会うまでの六ヶ月
6/21

 今私は、アリアーヌの勧めに従い山鹿亭という宿屋に宿泊している。

 通りに面して、他の何かよくわからない店と紛れるようにして居を構える山鹿亭は直ぐに見つけられた。

 入り口の上部に突き出た、鹿の意匠の看板が目印だった。

 カウンターで出迎えてくれた老人への会話もおざなりに、私は背嚢から適当に引っつかんだ銀貨を突きつけた。

 この銀貨の出所は、私が前世で申請した補助の一つ"金銭補助"によるものだ。

 どんな異世界を第二の人生に選ぶとしても、お金はいくらあっても困らない。

 日本円に換算して約十万円程だが、第二の人生の門出を祝う支度金としては申し分ないだろう。


 老人は何枚か銀貨を受け取った後、私におつりと鍵を渡してくれた。

 鍵に示された番号は一零二、割り当てられた部屋は歩いてほんの直ぐのところにあった。


 扉を開けて、鍵を閉め、部屋の内装を確認する事もなく白シーツのベッドに倒れ込む。

 ベッドにバネでも仕込んであるのか、私の体は軽く跳ねた。

 押しつぶされた私の胸から伝わる、えもいわれぬような感触を感じながら、私はトーキィに告げた。


「助けてくれ……」

「はぁ……?」


 本日三度目のヘルプコールは、今までと打って変わって搾り出すような声量だった。





 数分後。


「―――どうすればより女の子らしくなれるか、ですか」


 トーキィの困惑じみた声に、私は無言で頷く。

 私は起き上がり、ベッドに腰掛ける形でトーキィに相談を持ちかけた。

 私はどうすれば、より女の子らしくなれるだろうか? という相談だ。


 アリアーヌに言われた、女の子らしくない、という私の評価。

 これは私にとって非常に不本意であり、また納得がいかない評価である。

 私としては、自らの状態は何処からどう見ても女性であろうことに疑いの余地はない。

 手鏡を取り出して我が顔を映してみれば、可憐たる美少女がにこりと微笑むのだ。

 ほらみろ、私は女の子だ、何がおかしい?


「アリアーヌさんも仰っておりましたが、レナ様の口調は女性らしさの欠如の問題の一つと言えます」

「ふむ」

「正直に申し上げまして、レナ様は性別上では完全に女性ですが、口調と立ち振る舞いからして、女性らしくない、と言わざるをえません」

「うぐっ!?」


 あんまりなトーキィの言い分が胸に刺さる。


「一つ例を挙げましょう、レナ様が敵性勢力から逃走された後に、噴水の縁に座って休息を行いましたね?

あの時、レナ様は股を大きく開いて座っておられました。

あれではいかな裾の長いワンピースとはいえ、前方から下着が丸見えです。

そのようなはしたない格好は、女性に相応しくありません。

加えて、どっかりと深く腰掛けてにやにやと笑うレナ様は、傍から見ればただの不審者。

外見が少女であるがゆえ言及は免れておりましたが、あれがうらぶれた中年男性であれば兵士達への通報は免れないでしょう。

相手がアリアーヌさんでよかったですね、レナ様」

「うぐぐぐぐがはあっ!?」


 あんまりにもあんまりすぎて、私は仰け反ってベッドに倒れた。


「しょ、しょんな……」


 口からエクトプラズムと化した私の精神が、空間に霧散していく。

 そんな私に追い討ちをかけるがごとく、淡々とした口調でトーキィが話を続ける。


「次に口調ですが、レナ様の口調はハッキリと申し上げて、少女として不適合です。

外見年齢と口調から伝わる雰囲気がちぐはぐで、それが余計に女性らしさの欠如に拍車をかけています。

レナ様の外見が歳相応の―――そうですね、二十台後半あるいは三十台前半の姿でしたら、その口調でも充分に女性らしいかもしれませんが」

「ひ、ひぎぃ! わるかった、私がわるかったからやめてくれぇ……!」

「レナ様、私はレナ様の思いに応えるために客観的事実を伝えただけですが……」

「よけいにひどいぞ!」


 私はもう泣きそうだ。

 と言うかもう涙がにじみ出ている。

 私は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。


「レナ様の前世は男だったのでしょう? 今生において女性となられたレナ様は、行動と外見が矛盾しているのです。

男性であれば問題のない当然の行動であっても、それが女性であればたとえ細かい違いであっても人は違和感を抱くものです。

少女らしくない大人びた言動、男っぽい荒々しい走り方、動き方。

アリアーヌさんが『おじさんっぽい』と苦言を呈すのも致し方ないかと」


 ……見た目も服装も完璧に女だと自負していた私は、根本的なところで間違いを犯していた。

 そう、見た目こそ女性であれ、内面、精神は男の物なのだ。

 前世で染み付いた男として過ごした五十五年の積み重なりは、一昼夜ではそう簡単に変えられない。

 性別が違えば、生き方も違う。

 とことん本当の女性を知らない私は、外面だけ取り繕った張りぼての女人形だったのだ。

 本物の女性が私を見て、初見で女の子らしくないと私の本質を見抜いてみせたのも納得がいく。


「ううう、じゃあ私はどうすれば良いって言うんだ?」

「永きに渡る生涯で培われた精神性は、最早鉄のように凝り固まってしまい変わる事はほぼ無いでしょう。

ですからまずは話し方と、女性に相応しい振る舞いを学ぶ所から始めてはいかがでしょうか?」

「話し方と、振舞い方……」

「ええ」


 私は顔を覆っていた手を放して、トーキィと向き合った。

 トーキィの言い分は一理ある。

 形から入る、という言葉がある。

 今の私は、女という皮を被った男かもしれないが、たとえ薄っぺらでも女性としての生き方をなぞらえてゆけば、

真の意味で女性になれる日が来るかもしれない。

 そう思うと、暗雲が立ち込めていた心境がいくらか晴れた。

 私は一つの決意を固め、トーキィに言った。


「……頼むトーキィ、私を―――女にしてくれ」


 人によっては誤解されかねない言い方であったが。


「かしこまりました、レナ様」


 トーキィはそれを茶化す事無く、真面目に受け取ってくれた。

 その時、部屋の扉を誰かが叩いた。


「すまんのう、お嬢さん、めしができとるんじゃが、たべるかのう?」

「―――ああ、ありがとう。頂きます」


 そういえば昨日から何も腹に入れていない。

 きゅるると可愛らしく鳴いた腹を撫でながら、私は扉を開けた。


 老人から受け取った夕食は、小麦のパンと質素な芋のスープだった。

 べちゃべちゃでどろどろの、味もろくに分からない老人用流動食と比べれば、かなりましな物だった。

 久々に、私は『噛む』という行為に満足した。





 人々が行き交う雑踏の中、私はカフェテラスで午後のティータイムとしゃれ込んでいた。

 それほど聞き心地の悪くない雑踏をBGMに、私は紅茶に口を付ける。

 僅かな音を立ててカップをソーサーに置き、私は相席している女性に声をかけ―――。


「こんにちはレナさん、今日もいい天気ですね」

「ここっこんにちちわっ! きょきょうもも、いいてんきだもフギッ」


 先んじて挨拶された動揺から、舌を噛んだ。

 いふぁい。


「……あらあら大変、お口を開けてください! 今すぐ治療をしてあげますからね」

「ひゃ、ひゃい」


 白い丸テーブルと、同じく白い椅子に私は腰掛けている。

 対面に座っている金髪の彼女―――アリアーヌが微笑んだ。

 鎧を着込んではおらず、金髪の映えるクリーム色のブラウスと青のジーンズという格好だ。

 私はアリアーヌに言われるがまま、大口を開ける。

 すると彼女は、その細い指先でもって私の顎を優しく支え、吸い込まれるような深青(しんしょう)の瞳で口内を覗き込んだ。


「出血していますわ、痛かったでしょう? 直ぐによくなりますわ」

「は……はへ……」

「彼の者の傷を癒したまえ。"ヒール"」


 アリアーヌの空いた手の指先に白い光が灯り、私の舌を撫ぜる。

 ぴり、とした一瞬の痛みが走り、私は顔をしかめた。

 アリアーヌの指先が舌の傷口から離れたときには、傷口は完全に塞ぎ治癒されていた。

 舌から離れたアリアーヌの指先から、私の唾液がつう、と糸を引いて橋を作る。


 私はそれを、茹で上がった蛸のように真っ赤な面持ちで、呆然と見つめた。


「……どうでしょうか?」

「ど、どどう、とは?」

「もう痛くはありませんか?」

「とと、とってもよかっ、です、はい」

「それはよかったです」


 片言の返事しか出来ない。

 私は先ほどから、もっと良い女性らしい会話(トーク)が出来やしないかと試行錯誤しているのだが、全くそれが形になっていない。

 これぐらいどうってことないだろう、普通の女性同士の会話だろうと己を叱責するのだが、するのだが!

 こんなの頭が沸騰しておかしくなってしまうよ!

 先ほどからずっと! ずっと! あの綺麗な顔で見つめられたら私は! どうにもならなくなってしまって!


「…………ふぐぅ」

「レナさん、どうかしましたか?」


 頭の中がオーバーヒートしている、もう無理だ。

 私はテーブルに突っ伏して、負けを宣言した。


「リセットを希望する」

「…………よろしいのですか?」


 アリアーヌが、私に確認した。


「……ああ」

「かしこまりました―――リセット」


 その瞬間、魔法が解けた。

 

 周囲に居た人々はまるで陽炎であったかのように掻き消えた。

 テーブルの上の紅茶も、アリアーヌ(・・・・・)も同じくして。

 私が突っ伏した白い丸テーブルも、部屋に備え付けの薄汚い木製テーブルへ。

 腰掛けていた白い椅子は、ただの木箱に戻った。

 

 トーキィが淡々と、あまり聞きたくない戦闘記録を読み上げる。


「これで百二十一敗の零勝ですね、レナ様」

「ぬあああああああああうわああああああああああ!!」


 私はベッドの中にもぐりこんで奇声を上げた。

 かれこれもう同じような事を百二十一回もくり返している。

 次こそは、と気合を入れて望んだものの、結果は私の惨敗に終わった。


「それにしてもこれほどとは。方針の変更を考えたほうがよろしいのでは?」

「いや、それはダメだ。私は一日も早く女性らしさを自らのものとしたい!」


 がばり、とシーツをはねのけて私はトーキィに反論する。


「では、もう一度"仮想結界"に挑まれますか?」


 "仮想結界"とは、トーキィが有する能力の一つだ。

 トーキィが設定した世界観、場所、時、状況を一時的に再現し、無理やり世界を捻じ曲げる能力。

 この能力が展開した領域は全てトーキィの管理下にあり、全てがトーキィの思うがままだ。

 今私が居るような、狭い一室程度の広さにしか展開が出来ないものの、その効力は絶大。

 私が飲んでいた紅茶の味や、目の前にいた対話モデルとしてのアリアーヌの見た目も完全に再現される。


 私はこの"仮想結界"の力を借りて、女性らしさを鍛える訓練を行っていた。

 訓練内容はずばり、なるべく女性らしく女性と会話すること。

 もっとも印象深く、女性らしいと私が感じたアリアーヌを訓練相手とし、

様々な場所で、女性同士ありふれた会話を行うであろう状況を再現。

 例えば自宅、車内、カフェ、職場だ。

 そこで私は、トーキィに指導を受けながらアリアーヌを相手に努めて女性らしい会話を試みていたのだが。

 さもありなん、試行回数百二十一にして、経過時間が三分を超過する事が一度も無かったのである。

 訓練を開始して、かれこれ四時間以上が経過しようとしていた。


「…………くっ」


 私は悔しくてシーツの端を握り締めた。

 仮想結界に挑む直前での脳内シミュレートは完璧だった。


『おはようございますアリアーヌさん、ご機嫌いかが?』

『ええ、おはようございますレナさん、今日はとてもよいお天気で、私の心も晴れやかですわ』

『それはよかったです! ところでアリアーヌさん、歴史博物館のチケットを持っているのですが、この後宜しければ一緒に参りませんか?』

『本当ですか? 是非ご一緒させてください!』

『はい、よろこんで!』


 もう何度もアリアーヌの顔を見たし、アリアーヌの何気ない動作にドキりとする回数も減っていた。

 今度こそ私は彼女を、歴史博物館観賞に誘う、というミッションを達成する筈だった。

 ……のだが。


「トーキィ、あれは反則じゃないのか? 今までだって私が緊張のあまり、舌を噛んだ事は何度もあったろう?

その時はトーキィが後で直してくれたのに、今回に限ってあのような……っ」


 私は先ほどのアリアーヌの行動を思い出し、赤面した。

 傷ついた舌先に、小さな痛みと共に触れたアリアーヌの指先と、味。

 顎に触れる手先で固定された私は、まるで石になってしまったかのように動けない。

 だというのに、舌先の神経だけが過敏に反応して、アリアーヌの感触を脳にダイレクトに伝える。

 ほんの少し、にゅるりと舌を撫でただけで私の脊髄から脳幹にかけて、背徳じみた快感が―――。


「うあああああああああああああにゃあああああああああああああああああ!!!!」


 何を、考えているんだ、私は!

 恥ずかしくてたまらなくなって、私は今ひとたびシーツの中へもぐりこむ。

 頭をぐりぐりとベッドに押し付けて、声にならない声を上げた。


「あれぐらいの事で動揺なさってどうするのですか、レナ様。

治癒魔法(ヒーリング)技術(スキル)を習得している方であれば、あのような事は日常茶飯事。

基本的に患部に触れて直接傷を癒す、という技術(スキル)の性質上、舌に触れる、という行動は適切なものです」

「きみは! きみはわかっていない! アリアーヌさんの姿であんな事をされたら誰だって私のようになる!

というかだな! きみはアリアーヌさんの姿を借りてここここんな事をして罪悪感のかけらも湧かないのか!?」

「いいえ、ちっとも」

「くぅぅっ! キャンセル! キャンセルだ! もう今日は終わりだ! これ以上やると私が恥ずかしすぎて溶けてしまいそうだ!」

「かしこまりました、レナ様」


 そして、トーキィはやや残念そうに"仮想結界"の展開を止めた。

 ―――トーキィは私をからかってやいないだろうか。

 私はシーツから顔を出し、トーキィを半眼で恨めしげに見つめる。

 表情がないゆえに判断はできないが、トーキィの態度は飄々(ひょうひょう)としたものだ。

 私のじっとりとした視線を意に介す事無く、ふらふらと部屋を飛び回っている。


「そう悲観する事はありませんよ、レナ様。

女性―――いえ、女の子、としての話口調はそれなりに板についてきましたし、

後は地道に訓練を積んで行けば、いつかは女性との会話に支障をきたす事も無くなるでしょう」

「……本当に?」

「本当です、私が保証致します」

「信じるぞ、トーキィ、きみを信じるからな」


 私はびしりとトーキィを指差し、寝る、とだけ言って横になった。


「お休みになるのですか?」

「ああ! もう寝る! …………明日は朝七時ぐらいに起こしてくれ、行きたい所がある」

「かしこまりました、それでは私はアラートモードにて待機致します、おやすみなさい、レナ様」


 眼前でトーキィが光の粒子を残して消えた。

 同時に、部屋を明るくしていた、トーキィが発生させた光源が消えうせ部屋が真っ暗になる。

 暗い部屋、私はシーツを被りなおしながら呟いた。


「"冒険者の雪崩"か。あれが第五都市名物だと言うアリアーヌさんの言葉を信じれば、きっとここには

冒険者達が寄る辺とする何かが、それこそ集会場や役場のようなものがあるんだろうな」


 今日は暴漢から逃げてあちこちを駆けずり回ったり、綺麗な女性と出会って気が動転したりで気が休まる暇がなかった。

 自由に生きる、女性と恋愛する、という二つの目標を私は立てている。

 だが、私は冒険者という単語に魅かれていた。

 かつて見た『異世界ウォッチ』。

 様々な世界で活躍する男たちの背景には、必ずと言っていい程冒険者の肩書きがあった。

 世界に点在する魔境や洞窟、遺跡を探検し、様々な魔物や罠といった脅威を退けながら、彼らは宝や世界の秘密を探り当て、富と名声を手にする。

 私も、そういった冒険をしてみたいなと、何度も考えていた。


 大抵、異世界での冒険者は単語としての冒険者というよりも、冒険者ギルド、という集団に属する者を指す意味合いが強い。

 恐らくこの世界も、冒険者ギルドに類する集団があるの違いないと私は踏んでいる。

 今いる第五都市に、文字通りあれだけ冒険者と呼ばれた存在がなだれ込んできたのだ、間違いないだろう。

 明日は彼らが目指していたであろう場所、冒険者ギルドを探すつもりだ。


「…………お休み」


 日中走り続けた時の疲れが私を心地よく包む。

 前世と違い、寝入りは早かった。



 

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