2-5
「来てもらって悪いんだけれど、席に座って待っててもらってもいいかな? すぐに済むから!」
「ええ、かまいませんよ」
ひとまずリリィに手近な席に腰掛けるよう勧め、私はギルドホールの掲示板の前へ足を進めた。
エクスバリア近辺で済ませられる手ごろな依頼が無いかどうか、ざっと掲示板を眺めていく。
「……まぁ予想はしてたけど、あんまりいいのはないなぁ」
掲示板に張り出されていた依頼の数は普段通り少ない。せいぜい五枚あるか無いかだ。
その内容も大体「庭の草抜き・二時間・銅貨五枚」だとか「雨漏りの修繕・銅貨九枚」だとかだ。
昨今の冒険者業界からすれば、こんなしみったれた依頼ですら掲示板に残ったままというのも珍しいレベルで仕事がない。
これが昨晩のうちであれば魔物駆除の依頼であるとか、商隊や馬車の護衛といったいかにも"らしい"依頼があったのだろうが……。
致し方ない。
「これにしておくかな」
私は張り出された依頼のうち一枚の用紙を引き剥がした。
書かれた内容は「モルム草の収集・最低五株から・成果報酬」。
モルム草とは最も一般的に知られる薬草の一種であり、主にすり潰して加工しペースト状になったものを傷口に塗ったりして使う。
保存も効き比較的楽に手に入るため、エクスバリアの各家庭には大抵モルム草の塗り薬が常備されている。
そんなモルム草の収集はギルドに入りたてのひよっこ冒険者ですら楽に達成出来る内容なので―――まぁハッキリといえば糊口を凌ぐ為にやるような地味な仕事というわけである。
けれども、私にとってはそれでよかった。
何せ私は難易度が高かったりやりがいのある仕事をしに今日ここに来たわけではないのだからな!
「お待たせ! それじゃあ、行こうか?」
「わかりました」
待たせていたリリィに声をかけ、共にギルドの外へ出て歩を進める。
後ろから「頑張れよ!」とギルバートの声が聞こえて来たので、私は手を振って答えた。
一方的に私が気まずい感じを覚えていたのだが、あれはあれでギルバートなりの気遣いだったのかもしれない。
今度礼を言っておこうかと思った辺りで、リリィが問いかけてきた。
「それでレナさん、私達はこれから何処へ行くんでしょうか?」
「えっとね……ひとまず第三都市からエクスバリアの東に出て森へ向かって、そこでモルム草集めかな」
「あ、あぁ~……。モルム草ですか……」
モルム草と聞いてリリィが微妙そうな表情を浮かべた。
その気持ちは私にも良く分かる。
モルム草の収集なんて、魔物と出会う危険性があるから冒険者に仕事が斡旋されているに過ぎない。
もし魔物という害獣の存在が無ければ、リリィ一人はおろか子供一人でも十分済ませられる。
わざわざ密着取材と銘打っておきながら、その実中身はちょっぴり危ないピクニックのようなものでしかない。そんな程度の低い仕事をこれからやりに行くのだから。
「……ごめんねリリィさん、せっかくの直接取材なのに。幻滅した?」
新聞記者としてはもう少し踏み入った内容を取材したいかもしれないが、こればかりはどうにもならない。
少し申し訳ないなと思いながら苦笑すると、リリィは首を振って答えた。
「い、いいえ! そんな事はありません!」
「そう? ……最近はちょっとマシになってきてるけど、冒険者の仕事って大半がこんな物ばかりだからさ。今日の所は地味な依頼で満足してもらうしかないかも」
「薬草の収集も立派な仕事ですよレナさん! ちっとも地味じゃないと思います!」
「えあ、そ、そう?」
「そうですよ! どんなに小さな事でもきちんと依頼を遂行する。それは大事な事ですから!」
何が琴線に触れたのかは分からないが、リリィが力説しだす。
その姿がなんだか可愛らしくて、私は自然と笑みが零れた。
「ふふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「はいっ!」
花が咲くようなリリィの笑みを見ていると心が癒されていくようだ。
リリィはリリィなりに、冒険者の悲惨な現状を憂いて私を元気付けてくれたのだろう。
その想いに答える為にも、モルム草の収集ではなるべくいい所を見せられるようにしなければな。
まぁ見せるところがあればの話なのだが……。
・
第三都市から出る前に商店街で簡単な朝食を済ませ、ついでに昼食用に使う食パンも購入しておく。
保存している食料を使って簡単なサンドイッチを作るためだ。
「お待たせ。行こうか?」
「はい」
パン屋を後にした私達は人の波の間を縫うように進みながら、第三都市の門までたどり着く。
商人が乗った馬車や冒険者の往来が凄まじい為衛兵のチェックもややおざなりである。
一見して心底うんざりしていそうな衛兵に良く見えるように冒険者証を掲げ、隣のリリィも懐から取り出した銀色のプレート―――第一都市の住民である事を示す市民証だ―――を掲げた。
「……二人ともいいぞ、通って良し」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
次々と門から人々が吐き出されていく中、門の跳ね橋を渡りきった辺りで一度脇にそれる。
商品を運ぶ馬車の数が多いので邪魔にならないようにするためだ。
それから街道の端っこをリリィと共に歩みだす。
目的のモルム草がある東の森はさほど遠くない。
歩いて一時間もすればたどり着く程度の距離だ。
「リリィさんは街から出た経験は?」
「う~ん。あまり無いですかね……。普段は新聞社で書類とにらめっこしているか、街で取材をしているかのどちらかですから」
「そうなんだ。じゃあ魔物を見た事も?」
「いえ、そちらは取材の関係上何度か目にした事があります。……大抵は死体でしたが」
「あ~……そっか、うん」
ドルロムの街でもそうだったが、やはりというか一般人にとって魔物という生物は珍しい存在らしい。
私のような冒険者は魔物と切った張ったの命のやり取りをする事が多いので見慣れたものだが、普通に街で暮らす一般人は魔物と接する機会は殆どないようだ。
新聞記者という特殊な業務に就くリリィですら、目にした魔物は大抵死体だと言うのだから相当だろう。
まぁそれだけ街の安全が確保されているという証拠でもあるのだが。
「では魔物が出た時は、この不肖レナ・ナナセが命に代えてもリリィお嬢様を守ってみせましょう」
格好つけながら冗談めかしてそう言うと、
「期待してます。レナさん」
リリィははにかみながらそう答えた。
―――秋ごろとは言え天気も良く散策にはもってこいの一日だ。
同じように歩いている人も居たのだが、街道を進んでいると各々の目的が異なる為分かれ道等で馬車や人の数も減っていく。
そうして私たち以外の人影が見当たらなくなった頃、目的地の東の森へたどり着いた。
私は背嚢を下ろし中からアイアンショートソードを取り出すと腰のベルトに結わえ、続けてモルム草採取用の布袋を取り出して同じように結わえた。
準備をする傍らリリィを盗み見る。
「…………ふむふむ」
なるほど確かに密着取材というだけある。
リリィは私の準備に勤しむ姿を前に手元のメモ用紙に何事かを熱心に書き込んでいた。
たとえ大したネタがあがらなそうな退屈な取材であろうとも真剣に取り組む。その姿勢は新聞記者の鑑だ。
そんなリリィの姿から、彼女の真面目そうな一面が伝わってきた。
「よし、オーケー」
準備を終えた私は意識を切り替えた。
難易度の低い依頼とは言え魔物と遭遇する可能性がゼロというわけではない。
いつぞやのように無様な真似を晒してしまわない為にも最低限の警戒というものは必要だ。
私は意識を集中させた。
「…………"気配感知"」
半年間冒険者として己を鍛え上げてきた中で習得した技術を使う。
私の足元から青白い波紋がソナー信号のように森の中に広がっていく。
波紋が小動物らしき生物に当たった反応がいくつか返ってきたが、他に特筆すべき生物の反応は感じられなかった。
"気配感知"。
この技術は自らの周囲に存在する生物の気配をある程度把握できる効果がある。
その生物がどんな生物なのか、また具体的な位置はおおよそにしか分からないというかなりあやふやな情報量しか得られないが、それでも事前に相手の存在を感知できる為非常に便利だ。
「まあとりあえずは大丈夫そうかな」
探知できた範囲はあまり広くはないが、それでも森に入った途端襲撃されるといった心配はこれで無くなった。
集中を解いた私は軽く息をつき―――どん、という衝撃を身体に受けて思わずよろめいた。
「わっ!?」
「レ、レレレレナさん今のは!?」
「リリィさん!? ど、どうしたの!?」
私を襲った衝撃の正体はレナだった。彼女が私に抱きつかんばかりに詰め寄り驚愕の表情で私を見つめてって顔が近い近い近いキスしてしまうぞ待ってくれないか!
「おち、落ち付いて。どーどー」
「あっ! ご、ごめんなさいレナさん……ですが今のは、もしかして技術を使ったんですか!?」
そうだけど。
そうだけど近いんだリリィさん。
思わぬハプニングで私の心拍数がどえらい事になってるので出来ればもう少し控えて頂きたいのですが。
ああもう。リリィのこの香りが! 私をおかしくするんだ!
「え? あー、うん。そうだけど……それが何か?」
表情筋を全力で動かして崩れそうになる表情を抑えながら答える。
するとリリィは「ほ、他にも使える技術があるんでしょうか!?」と言いながら更に詰め寄ってきた。
対して私は押しに押してくるリリィから後ずさりしながら、習得した技術は何があったかを思い出す。
「えっと……? 今の"気配感知"と、"短剣使いLV2"、"長距離走者LV1"、"見習い魔術師"、"回避術LV2"に……」
習得している技術を指折り数えていくのだが、それは他ならぬリリィによって止められた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って下さい!」
「あっはい」
信じられない事を聞いたとでも言いたげなリリィが私の目を見つめて言う。
「―――レナさんの御歳は?」
「今年で十六歳だよ?」
「なっ……」
前世での年齢も加算すれば七十一歳だが、それは言った所で信じてもらえないし言う必要もないので言わない。
「私よりとしし―――ううん。じゃ、じゃあ今さっきおっしゃった技術は嘘でも何でもなく、本当の本当に習得した技術なんですか……?」
「うん、そうだよ?」
「嘘……そんな……その若さでそんなにも多くの技術を習得したなんて……」
リリィの目が驚愕に見開かれる。―――この反応も懐かしいな。昔はギルドの朝組み連中ですらも同じような反応をしていたものなのだが。
「ふふん、どう? 驚いた?」
「は、はい……本当に、驚きました……」
トーキィによれば技術とは技術に応じた能力を有した上で、技術習得の訓練やその為に必要な知識を得なければならないとの事だった。
それは言うなれば「実益を兼ねた、その道を歩む者の証」だ。
習得するだけで効果がある常時発動型と、使わないと意味が無い任意発動型とがあるのだが今回は前者で話を進める。
簡単に説明すると、例えば私のようにアイアンショートソード―――つまり短剣を扱い続けていればその手さばきはより洗練され鮮やかに舞うようになる。
その熟練度が一定値を超えると、短剣使いとして一段階上の存在に成る―――つまり常時発動型技術としての"短剣使い"を習得するに至るわけだ。
レベルの表記がある技術は特に分かりやすい。
LV1なら一人前の腕が見込め、LV2あればその分野の師となれる。
LV5ともなれば……それは最早神にも等しい腕前、らしい。
つまりは、私はそういう技術に「見合った」実力の持ち主なのである。
―――まあこれら数々の習得した技術も前世で提出した支援要項の内一つ、技術習熟速度の促進が露骨に影響した結果なのだが。
実際問題、たかが十六歳の少女が何年も鍛錬を積まなければ出来ないような短剣捌きや回避運動が出来る筈がない。
普通の人間なら階段を一段一段着実に登るように地道な努力を重ねて、やっとそういう領域の技術を得るというのに、そんな人達を尻目に階段を二十段飛ばしぐらいで駆け上っているのが他ならぬ私だ。
その事を酷いずるだと思いはするが卑怯などと思う事は微塵もない。
―――何故なら私はそれを得る為に見合った代価(人生)を既に十分すぎるほど日本国に支払っているのだから。
「レナさんって、凄いんですね……」
「えへへ」
月並みな賞賛だがそれを言ったのがリリィとなると嬉しさも格別だ。
好みの女性に褒められる。
それだけで舞い上がってしまいそうなほど嬉しくなってしまう。
こんなにも心が浮つくのはやはり―――。
彼女に特別な意識を抱きつつある証拠なのかもしれない。




