10
王都エクスバリアは十二の都市に分かれている。
全体像としてはΩ(オメガ)の字を反転させた形をしており、丸い領域の中心にあるロータリー状の巨大連絡通路を境に十二等分され、それぞれ第一、第二と番号が割り振られている。
番号の割り振り順は時計の数字の並びと一緒だ。
北上に位置する、横に伸びる巨大な王城を構える第十二都市は、一般市民の侵入は基本的に認められない。
十二等分された地区の特色は、大雑把に二つにわけられる。
治安が良いか、良くないか、だ。
北半分に上流階級向け高級居住区、軍事地区、商業地区が集結しており、治安が良い。
南半分は主に一般市民の居住区や大衆酒場、大衆娯楽、外国人居住地区が集結しており、あまり治安が良くない。
私はその治安が良い方にある、大抵の物が買い揃えられる第三都市商店街地区を目指して進んでいる。
商店は王都にいくつもあるが、幅広く物をそろえるなら第三都市商店街地区がベストだ。
冒険者ギルドを離れ、王都の中心部を目指し北上する。
朝にあれほどいた有象無象の冒険者達は、その姿を殆ど消していた。
どの地区から外に出たかは知らないが、思い思いに自らの依頼を達成するため、あるいは薬草の収集なりなんなりに王都から出かけていったのだろう。
彼ら王都をメインに活動する冒険者は、基本的に朝起きたら目的の場所が近い地区から外出し、日帰りできるのなら閉門前の時間に第五都市へ入城する。
その理由は、冒険者ギルドが第五都市の門からかなり近いことと、彼らが冒険者ギルドに訪れる時間帯が、決まって夕方だからだ。
冒険者ギルドは、夕方から夜がもっとも忙しい時刻となる。
一時、依頼の帰りが遅くなった時に私はそれを知った。
夜に勤務しているギルド受付嬢や職員が、血走った眼で叫び、走り、狂気じみた勢いで書類に判子を叩く姿を見たとき、私は来た場所を間違えたかと思ったぐらいだ。
王城の周囲で収集した薬草、素材の鑑定、依頼完了証明書の発行、掲示板に張り出された依頼を我先に受領しようと迫り来る冒険者の列整理を、悪鬼羅刹の如くこなしていく。
その光景は何度か目にしたが、あれはまさしく修羅場だ。
何故冒険者が決まって夜にギルドを訪れるかといえば、利便性の問題と、ギルドに張り出される依頼の少なさが原因だ。
ウルフェンが言ったとおり、今の世は冒険者が生き辛い時代だ。
日々掲示板に張り出される依頼は多岐に渡るものの、それは冒険者と言うより何でも屋の仕事に近い。
魔物の駆除や薬草の収集に始まり、稲作の手伝い、迷子探し、日雇いの大工、子守などなど。
あまりに地味で、報酬の額も少ないそれらの依頼の数は、当然の如く王都で活動する冒険者の総数には程遠い。
ゆえに彼らは、食い扶持を稼ぐ為に依頼の完了報告と、新規受領を同時に済ませる。
そうでもしないと、残り少ない新規の依頼は他の誰かに取られてしまうからだ。
新規依頼の更新時刻も、彼らに合わせて夕方と決まっているので、大多数の冒険者はそうやってギルドで必要な事を夜に全て済ませている。
私は勝手に彼らのことを、夜組みと内心で呼んでいる。
「―――にしても、それで朝誰も来ない事をいい事に、ああやってギルドを我が物顔で占領して……」
彼ら夜組みの冒険者達に思いを馳せる度、朝組み連中の顔が眼に浮かぶ。
朝組みとは無論のこと、あの自堕落な生活にうつつをぬかす不良連中のことである。
思うに上に立つ特級冒険者があの有様では、下に付く冒険者達の立つ瀬がない!
ただでさえ冒険者の立場は悪いのに、彼らがああではギルドに届けられる依頼も減る一方ではないのだろうか。
また今度、ちゃんと働きなさいと説得する必要がある。
何より彼らがギルドにいると、彼らを怖がってしまって女性冒険者がギルドへ寄り付かないのだ!
夜は何処かへと姿を消すものの、彼ら朝組みの存在を知る冒険者は男も女も、彼らが夜もいるのではと恐れて用事を済ませるとそそくさと冒険者ギルドから出て行ってしまう。
これはとても、由々しき問題だ。
早急に問題を解決しなければ、私と女性冒険者との出会いが減ってしまう!
「どう説得すれば仕事してくれるようになるのかなぁ……」
思い悩むものの、これといった名案は浮かばない。
ああでもないこうでもないと悩みながらも、私の足は慣れ親しんだ第五都市を抜けて、ロータリー状の巨大連絡通路へ向かう。
流石にここまで来ると飲食店や喫茶店といったありふれた店でも、外観がおしゃれでハイソな物に変化していく。
北側と南側の境目になるこの巨大連絡通路には、北側に住まいを持つ上流階級の人間も訪れるからだ。
見た目や内装がそれなりでないと、彼らの御目に適わないので店側も必死になる。
先日、喫茶店デートの為に利用させてもらった喫茶店もここの辺りにある。
創意工夫を凝らしてなんとか客足を引こうとする店側の努力は凄まじい。
看板スタンドに全品二割値引きや新製品入荷の旨をつらつらと書き連ねてあったり、
ど派手な衣装の客寄せ人を雇って、鳴り物つきでさあさあよってらっしゃいみてらっしゃいとわあわあ騒ぎ散らしていたり。
巨大連絡通路を利用する人が多いから仕方ないのだろうが、私としては少々喧しい。
この喧騒が嫌い、というわけではないのだけれど。
「まったく、あの人達の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだよ」
商魂逞しい彼らを一ミリでもいいから見習ってはくれないものだろうか。
「―――ん?」
それにほら、よくよく見れば彼ら商店側のたゆまぬ努力が報われたのか、甘味屋のポップを食い入るように見つめた女の子がいるじゃないか。
あ。ちょっとまった、ストップ。彼女は。
「わお」
とっても可愛いくて、私の好みじゃないか!
「…………クラッシュナッツクリームサンドアップルパイ…………」
彼女は胸の前で手を組みながら、店先で恍惚としながら甘味屋のメニューを呟くように読み上げていた。
目の前のスタンド広告に目がいってしまい、彼女は辺りを気にする事が出来ないでいるようだ。
せっかくのチャンスなので、たっぷりねっとり上から下までじっくりと観察させてもらう。
まず頭部からだが、高級感のある品のよさそうなキャスケット帽を被っていて、その下には青空を思わせる薄青の髪が腰元まで伸びている。
顔立ちは整っていて、肌にハリがある。日常生活にさほどストレスを感じていない証拠だ。
この世界にしては珍しく黒目の瞳は、現在きらきらと輝いて眼前の広告に夢中。
やや開いた口が少々間抜けだが、それが逆に彼女の可愛らしさを増大させている。
羽織った外套は赤青のチェック柄で、これもまた作りが良さそうだ。
茶色の上着、スカートは地味ながらも共通されたデザインのようで、端的に見て何処かの職員のような格好だ。
ギルドの受付嬢、あるいは役場に勤めている職員が身に纏っているような制服のデザインといくつか共通項が見られる。
恐らく、彼女は宮仕えかそれに順ずる会社にでも勤めているのだろう。
スカートの裾ははしたなくない程度に短い、これは私的に高ポイントだ。
時たまいるのだが、自らの美貌を信じてやまないうら若き乙女がスカートの裾をギリギリまで短くし、
男受けをよくして街中を行く姿を目撃する。
別にそれが悪いというわけではない、わけではないのだが、私が思うにそれはけしからんのだ。
ちょっと風が吹いたりでもすれば、その、簡単に中が見えてしまうだろう?
それも悪くはないが、どちらかといえば私は慎み深い所をしる奥ゆかしい女性が好みだ。
一応弁解として、大っぴらに女性の魅力をアピールするエメラルダさんのような女性がダメ、と言っているわけではない。
ああいうのもいいけれど、私としてはこっちのほうがグッとくるかな、という事だ。
足元は…………素晴らしい、黒ニーハイソックスだ。
最近の王都の流行にならっているのだろう、すらりとした脚線美の果てに、ほんの少し顔を覗かせる肌色が映える。
足元もやはり流行の動きやすそうなショートブーツ。
側面に『エルメス革靴店』のマークが刻まれている。
『エルメス革靴店』といえば購入する靴全てに、移動速度が上昇したり、足の負担が軽減される風の祝福を施す事で有名なブランド店だ。
その靴を一足分購入するだけで、一般市民の生活費半年分が軽く吹き飛ぶ。
それをこともなげに履きこなす彼女は相当に裕福なのだろう。
彼女の体は全体的に起伏に乏しい。
胸も小さく控えめで、私の手のひらでもすっぽりと包んでしまえそうだ。
小さめのお尻もきゅっと引き締まっているようで、彼女の雰囲気は少女の領域から脱していない。
だが、言うなればそれが彼女の魅力でもある。
開花を目前に控えた、今にも花開こうとしている美しい花の蕾。
―――うん、紛れもない美少女だ。
私が最終的に彼女に下した評価はそうなった、シンプルではあるが彼女の美しさを称えてのものだ。
「…………スウィートベリーミックスチーズケーキ…………」
彼女は未だに呪文めいた口調で店のメニューを読み上げている。
何がそんなに嬉しいのか、喜色を湛えた表情のまままるで微動だにしない。
ちょっと、いやかなり変人に見えるが、美少女が美少女である事に罪は無し。
眼福眼福。名も知らぬ美少女よ、堪能させて頂きました。
ギルドの依頼が無ければすぐにでも声をかけたい所だが、この度は失礼させていただきます。
「……ごちそうさまでした、とっても可愛かったです」
遠くから両手を合わせ、拝む。
もし次に合う事があれば、その時は是非私と仲良くなって下さい。
可愛らしい女の子と出会えるかも、という予感が現実のものとなり嬉しくなった私は、軽い足取りのまま第三都市商店街地区へと進んでいった。
「最高……」
背後で、来客を告げる何処かの店の鈴がちりんと鳴った。
・
「というわけでガムおじいちゃん、多分二日ぐらいの間留守にするからお願いね!」
必要な物資を買い揃えた私は、一度山鹿亭に戻ってガムラン氏に留守を頼んだ。
重要な物は大抵背嚢の中にあるので、祝福された服やある程度の金銭ぐらいしかないものの、他人に勝手に入ってもらっては困るのだ。
うら若き乙女の部屋であることだし。
「レナちゃんの事だから大丈夫だとは思うけど、気をつけていっといでなー」
「うん! 行って来ます!」
再びのガムラン氏の見送りと共に、第六都市外国人居住地区へ向かう。
向かう目的は一つ、乗合馬車だ。
ダンから受け取った目撃情報によれば、王都エクスバリアを馬車で南下して半日程の距離にあるテント伯爵が治める領地で度々目撃されるとのこと。
切符の料金がべらぼうに高い列車に乗る程でもないので、私は乗合馬車を選んだというわけだ。
巨大連絡通路にはいかず、第五都市から第六都市へ進み、そのまま門まで下る。
外国から王都を訪れた旅人向けに開放されているせいか、ここは南側でも一番治安が悪い。
後ろめたい理由を隠し訪れた者も少なくはない。
なので、私はそそくさと第六都市を抜けてしまう。
素早く街を抜けると、門の脇に幾つかの荷台と馬の厩舎が並んでいるのが見える。
乗合馬車の停留所だ。
どうやら私は一足遅かったようで、今まさに一台の馬車が門を抜けていく所だった。
しまったな、もう少し早く来ればあれに乗れたかもしれなかったのに。
出発してしまったのは仕方がないので、停留所で所在なさげに立つ受付の男に、笑みと共に質問する。
「すいません、次の馬車は何時出ますか?」
「ん? …………たしか一時間後って言ってたな、結構待つぞ」
「そうですか、ありがとうございます。これ、料金です」
「毎度」
受付の男に銀貨を突き出し、代わりに切符を受け取る。
何時もの事だが男の視線は最初の数秒間、私の胸に釘付けだった。
あまりに露骨すぎて天晴れと言いたいぐらいの釘付けっぷりだ。
ことさら口をすっぱくして言うつもりはない、私も同じ穴の狢だからだ。
その気持ち、痛いほどよくわかるぞ……受付の何某君よ。
「…………ひま」
それにしても、一時間は長いな。
私は乗り合い待ちのベンチに腰掛けながら、可愛い女の子でも通りがからないかなと思いながら馬車を待った。
待ったが、可愛い子は通りがからなかった。
変わりにむさ苦しいドワーフが二人、乗り合いの為に訪れた。
ままならないな、退屈な乗り合い馬車になりそうだ。
「…………はぁ」
溜息と共に狭い乗り合い馬車に乗り込み、すわり心地の劣悪な席に腰掛ける。
これからしばらくは揺れと尻の痛みとの戦いになる。
私は一度腰を浮かせて、背嚢から粗末な布を取り出して、尻の下に敷いた。
対して効果があるわけでもないが、ないよりはマシだ。
「ハイヤッ!」
御者の掛け声と共に、乗り合い馬車が出発した。
ドワーフの酒臭い臭いが、鼻につく。
いい事あったばかりなのになぁ。
ついさっきまでは気分がよかったのだが、今の私の気分は絶賛下落中なのだった。




