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レナ・ナナセの素晴らしい日々に男は要らない  作者: 山梨明石
二人が出会うまでの六ヶ月
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リリィ・エルノアの手記

 レナ・ナナセは一言で説明しづらい人物だ。と男達は口々に語る。


 まず、美人である事は間違いない。

 あまり背が高いわけではないが、体がふくよかな、それでいてくびれる所はしっかりとくびれている恵体を持つ。

 顔立ちのいい彼女の微笑みはまるで周囲を照らす太陽のようであったし、悲しむ顔は男性諸氏の庇護欲を大いにそそるものだった。

 とりわけ胸の大きさがすごく、彼女が冒険者として新参者だった時分、男達は勤めて彼女の胸に視線を飛ばさないように苦労したという。


 どこかおっとりとした印象を与える見た目だが、その実、性格は豪快かつさっぱりとしたもので、基本的に物怖じする事がない。

 冒険者ギルドは、一癖も二癖もある血気盛んな男たちのたまり場だ。

 禿頭、顔面の深い切創は当たり前。

 まだら模様の刺青を入れた呪術師や、片腕が魔道機械と化した剣士、上半身が獣毛に覆われたワーウルフといった荒くれ者がひしめくこの場所においても、彼女の性質は変わらない。

 彼女は友人や家族と接するように、男たちと交流する。


「やつぁ、このむさ苦しい場所で唯一つ、美しく咲き誇る向日葵のようだな」


 黒フードをすっぽりと被った筋骨逞しい魔術師がぽつりと漏らしたそれに、周囲の男たちが一も二も無く同意してみせる。

 彼らの反応を見るに、彼女はこの場所である種の不可侵領域(アンタッチャブル)に属しているようだ。

 優しげに花を愛でるかのような男たちの表情が、それを物語る。


 彼女、レナ・ナナセについての話が彼女が始めて冒険者ギルドへ訪れた場面へと転換した。


 基本的に冒険者ギルドに属する者に碌な者はいない。

 前科者、現在進行形で罪を犯していてもそれを隠すもの、とにかく血が見たくて冒険者をやっている不届き者、金の為ならば何でもやる者、上げればキリがないだろう。

 冒険者ギルドとはそのような魑魅魍魎共が集う魔境なのだ。

 一応冒険者の身分は認められているが、仮に働くにしても金が欲しければ商店で働けばいいし、食う分だけを稼ぎたいなら農園で作物を育てればいい。


 だが、レナ・ナナセは違った。彼女は進んでこの業界に足を踏み入れたのである。


「最初はなんの間違いかと思ったがな、やっこさん本気だって言うから皆して止めとけ止めとけつったんだよ」


 冒険者ギルド王都エクスバリア支部マスターのダン・ロベルトはそう語る。


 世間から荒くれ者共とつまはじきにされる冒険者だが、常識がないわけではない。

 我らは『こういう人達』なのだという自覚をきちんと持っているし、堅気の人には手を出してはならぬという冒険者としての矜持も持ち合わせていた。

 だから暴力沙汰は日常茶飯事であるこの世界に、いたいけな女子供を悪戯に引き込むわけにはいかないとレナ・ナナセに対し男達は懇切丁寧に優しく教え、諭した。

 結果は、逆効果だった。


 "冒険者なんて滅茶苦茶カッコよさそうじゃない! 皆が止めろって言っても私は冒険者になるからね!"


 そういい残し飛び出していった彼女が二、三時間も経たぬうちにひよっこ冒険者の証たるゴブリンの耳を五つも持ち帰ってきたのだから、男たちの驚愕っぷりは顎が地に着く程であったという。


「今となっちゃあアイツが居てくれるおかげで、このギルドもどこか明るくなった気がするぜ。

揃いも揃って辛気臭え男共に囲まれたまま、俺は息が詰まって死ぬんじゃねえかとヒヤヒヤしてたぐれえだからな!」


 がはは、と笑い飛ばすダン・ロベルトを周りの男達が睨みつける。

 が、それもダン・ロベルトの鋭い射抜くような眼光の前にあっという間に萎縮してしまう。

 流石は猛獣との異名を持つ男、迫力が半端ではない。

 一つ睨みをきかせるだけで周りを押し黙らせる、猛獣の名に相応しい男だ。


 一瞬にして相手の気勢を挫くダン・ロベルトの威圧を前に、私はぶるりと震えながら皆に先を促した。


 なんとか気勢を取り戻した皆は口々に語ってくれたが、得られたレナ・ナナセの情報は今までとさして大差のない物だった。

 いかに彼女が美しいか、気立てがいいか、強いか、才能があるか、尻を撫でるのはいいが揉むのは駄目だとか、彼女が無意識に胸を当ててくる場合はいいがこちらから触ると半殺しにされるだとか、そのようなものだ。

 つらつらと男たちの証言を書き留めて行く最中、私は今に至るまでの事情を思い返していた。



 レナ・ナナセについての情報を集めよ、と姫様から通達があったのは昨日の事。


 表面上では王都エクスバリアの第一都市に居を構える新聞社の一記者にすぎない私だが、裏では内密に街中の不穏分子反乱分子の内情を探るようにと姫様から密命を帯びている諜報員だ。

 私と似たような境遇を持つ連中は何人もいて、というかぶっちゃけて言えば新聞社自体が王族の息が掛かった諜報機関なのだが、何故私に

レナ・ナナセを調べよと白羽の矢が立った理由は、私が冒険者ギルドと友好関係にあるからだった。


 "類稀なる神の寵愛をレナ・ナナセから検知、保持者(ユーザー)の可能性高、至急調査されたし"


 速達の伝書鳩が運んできた小さな書簡には暗号文でそう書かれていた。

 神の寵愛を授かった人物とは、即ち人あらざる力を有する保持者(ユーザー)に他ならない。

 長い歴史の中で、保持者(ユーザー)は類稀なる功績を残してきた。

 ある者は知識で、ある者は武力で、ある者は愛で。

 彼ら、あるいは彼女らはその力でもってこの世界を変貌させてきた。

 前時代、およそ二百年前の保持者(ユーザー)リョウ・サカザキが開発した蒸気機関は今や大陸間移動に欠かせない重要な移動手段になっている。


 とうとう今代の保持者(ユーザー)が現れたのかと、私はにわかに興奮にした。

 保持者(ユーザー)の出現は時代の転換期でもある。

 今の世代から、次の新たなる世代へ。

 それが良い物であれ悪い物であれ、保持者(ユーザー)という時代を大きくうねらせる渦の只中に私が存在できるかもしれないのだ。

 嫌がおうにも興奮せざるをえない。


 姫様への返答を書き、それを伝書鳩に託した私は外套を引っつかみ乱暴に羽織って、壁掛けからキャスケット帽をひったくる。

 諜報戦略の一部とはいえ、今まで記者として冒険者ギルドの地位向上の為、彼らを褒め称えるような記事を沢山書いてきたかいがあったというものだ。

 レナ・ナナセの所在も当然知っている、彼女は冒険者ギルド所属だから。

 彼女については名前と、冒険者の間で有名な女冒険者である事以外詳しく知らないがそれは些細な問題ではないだろう、追々知っていけばいいのだし。

 最近話題の女性冒険者について記事を書きたい、と言えば彼らの事だ、快諾こそすれ拒否はしないだろう。

 これから当分の間取材と称して彼女と積極的に接触せねばならない。

 私は上司に事の顛末を伝えたのち、新聞社を後にしたのだった。





 粗方語ることも無くなったのか、席を囲んでいた男たちが静かになる。

 まあこんなものか、と私は内心で嘆息した。

 彼女を知る者百人に聞けばそのうち九十九人が応えそうな内容ばかりが手元のメモ用紙に書いてある。

 私が欲しいのは残り一人が知っている、それこそ親友や家族にしか話せないような彼女の秘密だ。

 だが、それがここで得られるとは勿論思っていない。

 得る為には、その残り一人と接触を図るか、あるいは―――。


 その時、両開きのドア、つまりは私の背後にある冒険者ギルド入り口のドアが軽快に開け放たれた音が皆の注意を引いた。

 皆の視線の先にいる人物は、私の予想が当たっているのならば恐らく彼女だろう。


「あれ? 皆集まって何してんの?」


 背後から聞こえたのは気の良さそうな若い女性の声だ。


「おう、レナ。お前さんにお客さんだ。こっちに来て座れ」


 ダン・ロベルトがよく言えばほがらかな、悪く言えばだらしなさそうな笑みを浮かべて言った。


「ん。デスグリズリーの肝取ってきたけど、それを預けてからでもいい? 血なまぐさくて仕方なくてさあ」


「おお、そうか! だったら先にそうしたほうがいいな、アンタも血の臭いのする中でインタビューなんかしたくねえだろ?」


「ええ、そうですね」


 デスグリズリーと言えば、王都周辺の領地を治める領主にとって悩みのタネとなっている猛獣だ。

 人を襲い田畑を荒らすデスグリズリーを討伐するには、冒険者であれば中級ランクが最低三人は必要だが、同行者の存在が感じられない以上恐らく彼女はそれを一人でやってのけたのだ。

 冒険者としてのキャリアはまだ半年程度だと聞く。

 私は半年程度でそこまでの実力を得た彼女に内心驚愕すると共に、心が騒ぎ立つのを感じた。


 彼女は本物だ。

 これは私の直感に過ぎないが、他の諜報員が私と同じ立場に立てば皆同じ意見を述べただろう。


「うひ~疲れた疲れたっと」


 デスグリズリーの肝をギルドのカウンターにどさりと乗せた彼女が、舞うようにくるりと反転しこちらに近づいてきた。


 私は気を引き締めた。

 新聞記者として、諜報員として、私はこれから彼女と密に接していかなければならない。

 彼女の秘密を探る為、私は彼女の親友になる。

 必要とあらば、それ以上に。

 恋人(・・)にだって、なる、なってみせる。

 たとえ同性であろうとも問題じゃない、必要な手段は全て学んでいる。


 何事も初手が肝心、ひとまずは―――先制攻撃といこう。


 席を立ち、私は柔和な笑みを浮かべた。


「始めまして、リリィ・エルノアと申します。

第一都市で新聞記者をやらせてもらっています、今回は最近有名なリナさんの事を記事にさせてもらおうかと思いはせ参じました」


 自己紹介の後に、とびっきりのスマイルと共に右手を差し出す。

 これでも諜報員いちの美少女で通っている私だ、この笑顔で落ちない男は今まで一人として居なかった。

 女…………となると、落ちると落ちないで半々なのだが、自信はある。

 さあ、私の人畜無害で魅力的な微笑の爆弾を食らうがいい!


 そう思った矢先。


「へぇ、そうなんだ! 私はレナ・ナナセ、気軽にレナって呼んでくれればいいよ。

うわぁそっかぁ取材かぁ、えへへ、今まで実感なかったけど有名になったって感じでうれしいなぁ」


 後頭部をぽりぽりと掻きながらにへらと笑った彼女は、こほんと咳を一つしてから改めて私に向き直った。


「よろしくね、リリィさん」


「………………っ」


 目を奪われるとはこのことなんだろう。

 その時の事を、私はきっと生涯忘れる事がないだろうなと予感した。

 彼女が私に向けた笑みは、なんというか、私自慢の爆弾と違って、それはもうとびっきりな微笑みの爆弾だった。

 さあ喰らえと放り投げた爆弾が爆発したにもかかわらず、その爆風ごと私のほうへ跳ね返された感じ。

 それくらい、彼女の微笑みは心にうったえかけるような美しさとか、優しさとかに満ちていて。


「……? どしたの? リリィさん」


「…………ぃぇっ、なんでもありません、その、よろしく、お願いします、レナさん」


 先制攻撃どころか、私はその笑顔に一発でK.O(ノックアウト)されてしまったのだ。


 より詳細に説明するならば、私の頬は朱に染まり体温が上がり心拍数も上昇して血流がよくなって汗が出てきて頭の中がこんがらがって真っ白でああもうなんでこの人こんなに綺麗なのかな。

 くそう、なんてことだろう、私はどうしてこんなにも、どぎまぎしているの。


「うん、よろしく!」


 彼女が私の手を握った。

 彼女の手は冒険者と言う割りには荒れておらず、むしろ柔らかな女性のそれを保っていた。

 ふわりと香るこの芳香は、彼女特有の香りだろうか。

 顔がどんどん熱くなって、体が汗ばむのを感じる。

 目の前の風景がぐるぐると回りだして、周囲の男たちの造形が歪んでいく。

 けれど、そんな混沌とした模様のなかでさえ彼女は姿形はそのままにただこちらを見つめていて。

 掌から伝わる彼女の体温が、体中に伝播して私を熱くさせているのではないかと錯覚してしまう。


「わ、わ、わた、わ」


 上手く言葉が紡げない、まるで餌を求める魚のような有様だ。

 私は必死に彼女に何かを言おうと、言おうと、言おうとして、それでも言葉にならなくて。


「きゅう」


 何故だか、気を失ってしまったのだった。


「ちょっ、リリィさん!?」


「お、おい! 治癒術使える奴呼んで来い今すぐに! あと水と氷もだ! 早くしろ!」


 慌てふためくレナさんとダン・ロベルトの野太い怒声が何時までも頭の中に響いていた。


 そして、それが私とレナのファーストコンタクト。

 色々と謎多き彼女との、長い長い付き合いになる初めの一日の出来事だった。


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