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チュートリアルお兄さん

作者: belgdol

 そいつと出会ったのは本当に偶然だった。

俺が毎度のゴブリンの間引きをした帰りだった。

木の杭をおったてて作った街の門で門兵となにやらもめてる、妙な格好のアンちゃんがいる。

そいつはここいらじゃちょいと珍しい黒髪で、元は上質な白だっただろうシャツを泥と埃に塗れさせて。

グレーのズボンを穿いて着の身着のまま、明らかな余所者なのに街に入ろうと四苦八苦してる。

ここいらに隠遁した爺様の小屋がある、ましてやそこに若いもんがいるなんて聞かないし、旅人って格好でもない。

まぁ、言っちまえばあやしーい奴だったんだけどなぁ。

近づいていい年こいた男が涙声になって、必死に街に入れてくださいっていってんの。

汚れてるとは言え、結構身なりのいい奴だ。

ソレなのに身分を明かすものも持ってない様子で、門兵も完全に困ってる。

だからだろうなぁ、ちょいと、お節介の血がうずいたのは。




「ほら、街には入れたぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ちょいと門兵に話しかけて、俺が身元引き受けするってことで話は解決。

あいつらは街中に怪しいのを入れて何かされて、責任取る奴がいないのが一番の問題だったのでそこをクリアしてやった。

小さい問題はこの街を拠点にしてる人間以外が払う入街税の銅貨五枚だが、まぁそのくらいは子供のおやつくらいの金額だ、それ自体はさしたことはないだ。


 でもなぁ、どうもこのアンちゃん一文無しで入街税も知らん様子だった。

どっから来たんだ?と聞いてもどうも要領を得ない。

東の方から来たような感じではあるんだが、ニホンとか知らん国だ。

そもそも世界の東端はこの町だと言ったら固まってたしな。


「まぁとりあえず、ちょっと野暮用すませるから付き合ってくれよアンちゃん」

「あ、えっと、はい……あの、お名前伺っても良いですか?」

「ん?ああ、そういえば街に入るときこっちはお前の名前聞いてたけどそっちは知らなかったな。俺の名はケインだ、リューゾー」

「ケインさん、ですか。あの、野暮用って一体なんですか」


 一瞬、おいおいと思いそうになったけど、そういえばリューゾーは住人以外が街に入るのに当然払う税もしらないんだから、当然かと思い直す。

こいつは色々と知らないと思って行動した方がいい。


「良く見てみろよ、剣に皮鎧に採取袋とベルトバック、この格好なら大体スイーパーだろ」

「スイー……パー?」

「掃討者なんて呼び方もあるけどな。まぁ森の中にたむろする話の通じねえゴブリンやら、野生の獣を適当に間引く仕事だよ」

「あ、そういう仕事なんですか。害獣駆除的な」

「そうだな。とは言っても害獣駆除の主な担い手は狩人だから、俺らが相手にするのは大体が人型の亜人だよ」

「亜人、ですか」

「おう。ゴブリンといえば弱い女子供から狙って食おうとする畜生にも劣る下衆な生き物って有名だろ」

「え、えぇ、まぁ……そうですね」


 なんだ?なんでそこで微妙な顔すんだ。

んー……これはゴブリンへの評価が地を這ってるのに戸惑ってるのか?

そこまでいう事は無いんじゃねみたいな。

日々街からも近い森に湧いて出てくるのを知ってるなら、こんな顔しねえと思うんだけどな。


「ちょっとゴブリンの討伐証明の見本見せてやるからちょっとよりな……なぁリューゾー、もしかしてとは思うが……お前、稀人か?」

「うげ、これ耳ですか?ちょいキモイです……まれびと、ですか?よくわかんないですね」


 俺が腰から袋を取り出して、リューゾーに見えるように開く風を装いながら、声を落として聞いた言葉にリューゾーは戸惑った声を出す。

あいつも何かを察したのか、声を落とす。

俺は聞かせる声と潜める声を使い分けて、この場で言うべき事をつたえる。


「はは、そういうなって。コレが俺の飯の種だ……ちょいとここじゃ人が多い。催した振りして路地裏はいるぞ」

「そ、そうですか?でもいきなり生耳はきついです……」


 俺の囁きに、ゴブ耳とか見たくも無いですっていう引きつった笑いを浮かべながらも、リューゾーは頷く。

きちんと話が通じてるのを確認した俺はさりげない風で路地裏へ。

リューゾーは街のことわからないんだから待ってくださいよという風についてくる。

ここいらじゃ平均的な木と漆喰で作ったの家の合間の置く、街を囲む木の杭の壁付近で俺はこそこそとリューゾーに話しかける。


「稀人が解らないってことは、多分お前は稀人なんだ」

「あの、まれびとって、なんです?」

「おとぎ話、みたいな話だがずっとこの世の中を支える、異世界だったか。こことは異なる世界から神がつれてくる旅人のことだよ」

「いせ、かい……うあっ!?」

「お、おい、どうした」


 急に頭を抱えて膝をついたリューゾーの口を咄嗟に押さえて、肩を貸す。

なんだ、何が起こった。

稀人ってのはこうなのか、わかんねえ。


「お、思い出した……オレ、オレ、死んだんだ」

「死んだ?でもおめぇ、生きてるじゃん」

「い、異世界。オレの世界だけど……で、オレ、車って言う……解るかな……」

「車って、馬車か荷車か?」

「その、鉄製の馬より早い……この世界ドラゴンって居ますか」

「ドラゴンね、いるらしいけどな。見た奴はいないよ。少なくとも人間には」

「えーっと、じゃあ馬より早い生き物は?」

「地走りトカゲってのは速さだけなら馬以上だな。揺れが激しいから騎乗用にはならんらしいが」

「そ、その地走りトカゲが牽く鉄の車にぐ、ぐしゃって……うえぇぇ……」


 一頻り話すと、おもむろにリューゾーは胃の中身……つっても黄色い胃液だけだが……を吐き出し始めた。

おいおい、大丈夫かこいつ。


「大丈夫か?無理なら無理に話すな」

「えほっ、ごほっ……だ、大丈夫です、ちょっと最期の瞬間思い出しちゃっただけで……それより聞いてください……」

「なら、良いんだがなぁ」


 俺に身体を預けながらリューゾーは語った。

鉄の車に潰されて死んだ事、神を名乗る存在に世界への恵みとなるようにと力を与えられてこの世界に送り込まれた。

森の中で全身茶色の尖がり鼻に尖った牙をむき出しにした小人に追われて命からがら逃げ出して。

必死で辿り着いた街の入り口で足止めを喰らってる時に来たのが俺、ってわけらしい。

さて、稀人か。

こいつのためにしっかり説明してやらんとなぁ。


 稀人、場合によっては辺境の集落を訪れる客人をそう呼ぶこともあるが、一般的には違う。

この世界の創造者にして管理者である神エルーラが、この世界とは異なる理が支配する世界から、この世界に刺激を加えるために送り込む。

世界という想像もできない隔たりを超えてやってくる超人の類だ。

その存在は常に国が求め、王都やその土地の有力者の下で力を認められれば厚遇される。

この事を話した上で認められることで奪われる物もあると簡単に教えてやった。


 まず、一番に思い浮かぶのは虜囚の治癒者スズカだ。

彼女は強大な治癒の力を持ち、初めは身近な人々を癒す生活を送れていた。

だがこの話を聞きつけた権力者により彼女はあれよあれよと取り合いの渦中へ放り込まれ、最終的には自由も無く……そう、自らの力で癒す相手を選ぶ精神の自由すら奪われて……哀しみの下に没する所だった。

その話をするとリューゾーは顔を真っ青にして、一度は収まった震えを再発させちまった。

まぁ、それも別の稀人の手によって救い出されたと話すと幾分収まったが。


 とまぁ、そう言った事を教えてやると、リューゾーは、多分もう十や十二のガキには見えないいい大人アンちゃんは、実に不安そうな声で聞いてきた。

街に入れたときの心底安堵した時の顔とは正反対の、泣きそうな顔で。


「オレの事、報告……しますか?」

「あ?んーや、しねえよ」

「え、でも義務とかないんですか」

「バッカ、お前ちょっと考えりゃ解るだろ。状況的に俺が稀人じゃねーかって思ってるだけで、お前がそうだっていう証拠なんにもねーじゃん」

「あ」

「だから俺はかもしんないけどなー、そんなんでお役人様の手を煩わせるのもわりーから、報告なんかできないね」

「ケインさん……」

「よし、ましな顔になったな。それじゃ本当に野暮用だが、耳の換金行くぞ。飯の種だからな」

「……はい!」


 明るい顔になったリューゾーに、大丈夫だという変わりに笑ってやる。

そうして、元気を取り戻させるとリューゾーは元気に自分の世界での仕事を語り始めた。


「実はオレ、元の……故郷だとなんていうんですかね、物を売り買いする会社の中で商品の売り込みなんかしてたんですけど」

「ああ、営業って奴か?二十年くらい前に来た稀人が商売人の交渉を専門化させて営業って形で纏めたんだよ」

「そうなんですか。じゃあ営業の仕事に潜り込めないかなぁ」

「んー。今の営業っていったら、大店なら主人の懐刀ってくらい信頼されてる人間が任される仕事だし、中小の店なら昔どおり店主自身がやるからなぁ。難しいな」

「えー、マジですか?」

「マジって……流れ的に本当にって感じの言葉か?」

「そうですよ」

「ならマジだな。概念を持ち込むのは稀人でも使うのはこの世界の人間だからよ。どーしても入り込むなら自分は元の世界でもバリバリやってた稀人っていう売り込みかけるしかないな」

「うっ、そ、そうですか……」

「商売の世界は信用が物を言うからな。そういうとこ厳しいらしいぜ?と、付いた。ここがスイーパーの組合だ」

「へぇ、ここが」


 話しながら歩いてるうちに付いた木造の建物に入る。

引き戸を開けて、段差を登り中に入る……所でリューゾーが靴を脱ごうとし始めた。


「あれ?なにしてんのお前」

「え?脱ぐんですよね、靴。江戸時代の奉行所みたいですし」

「脱ぐのはそこじゃねえよ。ほれ、そこのちょいと腰掛けられそうな段差あるだろ。脱ぐのはそこでだ」

「靴箱なんかは、ないんですか?」

「奥まではいるわけじゃねえからな。おうい、誰かゴブリンの耳の鑑定たのむぜ!」

「あ、そこで腰掛けて係の人呼ぶ感じなんですね」


 俺がどかりと広めに作られた三和土と屋内の床の段差の境へ横に腰を降ろすと、リューゾーはちょこんと足を揃えて上品に腰掛けた。

そんでちょいと待つとすたすたと歩いてくる仕事着のワンピースを着た女が寄ってくる。

そいつはガキの頃からの馴染みの顔で、腐れ縁のニューレだった。


「おう、頼むわ」

「はいはい。そっちの人は?」

「ああ、こいつは街に来たばっかで案内してやる所でな。その前にそいつを金に換えに来た」

「はいはい。あんたの事だからまたゴブリンでしょ」

「おう。誰かやらんといかんだろ?」

「まぁ、ね。じゃあ査定に持っていくわ。じゃ、黒髪君はケインと色々この街に着いて話しててね。そんなに時間は取らないから」

「あ、はい。お構いなく」


 俺とニューレはツーカーの中になる程度には長い付き合いだ。

別に色恋の中じゃないが、リューゾーにはそうは思えなかったようだ。

建物の奥の方に上半身だけ捻ってたのを元に戻した俺の顔を興味津々という表情で覗き込んでくる。

その上あっけらかんと言ったもんだ。


「今の人、恋人さんですか?」

「んー、そういうんじゃないな。昔馴染みの腐れ縁だよ」

「そうですか。かなり親しい感じでしたけど」

「そりゃ親しいは親しいさ。同じ街の同年代だからな」

「そうですか?結構広い街だと思いますけど」

「ああ、家も近いんだ。だから、な?」

「なるほどー。でもそれだけで年頃の異性が親しいだけで済みます?」

「人によるんじゃねえの?少なくとも俺とあいつはそうなんだ」

「そうなんですねー。オレ、幼馴染の女の子とかいないから憧れますよ」


 そんな下らない話をしてると、俺には慣れた光景だがニューレがゴブリン退治の懸賞金を持ってくる時は、あいつもちらりと肩越しにその様子を見て、へぇと吐息を漏らしていた。

木の盆の上に乗せられた銅貨の束、その下に敷かれた査定の結果を書き込まれた紙。

俺もニューレと組合を信頼してるからちらっと流すだけで済ませて、ベルトバッグの中の財布に銅貨を仕舞いこむ。


「うし、じゃあいくかリューゾー」

「あら、その人リューゾーっていうのね。私はニューレ、見ての通りスイーパーの雑務をこなしてるんだけど。貴方は?」

「あ、えと。流れてきたばっかりで仕事はこれから探すんです」

「そう……スイーパーの組合はいつでも人を集めてるから、困ったら登録に来てね」

「あ、はい」


 リューゾーはニューレの営業スマイルにちょいと鼻の下のばしてるが、ちょいと釘刺しとかないとな。

いつも人を集めてる仕事なんざやくざな家業だってのははっきりさせとかないと。


「リューゾー、いつも求人があるのは主な仕事はゴブリン程度の相手とは言え、状況によっちゃ死人がでる仕事な上、ゴブリン程度じゃ貯金もなかなかできねえクソ駄賃の仕事のまずい仕事ってことだ。のせられんな」

「え、えぇ!?」

「あら、知らないの?つい解ってると思ってだめもとで言ったんだけど」

「こいつは世間知らずなんだよ。俺やお前みたいにすれてねーの。だからあんま変なこといってやるな」

「はいはい。ごめんね、リューゾー君。でも、本当に困ったら来てね。いざとなったらケインに駆け出しの面倒はみさせるから。いっつも人手が欲しいのは本当だから」

「あ、ありがとうございます。今日、明日にでも他に当てが無いならケインさんにもお願いしてみます」

「はーい。じゃあ行ってらっしゃい。いい仕事見付かると良いわね、リューゾー君。ケインもちゃんと案内してね」

「おう。んじゃ改めて……いくぞ」

「はい!いやぁ、ケインさんもニューレさんもいい人だなぁ」

「……お前はなーんかほっとけない無防備さがあるよな」

「へ?」

「もうちょい人を疑えってことだ。まぁ今から俺疑ってもしかたねーけど」


 ちょいと抜けたリューゾーを連れてスイーパー組合の建物を出る。

さて、一通り街を案内したら……飯奢って、宿屋も何日かは面倒見てやるかね。

稀人だろうがそうでなかろうが、そのくらいは面倒見て生計立てられるようにしてやらんと。

食い詰めて街中で問題起こしたら今の所俺のせいだからなー。

ま……でも、興味深そうに街中をきょろきょろする、子供みたいなリューゾーはほっとけねえけどな。




 リューゾーの面倒を見始めてから、数週間。

この街はさして大きくない漁村だ。

ここが大きな貿易の拠点になる漁港ならあいつ向きの仕事もあったんだろうけどな。

残念ながらここには無かった。

なので結局スイーパーとして登録したんだが……あの時のリューゾーは不採用続くのがこんな辛いとは思わなかったって半べそだったなぁ。

先にこの街は大体家業継ぐ人間が決まってるから、働き口そんなにないぞとは言っといたんだが。


 ま、ソレはさておき。

喧嘩くらいしか人型の相手とやりあった事の無いっていうリューゾーだったが、戦いに関しては問題なかったな。

どうも神様はリューゾーの商人の部分よりも、あっちの世界の武術……ふるこんたくとまーしゃるあーつとかいう奴の才能を買ってこの世界に送ったようで。

あるだけマシな剣を買おうとしたとき、皮のバンテージが良いっていいだして時は驚いたが、いざ仕事となったらゴブリンを素手で殴り倒して行く姿は頼もしかった。

だが、問題は殴り倒した後だった。


「あ、あの。ケインさん。これ、殺さなきゃいけないんですよね?」

「ん?ああ、そうだよ。……できねーのか?」

「お、オレ、人殴ったり殴られたりは経験あるんですけど。お国柄殺しは……」

「ああ、そういう稀人の話は結構あるな。英雄と呼ばれるようになる稀人も最初は殺しに惑って、泣く。その時胸かした女を嫁にするとか良くある話さ」

「そうなんですか……でも、そういう話が残ってるってことは……」

「うん。早めに覚悟決める為にも今やっちまえ」

「……はい」


 会話の後に、気絶していたゴブリンどもを首折って殺したリューゾーはげっそりしてたな。

見ちゃいらんねえから、その夜は一緒に花街に繰り出した。

俺みたいなへぼスイーパーにはちょいと痛い出費だったが、後輩の為だ。

覚悟の決まってない男の心を包んで、自分の足で立てるように後押ししてくれるのは女だ。


 次の日、日が高くなってからお相手してくれた姐さんに遅めの朝飯までご馳走になったというリューゾーは。

まぁ、腹が据わったんだろうな。

日を置いて繰り出したゴブリンの駆除では躊躇い無く殺した。


 その日の晩飯の時に、酒飲みながら聞いたさ。

あんだけ震えてたのにもう腹が決まったのかってな。

そしたらリューゾーの奴、陰のある表情でいうんだよ。


「いや、ケインさんに連れて行ってもらった店の子に慰めてもらったのもあるんですけど……あの時の子、ラーニャさん」

「ああ……ラーニャ、か。あいつの話、聞いたか」

「……はい」


 一気に俺とリューゾーの間の空気は冷えた。

そりゃそうだ。

ラーニャの話を聞いて、ゴブリン殺しに容赦が無くなる。

それはつまり、あのかわいそうな女の家族の話を聞いたという事だ。

彼女の弟は、行商をしてる親父に着いて旅をして、この街に戻ってくる直前……不意に襲ってきたゴブリンの群れに襲われて貪られた。

身元がわかったのは、教会での洗礼名が刻まれた木製のシンボルが辛うじて残っていたおかげだ。

ソレを聞いて、あまり心の強い方じゃなかった母親は倒れて、徐々に弱ってこの世を去った。

行商都合にも元金がない小娘一人、花を売るしかなくなるのに充分な理由だ。

この街でそういう商売をする女には大体そんな事情がある。

だから誰も蔑まないし、夫を持つ女達も節度を守れば旦那が艶通りに通うのを咎めない。


「それで、ふっきれたか」

「オレ、殺しはほんと、いやですけど。でも、あんな話聞いたら……耳とるだけで見逃して、それが人を襲ったらって思うと。やらなきゃだめだって」

「そう、か。まぁ最初はそんなもんでいい。スイーパーの殺しはそういう生き物専門だから尚更な。でもな」

「……なんですか?」

「今の気持ちを忘れるなよ。俺達はあくまで人に害成す人間以外を狩る掃除屋だ。話の通じる異種族は軽々しく殺すなよ」

「はい。あ、じゃあ亜人と異種族の違いを教えて欲しいんですけど……」


 と、まぁこん感じで重ッ苦しい酒にはなったが。

その後は異種族の話で酒が進んだ。

海の貿易商の魚人族。

高山に住む羽毛と運送が特色の鳥人族。

草原の覇者馬人族。

俺も聞きかじった程度の話が殆どだが、漁村から街になったこの街では魚人とは取引がある。

なのでそこらへんを重点的に話して、この世界はこの世界なりに広いんだという事を話した。

そしたらリューゾーは、好奇に目を輝かせてこの世界をめぐりたいと言い出した。

はて、稀人っていうのは皆こうなのかね?

だが、一緒に飲んでて悪い気はしないな。




 その後、リューゾーの面倒を俺が見たのは一ヶ月くらいだったかな。

リューゾーは野営の仕方や森や平地での索敵法、スイーパーとしてのイロハを教え込んだらメキメキと頭角を現してなぁ。

オークやオーガといった大物の亜人も仕留めるようになって、収入もクソ駄賃じゃなく、胸を張って稼いでいえるって額を稼ぐようになった。

一方、俺は……なんとかオークあたりまではついていけた。

だがオーガくらいになるとダメだ、無理だ。

何とか生き残れたが俺は完全にリューゾーの脚を引っ張ってた。

なのでそこでペアは解散。

リューゾーは嫌がったが、一ヶ月以上かけて必要な事、俺に教えられる事は大体仕込んだ。

悔しいが、もうリューゾーはスイーパーとして全てにおいて俺の上。

そう告げて、稀人だろうとそうでなかろうと、もっと上を目指せといったらいい年して寂しそうな顔してたが。

最後にはしみじみと飲みながら言ったよ。


「俺、でっかくなっていつかこの街に帰ってきます。世界を見て周って、スイーパーとしての経験積んで、帰ってきます」


 俺はそういって帰ってきた奴をあまり知らない。

成功すれば大抵は大きな街で暮らすし、失敗すれば待っているのは大体が死だ。

たまに腕を無くして廃業する同業者なんかもいるが、それは幸運な不運の持ち主の招集だ。

そう思いながら、俺は日々を過ごした。

十年、たまに獲物をオークに変えたりしながら、ひたすらゴブリンを主に狩り続けた。

ただ狩るだけじゃなく、新米に指導したりするような面倒な役目や、オーク狩りの指揮を執る重い責任を持たされたこともある。

所謂中堅どころって奴で伸び代が無くなったところで、ニューレとは腐れ縁の延長みたいな感じで結婚した。

あいつも看板娘だったんだがなぁ、俺が貰うころにはすっかり行かず後家のお局だった。

俺は……スイーパー組合の支部長になれるほどでも無く、ニューレも後輩指導はするが基本はただの事務員。

つまり面白みも何にも無い、普通のスイーパーのありがちな家庭を作ったんだが。

ま、満足はしてた。


 そんな風に、子供も生まれて、育って、引退したいが食うためには出なけりゃならん。

なんていう中堅スイーパーの哀しみを背負ってる所に、あいつは帰ってきた。


「やぁ、ケインさん久しぶり。街の人に聞いたけど、ニューレさんとやっぱりくっついたんだね。俺も旅先で良い人見つけたよ」


 年食って、渋みを増した声を背後から掛けられて、振り返れば幾度も幾度も。

それこそこんな田舎の街にも噂が何度も届くほどの名スイーパーになったはずのいリューゾーが、出合った時の服のようなデザインの服に身を包んで。

隣には見慣れない金髪の女性を連れている。


「お前、リューゾーか?」

「はい。今度この街の支部長に任命されてきました」

「おおっ、まじか。そっちの人は嫁さんか?」

「はい、四年前に手紙をだしたはずなんですけど……フランって言います」

「どうも、フランと申します。主人がお世話になったそうで……」

「あ、どうも。ケインです。いやリューゾー、運が無かったな。手紙は届いてなかったよ」

「筆不精ですいません。もっとまめに手紙書けば良かったんですけど」

「いや、昔聞いたお前のとことは郵便事情が違うからしかたねえって」

「そう、ですね。ここ二来る前に居た隣国の王都周りは比較的ちゃんと届いてたので。ここ、東端の街でしたっけ」

「ああ、どん詰まりだ」

「じゃあ、沢山話したいことがあるんです」

「俺も噂話程度には聞きたい事があるな。そうそう、地味にだけどよ。俺もニューレを嫁さんに貰ったよ」

「ほんとですか!?その話聞かせてくださいよ」

「はは、それはお前さんの嫁さんとの馴れ初めと交換だ……と、すまないね。旦那を借りっぱなしで」


 ついつい話し込んで、肩を組んだりした後に、ちょいとリューゾーをとりすぎたなと、慌ててラーニャさんに返す。

怒ってはいない感じだったが、男同士の思い出話を立ち話で待たせるのも悪いだろう。

だから、俺はリューゾーと、互いの家で飲みながら。

ゆっくりたっぷり十年分の積もる話を少しずつ崩していこうって事で話がついた。

ああ、これは死ぬまでの良い暇つぶしが出来たな。

理にあらざればドラゴンでも殴り倒す男、リューゾー。

稀人としては大人しい方だが、それでも英雄と呼ばれるに相応しい勇者の帰還にしばらく街は沸くだろうな。

俺もその英雄譚の端っこくらいには引っかかれるかね、なんてな。

ケイン:冒頭では二十六歳くらい。大きな仕事はあまりしないけれど、地味な仕事を堅実にこなす男で、少しちゃらちゃらした雰囲気だけれど面倒見が良いというのが周囲からの評価。


リューゾー:漢字で書くと竜蔵。すん止めなしのフルボッコ格闘技をしていたけれどプロにはならず就職していた、それ以外に特筆すべき所は無いサラリーマンだった。二十五歳。


ニューレ:二十五歳くらい。小さな街の看板娘。超美人とかいうわけではない。身体つきも平々凡々。ただ、漁師町の女性としては色白だった。


フラン:りゅーぞー三十五歳の時に、三十二歳。リューゾーがはじめの街を離れてから出会った女性で、スイーパーではなく薬草を用いた薬師。ケイン達の街では年を考えたとしても充分街一番の美人さんといえる程度の美貌を持っている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しみじみじっくり良かった!! 美味しいごちそうというより 美味しい、嚙むごとにうま味がじゅワット出てくる裂きイカの様な語り口の話でした!! 美味しかった!!ごちそうさまでした!!
[一言] 花街嬢の名前と嫁さんの、名前同じ?
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