表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い魔神と碧の煌めき  作者: 伊那
第二部 花の王国
17/24

5 ザフラの明星②

 足音も荒く、アシュラフは王宮の廊下を進んだ。通りすがりの召し使いや警備兵たちが足音の主が誰かを知ると、すぐに視線を逸らす。それが王族を凝視しては無礼だと考えたからか、あるいはアシュラフの怒りの飛び火を受けたくないためか、スィラージュにははかりかねた。

 “ザフラの明星”を逃してしまったその足で、アシュラフはすぐに王宮に引き返した。

 眉をひそめ唇を引きむすび、その怒りをぶつける正しい相手を探しているかのようにアシュラフは歩き続けた。苛立ちで自身の周りの空気さえ歪める主を、気にもせずスィラージュは追う。

 ある部屋の中に一人の人物が見え、アシュラフは部屋に飛び込んだ。

「おや、アシュラフ様。お早いお戻りですな」

 ハーフィドは部下との話を切り上げてアシュラフに向かってきた。余談だがその将軍の姿を見て挨拶をしたのはスィラージュだけだった。

「盗賊の話を聞いたぞ。何故放っておいた」

 険のある顔をハーフィド将軍に向ける主に、スィラージュは両の眉を持ち上げる。対するハーフィドは罪人(つみびと)を責めるような目にも動じない。彼はほんの少し困った顔をしただけだ。

「城下に関してわたくしは、管轄外でして」

 ハーフィドはザフラの軍を束ねる長である。有事であれば戦場で指揮をし、敵対国と戦に関する交渉などを担う。平時には王宮内の兵士を取り締まり、外交官となって王命を遂行する事もある。ザフラの将軍職は王宮か戦場において権力を発揮出来るが、城下はその範疇にない。

 それはアシュラフも分かっていた事だが、ハーフィドは民に無関心な男ではない。巷で噂の盗賊団の話くらい小耳に挟んでいたはずだ。

「わたしに話しもしなかったな」

「アシュラフ様は、まだお加減が悪うございましたから」

 確かに少し前までアシュラフは、国内の盗賊が小事に思えるような出来事を経て帰国したばかりだった。大怪我を負ったザフラ王のみならず、アシュラフ自身も体調が万全とはいえなかった。

 ガンナームと対立した現状を知るハーフィドも城下の犯罪について頭を悩ませるより、国外の強敵をどうするか考えているのだ。盗賊の問題は後回しだ、と。

 だがアシュラフは今だからこそ、ザフラの不安の種を摘んでおきたかった。まだ民はザフラに迫る危機を知らない。いずれ戦になるかも知れぬと分かれば民は不安がる。国が一致団結しなければならないような事態が迫っている今、アシュラフは民を安心させたかった。もちろん“ザフラの明星”に見下した落書きをされたから捕まえたい、というごくごく個人的な理由もあったが――。

「あの盗賊を牢にぶちこむぞ」

 言いながらアシュラフは部屋を出る。この時やっとハーフィドが慌てたような目付きで彼女を追う。アシュラフの決意が、盗賊を捕まえるためなら一日中城下にて見張りをしかねん勢いだと気づいたのだ。

「数人でいい、兵を貸してくれないか。わたしが指揮する」

 言い切ったアシュラフに将軍が何らかの言葉を返そうと口を開いた瞬間、

「それは感心致しませぬなァ」

 別の者によって遮られた。一同はあらわれた男を見る。

「……ナバート大臣」

 わずかに眉を寄せたアシュラフの視線の先には中年の痩せた男が居る。その()けた頬ゆえか、彼は実際以上に年老いて見える。病弱そうにも思えるがその眼光は鋭く、彼をよく知る者は口を揃えてちょっとの事では死にそうにない男だと言うはずだ。

 ナバート・ニーザーンは大臣の一人でアシュラフの父とは意見が衝突する事が多い。国を思う気持ちは同じでも方法や思想がアーディルとは異なるのだ。

「アシュラフ殿下にはご機嫌麗しゅう。ですがご健勝過ぎるのも如何なものかと」

 ナバートは恭しい態度でアシュラフに臣下の礼をとるが表情は硬い。彼は大抵、無表情か不満げな顔ばかりしている。そんな彼の表情筋に慣れたアシュラフが気になるのは別のところだ。

「何が言いたいのですか」

「城下の兵を束ねるのは(わたくし)の役目。殿下のお手を煩わせる訳にはいきませぬ。王宮で、ごゆるりと休まれるべきでしょう」

 城下の管理者とは、この男である。ナバートの前に立つとアシュラフは説教をされる前の子供のような気分になる。事実アシュラフはまだ若く子供で、彼に諭されている訳だが――とにかく彼の目付きは人を居心地悪くさせる。このナバートという男は普段から誰にでもそうなのだ。ナバートとザフラ王には見解の相違が多いという事もアシュラフに身構えさせる理由になっている。

 そうはいってもアシュラフにも譲れない事がある。アシュラフは挑むようにナバートを見返した。

「だが、わたしは自分の民の事を知っておきたい。民が何に困っているか知り、すぐに対処出来るようにしたいのです」

「それはご立派なお心掛けですなァ。ですが矢張り殿下がお気にかけるほどの案件ではござりませぬ。些事はこのナバートにお任せくださいますよう」

 他者を軽んじる感情をのせて男は眉を少し持ち上げる。さすがにアシュラフも顔をしかめずにはいられなかった。

 王の娘のひきつった顔も目に入らぬ素振りで、ナバートは踵を返す。一瞬アシュラフに見えた横顔は、薄く笑っていた。

「ご心配なのであれば、日に幾度も経過報告を致しますよ、殿下」

 ナバートはそれだけ言って去って行く。アシュラフは彼が廊下の角に消えるまで苦い顔で見送るしかなかった。

「……ふん、ナバートめ。いつまでわたしを子供扱いするつもりだ」

 アシュラフが侮られているのは百も承知だ。かといって彼女がそれを受け入れられるはずがない。

「あの人もすんごく感じ悪いですね!」

 スィラージュも主に負けないくらい不機嫌な顔をしている。先日のハーフィドの息子に続き、アシュラフを王族として扱うにはあまりにも軽んじた態度の者ばかり。彼女を主としてあおぐスィラージュにしてみればむくれたくもなる。だが現実問題として気にかかるのが先程のナバートの発言だ。

「あのナバートって人、何回も経過報告に来るなんて言ってましたけど」

「ああ。わたしが部屋を抜け出さないか見張るつもりだろうな」

 スィラージュが最後まで言わなくともアシュラフにも分かっていた。事あるごとにアシュラフは彼に釘を刺される。常に監視しているぞとナバートは言いたいのだろう。

 分かっていても嫌なものだ。アシュラフは嘆息するのを止められなかった。顔の真ん中にしわを集めていたスィラージュは、拗ねた目付きでアシュラフを見る。

「じゃあ、どうするんですか?」

「もちろん抜け出すに決まってるだろう」

 にやりと笑うアシュラフの表情は、お上品な王女にはあまり見えなかった。




 盗賊騒ぎに出くわした翌日、早速アシュラフは自分の部屋を飛び出した。

 まずアシュラフは、城下の民に“ザフラの明星”について話を聞く事にした。さすがに盗賊も連日現れたりしないだろうと思ったため、アシュラフは情報収集を目的にしたのだ。

 ちなみにアシュラフはスィラージュの魔術のお陰で王宮を空けても怪しまれずに済んだ。魔神の使う“声を風にのせる魔術”で離れた場所にいても誰かと話す事が可能になった。アシュラフの部屋をナバートや使いの者が訪ねても遠方から返事が出来、戸を開けられない限りアシュラフはどこにいても居留守が使える。

 とにかく偽装工作は成功した。アシュラフは大手を振って城下を歩けるはずだが、彼女の顔は民の間では有名でどこからナバートに話がいくか分からない。よってスィラージュ一人があちこちに聞いて回った。

「どうやら“ザフラの明星”をみんながみんな嫌ってる訳ではなさそうですよ」

「そうなのか?」

 スィラージュは聞き込み中にもらったアーモンドのお菓子――ちなみに両手に抱えるほどあり、アシュラフもと誘ったが断られた――をかじりながら頷く。

「はい。狙うのはずるいやり方で儲けている商売人とか、寄進もしない贅沢暮らしのお金持ちとか、そういう相手ばかりだからでしょう。真面目に働く多くの人にとって実害はありません。むしろ、貧しい者に盗んだお金で施しをしているらしいとの噂があります」

「義賊だと言われていたからな。日々の暮らしに困る者にとっては、救世主という訳か」

 ザフラはそれなりに豊かな国だが、当然綻びは存在する。城下には自分で生計をたてられない者もいる。そういった者は乞食になるか盗みを働いて生きるしかない。恵まれて育ったアシュラフには分からない細民の苦労があるのだ。

 貧しい者がいるのは知っていたが、盗みを働きそれが是とされるほどに逼迫しているなど王女は想像しなかった。

 義賊だという彼らは現れるべくして現れた。生きるには盗むしかなかった。同じ境遇の者を助けるには奪うしかなかった。誰も助けてくれなかったから――。

 アシュラフは顔をしかめた。

「窃盗は窃盗。だが……」

 盗みはザフラの民が規範とする教典によって禁じられているし、そうでなくとも誰もが盗みを始めたらこの世は立ち行かない。見逃す訳にはいかない。

 しかしながら、もしザフラの明星がいなくなったとしても、また彼らに似た存在が現れるだけなのではないか。貧困がある限り盗みという行為は止められない。

 彼らが窃盗をせずに暮らせる日が来るのだとしたら、為政者が正しく仕事をした時か。

 すべての民を正しいやり方で救えるのだろうか――。

 急にアシュラフは自分の考えが傲慢に思えた。

(みな)が平等に満ち足りた生活を送れないものか……」

 ただの理想と分かっているが、アシュラフは解決策が一つもないなどと思いたくない。

「シュラ様……たぶん、完璧な治世なんてないんですよ」

 美味しい鳩料理の作り方を話すみたいに気軽な顔でスィラージュは言う。

「あったとしてもそれは見せかけだったり、ごく一部の人にとっての平等で、どうしてもどこかに歪みが生まれてしまいます」

 その言葉が軽い気持ちから来るのではないと、アシュラフには分かった。スィラージュは言動こそふわふわと重みのないものだが、仮にも“魔神(ジン)”。ただの人より長く生きている。彼がこれまで見てきたのは一国の興亡だけではないだろう。

「分かっている。分かっているが……」

 何が正しいかなんて今のアシュラフには断言出来ない。かといってこのザフラの王女は同じ場所で足踏みしているつもりなど毛頭なかった。

「自分に出来る事があれば、全てしたい」

 そう、アシュラフは自分の事を改めて理解した。

「強欲なんだ、わたしは」

 いつかザフラの為になるのなら、どんな事だって試そう。アシュラフはそういう人間だった。

 やけに静かだと思いアシュラフが従者に顔を向けると、彼は満面の笑みを浮かべている。初孫を喜ぶ祖父母のような破顔具合だ。

「なんだその顔は」

 人が真面目な話をしているのにスィラージュは楽しそうにさえ見える。えへへー、などと間抜けた声も聞こえる。

「シュラ様のそういうところ、好きだな~って思って」

 アシュラフの顔が一気にひきつった。

「……何言ってるんだお前。てゆうかうざい」

「ひ、ひどい……」

 従者の心を抉る一言により、アシュラフにとって癪に障る笑みは消えた。

 とにかくアシュラフがザフラの明星を捕まえる事は変わらない。

 スィラージュに調べさせた事を更に話させると、かの盗賊は複数人存在するが十人には満たない集団のようだと分かった。また、全身を外衣(ケープ)で隠しているがその中身は若い男らしいと噂されている。

 相手が大人の男で、それも一人ではなく何人もいるのであればアシュラフとスィラージュの二人では不利だ。

 アシュラフはもらったデーツをのん気に頬張る魔神の姿を盗み見る。

 本当は、スィラージュの力を借りればどんな事だって可能となるのかもしれない。実際アシュラフは不可能と思えたザフラ王奪還を、スィラージュと共に達成させた。

 水差しの魔神の力を使えば――

「まただ! またザフラの明星が出たぞ!」

 一本隣の通りから叫ぶ声にアシュラフは目を見張る。

 アシュラフとスィラージュは顔を見合わせた。

「アシュラフさま!」

 スィラージュは行きましょう、というつもりで主を呼んだが、言われるまでもなくアシュラフは駆け出していた。

「あそこだ!」

 騒ぐ声を追っていけばすぐにザフラの明星の場所は知れた。

 壁の上に立つ者が一人。アシュラフは足を早めた。

 兵士も数人やってきて、黒い外衣(ケープ)の人物は壁から建物の屋根へ飛びうつる。

 アシュラフは初めて盗賊の間近に迫ったが、距離はまだ五キュービット近くあり、逆光となって相手の顔は見えなかった。

「お前……」

 アシュラフは盗賊がぱんぱんに膨らんだ布袋を手にしているのを目撃する。彼は盗みに入った後なのだ。

 顔は影になっていたのに、何故かアシュラフには相手が笑ったのが分かった。

「捕まえたかったらここまでのぼって来るんだな、鈍くさい間抜けめ!」

 声はスィラージュが思っていたより若い、男のものだ。

 今の言葉は兵士に向けたものかもしれないが、アシュラフの怒りを買うには充分だった。

「一発ぶん殴る」

 額に青筋をたてるアシュラフは拳を握る。そして彼女は壁に立てかけてある木箱やなんかを足場にして、壁によじ登った。背を向けた盗賊の男が別の屋根に移動すれば、アシュラフも建物の上にまで足を伸ばす。

「シュ、シュラさま?! さすがに屋根に登るのはどうかと!」

「うるさい黙れ。それならお前が捕まえてこい」

 言ううちに盗賊はアシュラフからどんどんと遠ざかるし、スィラージュの声が近くなる事もなかった。彼女は屋根の上にのぼるなんて初めてだったが、ザフラの街は民家が密集して建っているため足場の確保はさほど難しくもない。

 顔を上げると、アシュラフはザフラの明星を名のる盗人を睨んだ。

 結局スィラージュもアシュラフを追って屋根の上を走った。

「でもシュラ様、私がやったら魔術でなんでも片付いちゃいますよー。シュラ様そういうの好きじゃなさそうですし」

 スィラージュの言う事は当たっている。アシュラフは無闇矢鱈とスィラージュの魔力(ちから)を頼るつもりはない。以前のような緊急時ならともかく、自分のものではない力を多用するのは何か狡い事に思えるのだ。

 何も話していないのに自分の考えを見透かされたようでアシュラフは面白くなかった。

「魔術なしでなんとかする考えはないのか」

 ひとまずアシュラフがそう言ってやると、魔神は「あー、その手がありましたね」とやる気のない発言をした。呆れたアシュラフだが今はのらりくらりとしたスィラージュに構っている暇はない。

 ザフラの街は四角い箱のような形をした民家が多い。屋根といってもほとんどが屋上として人の出入りが可能の場、洗濯物や食材などが干してあったり物置になっていたりする。人様の家の上を飛ぶ彼らは時々屋上に出ていた家人と目が合ったが構っている暇はなかった。

 アシュラフたちは家から家へと飛びはねなくてはならず、すばしっこい盗賊と距離を広げてしまった。あちらは屋根づたいに走るのも慣れているのか、地上より不便な足場を上手く利用している。

 すぐに追いつくのは難しいと考えたアシュラフは周囲に視線を走らせる。手頃な壺を見つけると、勢いをつけて盗賊の男に投げつけた。

「わ?!」

 驚いたのはスィラージュだ。一投目は当たらなかったが、アシュラフは次を繰り出す。アシュラフの遠投がやまないので男は屋根を蹴って地上に降りる。

「追え!」

 投げる物を探して屈んでいたアシュラフはスィラージュの方が先に動けると見なし命じた。

「はいっ」

 その水差しの魔神は実に軽やかに屋根の上を跳躍した。宙に浮く事こそしないが、まるで自身の重みなど存在しないかのように飛び上がっては着地する。

 スィラージュに遅れて地面に足をつけたアシュラフは、通りすがった女性を驚かせてしまった。女性は面倒事を避けるかのように逃げてゆく。盗賊騒ぎがまだ伝わっていないようで、この辺りは静かなくらいだ。

「こっちです!」

 先に行った従者の声を頼りにアシュラフは民家と民家の間を縫って進む。

 一気に駆けると、立ち止まったスィラージュの背中が現れた。アシュラフは、彼の先にあるものを見つけてにやりと笑う。

「追いつめたぞ……コソドロめ!」

 三方を壁に囲まれた場所に黒い外衣(ケープ)の男が立っていた。唯一の逃げ場はスィラージュによって塞がれている。盗賊は手にしていた布袋はどこかに隠したようで無手だ。

 また屋根にのぼれるだろうが追っ手との距離が近すぎ、盗賊はためらった様子でゆっくり後退をする。しかし彼の背後には壁が迫っている。

 打つ手はあるまい、そう思ったアシュラフだったが――

「カリム!」

 上方から声と人影が落ちてきた。今追いつめたばかりの男と同じ黒い外衣を被った人物。同じ色の外衣で同一人物に見えそうだが、違う。ザフラの明星の仲間だろう。

「なんで来ちゃうんだよぉ」

「うるせぇ、オレに任せてお前は行け」

 仲間内で何やら言い出したので、アシュラフはどうしたものかと目をすがめる。

 外衣の中身が気になるなと思いアシュラフがスィラージュに視線を投げると、彼は頷いた。

 魔神が唇をすぼめ、蝋燭の火でも消すように息を吐いた。

 かすかに青い色をした突風が吹き、その場にいる者の衣服をはためかせる。二人の盗賊たちの外衣は舞い上がり、慌てて一人が黒い外衣を引き寄せるが――遅かった。

 盗賊二人が顔を白日の下にさらした。外衣の下には細い腕と足、古く汚れた衣服に身を包む、幼い男の子が存在した。

「こ、子供……?」

 二人の年は十歳を少し越えたくらいか。アシュラフより年下なのは幼い顔立ちからすぐに分かる。

「お前らだってガキだろうが!」

 黒髪の少年の方が険しい顔をする。もう一人は肌も髪もやや色素が薄く、細い目は困惑している。

「身長水増ししてる分そちらの方が年齢は下だと思うのですが」

 むっとしたアシュラフより先にスィラージュが指摘したのは、少年たちの履き物だ。軽業師のように歯のついた下駄を履いている。全身を覆う外衣とあの下駄で実際の身長や年齢を隠していたのだ。

 履き物を脱いだらアシュラフより背が低いかもしれない。そう分かると小さな子供が背伸びをしているだけのように思えて、アシュラフは笑みを深めた。

「なんにせよ逃げ場はない。観念しな」

 黒髪の少年が受けてたつように一歩前に出る。

「誰がお前らみたいな金持ちのウスノロに捕まるかよ!」

 金属の擦れる音をさせ、黒髪の少年は短剣を取り出した。ぼろをまとった少年が手にするには装飾の多い美しい短剣だ。

「うわ。あれって盗品?」

 スィラージュは軽く目を見開く。今しがた盗んできたばかりの宝のひとつであろうか。()に金や宝石が光る飾り物のような短剣だがその刃の輝きは(なまくら)とは思えない。

 少年が一番近くにいたアシュラフに向かって飛びかかる。短剣を突き出しての事で、スィラージュは息を呑んだ。

 相手はすばしっこくとも武術には素人だとアシュラフには分かっていた。彼女は無手の戦いもハーフィド将軍やその息子に習っている。素人相手ならば――剣の切っ先を避けて敵の腕を掴み、短剣もろとも地面に叩きつけるくらいはお手の物。

 短剣が乾いた音を立てて地面に落ちた時、少年は自分に何が起きているか理解していなかった。黒髪の少年は青空を見上げて目をしばたく。

 アシュラフは髪をかきあげて、もう一人少年がいた事を思い出し彼を振り向いた。

「で? そっちもやる?」

 琥珀色の髪の少年は、ぶるぶると首を横に振った。

「いやあ、おいらそんな……姫様がこんなに強いなんて知らなかったよ……です」

 彼はアシュラフの顔と身分を知っていたのだ。さすがにその能力までは知らなかったようだが。

 怯えではなく困惑、そしてどこか緊張感のない声音。とにかくもう一人の少年にに戦意はなかった。

「なに?! こいつ、王族……?」

 勢いを盛り返したのは黒髪の少年の方だ。体を起こしてアシュラフを睨む目は憎しみに満ちている。

「金持ちも王族もオレらの敵だ! こうなったら……!」

 立ち上がった黒髪の少年は自分の衣服をまさぐると、黄金(こがね)に輝く腕輪を取り出した。

「出てこい、封じられし魔神!」

 アシュラフとスィラージュは目を見張った。彼らは顔を見合せようとしたが、腕輪からあふれる太陽のようなまばゆい光に遮られた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ