博士が人型ロボットを作りたかった理由
「さあさあ、見てくれたまえ! これを読み理解したならば全世界の誰よりも早く目の当たりにできた奇跡に感涙し賛美を述べ五臓六腑全てを焦がしながら私に敬意を捧げよ!」
「とりあえずうるさいです。耳元で叫ばないで下さい、博士」
心底嫌そうな顔を浮かべつつも助手は手渡された紙の束に目を向ける。そこには理論だけでもひと財産築き上げられる程の発明がずらりと書きつらねられていた。しかし、注目すべきは数でも質でもない。それらはあるひとつの目的に至る道のひとかけらの石でしかなかった。
「さすがです。正直見直しました」
「そうだろうとも。我が人生のなかで最高の成果になること間違いなしだ」
「かつて『神童』とか『科学の世界に現れた期待の星』とか呼ばれていい気になっちゃって研究ばかり、友達も作らず研究室にこもりきりの世間とは隔絶されたまま青春時代を過ごし、気まぐれで出た同窓会では同級生が結婚して子供までいる席で初めて子供がどこから来るのを知り以来女性とは目も合わせられなくなった童貞だからこその考え付いた、童貞による童貞のための童貞の発明ですね」
「……相変わらず君はひとの傷を抉るのが趣味のようだな」
「趣味ではありません。生きがいです」
淀みのない返答に博士は溜息をつく。助手のことはもうあきらめ計画を進めるため頭の中でやることをピックアップしていく。
失敗するわけにはいけない。そう言うならば、人生をかけた勝負であるからだ。
この、『万能人型ロボット製造計画』は。
科学が発展し向こう千年は安定した暮らしができるようになった未来。生活は便利になり治せない病気も格段に減少した。が、ひとの営みのなかで溶け込めるほど高性能な人型ロボットは存在しなかった。二足歩行の困難さ、空間把握能力の限界、世間においての重要性。問題点を挙げればきりがない。
しかし、博士は揺るがなかった。技術関連はもとより倫理や権利、果ては市場においての価値までも計算し計画を練り上げた。
すべては自分の伴侶をつくるため。
本来の欲に塗れた目的を伏せ外面には美辞麗句で飾り付けられた大層な看板を掲げながら。
「どうしようもなく馬鹿ですね。思春期の学生でもドン引きですよ」
ただひとり助手だけは本当のことを見抜いていた。
世界中のあらゆる研究機関の協力を得て計画は完遂した。
「たった五年で完成させるとはさすが元『神童』。でもひとつ聞いていいですか?」
「それ以上口を開くな。燃焼してくっつけるぞ」
「なんで男性型を初期モデルにしたのですか? あれですか、聖書に習いましたか? それともぎりぎりで怖くなっちゃいましたか?」
「うるさい。黙れ」
「さすが神童貞。作り物でも女性の裸体を見るのが恥ずかしいと。いやはやこれは傑作! 時代を先取りした発明をいくつも作りあらゆるコネと膨大な金をつぎ込みながらも、最後の最後に尻込みして己が目的を捨てるとは」
「黙れと言ってるだろう!!」
「仕方がないので私が博士と結婚してあげましょう」
「へっ?」
「あなた程不器用なひとは私ぐらいしか婿にとらないでしょう。それともなんですか、私の性別を忘れましたか? まさかここ数年一緒にいる者の好意すら感じとれない、とでも?」
突然の告白に呆けた顔をする博士。何でもない風を装いながらも頬を紅潮させる助手。気まずい空間の空気を入れ替えるかのように自動可動式ドアが開くと件の人型ロボットが現れた。外見も人と遜色のないそれは交互に博士と助手を観察した後、くるりと踵を返した。ドアが閉まる直前に一言、
「お邪魔しました」
どうやら空気が読めるようだ、さすが万能人型ロボット。
その時代では珍しく五人もの子宝に恵まれた二人は最期のときまで人型ロボットの改良を続けたそうだ。
「ロボットは子供。死ぬまで子作りができるなんて男冥利に尽きる」
博士の有名な言葉だ。その隣で奥さんが「あなたも言うようになったわね、元神童貞」と笑ったとされるが真相は誰にもわからない。
おかしい…。
書く前は恋愛要素なんて皆無だったのに。