第3話 従者の想い
ざぁぁぁぁぁ・・・。
「くぅぅぅ・・・。おのれ、蛟め・・・。すまきにしてやる・・・。」
少女のほっそりした体を、暖かいシャワーの湯気が包みこんでいく。心地よい水の感触を確かめながら、少女は男に対して呪詛を呟き続けている。
少女が呪詛をはき続けている男 辰貝拓海は、蒼龍の住処である湖に落ちてびしょ濡れになった少女を自分の家のシャワー室に押し込んだ後、おかきとお茶を用意してゆったりとソファに寛いでいた。
お茶を啜りながら、拓海は教え子であり己の主である美月を想った。
蒼龍の転生 天野美月は、学校ではごく普通の生徒である。真面目で友人も多く、成績も中の上くらいをキープしていた。・・・今日の数学のテストは散々だったようだが。点数を付けた後、本当に彼女の回答なのか疑ったくらいだ。きっと、突然の覚醒でそれどころではなかったのだろうが。そして美月の容姿は、流れるような長い髪と、柳のように色白である。瞳は切れ長で、女性の愛らしさというより知性を感じさせ、どこか張り詰めた美月の雰囲気は、遥か昔の主の姿を髣髴とさせた。
「いや・・・主ではない。あの少女はあの方に似ているのだ。奥方様に。」
蒼龍が愛した最初の妻、蓮妃に。
拓海は静かに目を伏せた。蓮妃を失った蒼龍は、それから二度と人形をとることはなかった。常に本性の龍神のままの姿で嘆き悲しんでいたのだ。皮肉にも彼が悲しめば悲しむ程、彼の神気は清浄で研ぎ澄まされていった。やがて悲しみに耐えられず永い眠りについてからも、主の安らいだ寝顔は見ることは叶わなかった。
シャワーの水音が止んだ。少女がもうすぐここへ来るだろう。彼は待ちきれず、部屋のドアを開け少女の来訪を待った。しばらくして、しっとり濡れた長い髪をタオルで拭きながら、白いバスローブを着た少女が大きい足音とともに彼の元まで歩いてきた。彼女の瞳にあるのは、困惑と少しの怒り。
彼は最上級の笑顔で主を迎えた。この微笑が妙齢の女性に向けられたならば、思わず頬を染めて絶句するであろう。しかし、少女は彼の笑顔が気に入らなかったらしく、ますます眉間に皺を刻んだ。
「さあ、お茶とおかきを用意してありますよ。召し上がってください。我が主よ。」
少女は観念したように、彼の後についていきソファにどかっと沈んだ。彼は、少女と向かい合って座っている。
「・・・。今の私は「蒼龍」ではないぞ。それよりそなたは何故地上にいるのだ?」
「あなたを地上へ送り出した後、あなたの代わりに湖を守っていました。あなたが帰り着くまでそうするつもりでしたよ。しかし、ある事件が起こったのです。」
「事件?」
「貴方の第四夫人、浮草の君が心配のあまり人間として暮らしている貴方の元へ訪ねていったのですよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そして、案の定、彼の君は干乾びてしまって。」
蒼龍の眷属でもある「浮草の君」の本性は、そのままの「浮草」である。蒼龍の加護がない地上で、彼女はあっという間に本性を顕し、成す術なく干乾びてしまったのだ。
「ちゃんと、水に戻したので大丈夫でしたよ。貴方を心配していた者は他にも多くおります。その者達の暴走を食い止めるために、私が代表して地上へ来たのです。貴方の側に居られる器を探すために黒龍の力をお借りしました。」
少女は、黒龍の名を聞いた瞬間彼の右頬に平手打ちをお見舞いした。彼はじっと少女を見る。
少女は、怒りと悲しみのないまぜになった表情で搾り出すように言った。
「そなたは・・・。なんてことをしたのだ。黒龍に力添えを申し出たということは・・・。何故、何故そんなことをした!」