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怨恨の崇拝者  作者: 中野南北
第五章
56/58

56,怨恨の崇拝者

 人喰らいの歴史を語るには、私の生を話さなければならない。鈴音、お前にもリアンにも告げていなかった闇の記憶。鬼人と人間の血塗られた真実だ。


 私は五十年前、オルドビス大陸の山谷にある村で生まれた。ちょうどこの島のような、密林に囲まれた村だ。心優しい両親に仲の良い友達。戦時中とはいえ、恵まれた生活を送っていたと言えよう。


 私が十歳の時、いつものように密林へ友達数人と遊びに行った。お前達が小さい頃によく遊んでいた、古くからあるちょっとした遊びだ。余りにも楽しかったもので日暮れまで遊び尽くし、密林を抜けた頃には日は沈んでいた。


 そして私達は見たのだ。人間の手によって壊滅した故郷の姿を。


 家屋には幾つもの切り傷が刻まれ、火炎が燃え盛っていた。血痕、血溜まり、数々の死体。父と母は身体を深く切り刻まれて死んでいた。致命傷となる傷は幾らでもあったのに……きっと死んだ後につけたものだろう。それでもまだ良い方だ。中には生きたまま燃やされていたり、原型を留めていないような遺体まであったのだから。


 私達は立ち尽くした。涙も出なかった。友達の中には気を失った者もいた。しかし、そこで終わらなかったのだ。人間はまだ村に潜んでいた。子供の鬼人などひ弱な者で、全員簡単に捕まり、抵抗虚しく檻に入れられ、運ばれた。


 檻の中で私達は話し合ったものだ。助かるのか? どこに連れて行かれるのか? 皆 震える身体を誤魔化しながら、きっと大丈夫だと励まし合った。これから待ち受ける地獄など、到底知ることは出来なかった。


 私達は巨大な施設に入れられた。強制収容所という奴だ。その中では日夜、鬼の実験が行われ、鬼人をより効率よく殺害する方法が編み出されていた。不潔な部屋で長い間を過ごし、男も女も服を着替える事すら許されない。毎日毎日を拷問に費やした。


 私達は毒を飲まされ、身体を刻まれ、殴られた。収容から数ヶ月、私達の友達が一人いなくなっている事に気が付いた。どこに行ったのかと皆で話し合い、二つの考えが生まれた。脱出したのか、死んだのか。後日、収容所にいた三百名あまりの鬼人が集められ、目の前で処刑が行われた。脱出を企てた者の末路だ。その中の一人は、友達だった。


 それから日に日に友達を失っていった。その大半は行き過ぎた拷問の犠牲者だ。飢餓・出血・病・焼死・絞殺・刺殺・毒殺・感電死・溺死……私が知っているだけでもこれだけある。気が付けば同じ村出身の者は皆死んでいた。


 収容所で知り合った同じ年の女の子がいた。赤鬼の不思議な雰囲気を身に纏った子だった。彼女の死は特に印象的だ。何故なら人間は、私と彼女を殺し合わせようとしたのだから。しかし私達は闘おうとしなかった。絆が生まれていたからだ。人間はその様子を見て遂に飽きたのか、私の目の前で彼女を殺した。


 十年が経った。それ程長きに至ってその施設で生き残ったのは私だけだ。そして人間は知らなかった。幾ら衰弱していても成人となった鬼人の力の強さを。私は檻を突き破り、脱出を始めた。


 同じ捕われていた鬼人を救い出し、向かってくる人間を全て殺した。怨みを晴らすために。終には施設にいた人間全てを殺した。戦闘員だろうが研究員だろうが、最早関係なかったのだ。私は人間という生物そのものをうらんでいたのだから。


 私は捕われていた鬼人……お前の知る限りではバルドだが、彼等を引き連れて歩いた。そして船の準備をしていた鬼人の集団に助けてもらい、この島へ一緒に連れてきてもらった。その際に私は十年分の情報を聞かされた。


 戦争は終わり、我等は敗北したのだと。


 私はこの島で新しい生活を始めた。薬の知識だけはあったからだ。それも人間に与えられた毒を飲み、その解毒剤を自らの身体で確かめて得た知識だが。しかしそうした生活を幾ら続けても……


 心の奥底に沸き上がる怨恨は消えやしなかった。


 人間が憎い。村を奪い、家族を奪い、友を奪い、誇りを奪い、幸福を奪った。あの人間共が。許すという感情は最初から浮かびはしなかった。ただ寝ていても起きていても怨みだけが沸き上がる。奪われたものを返してもらう。それが出来ないのならば、人間共。お前達の命で償ってもらおう。私は人喰らいを組織し、収容所に入れられていた者を中心に武力活動を始めた。彼等は私を主と呼び、よく慕ってくれた。


 時が幾ら経っても憎しみは消えやしない。それでも妻をもらい、息子が生まれて確かな幸せを感じ始めていたその時だ。


 お前と出会ったのは。


 生け贄の文化を学んでいた私達は、いつかそういう時が訪れると予見していた。その時に私達は人間をどうするのか、明確な決議を出してはいなかったが皆こう思っていただろう。償わせる……と。


 私は意識を失い微かな呼吸を続けているお前を見付け、近付いた。苦しんでいる。放っておいても死ぬだろうが、私の手で送らせよう。お前の首に手を掛けた時、お前は小さな声で言った。


「お母さん……お父さん」


 私は長い間、人間の収容所にいたため、ある程度の単語は分かる。だからこそ、私はお前に自己投影したのだ。


 経緯はどうあれ人間に全てを奪われた者。


 私はお前を助けた後に問うたな? 人間を恨んでいるか、と。お前は答えたな……恨んでいないと。理由を尋ねれば、泣いていたからだという。


 有り得ない。何故だ? そんな些細な事柄でこの怨みを許せるなんて。私は苦しんだ。この娘が抱えている重たい過去。同じ人間に生きる権利を奪われた哀れな命。なんて無垢なのか……いや、幼いのか。将来全てを悟った時にこの娘が出す答えを知りたい。私は決意した。同時にお前の答えに希望を見出だした。私の出した結論を納得させる為の標として。お前を育てる事に決めた。


 たくさんの経験を経て、お前は立派な娘へと成長していく。自分の意見をしっかりと抱いた女性として。お前の微笑み、笑顔、悲しんでいる顔、好奇心に溢れた表情……私はそれをただ観察している……筈だった。


 いつからかは分からない。妻が死に、必死にリアンの母代わりとして、私の妻になろうと努力していた時からか。カイナを助ける為に夜遅くまで森から帰って来なかった時からか。赤鬼に辛く当たられ、悲しんでいる時からか……


 ただの標だったお前が、誰よりも愛しい娘となった。


 喜んでいるのならば一緒に喜ぼう。好奇心に溢れているのならば教えて上げよう。姿が見えなくなれば必死に探そう。悲しんでいるのならば、その原因を取り除こう。私はただ、愛した。鈴音、お前を。


 それでも心の奥底。私という人格が形成される始めに刻み込まれた、人を憎むという感情も確かにあり、それは日に日に膨れ上がる。そう、既に私は人間を恨む事それ事態を神のように崇拝していたのだ。


 それでも一方で私は確かにお前を愛している。この矛盾が、私の自己をより不可解な存在へと追い込んでいく。


 しかしある日、お前が不安そうな表情で私に夢を告げた時、遂に気付いた。最早私の憎しみなど大した問題ではない。この子の未来を守りたい。それだけなのだと。


 私は人喰らいの活動を止めようと考え始めた。だがなんと自分勝手な男なのだと思ったのだ。結局、人喰らいの団員を見捨てる事は出来なかった。何をしても中途半端だな……私は。


 鈴音、これが私の歩んできた道だ。私を罰する権利がお前にはある。さぁ、決断の時だ。この長い物語に幕を下ろそう。



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