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怨恨の崇拝者  作者: 中野南北
第四章
47/58

47,最後の機会

 太陽国に唯一在住している鬼人……人喰らい。鈴音が一度彼等に攫われた時、余りにも窮地な自体ゆえ、その本部の正確な地理的位置を理解することは出来なかった。少なくとも廃れており、赤坂村から花宮村の道中にある小さな村、程度の認識である。


 鈴音が椎名と協力して、その村を地図で探してみると、特徴に当てはまる村は二つあった。一つは飢饉で滅んだ村。もう一つは、戦時中に鬼人の手により壊滅させられた村。鬼人の残党が残っている可能性が高いのはどう考えても後者だろう。


 しかし問題もあった。それは鈴音の兄・九百六十七番が、自らの組織にあの隠れ家を報告しているであろうと思索される事である。世間一般には知らされていないが、きっと暗影兵は人数を集めてあの隠れ家を襲撃している。そんな場所にもう一度鬼人達が集まっているだろうか。鈴音の考え、希望にも似た予測だが、戻ってきている筈だ。


 人喰らいの性格を考えてみると、あの地下基地には充分な空間があり、きっと莫大な戦闘道具が隠されているだろう。そんな場所を簡単に手放す筈がない。そして、一度狙われた場所にもう一度戻ってくる訳がないと決め付けてかかる人間に対して、その裏をかくというのは、如何にも鬼人がやりそうな事だ。勿論、これ等はただの予測である。


 鈴音は馬車に揺られながら、その廃村・和笠村を目指していた。本当ならば一人で馬に乗って進んで行きたかったのだが、怪我が酷くて不可能だったのだ。当然、鈴音は本来、寝台で休んでおらねばならない身で、歩くどころか直立しているだけでも相当に苦しいのだが、無理をしてでも果たさなければならない約束を守る為、現在、御者を雇って馬車に揺られている。


「しっかし酷い怪我ですなぁ、包帯だらけで。あれですな。木乃伊みたいですな」


 お喋りな年配の御者が、手綱を操りながら鈴音に話し掛けた。鈴音は曖昧に笑いながら、木乃伊って何だろうな……とボンヤリ考えた。


「しっかしあれですな。和笠村に向かう人なんて、わしは四十年近く御者やってますが、初めてですな」


「あ、村から少し離れた場所に止めて頂けますか? 危ないかもしれませんし」


 鈴音が焦ったように言うと、御者は何が危ないのかと首を傾げながら、お喋りを続けた。


 鈴音は村の入り口で下りて、御者に礼をしてから、松葉杖を使って歩き始めた。自分の足で歩けないというのはとても不便だ。左腕は幾らかマシになったとはいえ未だに痛むし、数歩進むだけでも大変な作業だった。


 和笠村は気味の悪い村だった。完全に死を迎えた村。荒れ果てた畑に、ひび割れた穴だらけの家々。変色した血痕の残る壁に、腐り果てた溜め池の水。生臭く、鼻に迫る腐臭に慣れることは難しい。しかし、改めて見回すと見覚えがある。生き物の気配はない。


 鈴音は村の中央と思われる家屋の影で、鬼風響きを思いっきり鳴らした。途端に、風の音しか聞こえなかった村の家屋から、悲鳴を上げながら鬼人が三人現れた。鈴音は予測が当たっていた事に感謝しながら、覚悟を改めて決めた。


『なんだ今の! 耳が痛ぇ……』


『くっそ、敵か?』


『待て、そこに誰かいるな? 出て来い』


 赤鬼人は三人共若かったが神住み島・人喰い島の者ではなかった。鈴音は松葉杖をついて、包帯だらけの姿を赤鬼達の前に現した。赤鬼達は困惑しながらも、包帯だらけの人間のどこを掴んだらいいのか相談してから、結局鈴音の襟首を掴んで、地下の隠れ家へと引き連れて歩いた。


 階段を下りる作業。鈴音は顔をしかめながら、歯を食い縛って進んだ。見覚えのある湿気多く長い地下通路を通って、人喰らいの長・バルドの部屋へと連れ込まれた。


 その広く暗い部屋には、椅子に座ったバルドと若い三人の鬼人の他、年老いた五人の赤鬼が横一列に立っていた。皆鈴音の存在に驚きながらも、人間に対する憎しみを瞳で訴えている。暫しの沈黙の後、バルドが鼻で笑ってから言った。


『見覚えのある人間だが、ここまでボロクズだったかな? さて、お前達は下がれ』


 若い赤鬼達は鈴音から手を離し、礼をしてから大急ぎで扉から出ていった。鈴音は松葉杖に支えられながらも、バルドを必死に睨み付けた。バルドはほくそ笑みながら『怖い怖い』とおどけて見せる。鈴音は表情を変えずに、挑戦的な目付きのまま言った。


『バルドさん、わたしは鈴音と申します』


 バルドの前に立っている年老いた鬼人達は、鈴音が鬼の言葉を話した事に驚いている。そんな空気の中、バルドは嘲笑しながら返事をした。


『これはこれは御丁寧に……さて、むざむざ捕まりに来た理由を教えて頂けますかな?』


『それを説明するには、まずあなたがわたしの質問に答えて下さい。あなた方は、何の為に人々を殺めているのですか?』


『ほぉ……中々尊大な態度だな鈴音殿。ふむ、我々は人間から奪われたものを全て取り返す為に設立された。正当に鬼の誇りを蘇生させる為には、多少の武力を見せ付ける必要がある』


『では、武力を必要とせずに鬼の誇りを取り戻せるならば、その策を是とするのですか?』


『まぁ、そんな策があるのならばな』


 鈴音とバルドはしばらくの間睨み合った。この空間を支配しているのは、間違いなくバルドである。鈴音が優位に立つには、時間を無駄に消費するのは失策だろう。鈴音は真剣な瞳で、国王との契約を話し始めた。バルドは顎に手を置いた不遜の態度で話を聞き続ける。鈴音は、最早この空間に存在しているのは自分とバルドだけのように感じていた。


 鈴音が話し終えると、年老いた鬼人達が一斉に批判を叫び始めた。しかし、バルドは手を上げて彼等を制し、冷たい瞳のままで言った。


『なぁ、そんな穴だらけの馬鹿らしい策に我々がのるとでも思ったのか? 我々は人間をねじ伏せて自由を得る』


 鈴音はバルドから目を反らし、心の底から溜め息をついた。ずっと立っている事が辛く、不意に倒れそうになるのを堪えながら、話を始めた。


『あなたは今、鬼人の誇りの為に力を尽くしていると仰った。それは、嘘でしょう』


 この時、バルドは始めて嘲笑の表情を崩し、怒りを顕にした。鈴音は構わず、呆れたような口調で続ける。


『鬼の誇りなんて、もっともらしい言い訳で自分を正当化して、ただ自分の私怨を原動力にして暴れたいだけ。鬼なんて、本当はどうだっていいのでしょう』


『貴様に我々の何が分かる! 人間が我々に何をしてきたか、一寸も知らぬ貴様に、何が分かる!』


『だから人を殺すのですか? 例えてみましょう。もしあなた方が今の活動を続けて人をねじ伏せ支配したとして、人間があなた達のような組織を新たに構築しないと思いますか? 結果的にまた同じような事態が繰り返されたら、鬼も人もお互いが滅びるまで争い続けるでしょう』


 赤鬼達は憎しみの表情を鈴音に向けていたが、誰も話さず、動かなかった。鈴音は喉を痛める程に大きな声で、話し続けた。


『今が機会なんです。ここで連鎖を断ち切り、新たな絆を始めれば、これ以上犠牲を増やさなくてもすむ。そうすれば……』


『人間は我々を不当に扱った!!』


 バルドが耐え切れずに、冷静さを欠いた口調で叫んで立ち上がった。顔に刻まれた傷も、左目の眼帯も、全てが怒りに支配されている。


『人間は悪意の塊だ! 平等・平和・希望……奴等の前では全て詭弁よ!! そんな輩を信じろというのか? 貴様を信用する事すら我々には出来ぬ』


 バルドの怒りの前に、年老いた鬼人達は同意しながらも恐れているようだった。鈴音はバルドの迫力に負けないように、自分を保とうと幸せな思い出を盾にした。そう、わたしには力がある。一人では決して得られない大きな感情を、愛を知っている。


『わたしの命が有る限り、全てを平和と平等に捧げます。わたしの覚悟が揺らいだ時は、わたしの命を奪って下さい。それが、わたしの思いです』


 鈴音はで微笑みながら、決意の言葉を述べた。バルドは、大きく目を開いて、歯を食い縛っていた。鈴音はその表情の真意を知っている。葛藤だ。認めたくないものを認めようとしている。憎しみが空間を支配している中、バルドはようやく口を開いた。


『……いいだろう……しかし、最終的には我々が全てを決める』




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