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怨恨の崇拝者  作者: 中野南北
第四章
44/58

44,孤島の真実

 何かが聞こえる。暗闇の中で、誰かが大慌てで走り回っている。島中が大変な騒ぎになっている事を鈴音は悟り始めていた。それでも、あまりの疲労に目蓋を開けている事が出来なかったのだ。そして鈴音が翌朝目を覚ました時、島に何の変化も起こっていない事を知り、あれは夢だったのだと納得した。


 睦月の十五日。鈴音はレインおじさんと共に村長の家に向かっていた。鈴音が何の話をするのか、どういう事情を抱いているのかはまだレインおじさんにも告げていない。つまり、村長の家で初めて鬼人に話す事になるのである。太陽国に来てもらえないか……と。


 とてつもなく言い辛い事柄である。その為、鈴音の足取りは重かった。まず断られる事は分かっているし、許可を得たとしてもまだ太陽国民を納得させるという難関が立ちはだかっている。途方も無く長い道程を思うと無意識の内に溜め息が出た。すると、おじさんが薄く笑ってから『不安か?』と尋ねた。鈴音は苦笑いを浮かべながらコクリと頷いた。不安といっても今からの話し合いに不安がある訳ではなく、未来に向けての不安なのだが。


 村長の家は相変わらず巨大だった。人間の家々を見てきた今の鈴音だからこそ言える。この建物は家というよりも二階建・木造の城だ。周りには巨大な樹木が何十本も植えられ、雪をたくましい枝に乗せてそびえ立っている。今は雪に隠れているが、地面には変わった植物がたくさん生えている筈だ。


 鈴音とレインおじさんは玄関に向かい、村長に挨拶をしてから家に上がった。村長の玄関には何故か数十の履き物が置かれていたので、鈴音は宴会でもしていたのだろうかと思った。客間に案内されている最中、廊下を歩いていると、天井の上・家の二階から呻き声のようなものが聞こえ、鈴音はゾクッとして気味悪く感じた。『今の声は何ですか?』と村長に尋ねてみると『ううむ……鬼鼠じゃろう』と村長は何かを誤魔化すように答えた。鬼鼠が何故呻いているのだろう。村長達には今の声が「チューチュー」とでも聞こえたのだろうか。


 村長の家の客間は相変わらず広かった。きっと十何人でも集まって会議を開けるだろう。部屋の真ん中に置かれた卓袱台には変わった果物と三人分の温かいお茶が置かれている。鈴音は畳床に置かれた座布団の上に座り、村長は鈴音と向かい合うようにして座布団に座った。レインおじさんは村長の隣に座り、鈴音に落ち着いて話すように指示した。


 鈴音は深呼吸をしてから胸に手を当てて話し始める。


『村長さん。わたしの夢についてはレインおじさんから伺っておられる事と思います』


 鈴音の言葉に村長は重々しく頷いた。彼女は余計な話を今はすべきではないなと感じた。そこに辿り着いた経緯ではなく、もう本筋を突き付けるべきだと思ったのだ。


『その夢が先日、一歩前進しました。太陽国国王は先日、鬼の種族を我が国に受け入れると約束して下さったのです』


 村長は驚きで目を見開き、明らかに動揺した。ところがレインおじさんは大きな反応を見せなかった。何故か鈴音の目には、おじさんは苦しんでいるように見える。二人の反応を気に掛けながらも鈴音は話を続けた。


『今はまだまだ解決していない問題が山程あります。例えば太陽国民はまだ鬼人に偏見を持っていること……人喰らいのこと。でも、それはきっと長い時間をかけていけばきっと解決する。今が全てを終わらせ、始まらせる機会なんです。だから……』


 その時、レインおじさんが手を上げて鈴音を制した。隣に座っている村長はレインおじさんの様子を気にしながらも小さな声で話す。


『レインさん。全てを教える時が来たのでは?』


 鈴音が困惑の眼差しを二人に向けていると、おじさんは長い間迷った末に頷いて言った。


『鈴音……私と村長についてくるのだ』


『え……? どこにですか?』


 鈴音の問いにレインおじさんは天井を指差した。ちょうどその時、あの呻き声が天井から聞こえてきた。




 鈴音は村長の家の二階に上がらせてもらった経験がない。昔、同級生達と『村長の家の二階にはお宝が隠されている』と噂をしていた程度の認知度である。


 まずは下ろされた梯子から村長が登り、おじさんが登り、鈴音が上がった。梯子は鬼人が登っても軋まない程の頑丈な作りである為、安心して身体を預ける事ができる。


 鈴音が二階に登って一番最初に驚いたのは異様な臭いだった。埃くさいような優しい香りではない。薬草と血の臭いだ。二階は襖で仕切られた一部屋だけの妙な構造をしていて、蝋燭の光が頼りなく輝いている。


『全てを知る覚悟はいいか?』


 襖に手を掛けたレインおじさんが、何かに恐れているような、辛そうな声で鈴音に尋ねた。鈴音は初めて聞くそのおじさんの声にただならぬ恐怖を感じる。何を秘密にしているというのだろう……。鈴音は納得もしていないのに渋々と頷いた。


 レインおじさんが襖を開けると、一層悪臭が増した。それもその筈である。その広い部屋には傷だらけの鬼人が何十人も布団の上に寝っ転がっていたのだから。何人かは明らかに息をしていない。角はもげ、ほとんどの布団を血が染めている。五体満足の鬼人はほとんどいなかった。そして鈴音は気が付く。生気を無くす程の光景を目にしても、吐き気を堪える事に必死になっていても、気が付かざるをおえなかったのだ。彼等は紛れもなく、人喰らいであると。


『どうして……人喰らいが……この島に……? これは何の……』


『鈴音、この島の名を知っているか?』


 レインおじさんが襖をそっと閉めながら尋ねた。鈴音は口元を抑えながら声を搾り上げるようにして答えた。


『……か、神住み島?』


『それは人々が呼ぶ名。お前の前では呼ばぬよう気を付けてきたが……我等鬼人は、この島を人喰い島と呼ぶ。人喰らいの故郷……総本部だ』


 そんな……馬鹿な話があるのだろうか。鈴音はレインおじさんの顔を見て、完全に静止した。頭がグラグラと揺れる。自分は何をしているのだろうか。今まで何をしていたのだろう。全部、愚かしい紙屑のように思えた。鈴音は床にへたりこみ、自分の身体が萎えていくのを止めようとして、失敗した。


『わたしは……わたしは……おじさん……どうして?』


 レインおじさんは目を瞑って、何も言わなかった。村長は静かな瞳を鈴音に向けている。鈴音は自分が泣いている事にも気が付かず、信じられない事実に震えていた。


『鈴音……私の話を聞いてくれるか? 私は』


 レインおじさんが鈴音の震える肩に手を優しくおき、話を始めたその瞬間、突然襖が大きな音をたてて勢い強く開いた。村長も鈴音もおじさんも驚いて襖の方を向くと、そこにはレイピアが立っている。ただし角がなく、血まみれで、白目をむいている有り様だ。村長は不思議そうにレイピアに言った。


『レイピア、何をしておる。お主は絶対安静で……』


『人間。人間。人間。人間。人間。人間。人間』


 狂ったように呟くレイピアに、鈴音は哀れみを感じた。きっと人間を襲って返り討ちにあったのだろう。鈴音は立ち上がり、涙の痕を頬に残したまま無理矢理に作った微笑みを浮かべてレイピアに近付いた。


『どうしたの? 酷い傷……寝ていないと』


『人間。人間。人間。どうしてここにいる?』


 その時、レインおじさんがレイピアの異常に気が付いて鈴音に向かって大声で叫んだが、遅かった。


 鈴音は身体を粉々にされるような衝撃を背中から受け、床に叩き付けられた。床といっても一階の床である。鈴音がその事に気が付いた頃には、身体が粉砕されていた。だらしなく大の字で倒れている自分を感じ、天井に空いた穴が見える。古瀬家の髪止めが無事かどうか手で触って確かめようとしたが、両腕共奇妙な方向に曲がっていて動かなかった。身体のどの部分も全く動かない。


 おじさんが梯子から下りてきて鈴音を腕に抱いた。しきりに大声で鈴音の名前を呼んでいる。鈴音は『大丈夫』と言おうとしたが言えなかった。声の代わりに喉の奥から込み上げてきた熱い液体は、舌に鉄の味を残して口から溢れた。


 おじさんの顔が見える。青い瞳に傷だらけの顔が。鈴音は微笑みかけようとしたが、それすら出来なかった。今や感覚は視力しか残っていない。痛みすら消え失せている。


 だんだんと目蓋が重くなってきた。おじさんが必死な顔をして叫んでいる。それすら遠く遠く……遥か彼方に消え去って……


 何も感じなくなった。



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