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怨恨の崇拝者  作者: 中野南北
第四章
42/58

42,故里への旅路

『それで、俺様が鬼質……か?』


 木の頑丈な檻に閉じ込められたグルルが、不愉快そうに呟いた。鈴音は申し訳ない気持ちを味わっていたが、国王の命令には逆らえず、せっかくの機会を無駄にする事も出来ない。しかし、本当に申し訳なかった。グルルをまた檻の中に閉じ込めてしまうなんて。


『ごめんね。でも三ヶ月の猶予があればきっと皆を説得できるし、鬼と人との絆が繋がれば、堂々とグルルも帰れる筈だよ』


 鈴音は今日あの島に帰る。人々が神住み島と呼び敬う鬼の島に。勿論、単独行動である。国王の代理人の日々間が意地でも鈴音にお供をつけようと動いていたが、国王の助けを得て逃げ切ることが出来た。その代わり、鈴音がまた太陽国に帰ってくる保証として、グルルが人(鬼)質にされてしまったのである。グルルは三ヶ月間、食事に心配しないで済む事に喜んだり、狭っ苦しい檻に文句を呟いたりしていた。


 鈴音は着物とお金を持って北側海岸へと馬を走らせた。まずは交易島へ向かう船に乗船し、二日後、到着して島で鬼風響きを鳴らす。それから鬼イルカ達がやって来るまでひたすら待ち、神住み島……故郷へと帰る。


 運命を決めた会談の際、鈴音は国王と固く約束をした。「決して誰も自分の後をつけさせない」と。日々間はその意見に大反対したのだが、国王は恭しく認めてくれた。しかし、鈴音も油断する気はない。誰にも故郷の土を踏まさせはしない。細心の警戒を払うつもりだ。


 天気は快晴。鈴音の乗船した帆船は中型の古い船舶だったが、何の問題もなく海面を進んでいった。見上げた青い空には白いカモメが何十羽と舞っている。鈴音は段々と小さくなっていく太陽国の姿を眺めながら、日の光をサンサンと浴びて、大きく背伸びをした。十ヶ月ぶりにみんなと会える……そう思うと胸が弾んだ。その時、人喰らいに入隊していた赤鬼達のことを思い出し、気楽な気分は吹き飛んでしまった。ただの帰郷ではないのだ。気を引き締めなければならない。


 二日間の旅はあっという間だった。鈴音は海を眺めたり、潮風の突風を浴びたり、魚を探したり、浮き島を興味津々に見つめたりして、とても純粋に楽しんでいた。こんなにウキウキするのは何時ぶりだろう。自然を感じる。世界が生きている様子が分かる。背負っているものは重たいが、めげてばかりもいられないなと、前向きに考えることが出来るようになった。


 二日後、鈴音は交易島に足を踏み入れた時、揺れない地面に違和感を覚えてしまった。何度かその場で足踏みをして、自分の身体を慣らそうと努力する。そうしているうちに、真っ直ぐ歩けるようになった。鈴音は海岸添いで海を見渡しながら鬼風響きを鳴らし、島を眺めた。


 交易島……鈴音が初めて訪れた時は数分しか滞在しなかったので、どんな島なのかよく知らなかった。


 交易島には家が数軒しかなく、日夜炭鉱を掘り進める音が響いている。大きな土の山が二つあり、島の面積を半分近く奪っている。炭鉱から離れた位置に建てられている白い建物は、きっと椎名が勤めている診療所だろう。


 久し振りに椎名に会いたいと強く思った。あの独特な雰囲気を身にまとった、若々しい男性に。一太郎の最期も手紙でしか伝えられていないし、その返事の手紙を貰ってから何の交流も行っていない。それでも、もし国王の追跡者が近くにいたのならば、自分と関わった事で彼に余計な迷惑を掛けてしまうかもしれない。鈴音は渋々歩を止めて、二日分の食料を購入してから、砂浜に戻って鬼達がやってくるのを膝を折って待ち続けた。


 鬼イルカが交易島に辿り着くまでどれだけの時間が掛かるかは分からない。鈴音は最低でも二日はかかるだろうと考えていたのだが、数時間待っただけで海の遠くの方で海面から突き出た懐かしい角を見た時、まさかと思ってハッとした。


『呼んだか、鈴音ー?』


 確かにカインの声だ。鈴音と友達の鬼イルカの兄弟、その兄。二本角が見えていることから、弟のケインも一緒にいるのだろう。たまたま交易島で遊びに来ていたのだろうか……鈴音は不思議に思いながら一人乗りの小舟を借り、鬼イルカが泳いでいる場所まで櫂で漕いだ。


『久し振りー! あれ?』


 鬼イルカ達が泳いでいる場所までつくと、鈴音は声を上げて驚いた。カインの隣にいた鬼イルカはケインではなく女性の鬼イルカで、彼女の隣には小さな子供の鬼イルカが元気に泳いでいる。まるで家族のように。


『久し振りだな。おっとそうだ。こっちは妻のミアン、子供のラインだ』


『へぇー! あの……ええっと……おめでとう!』


 鈴音はミアンに挨拶をしてから言った。たかが十ヶ月しか経過していないのだが、やはり時間の流れは大きかったのだ。


 鈴音は小舟にカインとミアンの角を縄に繋ぎ、泳ぐように頼んだ。鬼イルカの馬力は風とはやはり違う。帆船の勢いよりも遥かに強く、速いのだ。小舟は泳いでいる魚を追い抜いて島に向かった。小舟の隣では子供の鬼イルカ・ラインが楽しそうに泳いでいる。その様子を見て、鈴音が尋ねた。


『ラインはまだ赤ちゃんだよね? これから二日間も泳ぎっぱなしで大丈夫なの?』


『いんや、こいつは俺達よりも元気だぞ』


 その時ラインが大きくジャンプし、海水を激しく飛びき散らしながらまた海に潜って泳ぎだした。鈴音は、ああ……成る程なと思いながら船に寝転び、満天の青空を眺めた。後にカインが言っていたのだが、カイン一家が交易島周辺を泳いでいた理由は、ラインの『遠くまで泳ぎたい』という願いからであったらしい。


 小舟が鬼達の島に向かっている二日の間に、気候と温度は大きく変化した。鈴音の飲料水を入れた竹筒の飲み口は凍てつき、果物は凍って噛み砕けなくなったのだ。ここらの海峡は冬とそれ以外の温度差が著しい変わった場所で、普段は温暖な地域なのに冬になると太陽国の何処よりも寒冷となる。鈴音は鬼蚕の懐かしい上着を袋から取り出して羽織った。幸い雪は降っていない。


 カインとミアン夫婦は泳ぎ続け、止まらなかった。ラインも両親の後を楽しそうについて泳いでいる。鈴音は、流石『鬼の種族』だと思った。この力が人に利用されるなんて許せない……密かにそう考え、拳をギュッと握った。




『おい鈴音。もう着くぞ』


 カインの声を聞き、鈴音はうっすらと目を開けた。知らぬ間に眠っていたようだ。二日の船旅はあっという間だった。変わり行く風景をただ眺めるだけでも、鈴音は時間を忘れる程に楽しんでいたのだ。


 太陽の位置から、時刻はおそらく昼頃。青い空に青い海、それらに囲まれた雪の白い島が見え始めた。


『懐かしいなぁ……』


 鈴音は思わず目を細め、呟いた。自分には大きな使命があり、それを果たさなければならない。それでも心に湧く暖かいものを感じ、どうしようもなくワクワクしてしまう。


 雪の島は太陽の光を眩しい程に反射して、輝いているように見えた。鈴音は鬼イルカと別れ、浅瀬を櫂で必死に漕ぎ、第二の故郷の砂浜に自分の足跡をつけた。その瞬間、白い雪を枝に積もらせた樹木の奥から、鬼人の低い声が聞こえてきた。


『人間か? ここは神の島なり。裁き下る前に去れ』


 鈴音はその声の主に向かってニッコリ微笑み、手を振りながら言葉を返した。


『ただいま、リアン』


『……鈴音!?』


 背の高い青鬼は薬草を手に持ち、驚きの声を上げながら樹木の間から姿を現した。鈴音は懐かしい義姉弟を見付けて、久し振りに心の底からの微笑みを見せた。



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