88 紫色の花びら
微睡みの中で時折見えるのは、ゆらゆらと歪んだ室内。
耳を塞がれた時のような音が気持ち悪い。
口元に何か装着されているようだが、ぼんやりとした頭では上手く動くことが出来ない。
それを確かめる事もままならない。
──ああ、意識が遠のく。
次に目覚めたのはガラスの蓋の付いたベッドの上。
「そのままお休みください」
と、くぐもった神殿長の声が聞こえた。
とろとろと瞼が落ち、眠りについた。
再び目覚めると、窓から漏れる光に包まれた。
顔を巡らすと金属の枠組みのベッドが見えた。
「もう大丈夫ですよ」
神殿長の落ち着いた低い声がした。
「⋯⋯酷く痛んだのだが⋯⋯、痛くない、ね」
脚を確かめようとしたが、神殿長に止められた。
「もう二日程は安静になさって下さい。お目覚めですから、王妃陛下にお知らせします。明日にはお会いしても宜しいかと」
「母上にお怪我は?」
「ご安心下さい。無傷でございますよ」
アルドーは安堵し、眠りに落ちた。
液状の栄養食を口に運び、また眠る。
何度かそれを繰り返した。
額から耳のあたりを撫でられた感触。
そのまま左頬を軽く包まれた。
冷たくて気持ちがよい。
ふいに離れたそれは、左手へと移った。
握られた左手の甲に柔らかな感触。
──これは、クリス?
「⋯⋯ん」
アルドーは身じろぎする。
アルドーの左手に頬を寄せたクリスが顔を上げ、目が合った。
「ああ、クリス。君は無事?」
アルドーは自分の左手を握るクリスの指に口づけた。
「わ、わたくしはっ⋯⋯」
陽の光に透けた薄紅色がかった金の髪が、目の前にサラサラと流れる。
クリスの紫色の瞳がどんどん潤んでいく。
──ああ、朝露に濡れた花のようだ。
「目覚めて君がいるなんて、なんて幸せなんだろう。よく顔を見せて」
アルドーは手を引き寄せ、両手で顔を包んだ。
軽く唇を啄む。
クリスの瞳から零れ落ちる涙が、アルドーの顔を濡らした。
「ああ、また泣かせてしまったな。どうしたら泣かせずにいられるのかな⋯⋯?」
「⋯⋯アルドー様が無茶をなさるからです。フラッハ様がお怒りでしたよ」
クリスは困った顔でアルドーの両手をそっと離し、ベッド脇に置かれた手巾でアルドーの顔を拭う。
アルドーはそれを受け取り、クリスの顔を拭った。
「フラッハには悪い事をしたな。必ず戻ると言ってしまったのに。でも、君も母上も無事だったなら、私はそれでいい。私に当たらなかったら君が撃たれていただろうから。⋯⋯神殿長から傷口は綺麗に塞がったと聞いたよ。あとは何日か安静にしていれば良いと言われた」
「良かった。あんなに血が出て⋯⋯。咄嗟に止血しましたが、少しはお役に立てたのでしょうか⋯⋯」
「朧気に見ていたけれど、随分手際が良かったね?」
ガラス工房では怪我をする人が多いのだ、とクリスが答えると、アルドーは感心して頷いた。
「本当にガラスが好きなんだね」
アルドーは、たまらず笑ってしまう。
「痛みもほとんど無い。古代機械は凄いね。何故これが王族だけに使われているのか疑問に思うよ」




