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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 麻生あきら
第七章

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80 マエルの怒り

 母がそこにいた。

 ずっと会いたかった母が。

 もちろん記憶の中の母より年を取っていたが、それでも変わらずふんわりと優しそうな母だ。

 

 駆け寄ってしまいそうな自分を、手を握りしめて抑えた。

 衣擦れの音と共に去ってゆく母の姿が見えなくなるまでずっと握っていた掌が、隣で膝をついていた父の大きな掌で覆われた。

 

「お父様。お母様が⋯⋯!」

 うまく言葉に出来ない。

 

「ああ」

 僅かに震える声。

 

「⋯⋯あっ! お父様、グラスホルダー。お母様、首に掛けてらしたわ!」

「ああ。お前も気付いたか。針仕事は大の苦手なのにな。⋯⋯堪らなく嬉しいよ」

 

 ノアの瞳から涙が一筋、溢れ出た。

 クリスはハンカチを取り出し、ノアの涙を拭う。

 

「わたくし、無事に乗り切ってみせます。そして、お母様をお迎えしましょう。ね、お父様」

 クリスとノアはその場を離れようと立ち上がった。

 手を取り合い歩き出す。

 

 ドロテは床に両手を叩きつけ、そのまま崩れ落ちた。

「⋯⋯なによ、なんなのよ。わたくしのジュールは、犯罪者にさせられるのよ! なんでジュールがぁ⋯⋯」

 

 ノアは何か言いたげだったが首を振り、そのまま無言でクリスの手を引いて部屋を出た。

 

 

 

「カリオ・ルーポです。馬場まで案内します」

 兵士が扉の外で二人を迎えた。

 クリスと目が合う。

 

「また会いましたね。当日までの軍との連絡係を担当します」

「あ、フォンターナ様の時の。⋯⋯あの、今、母に会えました」 

「そう、良かったね」

 前回とは違って素っ気ない返事。

 クリスは不思議に思う。

 

 

 

 馬車に乗り込み帰途につく。

「先程の兵士は?」

 クリスはノアに向かいの席から問われ、ダニエレの件を話す。

 

「学園時代の私とキアラを知っている?」

 首を傾げるノア。

 

「学年が下だったそうですよ?」

 今度はクリスが首を傾げる。

 

 ノアはしばらく無言で記憶を手繰る。

「いや、思い出せないな」

 

「チェルニーは知っている?」

「あ、はい」

 クリスの隣に座るチェルニーが躊躇いがちに返事をする。

 

「どうかしたか?」

「あれは、別の隊の副隊長で。その、キアラ様のファンだったそうで。クローステール卿へのやっかみかも⋯⋯?」

 

「ええっ? ⋯⋯はは」

 ノアも、クリスも苦笑する。

 

「今更ですよねえ?」

 チェルニーが呆れた声を上げつつ、首を捻った。

 

 

 

 帰宅して二刻ばかり経った頃、侍従長がコルデラ侯爵マエル・ギルランドとミラ・ローランの来訪を告げた。

 マエルはクリスの同席を望んだ為、応接室にて二人を迎えた。

 

「ごきげんよう。ノア、クリス」

 

 柔らかに微笑みつつも、緊張した面持ちでマエルは入室した。

 傍らに控えるミラの顔には深い苦悩が滲んでいる。

 

 席に着き、茶の用意がされるとマエルは使用人を下がらせた。

 

「王妃陛下から話を伺った。⋯⋯こんな事態になるとは思ってもみなかった」

「申し訳ございません。私の結婚が無ければ良かったのかも知れません」

 

「待ってくれ、ノア。そうじゃない。それに今まで通りに話して欲しい。侯爵になったが、ノアとは従兄弟のままだ」

 慌てたマエルにノアは頷く。

「わかった」

 

「先代マールム公爵の目論見は、今日初めて知った。兄上は私に何も話さなかった。ドロテと繋がりがあった事も、だ。王妃陛下の前で汗顔の至りだった。衣装を汚しただけでは無かったとは!」

 ワナワナと震えるマエル。

 

「先代公爵の事は王家としてもあまり広めたくなかっただろうから、仕方のない事だ。行方がわからず、捜索中だからね。だから私も口に出来なかった。すまない。だが、やっと舞台が整った」

 ノアは宥めるように、ゆったりと話す。クリスも頷く。

 

「ああ、拐かされたジュールのおかげか。『芸術』としては汚名を雪ぐ為に、何としても成功させねばならない。学園の生徒たちに危害が及ばないとも限らないが、王妃陛下はできる限りの警備を敷くと仰った。クリス、君がまたしても標的にされてしまうのを、とても心苦しく思っている」

 

 

 

「危険があるのは承知の上です。ですが、生徒の皆さんに危害が及ぶのは看過できません。出来るだけジュール様を引きつけます。それに、大神殿も警備の強化に協力しているそうです。怪我をしても王族専用の医療機器を貸していただけるそうです。⋯⋯即死でなければ回復が見込めると」

 

 クリスとしては信じる以外にどうする事も出来ない。

 恐れているだけでは何も変わらない。

 

「クリス様お一人に背負わせてしまうのは間違いです。見て見ぬ振りをした、わたくしたち全員への罰なのです。そうでしょう? おじ様」

 ミラは強く瞼を閉じ、祈るように両手を組んだ。

 

「⋯⋯そうだな。兄ばかりが悪い訳ではないな。当日、ステージに上がる生徒たちの人数は変えられないが、会場の設営や手伝いは、生徒ではなく大人にしようと思う。彼らには事前に私から話そう。先代マールム公爵の話は伏せるが、危険がある事は知らせる。観客に関しては軍に任せろと王妃陛下はお話しされていた」

 

 マエルはノアとクリスにそう語り、今後ノアと連携を密にする事を確約した。

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