78 クラーワの決断
「クラーワ。どうしてもやるのか?」
自身の執務机で祈るように組んだクラーワの両手をベニニタスが包む。
顔を上げると不安気に自分を見つめる夫の姿があった。
「ええ、『芸術』の楽奏は王城の聖堂で行うよう手配致しました。神殿長からの助言もございます」
学園側は式典広間と、王城の聖堂の二箇所を候補に挙げた。
建物内の警備のしやすさでは学園の式典広間だが、音響の観点からは聖堂の方が設計上良い。
クラーワとしては学園で大人数を巻き込むことを良しとしなかった。
「この機会を無駄にはできません。⋯⋯ただ、軍の不手際が目立ちます。神殿長と連携を強めた方が宜しいかと。聖堂ならば以前から設置されている警備上の機材を使えるので、学園よりは良いとの事でしたわ」
『国王ベニニタス』『王妃クラーワ』『アルドー』『クリス』が一堂に会する。
ジュゼッペは必ず来る。
──クラーワの胸に暗い炎が揺らいだ。
「すまないな、頼りきりで。このところ体調が芳しくない。⋯⋯頭の中の声も煩くてかなわん」
ベニニタスの体調はこれといった病もなく、年齢由来の不調程度だ。
しかし「頭の中の声」という理解できない精神状態が、クラーワを不安にさせた。
「これは国王になった者にしか解らないのだろうな」
そう言われてしまっては手の打ちようがなかった。
「陛下、ご報告したい事がございます」
数日前、ベニニタスの執務室で白いケープを目深に羽織る女が告げた。
『聖女の人形』モクレンだ。
「神殿長から連絡が入りました。大神殿裏の施設の保守点検作業に『内務』の下位貴族が二人混じってやって来たそうです。うちの一人を確保したそうです。扱いをどうするか判断を仰ぎたいと」
前日には近隣住人でない平民が二人現れたとも、モクレンは続けた。
「大神殿に匿われているリカルドとパウルを奪還する為なのだろうな。警備に不備はなかったのか?」
ベニニタスは鷹揚に応える。
「大神殿の門扉には仕掛けがございます。ビリっとくるのですよ。それと、キアラ様がお持ちだった銃のような物も、取り付けられておりますから大丈夫です」
と、モクレンは柔らかく微笑んで、ゾッとするような事を平然と言ってのけた。
一度だけキアラの銃をモクレンが試射をしたいと言い出したので、屋外でさせた事があった。
一瞬の光の後、目標の金属の缶に穴が開いた。
火薬式の銃より小型で音もない、その威力にクラーワは慄然とした。
そんなものを何の感慨もなく話すモクレン。
「情緒面が未発達ですので、戸惑われる事もあるかと思います」
二十六年前、モクレンと話が出来るように依頼した時に神殿長は言っていた。
今更だが、ようやくそれを実感した。
次々とやって来る『内務』の人間たち。
寄越しては失敗しているというのに、ジュゼッペは何を考えているのか。
クラーワには理解が及ばない。
間諜によれば、『内務』の中でも、疑問に思う者が出て来ているということだ。
話す事は支離滅裂、指示した事を覚えていない。
突拍子もない案を出しては忘れる。
何もない所を指さし、何かがいると騒いだり。
アルコールのせいと言う者もいれば、老人だからだと言う者もいるらしい。
「いずれにせよ、これ以上ジュゼッペのやりたい様にやらせれば『内務』はもとより、マグノリア王家、国家運営にも関わりますわ」
なればこそ、今回は大きく出るべきだ。
自分を餌に釣り上げる。
今回一番危険なのはアルドーだが、即死でなければ医療室の古代機械でどうとでもなる。
幸いな事に第二王子だ。
クラーワは自身の非情な決断に身を震わせるが、王家の存続の方が重要だ。
泣いている場合ではなかった。




