76 甘くて柔らかい
彼はただぼんやりと窓の外を見ている。
自分が何処にいるのか、何故ここにいるのかわからない。
甘い香りと柔らかな感触が彼を包む。
「私を救い出して」
脳裏におぼろげに浮かぶのは、お気に入りのフワフワした赤みがかった金髪の女の子が語りかける姿。
焦燥感だけがずっとある。
でも、手も足も身体すべてが鉛のように重い。
お気に入りの女の子と、彼女を離さないでいる男の姿が浮かんでは消える。
「私をこの人から解放して」
「助けて」
「この人を手に掛けて!」
胡桃色の髪と濃紺の瞳。
思い当たるのはただ一人だ。
ああ、身体が動くようになったら、必ずやるよ。
かつてコルデラ侯爵令息と呼ばれたジュール・ギルランドは、一人の女の子が気になって仕方なかった。
公爵領で開催される催し物に親に手を引かれてやって来た、小さくてふわふわな髪の毛の女の子。
初めて意識に上ったのは四・五歳位の頃だとジュールは思う。
それからずっと気になっている。
自分の方を向かせようとして、庭にあった花をむしり取って渡した。
女の子はぽかんとしながらも受け取って、にっこり笑った。
だが、それを見ていた母ドロテから
『あれは悪い娘。花などくれてやるのではなく、自分が上だと解らせなさい』
と激しく叱咤された。
その次に会った時からは、両手いっぱいの虫を頭に乗せたり、バケツで水を掛けたりと思いつく限りの躾をした。
妹のイブリンも「わたしも!」と言って嬉々として加わった。
流石に一目でわかるような嫌がらせは女の子の親に咎められた。
それからは言葉も発達したので、『叱りの言葉』を浴びせるようになった。
叱って躾けているのに女の子はちっとも従順にならなかった。
むしろ過剰な迄に恭しい態度を取りながらも、目つきだけは鋭くなっていった。
腹が立つ!
そんな態度なら、もっともっと追い詰めて服従させてやる!
⋯⋯ああ、でも自分と話していない時の、彼女の可愛らしさといったら!
何で僕にそうしてくれないんだ?
そんなもどかしさを感じていた時だ。
胡桃色の髪と濃紺の瞳を持つ男が現れたのは。
マグノリア王国第二王子 アルドー・ルカ・マグノリア。
馴れ馴れしく彼女と話している。彼女は、はにかんだような笑顔を見せている。
──どうしよう。クリスは僕のものなのに。
ジュールが入学式の後に躾けようとした所へ、アルドーが止めに入った。
そして生徒たちが寄ってたかってジュールを責め立てた。
どうにかならないかと思っていると、母が『恥をかかせてあげればいいの』と、そう言ってイブリンに何か吹き込んでいた。
恥をかけばクリスの周りから人がいなくなって、ちょうど良い。
そう思っていたのに恥をかいたのはジュールやイブリンの方だった。
母は貴族牢に収監され、イブリンは自宅謹慎になった。ジュールの周りからも取り巻きが消えた。
クリスは生徒会役員に護られて全く近寄れない。
どんどん綺麗になっていくクリス。
──どうすれば手に入るんだろう?




