74 歩み寄り
王都との境界の門から北へ、馬車に揺られること二刻。
背後から淡い光に照らされた大神殿も秋の装いを纏いつつあった。
大神殿の周りにはぐるりとマグノリアの木々が立ち並び、前庭にはらはらと落葉し始めていた。
二人の男が箒で落ち葉を集めている。
老境に入った小柄な男と、背の高い貧相な体躯の中年の男。
「リカルド、それを取ってくれないか」
箒を手にもう一人に声を掛ける。
「はい、ラマート子爵」
大きな籠を手渡す。
「⋯⋯いつになったらお義父さんと呼ぶんだ? お前さんは」
ラマート子爵は憮然とする。
「え、でも」
眉を下げて口ごもる。
リカルドの顔は保護された時に比べてかなり顔色も良く、表情も明るい。
「お前さんはダニエレの父親だろう。⋯⋯そういや、私の名前も知らないんじゃないか?」
「えっ、あぁ」
「パウルだ。パウル。そんな事だろうと思ったよ」
ザカザカと手渡された籠に落ち葉を入れる。
「そっちを持ってくれ」
ラマート子爵パウル・フォンターナは両端についた取手の片方を指さした。
「発電所の前にある堆肥所に持っていかねばならん。そこら中にあるマグノリアの落ち葉を集めるとかやってられんな」
冬を前に『科学』と『エネルギー』による、大神殿裏の発電所の点検が行われる。
パウルとリカルドはマグノリアの落ち葉で埋まった通路の清掃をしている。
「神殿長は一人でやると言ってたが、どうやるつもりなんだろうな?」
先代マールム公爵ジュゼッペから逃れるために大神殿に保護されている二人。
保護されるだけで何もしないのは申し訳なく思い、パウルはリハビリ中のリカルドと手を挙げたのだ。
「神殿長は不思議な人ですよね。時々あらぬ方を見て考え込んでるのが謎です」
「ああ、しかも私が子供の頃に見た姿と変わらん。さて、これを置いたら少し休むか。疲れたんじゃないか?」
「ええ、少し」
保護されてから打撲の治療を行い、その際にリカルドは神殿長の問診を受けた。
心身の不調が認められ、薬を新たに処方された。
神殿長によると、長年飲んでいた薬はリカルドに合った物ではなかったらしい。
新しい薬を飲み、神殿長と対話し自分と向き合うことで少しずつリカルドに変化が現れた。
また、パウルがジュゼッペの代わりに父親同然に接することによって、育て直しが行われた。
パウルは同情からリカルドの治療の一助を担った。
根気よく、まるで自分の息子であるかのようにリカルドに接した。
それによってパウル自身もジュゼッペから受けた心の痛みを解放していった。
「こういう仕事っていいですね。体力が無くてしんどいですけど」
「ああ、そうだな。お前さん、寝てばかりだったからな」
二人並んで箒と籠を持ち、前庭に戻る。
パウルがふと門扉を見ると、人影が二つ動いた。
訝しみながら大神殿に入ると、そこに神殿長の姿があった。
「誰かいますな」
パウルが神殿長に告げる。
「ええ、見えました。貴族では無いようです。⋯⋯イヤーカフを着けていません。来客の予定もありませんし、門扉に触れると痛い思いをするように設定してありますから、問題ございません」
「⋯⋯痛い?」
「はい。ビリっとします」
ビリっとって何だ? パウルとリカルドは首をひねる。
「点検の人じゃないのか?」
「いいえ、事前に身元を証明するものを渡しておりますので、反応しなければ別の方です。応対する必要はございませんよ。ああ、覗いてみてください。ビリっと来たようですよ」
パウルとリカルドは少しだけ扉を開けて覗いてみると、先程の人影の片方が手を押さえてのた打ち回っている。
もう一人が試そうとしたのか門扉に触れようとするが、先に触れた方が怒ってやめさせた。
そのうち二人は諦めてその場から立ち去った。
「近隣の方には何百年も前から周知されていますから、他領の方でしょうね」
神殿長は淡々と語る。
「他領⋯⋯『内務』か。私たちを追ってるのかもしれん」
「点検の間は外に出ないで下さい。大神殿の中は絶対に破られませんから安心です」
と神殿長は言った。
何処からそんな自信が出てくるのか解らないが
「なんなら外から鍵をかけてくれて良いですよ」
と、パウルは答える。
これ以上神殿長に迷惑をかけるのは本意でなかった。




