60 夏の休暇
「もうすぐ夏の休暇ですわね。わたくしは王都に残って婚礼の準備をしますの。皆様はどうなさるの?」
生徒会の活動を終え、セーレナが声を掛けた。
学園は真夏のひと月、夏の休暇がある。
学生たちは領地へ帰る者、旅行に出かける者、寮に残って勉強する者などそれぞれ思い思いに過ごす。
「兄上は侍従見習ですので王城へ詰めますが、私は領地で鍛えてきます!」
ペールが挙手で元気よく答える。
「僕は自宅謹慎なので、タウンハウスです」
エミリオが項垂れる。
ジュゼッペの失踪からひと月半。
軍の捜索も虚しく、未だ足跡さえ追えずにいる。
「わっ! 私は! 領地に集まった薬草を調べます!」
横からフリアがエミリオを庇うように声を上げた。
「僕はあちこち商業地を回ってきます。面白そうな街がありますので」
含みを込めた笑顔のイシャーン。
「クリス様は色々とお忙しいんですよね? 戻られるんですかー? セーレナ様のお宅での淑女教育は夏の休暇の間はお休みですよね?」
ペールがクリスの顔を覗き込んだ。
「ええ。マダム・オルタンスの手ほどきもお休みをいただきました。領地の工房でブローチを作ってこようと思っております。春にご依頼を受けましたので。でも、二週間ほどの旅程で戻ってまいりますわ」
クリスは春にアルドーから依頼を受けている為、クローステール男爵領の工房へ訪問するつもりだ。
残りの休暇は淑女教育と、セーレナの婚礼衣装の打ち合わせへの参加で忙しい。
アルドーはチラリと心配げな視線を送ったが、水を差すのも憚られて見守るだけに留まった。
アルドーとクリスは役員たちが部屋を去った後のほんの数分、二人で生徒会室に残り会話を楽しんだ。
交際を始めてから出来た習慣だ。
「休暇に入った次の日に出発するのだろう?」
アルドーはクリスの髪を一房指で弄びながら言った。
「ええ、三日かかるのでなるべく早くに」
「うん、楽しみだな」
耳元で囁き、ふわりと頬に口づける。
「え?」
聞き間違いかとアルドーを見返す。
アルドーは微笑むだけで何も言わなかった。
マグノリア王国の真ん中には南北に大きな街道がある。
北の盆地の大神殿から始まり、そこから南に王城を含む王都、さらに進むと『司法』リーブラ公爵領、そして南の穀倉地帯『農務』エピ公爵領へと続く。
最終地点は王都からひと月程の、聖女ゆかりの地フローレスだ。
エピ領からフローレスの間には、街道が整備されただけのほぼ未開の大地が横たわる。
格子状に配置されたそれぞれの領地は、大街道より細い道で囲まれ、境界がわかり易くされている。
『芸術』コルデラ侯爵領は、『司法』リーブラ公爵領の西に位置する。
王都からは大街道を南下した後、リーブラ公爵領の中心から東西に走る街道を西に折れて進む。
リーブラ公爵領の二箇所の宿場で休息を取りコルデラ侯爵領へ入る。
クローステール男爵領は南西部にあり、コルデラ侯爵領内の宿場で一泊する。
アルドーは旅装を身に纏い、紋章のない地味ではあるがサスペンションの良い馬車にいそいそと乗り込んだ。
クリスの父、ノアには二週間前から話をつけていた。
宿や替え馬の手配などありとあらゆる準備を申し出、二人きりにならないという確約をして今日に臨んだ。
「娘をよろしくお願いします」
アルドーはノアから言質を取った。
ノアはコルデラ侯爵の領主館で会合に出席する為にすでに侯爵領に到着している。
アルドーがアンバーブロウ家のタウンハウスへ着くと、丁度クリスの身支度が終わったと知らされた。
侍従が取り次ぎを行おうとしたが、その返事も待たず近くにいた侍女のロミが駆け出して行った。
「でっ、殿下がいらっしゃいました!」
慌てるロミの向こうにクリスの姿が見えた。
「おはよう、クリス。用意は出来たかい?」
「おっ、おはようございます。アルドー様。どこかへご旅行ですか?」
いまいち飲み込めていないクリス。
「⋯⋯? 君と一緒にクローステール男爵領へ行くのだよ? クローステール卿に聞いていない?」
「一緒に? 向こうで合流するのではなく? ですが、どうして?」
首を傾げるクリス。
どうもきちんと話が伝わっていなかったらしい。
「妻になる女性が育った土地を見てみたい、というのは不思議な事ではないだろう?」
「⋯⋯つ⋯⋯ま」
耳まで真っ赤に染まったクリス。
アルドーの笑顔が輝いた。




